表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
7.誰がために
179/229

闘争(5)



 昨日、藤が仕掛けたガルーダイーター本部建物への襲撃に乗じ、彼はまずビル一階のトイレへと隠れた。そして夜になったタイミングで警備が建物外へと集中された時を見計らい、慎重に慎重を重ねて八階までを内部の階段で登る。

 暗闇に乗じて八階にたどり着いたところで、やはりというべきか警備はより厳重になっていた。止む無く給湯室の天井裏へと入り、身を潜めて現在に至る。


(ああも簡単に建物への侵入を扇動できたのは、相手さんが座りこみ側に送り込んだ人員で敷地内を荒らしまわってくれたおかげだけどね。まぁそこも計算通りだったんだけど……)

 腕に巻いたデジタル時計で時刻を確認する。正午を二分過ぎたところだった。

 手探りで階下へと続く蓋を見つけて一時間。どうやらその蓋の下は倉庫の様な場所に通じているらしく、藤が五ミリ程の隙間から見る空間には何が入っているとも知れない段ボールが雑に積み重ねられていた。

 漆黒の空間の中で、その部屋に関係者の出入りが無い事の確認を初めて一時間が経過した事により、藤は意を決した。


 音も無く、天井裏と倉庫を繋ぐ蓋を開く。

 念のため周囲を確認。その後、藤は腕の力で身体を支える様にして倉庫内へと降り立った。

 四畳半程の広さの空間に姿を現した少年は、ホームセンターで売っている様なグレーの作業着の上下を身に纏っていた。

 理由は簡単であり、極めて合理的だった。

 見つかった時に申し開きの一つでもし易い様にというのと、各部のポケットに物を入れて携帯しやすいから。


 例えば、今彼が肩のポケットから取り出した小型のペリスコープ。

 所謂潜望鏡の様な形をしたそれは、直径一センチも無いレンズを備えており、筒の部分も同様の太さしかない。

 ドアの下部からそれを差し入れると、藤は眼を凝らして外の様子を窺った。

(ここ外の廊下には見張りはナシ……ただ、下の階までは無かったとはいえ監視カメラの一つや二つはついてると思った方がいいか……)


 そっと、ドアノブに手をかけ、倉庫を開く。


「…………」

 グレーとブルーのタイルカーペットが市松模様を描いている廊下は、当然だが荒らされた形跡などなく綺麗なものだった。酷い有様の一階と同じ建物とは、とても思えない。

 藤が懸念した通り、廊下には監視カメラらしきものが見て取れ、恐らくは藤の姿も既に捉えられていると思われた。


 藤は予め頭に叩きこんでおいた地図を頼りに、迷う事なく上の階へと続く階段に近づいて行く。

 と、そこで男性二人の話し声が聞こえてきた。

「――午後は外だよ。兎に角報道が収まらないことにはな」

「まぁ頑張ろう。色んな考え方はあるだろうが、これが俺達の仕事だからな」

「アレだ。弁護士みたいなもんだよな」

「ああ……上手い例えだな、それ」


 藤は、歩みを止める事なく階段へと近づいて行く。

 曲がり角から頭を出し、踊り場を見上げると警備会社の制服を身に着けた男性二人の姿が視界に入った。

 瞬時に身構える二人に対し、藤は及び腰な態度をとってこう告げる。

「あ、すいません。私、園宮代表にご報告したい事があり只今棟内に戻った山賀という者ですが」

 男のうちの一人が否定して問う。

「いやいやいや、若すぎだろ。誰だあんた」

「よく言われるんですが、私これでも二十一でして……ええっと、園宮代表には、”金眼の竜の件を突き止めた”、とお話戴ければお取次ぎいただけるかな、と思うのですが……」


 男二人は顔を見合わせる。

「んー、少し待って」

 幾らか間をおいてそう告げ、一人が上の階へと戻って行った。

 残されたもう一人は最初に藤の事を疑った方で、今尚警戒を解かずに彼を踊り場から見下ろしている。

 大理石柄のビニルに覆われた階段、黒い手すりに白い壁。

 照明が落とされた空間は、時が止まった様に二人に沈黙をもたらした。


 一分後、上での確認を終えた男は藤を促し、同僚と共に階下へと降りて行った。

 藤にとって、これは大きな賭けだった。

 現場の空気次第ではこうはならなかった筈である。そもそも、だからこそ藤はここまでこそこそと建物の中を慎重に上がって来たのだ。

 目標とする部屋まで、直線距離にすればもう二十メートルも無い筈である。


 藤は高鳴る鼓動を必死で押さえながらも、計画の無慈悲さを忘れる事は無かった。

(ここに至るまで。今日、この瞬間を迎えるまでに、俺はどれだけの犯罪を重ねてきただろう? レインを土手に閉じ込め、アキや英田さんや皆を騙し、大会を自分の目的の為に利用し、ついには彼等の人生すら狂わせようとしている…………)

「でも、それでも……」


 藤は、歩きながら懐のポケットから何がしかを取り出し、見つめた。

 じゃらりと銀のチェーンが伸びるそれは、警棒の様な形をした道具、或いは武器だった。

 感触を確かめる様に二度ほどそれを握ると、懐へと戻す。


 数名の警備員が待機する九階を超え、十階に差し掛かる。

 最上階に位置する会議室の前には、合計十名の警備員が藤を待ち構えていた。

「お疲れ様です」

 自分からそう挨拶して藤は会釈すると。両開きの扉の前で立ち止まった。

「園宮さん、金眼の竜と新掃(あらばき)計画について報告に上がりまし――」


「入れ」


 部屋からの応答は、藤の発言を半ば遮るタイミングだった。

 その対応で藤は確信する。

(よし。相手は焦ってる。俺の思惑通りだ)


 十階、会議室を塞いでいた立派なこげ茶の扉が開かれた。


 警備員の群れ。扉。十メートル四方ほどの会議室。

 長机が並べられた会議室には外と変わらず青とグレーのタイルカーペットが敷き詰められており、ガラス戸は全てカーテンで閉じられている。

 が、外の光を遮っているのはどうやらそれだけではないらしい。カーテンの隙間からちらと見て取れるベニヤ板は、狙撃やドラゴンによる襲撃を阻む為の物だろう。

 蛍光灯が部屋を夜中の様な鈍い明るさで照らしあげ、壁紙の白がその光を反射していた。


 会議室の中には一人の男性の姿があった。

 身長百六十センチ程度、小太りで、口ひげを蓄えた堀の深い顔立ちの六十代だ。

 グレーのスーツを着ており、代表然とした威厳を漂わせる眼光は、悪人のそれの様には藤には見えなかった。


「扉を閉めろ。こっちに来い」

 男が藤にそう言うと、藤はそれに従った。

 後ろ手に内側から鍵を閉め、藤はゆっくりと歩いて男の方へと向かう。

 その途中で、尋ねた。

あなたが園(・・・・・)宮さんですね(・・・・・・)?」

「お前は誰だ。何故金眼の事を知っている。そして新掃(あらばき)計画とは何のことを指して言っている?」


 藤は男の五メートル前で立ち止まると、可笑しそうにくくくと笑った。

「何がおかしい。この騒ぎはお前が仕掛けた物か?」

「意外と、人間臭い人なんですね。園宮さんって」

「質問に答えろ! 一体、何が狙いだ!!」

 藤は、怒鳴った園宮を鷲の様な眼で睨みつけた。声は一言も発さず、園宮へと殺気ともとられかねない様な気配を叩きつける。

 園宮は身体の動作にこそその時の心境を現さなかったが、黙った。


「……貴方の正体を知る者ですよ。ここの地下で監禁されていた金眼のドラゴンのうちの一頭は僕が助け出しました」

「んなっ、貴様が……!」

「新掃計画。今しがたその単語を僕が口にしたのは、そう言えばあなたにだけは意味が通り、ここに通してもらえると思ったから言っただけ。言葉自体に意味はありません。ええっと、それから……そう、この騒ぎは僕が起こしました。こちらに貴方宛てで”高校生の龍球競技者が大規模な運動を起こして世論を覆そうとしている”という偽の資料三十八点を送付したのは僕です。そうすればあなたは先手を打って全国の龍球部を潰そうとすると思い、やりました。そうする事でご覧の様に騒ぎになり、その騒ぎに乗じて僕はこうしてあなたの所までたどり着けた……まだなにかありますか?」


 園宮は、あくまで冷静に質問を続ける事をした。

「…………お前は……どこで私の事を知った?」

 藤はそんな園宮へと近づきながら答える。

「……園宮さん、僕は……僕が貴方に望むことは、あっち(・・・)に帰してもらう事だけなんだよ、本来は!」

 園宮の眼前へと迫った藤は、その右手で園宮がポケットに突っ込んだ手を捻り上げた。

「っうぐ!」

 その手には、開かれた携帯電話。


 ディスプレイには、”11”の文字。


火事なん(・・・・)て起きてな(・・・・・)いですよ?(・・・・・) 園宮さん」

「…………」


 藤は、虫を見る様な眼で園宮を見ながら、言う。

「ここまで言えば大体察しがつかないもんですかね? まぁいいや。いいですか、園宮さん」

「…………」

「僕はね、園宮さんがこんな風に乱暴なやり方をしてドラゴンと人間の繋がりを断とうとしなければ、もう少し穏便なやり方で貴方に近づいた筈なんです。いや、そういうやり方しかできなかった筈だ。けど、こんなにも醜く世の中を操る貴方に、マトモに取り合ってもらえるとはとても思えなかったんだ。仮にコンタクトが取れたとして、命の危険に曝されると思った……まぁ、危険なのは今のこの状況も同じですけどね。けど今僕が殺されでもしたら、数千人の目撃者と報道が黙っちゃいない。なにせ、僕の友人達は僕がここに監禁されていると思ってますから」


「…………お前、まさか」

「やっと察してくれましたか。シルトンの(・・・・・)フジと申します」

 藤は大きくため息をついた。

「何故だ! まさか、別の行き来する手段が!?」

「言ってるでしょう。僕は向こうに帰りたいんです。それが出来ないからこんな大それた事をしでかしている。もういいから、とっとと帰る方法を教えてください」


「そんな、まさか……私以外にも…………」

「園宮さん、あんたがこの世界でやろうとしている事が、エルフ弾圧(・・・・・)の手助けである事はあの世界の人間なら誰もが理解できる……あんたは悪だ。間違いなく」

「ちがう! それは違うぞ!!」

 園宮は必死に、懇願する様な表情で訴える。

「私は、エルフだヒトだなどという次元の事を視野に捉えているのではない! この世界のドラゴンとヒトとの繋がりを断たねば、あの世界とこの世界が繋がった時、我々は確実に破滅を迎える! 君にも容易に想像できる筈だ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ