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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
7.誰がために
177/229

闘争(3)

「ほら、食え」

 と、言って三池が双子に差し出してきたのはカツレツを模した駄菓子である。

 なんでも、学校の傍に在る行きつけの店での人気商品だそうで、一つ三十円という駄菓子ならではの値段設定が魅力なのだそうだ。


 家や学校の近所に駄菓子屋など無い兄妹にとって、それは新鮮な驚きのある味と食感だった。

 味だけで言えば所謂トンカツソースのそれに似ているのだが、薄く、それでいて多少の歯ごたえがある肉は、中央に刺さっている串に驚くほどしっかりと固定されており、それにより二人がかつて体験したことが無い食感を生み出していた。


 コンビニと民家に挟まれた裏路地の一角で、エアコンの室外機に腰を預けて食べる夕飯は背徳感に満ちており、このふざける余地の一切ない状況にあって彼等英田兄妹を否応なくワクワクさせているのは否めなかった。


 陽は、「それで」と言って切り出す。

「宿、どうします? かれこれ二時間くらい探してもやっぱりどこもかしこも満室でしたけど……」

「俺な、思ったんだけどよ」

「はい」

「はい」

 三池は、自分が大真面目に話そうとしている所で声を揃えて返事してきた二人に対し、リアクションしようとして、やめた。

「この夜の闇に乗じて一気に助け出す……つうのはどうだ」

「でも、見張りはしっかり居るんじゃないですか?」

 良明は真っ先に感じた点をそのまま口に出してみた。


「まぁ、そうなんだけどよ。昼間にやったらやったで、座り込みしてる側の奴等を巻き込む事になんぜ?」

「ああ……」

「ああ……」

 陽は、五百円もするコンビニ弁当を袋から取り出し、膝の上で開く。

 どういうわけか三池からは見えないように、ビニル袋を目隠しにしている。

「まぁ、逆に昼に助け出すんならよ」

「はい」

「はい」

「さっき、集団で殴り込みに言ってたアホ共を利用しねぇ手はねぇわな。藤っつったっけ? そいつが中で監禁されてるって事をあいつらに話せば、そりゃあもう大暴れするだろうよ」

「有り難いのは、ふっさん……藤、自身から連絡があって、彼が地下倉庫に居るっていうところまで解ってる事ですね」

「んだな。……あ、陽、気にせず食えよ。アキも」


 陽は「あ、はい」と返事すると、開けた弁当の手前で箸を割った。

 三池は、そんな彼女の様子をまじまじと見つめた。

 陽の手元と自分の視線を遮るビニル袋はいかにも意味ありげで、まるで彼女が自分が食べようとしている物を見られたくないかの様に見て取れたのだ。

「なぁ、陽お前何買ったんだ?」


「あ、えとその……」

 と、なんだか凄く申し訳なさそうに彼女が明かした手元には、トンカツ弁当があった。

「ああ、悪い悪い、被ったな」

「すいません! 駄菓子(ラージ・カツ)美味しかったです!」

 三池はけたけたと笑って食事を促した。


 そんな二人のやり取りを見て、良明は首を傾げた。

「なんだよ、てめぇもトンカツ弁当……じゃねぇな。なんだそれ」

「のり弁当です」

「なんだよ、そこは二人して被って笑わせにくるトコだろ」

「陽がトンカツ弁当選んでるの見てこっちにしました。陽、カツ一切れこんにゃくと交換しよ」

「えー、どうしよっかなー……」

「仲いいなぁてめぇら」

 と言いながら三池が取り出したのは、まさかの

「クリーム入りチョコパンですか」

「美味ぇぞー、いつも学校で食ってるのとは違ぇヤツだけど」


 良明は今一度違和感を感じ、首を傾げた。そんな様子の彼に三池は問う。

「ん、アキどうした? なんか不思議な事でもあんのか?」

「いえ、なんか……なんか、違和感があるんですよね……」

「何に対してだよ? 俺が実は双子の姉妹でいつもの俺じゃねぇだとか、ニセモノのコピーにでも見えるのか?」

 念の為だが、そんな事実は無い。

「いえ……弁当……食事…………何か引っかかるんです」


「あ!」

 陽は、箸を止めて兄の顔を見た。

 日は暮れ、街灯はとうに仕事を始めている。陽は「ちょっと待ってください」と言って通りの左右へと足を運び、誰も居ない事を確認すると戻ってきて、こう言った。

「あの駐車場……のこと?」

「……あ……ああ、それだ」

 三池が不満そうに「俺にも解る様に説明しろ」と言ってからクリーム入りチョコパンを頬張る。


「あのガルーダイーターの本部、滅茶苦茶になってましたよね? 駐車場も建物も」

 良明は、自分の頭の中で現地の風景を思い浮かべながら、説明を始める。

「だなぁ」

「壁は壊され、落書きされ、木は折られて、それはもう酷い有様で……」

「だからそれがなんだってんだよ」

 良明と陽は、人差し指をたてて指摘する。

「なのに、ゴミは殆ど落ちてなかった」

「なのに、ゴミは殆ど落ちてなかった」


 三池は、もう一口を運ぼうとしていた手を止め、あんぐりと口を開けたまま双子を凝視した。

「…………」

 確かに、言う通りである。

 現地には数千人の人が溢れ返っており、その中には暴徒化した者も多かった。

 マナーも自尊心も無いような人間が多かった筈のあの現場に、コンビニ弁当の容器やらペットボトルやらといったゴミの類は、それ程多くは落ちていなかったのである。


「えーっと…………つまり?」

 ここから先、双子は一字一句違えずに声を揃えて説明した。

『そもそも、おかしいと思うんですよ。今日日、あんなアホみたいに暴れまわって物を壊したりだとか落書きしたりだとか、そんな暴動がこの世見(よみ)国で起こるなんて不自然すぎます』

「それだけガルーダイーターへの恨みつらみがあったってこったろ」

『にしたって、冷静に考えて、ああはならないと思うんです』

「え、だって事実――」

『ですから!』

「お、おう」

『あの群集の何割かは、ガルーダイーター側の人なんですよ!』

「な、に……?」


『ドラゴンを護るっていう大義名分で、世の中は基本的にガルーダイーターの味方です。あの惨状をテレビで放送されれば、テレビの論調はそりゃガルーダイーターへの同情に傾きますよね?』

 三池にも漸く話が見えてきた。

「ガルーダイーター側が人が集まってきてる現状にビビッて、あえて自分トコの物を壊す事で”座り込みしてる側はアホばっかだ”っていう印象をニュースを見てる奴等に植え付けようとしてる……ってコトか?」

『はい。でも、コンビニなんかで買ってきた物から出るゴミはどうしても人数に関係する。だからゴミだけは少なかった』

「……たしかに、あの時……」

 三池は思い返す。


『銃声だ!』

『銃を撃ったぞ!』

『跳弾して当たったらどうするつもりだ馬鹿野郎!』

『兎に角出ろ! 本当に跳弾して死傷者が出るぞ!!』

『下がれぇ!』


 群集のあの会話は、仕掛け人として”話が違うじゃないか”と言っていた様に聞こえなくも無い。そう思った。

 三池は、何かと何かを天秤にかけて考え込む様な顔になり、視線を地面の一角に突き刺した。

「三池さん?」

「三池さん?」

「……お前等よぉ」

「はい」

「はい」

「外で、そいつら見張ってろっつったらどうする?」


「え?」

「どういう意味ですか?」

「俺が、藤ってやつ連れて帰ってきてやんよ。顔と名前なんざ確認すりゃいいハナシだしよ」

「三池さんだけにそんな――」

「三池さんだけにそんな――」

 良明と陽が立ち上がって三池に反対しようとすると、彼女は二人を見据え、はっきりとこう言った。

「俺一人なら、どうにでもなる」


 腕っぷしの強さ故に言える一言は、並ではない迫力を伴っていた。

 三池があまりにも親しく接してくれているので良明も陽も忘れかけていたが、こいつの運動能力は異常と言っていい。化け物だ。単純な身体能力ならけやきすら上回るだろう。本人曰く、喧嘩も相当に強いと言っていたのを今になって思い出す。

 だが。

「……だめ、です。俺達も行きます」

「……だめ、です。私達も行きます」

 二人は、そう言った。

「ふっさんは、俺達が助けます」

 三池は、この日一番鋭い眼光を良明に浴びせて問うた。

「なんでだ?」


「そうしたいからです!」

「そうしたいからです!」


 薄々。三池は、自分から発せられた問いの切り返しを予想していた。

 それは、例えばこんな内容である。

 ”友人として自分達には助けなければいけない義務がある!”

 ”ヒトに任せて自分達だけ安全な所に居るわけにはいかない!”

 ”女の子一人をそんな危険な目に遭わせられない!”

 最後のは兎も角、良明と陽はそういった”理由”を盾に三池について行くと言い得た筈だ。

 だが、実際は違った。

 行きたいから、行く。極めてシンプルで、直観的な回答だったのだ。


「っかかかかかかかははははは!!」


 三池は、それはそれは豪快に破顔した。

 義理や道義や理屈で塗り固められた理由は、覚悟を伴いにくい。

 しかし感情で動いたならば、それは一分の隙も無く自分自身の責任であり、すなわち夫々に内在する方針。覚悟として断定すべき意思である。

 道義論により正義が捻じ曲げられる事が大嫌いな三池にとって、これほど痛快な回答は無かった。

 まして、友人を助け出すという彼等の正義を、気持ちを、三池自らが理由をつけて押さえつける事などあろうはずが無かったのである。


「み、三池さん……?」

「だめ、ですか……?」

「気に入ったぜお前ら! いいぜ、ついて来い! ただし!」

 二人は身構える。

「何があっても俺の助けがあるとは思うな。てめぇらが決めた道だ。俺を利用することはあっても、俺のサポートに甘えようとは思うなよ?」

「はい!」

「はい!」


 裏路地での食事は妙に美味く、三人は来たる戦いに向けて黙々と腹を満たしていった。

 薄々気がかりだったのは今夜の宿の件だったが、今の自分達に出来ない事はないという謎の確信が、その辺りの思考を阻害した。


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