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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
7.誰がために
196/229

慟哭に塗れた、(3)

 彼は、いよいよついに恐怖を感じた。

(このお姉さん以外にも仲間が!?)

 良明が思うに、掴まれた腕から伝わる圧はそれほどまでに強引で、攻撃的な様に感じられた。

 だが、しかし。


「ちょ、藤君!?」

 良明と陽の腕を引っ張ってボックス席から駆け出したのは、藤だった。

 女性歩いて来た先頭車両とは反対側へと全力で走り出す。乗客達が何事かと三人に視線を向ける事も意に介さず、走る。

「な、なに、ふっさんどうした!?」

「いい? 二人とも。あの女は……」


 藤が何かを説明しようとした瞬間、三人は背後から襲い掛かる熱に気が付いた。

「振り返らないで!」

 と言いながら、藤は二人を床に叩きつけるが如く強引に伏せさせた。

 直後、その背の付近で爆炎が巻き起こる。

 趣きある飴色の壁も、革張りの天井も、一瞬で吹き飛んだ。


「!?」

「!?」

 悲鳴を上げて先頭車両側へと逃げていく乗客。何人か列車から落ちたのではないかと心配になるが、誰も確認する余裕は無い。

 動揺する双子の前へと、藤が立ちはだかって女と対峙した。


「あらあら、どうしてバレちゃったかなぁ……」

「あれだけ殺気を隠しもしなければ、俺達みたいなどの付く素人でも気づいてしまいますよ……」

 良明と陽は何も言えずに、突如として毅然とした態度になった藤を見上げた。

「それよりお姉さん。貴女何者ですか?」

「トラク国自衛軍特務部隊。階級は二星。リリ・スタンバレー」

「…………」

「あれ、肩書も名前も本当なんだけど、信じてもらえない?」

「…………」

 沈黙する藤に対し、女は一言。


「名乗りなよ」


 その声は、震えあがりそうになる程の迫力に満ちていた。

 まるで、相手の無礼を非難する為だけに込められた敵意の様に、容赦ない正論として藤にぶつけられた一言。それに対し、藤の回答は正直でありながらも彼女が臨むそれではなかった。

「すみません。今この場で名乗るわけにはいかないんです」


 良明と陽はそれはそうだと思いつつ、何とか夫々の脚で立ち上がった。

 藤は、そんな彼等の存在などとうに忘れたかの様にこう続ける。

「今ここで僕の素性を明かせば、僕の目的は達成出来なくなる」

「目的?」

「無駄ですよお姉さん。これ以上は語りません。明かしません」


 リリ・スタンバレーと名乗った女は、「うーん」と言って耳元の髪をかき上げた。

「情報が引き出せない場合、一級危険分子として対処しろ……って言われてるんだよねぇ……」

「つまり?」

「今この場で消えてもらう。まぁ、上も相手が子供だとは思ってなかったでしょうけども」


 二者間に、沈黙が訪れた。


 と、その時良明が

「なあ、藤の夢によれば、俺達はどうすれば――」

 リリが、腕を薙ぎ払う様な動きをした。

「アキ! 陽! 念じて!!」

「え?」

「え?」


「前から熱波が迫ってきている! それを跳ね除ける様に風を巻き起こすイメージだ! 風を、自分達の前に作り出す。それが今の二人になら出来るから!!」

「え、ええ?」

「ふ、藤君!?」


「はやく!!!!」


 良明と陽は、何のことやら解らないままに念じ始める。

 言われた通り、眼前に風を巻き起こすイメージ。

 先程同様に迫ってくる熱波は実在している。なら、それを跳ね除けなければ今度こそ木端微塵になってしまうだろう。それを阻止するための風を、今、紡ぎあげていくイメージ。


「うそだろ!?」

「うそでしょ!?」


 最初に驚きの声をあげたのは、双子だった。

 言われた通りに念じた結果、本当に辺りは風に包まれ始めた。

 二人は最初、列車が大きく破損した事により吹き込んでくる風が、彼等の元へと届いたのかと思った。が、違った。

 明らかに異常な度合の風が前方で渦を巻き、竜巻となって熱風を巻き込んでいるのが、感覚として判るのである。

 そして、それは直後確信となる。


 破裂音。

「未だ進行を続ける列車の上空で爆炎が巻き起こり、瞬時に風景の中へと置いて行かれる様に流れていった」


「なに!?」

 リリは、動揺を隠せない様子ながらも三人に対して問いかけた。

「お前達、その年齢でデバイス使いか!? それも今の威力……エルフ?」

(”デバイス使い”?)

(”デバイス使い”?)

 先程とは一転。口調を堅苦しく変えたリリだが、どうやらこちらが素の彼女らしかった。


「リリ三星殿!」

 藤は、風切り音に負けない声量をリリへと張り上げる。

「この辺りで見逃してくれませんか? このまま続ければ、そちらだってタダでは済まない筈だ」

「…………仮に、ここで私が貴方達を見逃したとしても、私は仲間へと報告するが?」

「それは、貴方がこの場での戦いで命を落としても同じ事だ。貴方の肩書が本当なら、自衛軍は全力で事件の捜査に乗り出すでしょう。僕達は人を殺めて追われる様な身の上になりたくはない!」


「…………」

「これは、貴方の命と僕達の信用の問題です。ここで戦闘を続けたとして、お互いに得る物なんて無い筈だ!」

 藤の言葉には、暗に良明と陽の戦力が自衛軍の三星とやらであるリリよりも勝っている事を言い含んでいた。藤は、”感情に流されずにその事実を受け止め、生きて、少しでも詳細に仲間へとこの三人の事を報告する事”こそがリリにとって重要である事を理解し、また、彼女がプライドに囚われずそれが出来るだけの人格を持ち合わせている事を願った上で提案したのである。


「…………君、本当に何者なの?」


「……言えません」


 線路を走る列車が、異常を感知した運転士の判断により徐々に徐々に速度を落としていく。

 線路の横には何かしらの野菜が栽培されている広大な畑が隣接しており、その向こうには丘と、そこから覗く海が見えた。

 藤が小声で双子に言う。

「アキ、陽、予定変更だ。タンデルっていうクニを徒歩で経由する。電車を飛び降りるよ」

「え」

「え」


 車両の速度がついに時速十キロ程度にまで落ちている事を確認し、藤は今一度リリの方へと視線をくれて、ついに車両から飛び降りた。

「ちょ、ふっさん!」

「ちょ、藤君!」

「早く来て!」

 兄妹は列車から飛び降りた。


 列車では、事の一部始終を見ていた車掌が駆けつけ、リリをあれやこれやと質問攻めにし始めた。

 双子は無残に破壊された列車を時折振り返りつつも、藤を見失わない様に走り続ける。



 そのまま五分前後は全力疾走しただろうか?

 良明も陽も、先程リリと噛み合う話をしていた藤に対して聞きたい事は山ほどもあった。

 良明だけではない。もはや陽も確信した。


 藤は、何かを知っている。


 波の音がやかましい砂浜に沿って北上しながら、藤は一人息を切らせた。

 対し、普段の竜術部の練習のおかげでさほど疲れてはいない様子を見せている双子は、走りながら藤に問うた。

「ふっさん、さっきのってどういう事だ?」

「あれも夢で見たの? 知ってる事、まだあるの?」


 藤は、ついに力尽きて浜へと倒れ込んだ。髪に砂をまみれさせ、胸を上下させて必死で呼吸を整えている。

 兄妹もそのすぐ傍に座り込み、周囲の人の気配を探った。

 未だ何かしらを喋る事が出来る状態ではない藤を横目に、良明が陽の言葉に対して指摘する。

「そうは言っても、具体的過ぎじゃないか? 陽。地名の固有名詞まで出て来て、まるであの女の人の所属する何かについて、ある程度の知識がある様な言い方に聞こえた。それに、さっきの場面が夢に出て来たんだったとしたら、あの藤の慌て様は不自然すぎる」

「……え……? アキは、何が言いたいの?」


 良明は、きつそうに呼吸をしている藤を見下ろしてこう指摘した。

 藤は、その一言を引き留める術を持たない。

「ふっさん、もしかしてこの世界の人なんじゃないか? 元々」

「はぁあ!?」

 陽が良明の横で身を乗り出し、驚愕の声をあげた。


 藤はまだ何も言えない。良明の言葉を否定する事も出来ないし、良明が発言する事を阻止する事もまだ出来ない。

「最初の日の森の中で星座が見えて、それが同じだからこの世界とあの俺達が元居た世界がパラレルワールドなんだろう……って、言ってたじゃん」

「うん」

「俺も初日に空見てたけど、雲って星座なんて見えなかったんだよ」

「え……」

「あともう一個。歴史の教科書を読む限り、こんな時代無いとかってふっさん言ってたけど、そんなの、歴史の教科書読まなくても世見にこんな時代あるわけないじゃん」

 言い回しが不自然すぎる。良明はそう言いたいのである。


「それは私も思ったけど、言葉のあやみたいなもんかなって……」

「俺もそう思ったよ、最初は。けど、レストランでちらっと言ったけど、俺って最初からふっさんがこの世界に来てからあんまりにもリアクションが薄いんでおかしいって思ってたんだよ」

「え、アキ……」

 なんでそれを私に教えてくれなかったの、と言おうとして陽は言葉を詰まらせる。

「陽、ごめん。けどやっぱり証拠も無いのにふっさんについて変な噂話したくなかったんだよ。たとえ相手が陽でも」

「う、うん……わかった」


 と、寂しそうに俯く陽を見て、藤の中の何かはついに臨界を超えた。

「英田……さん」

「藤君、落ち着いてからでいいよ。息、整えて」

 この期に及んで冷たさの欠片も見せない陽の優しい口調が、藤の心を抉った。

「ごめん、英田さん……アキ」

 涙声になる。

「謝る事無いって、何か理由があったんだろ?」

「うんうん。私達に教えられない事情があるなら答えは急がないからさ」


「ちが……うんだ。違うんだよ、二人、とも……」

 つばを飲み込み、藤は吐き戻しそうになりそうな身体に無理やり力を込めて上半身だけを起き上がらせた。

 買ったばかりの服は汗と砂にまみれ、その惨めさはまさに今の藤の心情その物を表していた。


「違うって、何が?」

 良明を見て、藤はこう言った。

「二人は、この世界において途轍もない能力を持つ、魔法の使い手なんだ」

「いや、それはさっきので何となく解ったけどさ……」

「いや、それはさっきので何となく解ったけどさ……」


「ごめん、本当にごめん。……全部、俺の所為なんだ」

「藤君、そんな事……」

「英田さん!」

「は、はい?」

「英田さんが見た悪夢。あれ、俺が見せてたんだよ」


 場の空気が、変わった。


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