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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
6.ダンス イン ザ スカイ
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事なかれ村と正義の憲兵(5)



 予定されていたステージプログラムを終え、一通り出店(しゅってん)を見て回り、いつの間にやら文化祭は片付けの時間に差し掛かっていた。

 大虎高校竜術部と三池達のグループで群れになって文化祭を楽しんだ後、誰が言い出したか、気付けば彼等は竜術部の部室に足を運んでいた。


 竜術部の部室を目の当たりにしたうえで、その老朽化具合にリアクションをしなかったのは三池だけだ。

 穴の開いた天井やら、そこはかとなく埃っぽい空気は否応なしに初見の者達を困惑させたが、そもそも【旧校舎2】自体が老朽化している。良く言えば歴史を感じるその佇まいは、老練のドラゴンの巣穴を思わせた。


 夕暮れ時の心地良い風が吹き抜ける。

 部室の方々で自然と小さなグループが出来上がり、寺川の差し入れのオレンジジュースを片手に彼等は雑談に華を咲かせていた。

 龍球の話、夏の大会の話、先日のキャンプの話、劇の話、バンドの話。劇の下準備がかなり前から進められていたという辺りの事情もだ。彼等の間で話題が尽きる事は無く、時間は瞬く間に過ぎていった。


 三池は先程竜王高校で起こった出来事も飾ることなくありのままを話し、ステージ上の生徒達に対して直には(・・・)伝えていなかった今回の件の事情を大虎高校の友人達に語って聞かせた。

「……でも、驚きましたよ」

 良明は劇が始まる数十分前の事を改めて回想した。

 その横で、陽はそれを声に出してみる。

「樫屋先輩と増井先輩が、いきなり文化祭実行委員の先輩と校長に呼び出されて、”劇の後に急遽他校のゲストを迎える事になったから”って言われて帰ってきて……」


「ほんっとありがとうな、樫屋。お前とのパイプがなきゃ、コッチもあの状況じゃどうしようも無かった」

 三池は両手を合わせてけやきにそう言うが、当のけやきはこう返すのである。

「私は何もしていないさ。むしろこちらは文化祭を盛り上げてもらって有り難いかぎりだよ。……感謝するべきなのは、そちらの顧問の山村先生にだろう」

「あいつかぁ」

「ああ。今回、劇の後に急遽お前達のバンドを招く事が出来たのは、山村先生がいち早く事情を察知し、大虎高に連絡を寄越してくれたからこそだ」


「山村かぁー……」

 三池は、いかにも山村に対して今回の話題を話に出すのが嫌だという風な態度で彼の名を呟いた。

「なんだ、どうした」

 不思議そうなけやき。

「いや……あいつよー、実は生徒指導もやってんだけど、いっつも俺にガミガミ言ってっから、あんま頭下げたくねぇんだよなぁ……」


 不意を衝く様に、伊藤はこう言いながら三池に対して後ろから抱きついた。

「それは普段の三池にゃんの素行の問題っしょー? 今回の事はみんなでお礼言いに行こうー?」

「だー、もう解ったから離れろ。何回抱きつきゃ気が済むんだよ」

 と言いつつ、三池も当初程露骨に嫌がってはいない。諦めの境地というやつである。


 その場はさながら夏休みに行ったキャンプの様な雰囲気で、誰もが楽し気に語り続けていた。キャンプの時とは違う点も勿論いくつかあって、その場にミアルや君夫が居るというのが最も特筆すべき所だろう。

 だから、という事なのかどうかは解らないが、三池はここで一つ提案をした。

「なあ、樫屋……つぅか龍球チームのメンバー、ちょっといいか」

 呼ばれた竜術部龍球部所属の双子は、眼前の三池に改まって注目する。

「時間ももうあんま無ぇしよ……最後に、一点先取で終わりのエキシビジョンマッチやんねぇか?」


 かつての相棒、クロが呆れた様子で彼女に近寄ってくる。

『三池、お前もう引退して何日練習してないと思ってるんだ。今やったらボロカスだろ。というか、そもそも葛寺も宮本もこの場に居ねぇのにどうやって試合なんてするつもりだアホ』

 クロはぐいんと首をスイングさせ、三池の側頭部に対して小突く様にぶつけて指摘した。対し、三池は「ブランクなんざノリでどうとでもなる」と謎の自信を覗かせる。


『やろー!』

 真っ先に提案に乗ったのは、レインだった。

 竜王高校の他の二頭も彼女に続いて歩み寄って来る。

『だが、実際どうやって?』

 ガイがけやきの傍らで誰にともなく尋ねると、良明と陽が提案する。

「じゃあじゃあ、チームとかじゃなくて、全員でボールの取り合いして――」

「最初にゴール決めた人が勝ち、でいいんじゃないですか? 余ったジュース総取りとかで」

『お、いいないいな! そのノリだよてめぇらぁ』

 三池が満足そうに笑うと、直家が彼女の背後から「俺達も参戦していいか」とリンを強引に引き連れてやって来た。どうやら石崎にいいところを見せたいらしい。



 三池やその他のメンバーが断る理由などありはせず、彼等は時計を気にしながら直ぐに中庭へと足を運んで行った。


 夕方の大空に舞い上がったドラゴンと少年少女達は、楽しい時間が過ぎるのを必死で食い止める様に、さながら儀式の様に大空を舞い始める。


 良明も、陽も、レインも、地上で戯れを観戦する者達も。

 誰もが、忘れてはいない。


 これが終われば、三年生であるけやきと石崎は引退だ。

 竜王高校の三池に関してはもう部を辞めている。


 だから、良明とレインは、陽とショウは、全力で手綱を振った。

 とうに疲れ切った身体に巡る全神経を集中し、これまで積み上げてきた技術を総動員して樫屋けやきとガイに立ち向かった。


 ルールなどあって無い様なエキシビジョン。

 五ユニットが入り乱れての大乱戦。

 全てのユニットが敵である以上、ボールを奪われる機会も普段の試合から飛躍的に向上し、最早まともに戦略を組み立てる事も儘ならない。


 だが、そんな事は関係ない。

 けやきとガイのコンビに対し、今ある実力を肌で感じさせる最後の機会であるという事。それだけで、双子がドラゴン達と共に全力を注ぎこむ理由には十分すぎた。


 ボールを奪われ、奪う。ドラゴンの背の上で前後左右上下あらゆる方向に気を配りながら、頭で判断し、手綱で指示を送る。

 良明も陽もテレパシーでお互いを頼る事はしない。敵同士、全力をぶつけ合う。


 愛に燃える直家が勝ったのか。

 天賦の運動能力を有する三池が勝ったのか。

 彼女と苦楽を共にした竜王のドラゴンが勝ったのか。

 去りゆく大恩人を超えるべく双子の何れかが勝ったのか。

 それとも、愛、素質、苦悩、部への想いそれら全てを持ち合わせるけやきが勝ったのか。

 それはここでは語らないが、勝負は比喩的ではない意味での明白な決着を迎えた。



 全てが終わった時。陽は、泣いていた。

 もう何度目か解らない涙を、夕日を浴びながらけやきだけに見せていた。


 部室の中に居る誰もが、彼等の震える背中でそれを察する。

 三池は早々に部屋の中へと戻り、いつもの仲間達と談笑を再開していた。

 石崎は部室を出て、直家と二人で何かについて語って――要するにいちゃついて――いる。


 今中庭は、双子と、けやきと、今日まで彼等を乗せてきたドラゴン達だけのものだった。


 陽が、何も言わない。

 例え何か言おうとしても、今は涙で言葉に出来ないだろう。

 だが、そもそも彼女は何も言おうとしていないのである。


 何を言いたいか。

 そんな事は明白である。


 三人と三頭で過ごす最後の中庭になるだろう。

 そんな事、この日にけやきや石崎が部を辞めると告げられた時点で理解していたはずである。眼を背けていたつもりも無い。


 だが、このエキシビジョンが始まるまで。否、今この瞬間まで、まるで実感出来ないでいた。陽は、まるでその場で気が変わった幼い子供の様に、今、けやきの引退を拒絶したくて堪らなくなった。


 良明も、言葉を抑え込んでいるその気持ちは妹と同じである。

 彼が陽と違った点は、陽の涙を見た事で自分の感情を抑え込めていた事だった。


 いつかも同じだった。

 かつて、”兄である”という立場が彼を気丈に振舞わせた事がある。

 兄としてのちんけなプライドひとつ。そのおかげで、自分は涙を皆の眼に晒さずに済んでいる。なんとずるいのだろうと、良明は思った。


 部を背負って行け。高校一年生の男がこの程度で泣くな。けやきが居なくなったこれからこそが大変なのだぞ。

 誰かに、そう言われている気がしていた。


 その誰からも言われてなどいない言葉に対し、良明はなんと理不尽なのだろううと思った。


 本当なら、今すぐにでも陽と同じに感情をぶちまけたい。

 ”兄だから”?ふざけるな。陽が自分より弱くなどない事なんて、今日まで嫌というほど彼女の横に立っていた自分が誰よりもよく知っている。世間体、意地、多数派の意見。そんな物の為に、恩人との別れを素っ気なく振舞う事が、果たして正義なのだろうか?

 良明には疑問でならなかった。


 だが、それでもそれは決して口にするべきではないのだろうと、彼は直感した。


 黙って、気丈に、先輩を送り出す。

 良明は、涙を称えた眼をオレンジに染まる最後の中庭の中で、けやきへと向けた。


 けやきは。けやきこそが、気丈だった。

 今後、少なくとも今までの様にはガイと龍球をする事は出来なくなる。

 それが彼女にとってどれ程の事であるのか、良明にも陽にも容易に推し量れた。


 今、樫屋けやきは、ほんの僅かに微笑むのみ。涙に眼を輝かせる事すら無く、そっと傍らのガイの首筋を撫でて陽と良明の方へと二歩近づくと、足元で彼女を見上げてじっと見つめていたレインの前でしゃがみこんだ。その長い首に両手を回して抱きしめる。


「グァアン」

 意味を成さない鳴き声をあげたレインの角の根元に額を押し当てると、樫屋部長はそっと立ち上がった。


「なんて顔をしているんだ。陽」

「……だって」

 それ以上の言葉が出てこない。


「良明」

「……はい!」


「…………」


 けやきはいくらかの思考(ちんもく)の後、陽と良明の首筋へと手を回して抱きしめた。

「お前達二人ならやれる。龍球の事は、頼んだぞ」


 慰める様に良明の足元に身を寄せるレインを、ガイとショウが優しく見守る。


 これが最後だ。

 心に決めて、良明は我慢するのをやめた。


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