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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
7.誰がために
193/229

三池猫ロック:ソロ(4)


「御高説ごもっとも。下賤の者にしては良く解ってるじゃあないか……」


 その場の全員が、石畳の上に放置されていたリントへと振り向いた。

「その通り。人間とエルフが一度武を交えれば、それは全世界的な大戦争に繋がる。どさくさに紛れてエルフ自治区を自分の領土だと主張するクニが現れ、人間同士の戦争も始まるかもなぁ。俺達は、その為の抑止力なんだよ。敬われ、あらゆる施設や店をタダで使わせるくらいの優待をしてくれて当然の存在だ……故に気高く、貴様等下賤の者とはそもそも生き物として別物だと認識(おも)った方が良い存在だ……」

 語る事を止めようとしないリントを不気味がり、誰もが不穏な空気に警戒を始めた。

「そんな私が、こんなクソオレンジ頭一人に敗北するなど、あってはならない事……それは、高貴なる自衛軍の品位を貶め、この一帯の者共に自衛軍の実力を疑問視させるに至りかねない極めて深刻な事態だ……何より……」


 リントは、腰から黒々とした小さな立方体を取り出した。

 三池は、その形に見覚えがあった。

(似てやがる……明京で見たあの【キューブ】に。帰れる、のか……? 今あいつの所に近づけば、元の世界に……いや、けど――)

「何よりぃ……」

 リントは、息を荒くしている。

 その意味を、その場の数名の者達が気づいた。

「逃げろぉおおおお!!」

 ドルが吠える様に叫び、群集が出入り口へと駆けだそうとした時だった。


「何より、”俺の誇りは傷つけられた”」


 リントが胸の前で握り締めているキューブが一秒間隔で赤く点滅し始める。

 一秒点灯し、一秒消灯し、その繰り返しの三回目でテンポが僅かに速くなっている事に気づいた三池は、リントの元へと駆け出した。

「お、おいミケ!」

「ドルさん、放っておけ! あんたが死ねば、ギルドのみならず街の皆が困る事になる!!」


 誰かにそう言われ、ドルは三池と出入り口に殺到する群集を見比べた。

 そして、

「っクソ!!」

 彼は群集に紛れて、外へと逃げ出した。


 リントは三池を見上げて言う。

「解らないか? これは、爆弾だ。ここいら半径十マルトは吹き飛ぶぞ」

「あ? 知るか。まるとってなんだよアホ」

「…………?」

 三池にとって聞きなれない単位を問われリントは、その質問の意味自体を理解できない。どうやら三池とドルの会話を最初から全て聞いていたわけではないらしい。

「貸せ。それ」

「断、る」

「自殺して何になる」

「誇りを護る。それ以外にこの行動に何か意味があるとでも?」

「こっちの寝覚めが悪くなる様な事してんじゃねぇよアホが!」

 三池の訴えに対し、リントは笑みを浮かべてこう返した。

「その為に、やっているというのが……本心だ」


 点滅は、一秒で点灯と消灯を繰り返すところまで速まっている。


「誇りがどーたらこーたらは、まぁなんだ。良く解んねぇ。てめぇの好きに解釈しやがれ。けどなてめぇ……今回の喧嘩、どっちが悪いかなんて考えりゃ解るだろうが。俺等は楽しく酒飲んで唄ってただけじゃねえか。やかましいんだったら後から文句の一つでも俺に垂れりゃいいものを、いきなり薪で殴りかかるってなんだよ。ばっかじゃねーの?」

「やめろ」

「ああ、悪かったよ。静かに飲みたかったのに喧しかったんだな、謝るって」

「やめろ、それ以上言うな」


(それ以上正論を振るうな。俺のケジメが、俺の中でさえ意味を成さなくなる)


「まぁ、なんだ。いいからよ……それ、貸してくんね?」

 点滅は、一秒間に二回を繰り返すほどにまで速まった。

「無駄だ。何をしてもこれはもう止まらない。そういうデバイスだ」

「いいからっ放せっ! この!」

 三池は強引にリントの胸元からキューブを奪い取りにかかる。


「やめろ! 貴様もとっとと店の外に――」

「こんなトコで爆発させんなアホ! 店の奴等とマスターに対して何も思わねぇのかこの馬鹿野郎が!! それがてめぇの正義かよ!!」

 ほんの少し、リントが手に込めていた力が弱まった。


 三池はこの好機にすかさず立方体型のデバイスを奪い取り、猫のような身のこなしで店の外へと駆け出した。

 リントは、顔面を手で覆って涙を流し始める。


「てめぇら、どけぇえええ!!」

 叫びながら店の外へと出て来た三池が手にしているそれをみて、一同は激怒交じりの悲鳴を上げた。

「馬鹿野郎ォ! なんで持って来てんだよ!!」

「俺達を殺す気かぁあ!!」

「あいつに抱かせて逃げりゃあゴミが一人消えたってのに!!」


「うっ…………せぇえええええ!!」

 三池は、あらん限りの力を込めて赤く点滅を続けるデバイスを真上へと放り投げた。ほぼ垂直に上昇していくデバイスは、点滅を目で追えない程に早め、やがて――


 爆発、しなかった。


「へ?」

 名前も知らない男達がみんなして三池を責め立てる。

「あほかお前! そんな都合よく投げた瞬間に爆発するわけねぇだろ!!」

「あの場所で爆発してりゃあ、店の一角で済んだかもしれねぇモンを、これじゃあ屋根の上に落ちて来て店の上から半分吹き飛ぶぞ!!」

「え、あれそんなに強力なの?!」

「十マルトは消し飛ぶみたいなことをあの男が言ってたの俺聞いたぞ!!」

「うわぁあああ!!」


 三池は酒場の敷地から逃げていく群集達の群れの中、自由落下を初めて久しいキューブを睨みつけている。

「ミケ、もういい。お前は悪くないから、お前も逃げな!」

 そう言った店主が三池の傍らから動こうとしないので、三池はその場を微動だに出来ない。自分だけ逃げるなんて彼女にとって論外だった。


 点滅はついに点灯と見分けがつかない程にまで速くなる。


「っくっそ……落ちてくんな……落ちてくんじゃねぇよちくしょうが……」

 見上げ、睨みつける三池の名を遠くからドルが叫ぶ。

「ミケぇええええ!!!!」


 デバイスがついに屋根に接触しようかというタイミングだった。

 突如として、周囲に暴風が巻き起こる。

「……え?」

 三池は戸惑い辺りを見回すが、特に何かが見当たるわけでもない。

 暴風は急速に強まっていき、竜巻を成す。

 舞い上がる木の葉が点()するデバイスの赤に照らされ渦を巻き、三池の中にもそれが竜巻であるという認識が生まれた。

 そして、悟る。

「これが……魔法なのか?」

 竜巻はついにデバイスを上空へと誘い、そして。



 耳を劈くような爆発音が、辺境のクニ・ミルズの一角にこだました。



 あまりの熱風に腕で顔を覆う三池。

 店の敷地の外に逃げ、それでも野次馬根性を丸出しにしている客共は、爆炎に照らされて浮かび上がる三池と店主の陰と影を心配そうに見つめる他無かった。

 爆炎は辺りを昼間の様に明るく照らしたが、爆発した物それ自体は小さな立方体一つだった為か燃焼する何かが降ってくるという事はなく、やがてその光も宵闇に希釈されていった。


「マスター。悪いな、ホント……」

 三池は焦げ臭さを運んでくる空気を手で仰いで払いながら、そう言って謝罪した。

「喧嘩なら、日常茶飯事さ……それより坊主、アンタ一体――」


 ドルは、三池との距離を一歩一歩確実に縮めていた。

「ミケ」

「あ、お、おう」

「お前、マジで何モンだ」

「え」

「今お前……何をした」

「何……って……爆弾放り投げただけだよ」

「明らかに爆弾が風に巻き上げられてただろ!」

「知らねえし!」


 三池ははっとして群集の方へと眼を向ける。

 あの野次馬の群れの中に、手を貸してくれた人間が居るはずだ。そう思った三池だったが、ドルはそれを言葉と手に持ったデバイスにより否定する。

「それは無ぇ。見ろ、これは俺が仕事で索敵に使ってる、魔力を可視化するデバイスだ」

 ドルの掌に持たれているそれは、両手で漸く持てる程の板の様なデバイスだった。

 中央には方位磁針の様に尖った金属が釘の様な者で固定されており、それがある方向を迷いなくピンと指し示していた。

「こいつは、距離と魔力を総合して近くで一番強力な魔力の根源を指し示す。さっきお前が店の外に駆け出て来た辺りから、お前の方を差し続けてんだよ」

「な……っ」

 三池は、困惑する。


「いや、待てまてマテ! 俺はその魔法を使う為のデバイスとかいうヤツ持ってねぇし!」

「だから不思議なんだ。お前、今一体どうやって魔法を発動した? それも、ありゃあただの魔法じゃねぇ。エルフ並みのとんでもない魔力があって初めて出せる超強力な竜巻だったぞ」

「知らねぇっつうの!!」

 状況がまるで呑み込めない三池の傍らで、店主はぽつりと呟いた。


「アンタ、まさか……」

「ん?」

「異世界の住人って話、本当なのか?」

「いやだから何度言ったら……」

 ドルははっとする。

「だとしたら、そういう事なんじゃないのか?」

 店主の意図が理解出来ない三池は、「だーかーら」と不満を覚えて問いただす。

「なんだってんだよ!」


「”異世界の住人は、デバイスを使わずに魔法を使う事ができる”……んじゃ、ないのか?」


 辻褄が合う仮説を唱えたドルは、”まさか”という顔をしながら三池の前に手を翳す。

「ミケ」

「?」

「ここに、風を送ってみろ」

「いやだからどーやって」

「さっきと同じでいい。あの爆弾デバイスを巻き上げた時と同様に、そこに風があって欲しいと念じるんだ」


 三池は、ドルの手に自分の掌を翳して無表情に念じ始める。比べるべくも無い程に大きさが違う二者の手が、妙に目に訴える対比を披露した。

 三池は、自分の中で何かがざわつき、やがて掌に収束していくのを感じ、そして。

 ドルが、驚きの表情を浮かべた。

「きてるきてる、風、来てるぞ!」

 三池は反対の手を自分の前方へと翳す。

「お、おおー涼しい」

「涼しいって……」

 と呆れたドルは、続け様に彼女にこう忠告するのである。

「いいか、ミケ」

「おう?」

「悪い事は言わねぇ。その力、無闇に使うんじゃねぇぞ」


「なんでだよ?」

「速攻でエルフであるっていう疑いをかけられて、そうでなくても軍事利用される可能性が高い。必要な時に、お前が本当に使いたいときだけに使え」

「……お、おう……」

「大丈夫かよ、お前解ってるのか? 俺ァお前が心配で」

「ああ、大丈夫、大丈夫だよ。俺強ぇし。気に食わねえ奴等とはつるまねぇ。それはクニとやらだろうが、そいつらお抱えの軍だろうが変わらねぇよ」


 ドルは、目の前のちっこい少年――と思い込んでいる――が、急に心配になってきた。

(いくら強いっつっても、それはあくまで個として戦いに秀でているという事であって、たとえば、リントクラスのエリートが百人束になってかかってきたらどうしようも無えわけで……)

「なぁ、三池。お前これからどうするつもりだ?」

「………………さてね」

「何も考えて無ぇのか?」

「つうわけでも無ぇさ。この世界でやりてぇ事はある」


「……お前さえよけりゃ、ウチで働かねぇか? なにするにしたって先立つモンが必要だろ」

「あー、金か。まぁこの世界の事を腰を据えて知りてぇっつうのは、正直ある。けどよぉ……」

 三池は、酒場の入り口を見て言葉を濁す。

 夜は更けていく。

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