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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
7.誰がために
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カナタへ(4)


 けやきは、解せなかった。


 下方二十メートルに見える双子達と自身の手に握られた【キューブ】を見比べながら、思う。

(何故あの時、藤は私までもを上空に向かわせた? 藤が最上階で直面していたあの状況、ただ事では無かった。三池が先行していはしたが、私もあの場に加勢すれば、より状況は捌きやすくなっていた筈だ……)

 けやきは、追手の動きを見定める。

(私の身を案じて戦いに参加させなかった……? いや、それならばそもそもあの場から逃げる様に言う筈だ。何故良明達と共に上空へと向かう様に指示を出した?)


「樫屋ァ!」

 迫りくる追手は後方十メートル。

 今しがたけやきの名を呼んだ声は、左方二十メートルの所からだった。

「安本か」

「手伝わせろ! どうすればいい!」

「安本、これ以上首を突っ込む事は無い! 人生を棒に振る事になりかねないぞ」

 サイの背の上の安本は、けやきの背後を指さしてこう言った。

「それは、あいつ等全員説得してから言ってくれ」

 安本に向いていたけやきは振り返る。


 そこには、二十を超えるユニット達が安本同様に駆け付けていた。

「樫屋さん! あなたがやろうとしている事、詳しくは知らないけど、筋は通ってるんでしょ?」

 誠雲館高校元主将・丸江は、溺愛する後輩で二年生の早山と一年生梶田を背に胸を張る。

「春の一回戦でボロ負けして、夏の一回戦でもボロ負けしたエンジョイ勢の私等だけどさ、手伝いくらいは出来るから! あ、私達の事覚えてる?」


 けやきは誠雲館高校の面々の傍らに視線を移す。

 連山(つらねやま)高校二年生であり隻腕の新部長として近頃話題になっている・相生(あいおい)裕子のユニットを囲む様に、彼女の親友角川(かどかわ)朝美、既に引退した偉大なる先輩・源治、大井、江別のユニットも滞空している。

 源治薫子は、周囲から”お母さん”という愛称で呼ばれているイメージそのままに微笑んでこう言った。

「みんな、みーんな、泥臭いの大好きですから」


 市立翁野(おおの)高校二年・女ったらし城之内は、このままスカイダイビングでも始めそうなテンションで、興奮気味にけやきにこう言った。

「美人さんの為ならえんやこらぁ!」

 それに続いて彼の友人である谷本は、自分はそんな不純な動機ではないとでも言いたげに、叫ぶようにこう言った。

「の、乗りかかった船ですから!」

 そんな二人を呆れ顔で見ているのは彼等と同様二年生である部長・望月である。

「時と場所くらい選べ。この恥さらしが……」

城之内は、望月に取り合う様子は無くけやきを指差して言う。

「谷本! 望月! この人だよ!! 俺がこの前車の中で言ってたの!」

「ゆ、び、を、さ、す、な!」

 望月は、上空七十メートルで城之内を竜から引きずり降ろそうとした。


 けやきは首をかしげる。

(……誰だ?)

 無理も無い。けやきと翁野高校の面々とは面識が無い。翁野高校は春大会で三池が欠場していた時の竜王高校に勝ったチームであるが、それ以外にけやきを含む繋がりとの直接の接点は一切無いのである。

 にも拘らず彼等が今この場に加勢している理由は、城之内の謎の使命感によるものである。


 他にも、大虎高校と夏大会の一回戦を戦った・西薗(にしぞの)商業高校や、竜王高校と技を競った学校の多くがその場に駆け付けている。

 無論、関わりを持つ者達全員がそこに駆け付けていたわけではない。世間や法律を相手に身体を張ろうとする大馬鹿者などそう多くは無くて当然である。

 だがしかし、だからこそ、一つ確かな事があった。


(今ここに集った面々は、その誰一人として半端な覚悟でこの場には居ない)


 けやきは、誠意をもってこう言った。

「私は、【キューブ】(これ)が何なのかを知らない。ガルーダイーター本部に監禁されていたという、後輩の親友がこれを持って上空に逃れる様にと指示したのでそうしたまでだ」

 ちらと眼下を見る。追手との距離は、もうさほど無い。

「だが一つ確かな事は、これは園宮が手にし、必要としている物だという事。或いは、これがあればガルーダイーターが抱える内情を曝け出せるかもしれない。だから、私は、龍球部の存続をこれに賭けようと思う。これに同意してくれる者は――」


 流線形の竜具を装備したドラゴン。先陣を切った最初の一ユニットが、けやきの背後へとその姿を現した。ドラゴンはばさりと翼を広げ、その背の上の騎手は声も無く彼女の肩へとその手を伸ばす。

「――協力してくれ!!」


 けやきは、【キューブ】を安本の胸元へと投げた。

 かくして、敵味方入り混じっての争奪戦が開始される。

 各学校の少年少女は皆私服に身を包み、ドラゴン(とも)に竜具をつけていたりいなかったりしている。


 警備会社アイアンエッグの現場担当部署・クライアント向けの名称として”オルハリコンチーム”などと名乗っている部隊の隊員達は、その大仰な名前の理由を知って久しい。

 すなわち、そんな名前を付けておいて生半可な仕事をすれば、会社の信用と自身のプライドに傷をつけるという意識を全隊員に浸透させる為のネーミングである。

 意識高い系。とでも表現するべきか。

 ともすれば痛々しいとも表現されかねないその精神は、だがしかし弛まぬ訓練により、能力という形で確かに結果を成していた。


 例えば、日々の放課後を龍球の練習に明け暮れる少年少女と、互角に渡り合える竜術のスキルがそのひとつである。


「展開:インフィニットウェブ!」

 と、指示が飛ぶのをけやきは確かに聞き取った。

「陣形だ! みんな、相手の群れから離れろ!!」

 安本は【キューブ】を名も知らぬ同志へと投げ放つと、周囲を見回した。あと一秒遅ければ、完全に相手の群れに包囲されていた。悟り、肝を冷やす。


(我々にとって未経験の、スリーオンスリー以上の”群れと群れ”による戦い。それを、相手は熟知している)

 けやきはガイを旋回させ、相手ユニットの動きを観察する。

(彼等の身のこなしにはファウルという概念は無く、彼等が構成しているこの陣形は、つまり……ッ!)

 【キューブ】は未だ敵の手には渡っていない。けやきは、最低限状況を確認すると、自身達も攻防の渦の中へと身を投じていった。

「群れの構成人数の半分程の角を持つ蜘蛛の巣の形に展開した陣形を、上下に二段。つまるところ、相手の陣形はソリッドウェブフォーメーションをさらに発展させたものだ!」

 けやきの元へと【キューブ】が渡る。

 彼女は、三ユニットもの相手を自力で退けると、手に持っている物を翁野高校望月へとパスした。


 パスは繋がれ、龍球競技者達は相手を退け続ける。そのまま十数秒は経っただろうか?

「あーちゃん、プロって言っても意外となんとかなるもんだね」

 パスを受け取った朝美は来須ユニットへと受け流す様にそれを投げ、親友に応える。

「ほんとねー」

 その何気無いやり取りは、連山高校龍球部の日常の様だった。だが。

「……いや、違う……違うぞ」

 後輩二人の会話を聞いて、彼女等のかつてのリーダー・江別は気づく。

「このままじゃあ、人数で負けているこちらが体力的にジリ貧になる! 俺達の勝利目標を設定しない限り、こっちに勝ちはない!!」

 これが、若年者に死傷者を出さず、且つ確実に【キューブ】を奪還する為の相手の作戦だとけやきは即座に悟った。


『見ろ!』

 ガイがある方向へと向いて吠えた。

「やっと来た!」

 誠雲館高校梶田は、藁にもすがる様な想いを表情に込めて彼等を見た。


 英田兄妹を乗せたシキ。

 そして、藤と三池を乗せたクロがついに攻防の現場へと追いついた。


 けやきは周囲の仲間達に凛とした声を張り上げて伝える。

「私がさっき言ったのは三池の後ろに座っている、彼だ! 藤、指示を!!」

 遠くけやきに求められ、藤は三池の背後から身を乗り出そうとする。「肩、使え」と言って三池が姿勢を低くしてやると、藤はその両肩に手をついて叫んだ。

「【キューブ】をこちらに!」

 即座に相手の群れの中で指示が飛ぶ。

「確保対象:少年二人を乗せた合流騎!」


 【キューブ】を持っていた源治が、華麗にして上半身のバネを存分に使ったフォームでシキの方へと手に持っていたそれを投げ放った。

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

 双子が声を揃えるのと同時に、各校の龍球部員達は一斉にオルハリコンチームの前へと躍り出た。


「いい加減にしろ!」

 隊員の一人が怒鳴ると、望月は冷静にこう返した。

「ここは通すわけにはいきません。あのキューブは、僕達高校龍球競技者にとっての”最後の可能性”なんです」


「藤! んでこっからどうすりゃいい!」

 すさまじい速度で降下していくクロ、ガイ、シキ。背の上には夫々三池と藤、けやき、良明と陽が変わらず腰を下ろしている。

 三池に問われた藤は、地上の一角を指差して答えた。

「兎に角、地上の誰も居ない所……あの、駐車場のど真ん中の人が居ない辺りに降りて!」

『まかせろ!』


 クロがギリギリまで速度を落とさずに滑空して指示通り駐車場の真ん中へと降り立つと、他の二頭もそれに続いた。

 藤は辺りを確認する。

 ガルーダイーター本部。一階出入り口付近では、未だ機動隊とアイアンエッグの混成部隊が過激派と攻防を続けている。藤達の存在を気にして近づいてくる隊員は居なかった。


 駐車場出入り口付近。

 あくまで座り込みのみを続けている者達は、下降してきた一同を指さして口々に何か言っていたが、それは群れの半数で、もう半分は上空の攻防を顔に手を翳しながら見守っていた。上空では龍球部とそれを突破しようとしているオルハリコンチームが、さながら龍球の試合の様に時に睨み合い、時にフェイントをかけて争っている。

 が、それも長くはもちそうになかった。

 数で上をいくオルハリコンチームの何ユニットかは、既に一帯を突破して下降を開始していた。


(く、時間が無い。予定は狂うけど、このメンバーで行く(・・)しかないか――)

 藤が何がしかを決断しようとした時、駐車場出入り口の群れの中から走って近づいてくる者の存在に気が付いた。

 二名。どちらも男性だ。

「山村!」

「兄さん!?」

 三池と、けやきが同時に叫ぶ。


 その姿に、藤は決断を躊躇った。

 その時の彼の思考はこうである。

(このままじゃ、彼等は僕と同じ様に……いや、躊躇うな! 最初から解っていた事だよ、アキも英田さんも、ドラゴン達も、みんな、みんなこの世界とは離れ離れになる……ここまで全部解っててやってきた事じゃないか!!)

 その時だった。


 本部の建物の方から、降りてくるドラゴンが一頭。その背の上には、

「園宮!」

 三池が見上げ、その場の誰もがそれに倣う。

(くそ! みんな、ごめん!!)

 藤は、その胸に抱きかかえた【キューブ】と呼ばれる何がしかに、意識を集中する。そして、こう呟いた。

 その場の誰にも気づかれない程、小さな声で。


「マエム・ラッセル・リンク・ウェング」


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