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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
7.誰がために
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闘争(2)

 英田兄妹の決断の時はついにきた。

 長い戦いの日々や心の葛藤は、この先に待ち受ける出来事と突き付けられる現実に比べれば、まだまだ水面に輪を描いて消えていく波紋の様な小事である。

 ただし、あの戦いの日々を経験して一度は部の存続を達成したという事実はここから先の彼等を常に支える事となる。

 兄妹の繋がりだけで、ここから先を超える事は不可能だ。

 練習の日々と、負けても立ち上がり挑み続ける心意気があるからこそ、彼等はこの場に居合わせた。

 その意味を、考えもせずに。



『今すぐ退去しなさい!』

 拡声器の声が辺りに響き渡った。応答の代わりに怒号が飛び交う。

「一旦出るぞ!」

「いや、今出たらもう入れない! 代表に直談判するなら今だ!!」

「馬鹿! 怪我人が出るぞ!!」

「かまうもんか! 行っちまえ!」


 本来は業者により綺麗に磨かれていた筈の床は今や土にまみれ、その廊下のガラスは割られ、エレベーターは管理会社により強制的に電源を落とされていた。

 白塗りの壁は人の群れにより下から半分以上が見えなくなっており、廊下に隣接する部屋は次々と荒らされている最中である。

 最奥にはシールドを構える機動隊。非常階段へと繋がる踊り場を背に、元々そこを持ち場として割り振られていた十名程が人々の前に立ちはだかっていた。


 幅三メートル程の廊下を行く人の群れの先頭は、最早背後の者達からの圧力で後退する事がかなわない状態となっている。

 そもそも、口々にあれやこれやと叫び声をあげる者達により溢れかえったその場は、誰か一人が何かを言った所で殆ど声が通らない状態と化していた。

 拡声器の声も、十メートル後方の者にはまともに聞き取れたものではない。


 明記するが、ここはガルーダイーター本部の建物内である。

 ガルーダイーターの施設を護る者達は、十七分前に一階の廊下に人々の進入を許した。

 三千人を超えた群集はついに敷地内の駐車場を埋め尽くし、人間の数に押し流される様な形で警備の前線は押されていった。


 その群集と機動隊との境界が玄関付近にまで達したところで、群集のある一角から建物へと投石があった。

 実際に投げられたのは塀などによく使われるコンクリートブロックを二つに割った物、計四つの塊。群集の全く異なる四地点から投げられたそれらは、機動隊の列の頭上を飛び越え、建物のガラスや壁に直撃。機動隊が身構えた瞬間を狙い、前線に紛れていた過激派・および暴徒化した五十人が一気に正面玄関を破壊し、なだれ込み、今に至る。


 まったく、これではどちらが正義か解った物ではない。

 と、思う人間も勿論居る。だが、今建物内に侵入して押し寄せている者達の殆どはそうではない者達である。

 ”ガルーダイーターなんて潰れてしまえ”

 それ以上の理屈も思想も無く半ば勢いで押し寄せ、具体的な達成目標も無いままに上へ上へと進んで行くつもりらしい。わけも解らず巻き込まれた者達一人一人もそれだけは理解していたが、何にせよ、最早この事態は実体の無い化け物がガルーダイーターを襲っている様なものの様に思えてならなかった。


 そんな状況になるまで、この手段を取れなかったのがこの世見という国の警察組織の弱さなのかもしれない。


 バン、バァン、バン


 と、破裂音が三つ。

 素人の耳でも明らかなそれは、

「銃声だ!」

「銃を撃ったぞ!」

「跳弾して当たったらどうするつもりだ馬鹿野郎!」

「兎に角出ろ! 本当に跳弾して死傷者が出るぞ!!」

「下がれぇ!」


 さすがに誰もが現状を把握し、後退を始めた。

 それまで確かに存在していた大量の人間が消失していく様は、あたかも潮が引いていく様だった。

 情報が伝わるまでに一分半、退去を開始するまでに二分弱かかったものの、その流れを視認した機動隊は、それ以上なにかアクションを起こす事は無かった。


 ただ、一つだけ。

 それまで、飛び交う怒号に対して一切のコンタクトをしなかった彼等の前に、一人の少女が残っていた。

 特に現場を担当する班のリーダーというわけでもない一隊員の男は、その少女と短い会話をしたのである。


「いっこだけ訊かせろ」

 オレンジ色の髪に、黒いジャージ上下。

 あの人波にもみくちゃにされてよくも無事だったと思う様な小柄は、それでも何故だか尋常ならざるオーラを醸している。三池は、名も知らぬ隊員に問うた。

 隊員は何も言わず、少女を見ている。

「てめぇ、ガルーダイーターのクソさについては知ってんのか?」

「……………………」

「俺はなにも、だから身を引けとか言いてぇんじゃねぇよ。立ち塞がるならぶっとばすまで。だが、てめぇらが無知でこんなクソどもに味方してんのか、全部事情を知ったうえでそれでも仕事だからこんなクソどもに味方してんのか、どっちなのか知りてぇだけだ」


 男は答えた。

「…………どっちもだ」

「…………」

「これだけの数の人間が居て、一枚岩だとでも思うのか?」

「…………やっぱ、そうか……」

「いいから帰れ。家に。君の様な子が来る場所じゃあない。本当に危険なのは今ので解っただろ?」

 三池は無言で踵を返し、荒れ果てた廊下を五歩ほど戻る。


 三池と会話をした者の横に居た隊員が、同僚達にだけ聞こえる声でこう言った。

「世も、末だな……」


 とその時。

 三池が振り返った。そして、彼女はこう叫んでやったのである。

「危険上等ォ! 解って無かったらここまで来てねーよ! いいかてめぇら、次は一人ででも突破してやっからな! ガルーダイーターのクソトップに龍球禁止撤回させるまで俺は帰らねぇよバーカ! ばぁーか!!」

 あっかんべーして、三池は建物を出て行った。


 最後に建物を出てきたのは三池では無かったが、彼女が群れからははぐれていた事から二人(・・)は直ぐにその存在に気づくことが出来た。勿論三池のオレンジ色の髪が目立っていたからというのもある。

「三池さん!」

「三池さん!」

 既に駐車場の半分まで押し戻された群集の中央で、兄妹と三池は明京に来て初めて顔を合わせた。

「お、てめぇらも来たのか!」

「もー何やってるんですか三池さん!」

「あんなやり方じゃ悪者は私達です!」


 三池は慌てて否定する。

「まてまてまて。石投げたのは俺じゃねぇよ。今んとこ」

(”今んとこ”って……)

(”今んとこ”って……)

「俺はどっかのアホに便乗して突撃しただけだって」

「十分参加してるじゃないですか!」

「十分参加してるじゃないですか!」

「まぁ、そう言うなってよ。こんな暴れ甲斐があるシチュなんてそう滅多にねぇんだしよ」

 双子はこの瞬間確信する。

(ああこの人……楽しんでる)

(ああこの人……楽しんでる)


「てめぇらの方は何人で来た? 俺は一応誰にも声かけずに……まぁ、色々あってクロだけついて来たんだけどよ」

 ”誰と来たのか?”

 その問いのおかげで、双子は気づくことが出来た。良明と陽は、顔を見合わせる。

「なぁ、陽。どうしてこの瞬間まで気づかなかったんだろうな?」

「そりゃねぇ、こんな状況目の当りにしたら何もかも吹っ飛ぶよ」

「なんだよ、何の話だ?」

「三池さん!」

「三池さん!」

「お、おう?」

 不思議そうに双子を見比べる三池に、二人は深々と頭を下げてこう言った。

「お願いがあります! 手を貸してください!!」

「お願いがあります! 手を貸してください!!」

 騒めき続ける群集の中で、二人の声は一際大きく辺りの者の聴覚を刺激した。



 双子が何度か迷いそうになりつついざ現地へと来てみれば、現場は予想を超える大混乱の只中にあった。敷地周辺は人で溢れ、商店はシャッターを閉め、それでもところどころでこれを商機と見込んだ店には客が殺到し、報道関係のヘリがしょっちゅう上空からやかましい音を響かせていた。

 座り込みとは名ばかりの機動隊と群集との小競り合いなど一時間もすれば見慣れる程で、所々では何も問題無い事であるかのようにガルーダイーターの敷地内の物を傷つけたり、破壊したりという光景を眼にした。

 敷地の外周を覆うエンジの塀にはスプレーで落書きがされ、敷地内に植えられた樹木はそのいくつかが理不尽になぎ倒されている。白塗りの建物にはカラーボールが投げつけられ、見るも無残に蛍光色で汚されていた。

 良明や陽はそれらを見るなり正直いささかの失望を禁じ得ず、カステラの縮尺を変えたような形の十階建ての建物を思わず憐れむ様に見上げた程だった。


 とはいえ。

 今、彼等がここに来た理由はこの不届きな群集達とは異なるのである。

 当初ここに来ることを躊躇っていた兄妹だったが、その最たる理由はレインが本当に攫われたのかどうかが不明だからであり、藤自身からかの様な事態を告げられた今、彼等の決意は固く、その当面の目標は藤の奪還以外の何物でもなかった。

 そもそも、レインの誘拐が疑われる現状にあって、藤が攫われたと言う事実が明らかになった以上、レインも同じ目に遭っている可能性が高い。と言うのが兄妹の見解だった。そういった意味で、藤の奪還は事態の進展へと繋がりうる活路としての意味を持っていたのだ。

 大虎で姿を消したレイン。明京で捕らえられた藤。この二者から導き出される解答は、ガルーダイーター本部の人間によるレインの拉致。

 良明と陽は、核心への接近を確信した。



 良明や陽がテレビで見る限り、当初はここまでの混乱では無かった筈だ。

 だが、今やこの惨状。

 このままでは、今後死傷者が出る可能性は十分にありうると彼等には思えてならなかった。


 日が暮れかけた頃、そこかしこでテントが張られ始めるのを見て、英田兄妹は自分達の認識が甘かった事に気づく。

 ありったけの小遣いを準備し、ビジネスホテルにでも泊まろうと考えていた彼等だったが、そのテントの数を見た瞬間、そんな物、何キロも歩かなければもうほとんど満室なのではないかと思えてきたのだ。

 事実、現場の人々の数は日が傾くにつれて徐々にその数を減らしていたし、何の準備もせずにただ座り込みを続けている者は少数の様に見えた。


 三池曰く、「そこいらの店で段ボールでも借りれば一日や二日ヘーキだろ」との事だったが、冗談ではない。

 良明や陽はそこまでワイルドにはなれないと言う旨を三池へと伝えると、宿で藤奪還の作戦を練るべく、三池を伴って一旦その場を後にした。


 ガルーダイーター本部の敷地を後にする直前、三池はただ一人背後を振り返る。

 荒らされた樹木、壊された塀やフェンス。

 投げられた石やブロック塀。

 破壊された建物。

 主に、それだけが目についた。

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