旅立った子が見る夢(3)
「全部……って、どういう事だ」
直家はレインの言葉に多少語調にアレンジを加えて訳し続ける。
「”考えてもみて下さい。私が良明君達から助け出されるよりも前の事を……藤は、川で溺れていた所をけや……樫屋部長に助けられましたね”」(※1)
「ああ」
「”良明君か陽さんに聞いたかもしれないですが、あの日、藤は赤いシャツを着ていました。何故あの日に関して目立つ色の服を着ていたのか? ……あの事故が、彼の自作自演だったからです”」
「いくらなんでも、それは……」
護の否定を想定していた様にレインは続ける。
「”そもそも、何故あの日溺れたのは藤だったのか。その場に駆け付けたのが高い竜術スキルを身に着けた樫屋部長であり、居合わせたのが藤の友人だった良明君や陽さんだったのは果たしてただの偶然なのか。あの日、ショッピングモールがある映画館へと二人を誘ったのは藤です。そのショッピングモールで春野菜が安いというキャンペーンがあると樫屋部長に教えたのも藤です。そして何より――”」
レインは、これまでに無い様な真剣な表情を浮かべている。
「”――樫屋部長曰く、あの日電話で彼女へと助けを求めたのも藤なんです”」
石崎が、今や欺瞞に満ちた存在でしかない藤に向けているのであろう険しい表情のまま、夫妻に対して補足する。
「彼、前年の中学生向けの体験入部にも来てましたから。その場で、本当に本当に私達と打ち解けて、けやきや私とか、あと山野手もだっけ? 一部のウチの部員とは、携帯の番号を交換してたんです」
レインによる暴露は続く。
「”ここを訪れて、陽の部屋の片付けを手伝った日がありましたよね”」
由は頷く。
「え、ええ」
「”私は、あの日この家の前でしばらくうろうろしていて、なかなか呼び鈴を押さなかったと思います”」(※2)
由は回想する。言われてみれば、レインは随分と長い間家の前で待機していた様な気がする。
「”藤に、私が彼にされた一連の事を私以外の誰かにバラすなと脅されていたからです。直接会うなとは言われなかったけど、どこかから監視されている様な気がして、どうしても直ぐに呼び鈴を押せなかった……”」
「どうしてそんな事を……」
衛が腕を組み考え込む。そんな動作こそあれ、彼の周囲に滾る緊張感は全く衰える様子は無い。
彼の妻は、すぐに思い至った。
「今のこの状況……まさか」
直家は頷いた。
「そういう事です。あいつは、つまるところ今日発生したオカルトとしか思えないあの現象を実現する為に、レインの口を封じていた。そう推測すれば、色々な事に辻褄が合うんです。というよりも、レインと言う当事者が証人としてそうであると主張している」
直家はここでレインへと気遣う様な視線を送る。
「……もう少し、振り返りましょう。レイン、辛いかもしれないが――」
『ううん、全部はなす。はなさせて。わたし、敬語は使えないからここまで通りことばを変えてほんやくしてくれると嬉しい』
「……ああ」
レインは、彼女の推測を交えて話を続けた。
「”藤の企みの一環として、今回の現象に良明君と陽さんを巻き込む事は当初から決まっていたと思われます。以前、直家――”……僕ですね、僕”――とリン、樫屋部長とその竜が一対一で勝負をした日がありました。その日、藤が興味深く良明君と陽さんの龍球に対する関心を探っていたのを覚えています。つまり、龍球というつなぎを使って、彼等をガルーダイーター……或いは竜という物と拘わらせようとしたんでしょう”」
石崎は回想する。
「あの日、あの二人に竜術部に入るかどうか妙に興味深そうに確認してたのを憶えてます」(※3)
石崎は、回想の時間軸を送ってさらに語る。
「薄石高校……憶えてますよね。龍球のプロを目指す子達が所属するチームがある学校です」
衛と由は憶えている。
「確か、練習試合でボロ負けしたとか言う」
「あの日を境に本当に本当にウチの子達は本気になっていましたから……」
石崎は頷いて続ける。
「彼等は、けやきに対する捻じ曲がった想い……いわば復讐心でウチの部へと勝負を仕掛けて来たわけですけど、けやきが言うには、どうも薄石の連中はウチの事情に詳しかったらしいんです。具体的に言えば、けやきが頼み込む形でアキや陽を部に引き入れようとしていた事を知っていた。そんなの、ウチの学校の生徒でも限られた人間しか知らなかった筈です」(※4)
「……藤君は、薄石高校を大虎の竜術部にけしかけた……と?」
「ええ。さっき、明京で薄石の安本元部長に確認してウラは取りました。間違いありません。藤が”弱体化している今の竜術部なら楽勝”だっていう様な事をわざわざ薄石高校まで足を運んで言いに行ったそうですよ」
直家は、既に世間に知られた事件を引き合いに出す。
「春と夏の龍球大会の前日に、事務局へと空き巣が入った……というのは知っていますか?」(※5)
「良明から聞きました」
「樫屋が言うには、トーナメント表が出来過ぎている、という話です。春大会では前述の薄石高校と大虎高校が二回戦で当たり、夏大会でも三回戦で。これは結果論ですが、夏大会では連山高校という強豪校に勝利して、最終的に部の存続へとつなげる事に成功した……」
「優勝せずとも部の存続が可能な組み合わせになる様に、細工を……?」
「カモフラージュとして、単なる悪戯としか思えない様な物を大会の事務所から盗んでいった。被害が少ない事から捜査はじきに打ち切られ、彼の当初の目的は達成される……というわけです」
衛は、尋ねずにはいられなかった。
「でも彼は、そんな事を何の為に…………いや、”彼は今日起こった事に向けて下準備をしていた。うちの良明や陽があの消失の場に居合わせる様に仕向けた”という言い分は解りました。がしかし、それにしては手が込み過ぎている気がしてならない。彼は何故、竜術部を大会でベスト4に入らせて部を護らせる必要があった? いや、そもそもうちの子達に何故龍球を始めさせる必要があったのか。ここまでしなくとも、彼が今日と同様にガルーダ―イーターへの暴動を引き起こし、そこに良明達を向かわせる事は不可能じゃ無かったのでは?」
坂は、「推測ですが」と前置きして答える。
「……ドラゴンへの騎乗能力が無ければ、”あの明京にあるガルーダイーター本部から藤を助けたい”という想いを行動に移す事は出来ない……と、考えたんじゃないでしょうか? 実際、ドラゴンに乗れたから明京へも向かえたし、空中で繰り広げられたという攻防にも参加する事が出来た……」
「にしたって……」
衛は、坂の説明を聞いても未だ納得出来なかった。
半年程の時間をかけて良明や陽がやらされてきた事が、藤にとってたったそれだけの為の事だっただろうか。兄妹の頑張りを見守って来た彼や由にとって、純粋に疑問でならなかった。
行き詰まりつつある状況の整理。それが必要であると考えた直家は、その場の誰に対しても未だ口にした事が無かった事実を、今この時告げる事に決めた。
「藤は……」
皆が直家を見る。
「藤は、夏大会の時……ひどく、辛そうにしていました」(※6)
「?」
予定にない言葉を吐く直家を不思議そうに見る坂。
「なっ、アンタ、この期に及んで藤の肩を持つ気なの!?」
一方の石崎は、思わず直家に食ってかかろうとした。が、直家はすぐに言葉を続けてそれを阻止する。
「解らない。彼の最終目標が何であって、彼が何の為に良明や陽を巻き込んだのかは解らない。ただ事実として、辛そうにしていた。今言えるのはそれ以上でも、それ以下でもない。……当時、俺はあの様子を良明達とは対照的に”レインを見捨てた事”に対する辛さの現れだと思っていたんだが、今となってはそれはあり得ない。となれば、恐らく彼があんな顔をしていたのは……」
『うしろめたさ……?』
と、レイン。直家は頷いた。
「或いは、必死に何かを押し殺して目の前の試合を分析している様に俺には見えた」
この場における藤の最大の被害者であるレインが冷静に述べ始めた事で、石崎は溜飲を下げざるを得なくなる。レインはこう続けた。
『そういえばあいつ、私に”金眼の竜は類稀なる能力を秘めている”んだっていうはなしをした事がある……みんなでキャンプに行ったときだって、直家とリンが飛ぶ姿を見て飛ぶ技術の事を熱を込めて語ってた』(※7)
「……つまり?」
直家に問われて、レインは答える。
『こんなひどい事をして、それが正義だなんて私は絶対に認めない。けど、あいつには何かしら”ドラゴンを駆る能力を求める様な目的”があったんだよ。多分、この世界からきえてなくなったその先で、アキや陽がドラゴンにのって何かをすることをそうていした、やるべきなにかがあるんじゃないかっておもう』
無論、誰もがその言葉に関しての信憑性が不安定である事はすぐに理解した。そもそも、藤や双子達は本当に生きているのか。そこからして保証は無い。
先程、坂は双子達が生きている可能性が高いと言ったが、それはあくまで、”あの現象が藤が招いたのならば、そのすぐ側に居て共に消失した者達だけが命を落とす事はないだろう”という論拠からくる主張である。
あの現象の詳細も、藤の目的も解らないこの状況で、確かだと言える事など殆ど無かった。
「…………ここまで、かな」
坂は、誰もが沈黙する部屋の中でそう呟いた。
そんな彼になのか、それともその場の来客全てに対して言ったのか。由は、彼女にとってこの場で最も聞いておきたい質問をしようと思った。
「一つだけ、聞かせて貰えますか?」
「僕達に答えられる事……いえ、僕たちが解る事ならなんでも」
「うちの良明と陽は部活をしている時、幸せだったでしょうか?」
衛は顔を落とし、坂は黙り、石崎は眼を見開いた。
直家、リンは一様に口にするべき言葉を持ち合わせておらず、その場は由の悪意の無い質問により沈黙に包まれかけた。
『しあわせだったよ』
唯一。由の質問に唯一答えられる者こそ、彼等兄妹が事件に関わる発端となったドラゴンである、レインだった。
『わたしがアキを乗せて飛んでるとね。アキはいっつもわたしの首を優しく撫でてくれた。アキにとってそれは深いいみなんてなかったんだとおもう。けどね、あの雨の日よりもまえから続くわたしのくるしみは、アキがそうやってやさしくしてくれたから大分らくになったの。だから、だからね。わたしもアキや、アキと同じくらい私の為に頑張ってくれてる陽のためにできる事をしようと思ったの。全力で練習して、全力で試合にのぞんで、全力で二人にあまえたの。そしたらね、そしたらね――』
気づくと、レインは由に抱きしめられていた。
レインは最後の一言を吐く。
『凄く、しあわせそうだったって、おもう』
ドラゴンの言葉は、ある日突然解る様になるという。
特に、ドラゴンと想いが強く共有出来た瞬間、それは本能的に竜の言葉を解釈するファクターとなる。
英田兄妹にとってそれは試合の日だった。
そして、この世界から消失した彼等の親である衛と由がドラゴンの言語を理解するのに、このレインの言葉はあまりにも十分だった。
※1・・・・【1.兄妹と龍球 雲の向こうに在るのは(1)】参照
※2・・・・【1.兄妹と龍球 慙悔と期待と(3)】参照
※3・・・・【1.兄妹と龍球 ターニングポイント(2)】参照
※4・・・・【2.虎穴の双竜 鎖の轍を踏みしめて(6)】参照
※5・・・・【4.真夏の暁光 滞留し、充填される熱情(6)】参照
※6・・・・【5.護るは命運、喰らうは栄光 空を泳ぎ海を飛ぶ(6)】参照
※7・・・・【6.ダンス イン ザ スカイ 黄昏の告白(5)】参照




