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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
7.誰がために
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カナタへ(3)

 一斉に振り抜かれる警棒をその身に受けながら、三池は一切勢いを衰えさせる事なく最初に警棒を叩きつけてきた男の鳩尾へと膝蹴りを食らわせた。

 崩れ落ちる隊員を見て、誰かが呟く。

「おいおい、こっちは防弾チョッキ着てるんだぞ……」

 三池は、眼の色を変えて周囲の者達を見回す。

 鬼、或いは龍を連想させる射殺しそうなその眼光は、彼女が試合の際に時折見せる完全集中の状態そのものだった。

「おらおら、暴れ足りねぇぞ?」

 三池は嘲笑う様にそう言うと、手をちょいちょいと動かして喧嘩(・・)の続きを促した。



「藤、退け。部屋が開け放たれた以上、君に勝機は無い」

「三池さんの強さは常軌を逸してますから。ほっとけば全員倒して帰ってきますよ。それに、今や警備員も機動隊も階下へと分散している。三池さんの相手をするには役者不足っていうヤツですよ」

「……解るだろう、藤――」

「最早、問答は不要です」


 藤は園宮に対してついに感情的な恨みの視線をくれてやり、命令口調でこう要求した。

「そのキューブを寄越せ」

「断る!」

 炎が藤の周囲を襲い、彼の前方にだけ空間が開けた状態となる。藤がその空間へと身体をねじ込む様にして駆けて行くと、周囲の空気が熱を帯びている事に気が付いた。彼はその手の武器を振り下ろし、前方の空気を両断する。


 園宮が居る前方へと突進していく藤の左右で爆炎が巻き起こり、園宮と彼を繋ぐ空間の熱源は消失した。

 藤の視界右側に、けやきとガイ、良明、陽、そしてシキが姿を現している。

 立方体の様な物から吹きあがる炎を目の当たりにし、竜術部の面々は眼前で起こっている現象に驚きの表情を隠せない様子だった。

 園宮が焦りの表情で彼等数名の目撃者を見るが早いか、藤は己の武器を投げ捨て、園宮の持つキューブへと飛びかかった。

「ほら、園宮さん。爆発を使ってみてくださいよ。この状況でそんな事すれば、彼等が全てを目撃する!」

 顔を煤にまみれさせて笑む藤は、勝利を確信した。


「藤! 何が起こってる!!」

 良明がシキの背の上から尋ねた。藤はその良明の問いかけにより、彼の意識が自分へと向いていると確信することができた。

「離せぇ!」


 園宮の両手から、ついにキューブが剥ぎ取られた。


 藤は、それを良明の元へと放って投げてこう叫ぶ。

「それを持ったまま、可能な限り上空に逃げて! 樫屋先輩達も!」

「お、おう?」

 困惑する良明を藤は急かす。

「はやく!」

「わ、解ったッ!」

 言われて、良明と陽を乗せたシキは両翼を大きく羽ばたかせて上昇を始める。けやきとガイもそれに続いた。

「やめろぉ! それを返せ!!」

 必死の形相でそう言う園宮が、良明の心の中でささやかに引っかかった。


 今しがた駆け付けた者達にとって、状況など全く解らない。

 ガルーダイーター本部最上階で爆発が起き、三池に続いて駆け付けたら藤から謎のキューブを放り投げられ飛んで行けと言われた。


 だが、やる事は決まっていた。

 目の前には必死の形相の男性と、事情を全て解った風な少年。

 男性は憎き軍勢のトップで、少年は心からの信を置く友人である。


 どちらの意思を尊重するかなど、兄妹にとっては愚問以外の何物でもなかったのだ。


 上昇していくシキ。

 園宮は、その場へと頽れた。


「園宮さん。俺の……勝ちだ」

 階下の衝突によるものだろう。建物が軽く振動している。

 だが、そんな事はどうでも良いといった風で園宮は絶望の表情を浮かべるのである。

「さっきも言いましたけど、別に僕はこの世界の人々を扇動して、向こうの世界を支配したいワケじゃないんです」

「…………信用できるものか。あの【キューブ】がある限り、お前達はこの世界とあちらを――」

 園宮は、はっとして顔を上げた。


『稼働シグナルの分類は? いや、端的に何がキーで発動するのかを教えてください』


(先程、この少年はそう言った。この少年は【キューブ】の起動方法を知らない! 私が今ここで命を絶てば、この少年による反乱だけでも阻止できるッ!)

 園宮は首を横に振る。

「……いや、だめだ。それでは今後この世界でドラゴンと人との繋がりを抑止する存在が居なくなる」

 藤は、何も言わずに園宮を見ている。

 園宮は、全てを失った今にあって、こう言い放った。

「お前は……【キューブ(あれ)】の使い方を知らない筈だ!」


 藤同様に頭から血を流した状態の三池が、出入り口付近でぱんぱんと手を払い、周囲の敵が立ち上がってこない事を確認している。

 藤はその様子に気づきつつ、園宮に答えた。

「……実の処を言うと、見当はついてるんですよ。なにせ、僕は貴方の転移に巻き込まれた少年ですから。貴方が口にした起動コードも、一字一句忘れていない。ただ、確実に正解かどうかは解らなかった。だから確認しようとしたまでです」

「…………」

「マエム・ラッセル・リンク・ウェング。近くでそう発音する事がこのデバイスの起動条件。違いますか?」

「…………その問いに、何の意味がある」

 園宮の絶望に満ちた声が、それが正解である事を物語っていた。


 会議室の出入り口から三池と、それからクロも部屋へと入ってきた。

「おう、藤。ケリついたのか?」

「三池さん」

「おう?」

「説明は後でしますから、ちょっと手伝ってくれませんか? クロさんも」


 三池とクロは口々に返事する。

「いいけど、なんだよ手伝いって」

『構わないぜ、色々とワケありの様だしな』

 藤は切なそうに俯き、呟く。

「ワケありも、いいトコですよ……」

 それを見て、驚きの表情を浮かべたのは三池である。

「あれ、お前(ドラ)語解んのかよ!」


 ”ワケあり”の部分の内容に頓着する様子が無い彼女に藤ははっとして、ほんの一瞬焦りの表情を浮かべた。が、三池にもクロにもそれを気づかせないタイミングで表情を引き締め、こう答えた。

「この日の為にマスターしたんですよ。……それより、アキ達のところに行きましょう。上空に居るので乗せて行ってくれると助かります」

『了解だ』


 部屋を出ていく少年達を、園宮は魂が抜けた様な表情で見送った。

「私は……もはや、護るべき祖国があるかどうかも解らないままに戦い続けなければならないのか…………」

 膝をつき、仰向けに倒れる。

 大の字になって焦げ付いた天井に眼を向ける園宮。

 自分の正義を信じ、たった一人の戦いを最後までやり抜いた戦士だけが浮かべられる、誇らしい表情。男は、現状に絶望しつつもそんな顔をしていた。


 だがそれでも、彼には解らないのである。

「善と悪。ただ、それだけが今の俺には解らない……」

 呟いた彼は、はっとして目を見開く。

 胸ポケットを探り携帯電話を取り出すと、折り畳み式のそれを片手で開き、上体を起こして電話帳から発信先を選んでダイヤルする。

『園宮さん! ご無事ですか!? 今数名がそちらに――』


「上空へと逃げた子達を追ってやってくれ。手製の爆弾を抱えてどこかに飛んで行ってしまった」

『なんですって!?』

「自暴自棄になっている。もしかしたら、座り込みをしているだけに止まっている群集の中にアレを放り込む恐れもある。急いでくれ」

『最上階の爆発も、それによる――』

「急げ!」

『しょ、承知しました!』


 一方的に電話を切ると、園宮は座りこんだままの低い視線から、空を見た。

 ボロボロになった窓枠の向こうに、鮮やかすぎる青が広がっている。



 藤は、クロに対して「急いでください」と要求した。

 クロの手綱を手にしているのは三池。その背後で藤は、クロのごつごつとした鱗に掴まっている。いかんせん、クロが竜具を装備していない所為で身体を固定する場所が無いのである。それはつまり、三池と藤を乗せたクロが角度をつけて一気に上昇していく事が出来ないということを意味していた。そんな事をすれば重力のままに藤は遥か数十メートル下の地面に向けて真っ逆さまだ。


 藤は、焦りの表情をその顔に湛え上空の良明達を見た。

 出来るだけ高くとは言ったが、限度はある。彼等はどこかで自分を待って待機している筈である。

 クロは解らないと言った表情で彼に尋ねた。

『で結局、最上階では何が起こってたんだ?』

「端的に言えばあの男に殺されかけてたんですよ。それより、良明達に渡した物……あれを何とかするのが先決です」

「渡した物だぁ? ああ、なんか園宮のじじい、四角いやつ持ってたな。アレか」

 藤は三池の背に向かって頷く。

「そうです」


『……藤、良明達に追いつくまでに時間がある。それまででいいから先行して説明してくれ。状況が解らないと何に注意すればいいのかも解らない』

「そ……そうですね」

 藤は、あの道具を説明する為の言葉を探す。

(さて、どう言ったもんか……このタイミングで僕が異世界の住人であり、あのデバイスが異世界との転送装置だっていう事を言った所で、この人達は果たして信じるだろうか?)

 首を横に振る。

(だめだ、それじゃあ僕の最終的な目的も今このタイミングで話さなければいけなくなる。そんな事をすれば、ここまでの下準備が全て無駄になる可能性すら……)


「……あれは、一種の兵器です」

『兵器?』

「兵器……を、園宮が持ってたのか?」

 さすがにアホな三池でもわかる。

 いちNGO団体の代表である園宮が、そんなものを所持する理由などあるものだろうか?

 それも、軍備として数多く用意するのではなく、たった一つを保管していたなど、甚だ意味が解らない話である。


「僕も、詳細は知りません。ただ、あの兵器……いえ、武器かも知れない。兎に角アレから炎を出して俺を攻撃してきたのは確かです」

「それで部屋中あんな有様だったのかよ」

 藤は三池に返事する。

「はい」

 最大のカモフラージュは、嘘を並べないこと。今ここに至るまでに藤が学んだ事だった。

 彼は、心の中で密かに己のしてきたあまりに大それた事を自嘲する。それが意味するところが知られた時、何もかもは白日の下にさらされるだろう。だから、表面上は焦りの色をその顔に湛えたままで、彼はその内面を一切表に出す事は無かった。

『…………』

 少年の声音を、クロはただ黙って聞いていた。


 幾らか飛び続けた後、藤は背後に気配を感じる。

 否、それは気配という曖昧な感覚ではなく。彼等を呼び止める明確な’声’だった。

「止まりなさい! 今すぐ地上へ降りて来い!!」

 三池はちらと振り返り、舌打ちする。

 見れば、左腕に見覚えのあるエンブレムが入った制服を着用している。それは、先程から彼女が嫌というほど目にしている警備会社のロゴだった。

「くそ、アイアンエッグの奴等だ」

 彼等が跨るドラゴンは見た事も無いような竜具を身に纏っており、流線形で構成されたそれらは、相手のあらゆる攻撃を受け流す為にそうなっている事に疑いの余地が無かった。戦闘型竜具。かつての世界大戦で用いられた物を現代の科学により洗練させ、会社独自の装備として配備していると、テレビか何かで見た覚えがあった。


「この高さじゃ下手に手を出せねぇ」

 見れば、高度は既に五十メートル程に差し掛かっている。落ちれば最悪命を落とす事が容易に想像できた。

『見ろ!』

 クロに促され、三池は前方へと眼を細める。

「!」


 英田兄妹を乗せたシキを取り囲む様に、アイアンエッグの現地担当社員達を乗せたドラゴンがクロを追い越していく。その先頭が、今まさに良明の懐へと手を伸ばそうとしていた。

「アキ!!」

 と叫んだ藤に対して、良明はぐっと親指を突き出して見せた。


 藤だけではない。誰もが気づく。

 今、【キューブ】は良明の手の中に無かった。

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