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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
6.ダンス イン ザ スカイ
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ささやかなる宴(4)



「あー、樫屋? おう。……おう、そんでよ……あー、マジか、そっかー……」

 フロント脇にある公衆電話に寄りかかりながら、三池は意味も無く視線を泳がせた。

 すぐ近くでゴルフ場の利用客の無駄に大きな話し声が、受話器の向こうの声を聞きとらせまいと邪魔してくる。が、三池は先程からそれらオヤジどもの社交辞令のオンパレードを、悪態一つつく事も無く全て聞き流していた。


『すまないな。行きたいのは山々なんだが……』

 受話器の向こうでけやきが申し訳なさそうにそう言った。

「いやいや、どっちにしろ大虎市(そっ)から竜王市(こっち)まで遠いしな。演奏終わったら俺がそっちの文化祭に邪魔すっからよ、へへ」

『ああ、楽しみにして待っている……だが、本当に残念だ』

「……まぁ、しゃーねーだろ。文化祭のシーズンなんて大体同じだし、そりゃ日付くらい被るってな。じゃあ、そろそろ切るわ」

『ああ、また会おう』

「おう」

 受話器を置くと、三池が名前すら知らないモデルがプリントされたテレホンカードが緑色の筐体から吐き出されてきた。


 一歩外へ出たならば、建物の外ではアスファルトの照り返しにより辺りは容赦ない温度の空気で満ち満ちている。そして三池がそこへと出たならば、元々黒い肌をぎらぎらと日光が照りつけて、黒猫の様になってしまうだろう。

 普段から日焼け止めも塗らずに龍球の練習に励んでいる三池にとってたぶんそれはさした苦痛ではなかったが、故会って、今の彼女は絶対に外には出たく無いと思うばかりなのである。


 公衆電話を後にした彼女の足取りは重かった。今しがたけやきに文化祭への来訪を断られたからではない。

 バンドの練習を始めて数時間。三池持ち前の要領の良さと彼女が元々ユークリッドの曲を気に入っているという事の二つの要因により、練習は極めて順調だった。三池が当初懸念していた伴奏のクオリティも、よく聴けば素人の耳にはそう悪くは聴こえない気もする。


 ただ、未だミアルがバンドに参加する方法が見いだせないでいた。

 トオルの様に具現化すれば、ミアルもまた人前に姿を現す事自体は出来る。だが、やはりトオルの様に彼もまた、物を持つという行為にはかなりのちから(・・・)を消費するらしく、楽器を手にして演奏する事は出来なかったのである。

 いっそ誰かが言った様にツインボーカルでいいんじゃないのか、と三池は提案したのだが、本人の遠慮と彼のその時の後ろ向きな表情を単なる拒絶と捉えた他のメンバー達に阻止されてそれまでであった。


「……やっれやれ、まぁいいや。本番までに何とか考えっか……」

 三池の足取りが重い理由はそれとして。彼女は、もう一つの厄介ごとが自分を見つめている事に気づいていた。

「山村……」

 竜王高校龍球部顧問であり、生徒指導担当の山村の姿が、そこに、ゴルフ場のロビーに在った。

「山村先生(・・)! いい加減学校の外でくらい”先生”をつけろ”先生”を」


 二重のガラス扉を背にしていた彼は、フロントに軽く会釈してから三池の方へとズカズカと歩いて来た。

 三池はばつが悪そうに顧問を見上げ、先制して抗議の弁を述べる。

「な、なんだよ。放課後にバンドの練習してるだけだろ! なんでてめぇに――」

「うっさい。ほら、これ皆で分けろ!」

 と言って山村が差し出したコンビニ袋には、ペットボトル入りのコーラが生徒の人数分入っていた。


「え……」

 きょとんとしている三池に対し、山村はぶっきらぼうに説明した。

「風の噂で聞いたんだよ。……お前を含むなかよしグループが学校でバンドの事話してるのは、もう結構広まってるぞ。ココの部屋を借りて練習してるって事も含めてな」

「い、いや……そうじゃなく」

 山村は、軽く噴き出す様に笑いながら「なんだよ」と言って続けた。

「教師が文化祭で生徒がやる企画応援したら、何かおかしいのかよ」

 と続けた山村に、三池は頭の上で掌を振り上げられた猫の様に身構えて尋ねた。

「怒らねぇ……のか?」

「そう思うんだった勉強しろ、喧嘩もすんな」

「それは無理だ」

「おまえなあ……」


 三池は唐突に遊びに飽きた猫の様に、てくてくとフロアの一角から通じている廊下の方へと歩いていく。

「あいつら待たせてるからもう戻る。来るなら来いよ」

 山村は腰に手を当てて三池に応える。

「いや、俺はもう帰るよ」

「は? 練習見に来たんじゃねぇのかよ」

「邪魔だろうが。いいから早く戻れ」

「お、おう……」

 結局こいつは何をしに来たんだ。

 そんな顔をしつつも、三池はそれ以上構わずに通路の方へと歩みを進めた。


 ついにフロアから出て廊下へと入ろうとした時、彼女は一度だけ振り返った。

「山村ァ」

「あ?」

「……あんがとな」

「やめろやめろォ、気色の悪い」

 素直に礼を言った生徒に教師が言う台詞ではない。

「うっせーよ。てめぇ、絶対ぇ本番観に来いよ!」

 縁の下に駆けこむ猫の様に、三池は照明のついていない通路の奥深くへととっとと姿を消してしまった。

 通路は暗く、非常に不気味な雰囲気を醸している。

 まるで、何かに取り憑かれてしまいそうだ。


「……手が空きゃぁな」

 と、呟き終わらない内に踵を返した山村の、文化祭当日のスケジュールは未だ定まっていない。恐らくは、三池達が学校へと申請を出し、プログラムが確定するまではずっとそうなのだろう。



「てっめぇらぁ!」

 部屋に戻ってくるなり、三池は尋常ではない勢いで皆の元へと駆けて行った。

「俺、凄ぇ事思いついた!」

「ん?」

 三池の口調とノリから悪い予感しかしていない円が、彼女の言葉を無言で促す。決して「どんな?」だとか「なんだよなんだよ」だとか、興味があると取られかねない様な言葉は口にしない。


「あのな、ミアルの事だよ。こいつ、よくよく考えれば幽霊じゃんかよ!」

 よくよく考えなくても幽霊である。それが彼とトオルのキャラクター付けの大半であり、問題の根幹なのである。

 外の明かりがあまりにも眩しいのでカーテンを閉めた部屋の中。照明に照らされた夫々の楽器の傍らに居るメンバー達は、なにごとだと言わんばかりに三池を見た。


「誰かに、ミアルが乗り移ればいいんじゃねえか?」

『…………』

 その場に居たバンドメンバー達は少し沈黙し、そのまま無言で休憩を終え、楽器の準備に取り掛かった。

 ミアルはとっても申し訳なさそうな様子で、誰も座っていない部屋の片隅の長椅子の辺りで姿をすっと消してしまった。


「な、なんだよ! 名案だろてめぇら!!」

 メンバーの中で最強のインテリキャラである霧山自らが冷静なツッコミを入れる。

「それが可能だとして、誰に乗り移らせる気だ」

「……芽衣とか」

「なんで私ィ!?」

 キーボードの電源を入れたところだった芽衣が、準備していた様な反応速度で三池の方を見た。

「ほら……なんか……どうなっても大丈夫そうじゃんか、お前」

「言われた事ないよ! 今適当に思いついた一文を何のブラッシュアップもせずに呟かないでよ!」


「ダメかーくそ」

「三池にゃんでいいじゃんか。言い出しっぺだし」

 と、芽衣。

「俺なー、幽霊とかそういうのダメなんだよ」

「え?」

 芽衣はずしずしと三池へと歩み寄って問いただす口調で言う。

「三池にゃん自分は怖いのに私にはそんな――」

「違、違う違う、違ぇよ!」


 三池は思わず上体を逸らしながら、顔がぶつかりそうな距離まで迫って来た芽衣に反論する。

「幽霊がダメってのはそういうコトじゃなくてよ。前、興味本位でトオルに乗り移らせようとした事あんだよ。ヒマだったんで」

 暇なので、同居人の幽霊に乗り移る事を強要する、ドラゴン乗りの不良女子高生。


「そしたら、何かあいつ半日くらいすっげぇ体調悪くなってよ。マトモに姿現せられなくなって大変だったんだよ。危なく成仏するとこだったんだって!」

 そのエピソードに対して円が発した一言は、やたらと適確で簡潔なものだった。

「強ぇ……」

 但し、その場の殆ど皆が噴き出し、笑い出した事は言うまでも無い。


 三池はなんだかリアクションに困った様子で、その手に持ったビニル袋を掲げて中身を透かして見てみたりした。コーラが五本。嫌いではない。有り難い。

 三池は、ふとその袋の中身に何か違和感を感じた。

 よくよく見てみると、片隅にノートの切れ端だかメモ用紙だか、兎に角白い紙切れが入っている。レシートにしてはやや大きい。

「んだこれ?」

 漸く笑いから雑談にシフトし始める他のメンバーをよそに、三池は袋の中のそれを確認する事にした。


「木曜、放課後、17時。来客用昇降口で待機しろ」

 三池は、メモ用紙を読み上げるとくしゃくしゃに丸めて袋の中へと戻した。

 コーラを取り出し、バキバキと蓋を開ける。

「だーれが行くかよばーか」



(ったくよーおかしいと思ったんだよ)

 初めてバンド練習に参加した日、山村がわざわざ差し入れなどしにやってきた事が三池には当初不思議でならなかった。

 自分の事を目の上のナントカだとか思っている山村が、わざわざ差し入れしに来るなんて。一体、どういう風の吹き回しなのだろうかと思っていた三池だったが、彼女が思うに、つまりはこういう風の吹き回しらしい。


『三池。今すぐ、来客用昇降口まで、来い』

 学年とクラスを省略し、命令口調になっている。さらに語調も極めて不機嫌そうである。

 人は、合計三回、三十分に亘って校内放送を無視されたらこうなるのかと、三池は関心を持ってその放送を聞いていた。


 竜王高校の廊下を歩く三池は、どうにも警戒せずにはいられなかった。

(要は、山村自らがわざわざゴルフ場まで足を運ぶ事で俺がこの呼び出しをシカトし辛くしようとしたんだろうが、その手に乗るほど俺は人間出来ちゃいねーんだよ。大体、そこまでして俺に合わせたい客ってなんだよ。わざわざ学校に押しかけてまで俺に何の用だ? どうせ会いに行ったってロクな事になんねぇよこんなモン)


『てめぇいい加減にしろよコラ、わざわざお前に会い――』

 山村の声が一層不機嫌になり、ついに背後で誰かが制止に入った。

『せ、先生、これお客さんにも聞こえてますから!』

 てくてく廊下を歩いている三池は、視線をある方向へと伸ばす。一階保健室の壁にちらりと見えた時計は、十七時十二分を指していた。彼女は足を止めずに生徒用の昇降口へと向かう。面会が嫌で校舎内をうろうろしていた三池だが、いい加減面倒になった次第である。


 夏の大会を以って、三池は龍球部を引退した。クロ達との交流は今でも顔出し程度に続けていたが、放課後になれば時間を自由に使う事は出来る状態なのである。

 今日、そんな彼女が何故とっとと家に帰らなかったのかと言えば、恐らくは生徒用の昇降口には山村か他の誰かが待機しているからである。だから、今の今まで図書室で見知らぬ生徒の雑談に耳を傾けて時間を潰していたのであるが、いい加減に帰りたいと思ったし、出来れば演奏の練習にも参加したかった。

 というか、こんな理由で時間を潰していてはさすがに他のメンバーに怒られると思ったのだ。


(まぁ、今なら山村は放送室の中だろ。生徒用の昇降口には誰も居ねぇ可能性だって――)

 三池が視界の五十メートル先の正面に捉えた生徒用昇降口に、山村の姿は無かった。

「え……」

 だが、人影自体はひとつ。間違いなくそこにあったのである。遠くに見えるその人物は、その人物であるが故に、三池を訪ねてきた者でまず間違いなかった。


 西日に照らされ、昇降口を出た直後にある踊り場の手すりに身を預けているのは、彼女が想定した誰とも違っていた。

 廊下に張り出された外れかけのポスターが風によりパタパタと鳴かされ、もんどりうっている。

 昇降口の向こうのシルエットは、風に動揺する様に髪を梳いて周囲を見回した。

 ”もしかして三池はもう帰ったのだろうか?”

 そんな事を考えている様に、三池には見えた。


「……なんで」

 自然と零れ落ちる一言の間にも、三池の脚はその者へと近づいて行く。

『三池、いいか。早く行け。お前に会いたいっていうのは他校の生徒だ。お前が考えてる様な……その、なんだ、面倒な誰かじゃねぇ』

「今見てんよ、ばーか……」

 次第に鮮明になっていくシルエットはどうやら少年で、小柄で、やはり三池の見間違いではなかった。


 三池は、まだ二十メートル弱は先に居る少年に向かって、躊躇する事も無く声を張り上げた。


「田中貞雄!」


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