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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
6.ダンス イン ザ スカイ
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ささやかなる宴(2)

 とその時、彼女は妙な気配に感づく。

「誰だ!」

 バンドメンバー達は、三池が視線をやった方――自分達が歩いて来た曲がり角――を見た。


 伊藤だけが「あ」と声を出して三池へと振り返る。

「その手には乗らないよー三池にゃん! もう逃がさないから」

 だがしかし、三池の視線は変わらずある一点へと向けられたまま。この隙に何処へと逃げていく気配も無かった。

 三池は、何かを射殺さんばかりの眼光で、誰の姿も認められない場所を見続けている。まるで猫みたいだ。


 トオルは、すっと姿を消して曲がり角の向こうの様子を窺いに行った。

 誰からも見えてはいない透明の身体を曲がり角の向こうへと折り曲げると、振り返って姿を現し、一同へと報告する。

「誰もいませんよー?」

 来訪者がリアクションをとったのは、このタイミングだった。


「うわあああああ!! やっぱり幽霊だぁああああ!!」


 三池を先頭にトオルの報告を受けた群れの、さらに前方。

 群れを背にトオルを見て驚きの表情を浮かべているのは、半透明の姿を急激に濃くしていく小中学生くらいの少年だった。


 ”!?”

 少年以外の誰もの頭の上にそんなマークが浮かびあがる。一斉に立ち上がる一同。

「誰だお――」

 まえ。と、言おうとして、三池はその少年が身に着けている物にはっとした。

 全身白の、縄文だか弥生だか、兎に角その辺りの時代の服のステレオタイプの様な服。それを見て彼女は確信したのである。

「てめぇ、この前霧山と行った廃屋に住みついてるっつう幽霊だろ!!」


 霧山が生まれて初めて授業をサボり、三池に連れられて忍び込んだ幽霊屋敷として有名な廃屋。そこに住んでいると噂の少年は、民族衣装の様な服を身に着けているという話だった。(※1)

 あの日三池は、”話があるなら学校で聞いてやる”との言葉を一方的に叫び、件の廃屋を後にした。

 つまり、今彼女等の眼前に居る半透明の少年(・・・・・・)は、あの廃屋の住人である可能性が高いのである。


 だとしたら、こんなナンセンスな事は他に無い。そう芽衣は思うのだ。

「幽霊が他の幽霊を見てびっくりするって、絶対もう誰かがやったネタだよね……」

「んなこたどうでもいい!」

 三池は、自分の方へと振り向いた少年に不思議そうにこう尋ねた。

「お前、居るなら居るで、なんであの時コソコソ隠れてた?」

「その……」

 三池の口調におどおどしだす少年を見て、伊藤は「まあまあ」と三池に言って少年へと視線を落とした。

「三池にゃんが怖かっただけだよね、その日からずっとトオルさんに会いたかったんでしょ?」

「……」

 少年は、無言のままこくりと頷いた。


「んだよ、とっとと出てくりゃぁいいじゃねえかよ! ……つうかお前、よく今日ここに居たよな。トオルが学校に来る事なんて稀なんだぜ?」

「その……」

 少年の恐恐とした態度は変わらず、それでも彼は勇気を振り絞った。

「実は、ずっと皆さんの傍にいました!」

『…………』

 一同は、言葉の意味を考えてから、

 

『えええ!?』


「え、え? いつからだよ!?」

 円に尋ねられ、少年は答える。

「ミケさんが、あの家に来てくれた日から……」


 三池は、なんだか面倒くさくなってきた。

 彼女が思い描いていたシナリオはこうでは無かったのだ。少年にはあの廃屋でとっとと姿を現してほしかったし、そうすればトオルにももっと早くに会わせてやれた。大会を挟んで二学期になり、あの日からかれこれ四カ月は経とうとしている今になって今更事が動き出そうとは思ってもみなかったのである。

 だが、それも事態がこう動いた今ならばどうでもいい事。

 三池は”やれやれ”とでもいいたげに、トオルの事を紹介する。

「まぁいいや、こいつがお前に会わせようと思ってた正真正銘の幽霊、トオルだ。お前、名前は?」

「ミアル・ゲム・リールー」

「……え?」

 見たところ少年は黒髪で、目鼻立ちが地味で、要するに外国人やハーフには見えない。三池達と同様、血の交わらないこの国の民族の様に見て取れた。


 芽衣が三池の後ろに隠れ、彼女を盾にする様な位置から質問する。

「ドコノクニノヒトデスカ?」

「なんでカタコトなんだよ」

 三池に突っ込まれた芽衣の質問に、ミアル・ゲム・リールーと名乗った少年は単刀直入に答える。

「ノラン」


『どこだよ!』


 一同に一斉に指摘され、少年はさらに小さくなって、申し訳なさそうになってしまった。

 が、彼の回答に対して真剣な顔をする者が一人だけ居た。

「……それは、どこにあるんですか?」

 トオルだった。

 食い入る様に、とはこういう状態を言うのだろう。トオルは三池や芽衣を押しのける様にしてミアルへと距離を縮め、彼の答えを待った。

 ミアルは、唯一自分の問いかけに対してマトモな反応を示しているトオルに対してのみ、その言葉を告げる。


「ここ、です」

「……ここ?」

「僕が、僕が知ってる限りだと、ここはノランというクニなんです!! 竜王(リューオー)なんていう場所じゃない!」

 少年の鬼気迫る様子に誰もが耳を傾け始める。否、皆のその様子は、まるで憑りつかれて少年にそうさせられているかのようだった。


「って言われてもなぁ」

 三池は困り顔でミアルを見た。さほど変わらない身長。二人の目線が交差した。

 他の多くの者達も、同様にミアルに対して困惑の表情を浮かべている。なんとか状況を理解してやってトオルとの繋がりを持たせてやりたいと思う反面、話の完成形にたどり着く為の様々なパーツが、まるでプラモデルのパーツを箱の中に入れてシャッフルした様な状態で目の前に置かれている気分である。

 かねてよりトオルという存在を知っていた為、幽霊自体には今更そこまでの驚きや恐怖は無い。だが、彼・ミアルが話す内容はあまりにも突拍子が無かったのだ。伊藤などは、たぶんテレビでたまに見かける”意味不明な供述を云々”というのはこんな感じなのだろうと思った程だ。


 少年の発言と今在る現実との食い違い。

 少年がどうやら霊体であるという事実。

 少年が身に着けている衣服。

 それらを総合して、自分なりの結論に至ったのは霧山である。

「つまり君は、大昔の人間の幽霊……という事か?」

 当時、この一帯が”ノラン”と呼ばれていたのかどうかなどこの場の生徒の誰も知らないが、記録が残っていない程の昔というものもありはするだろう。彼の話す全てを頭ごなしに否定する事は出来ないと、漠然とではあるが霧山にはそう思えた。


「でも、仮にそうだったら違和感がある気がするな」

 と言ったのは円だ。

「違和感?」

 円は不思議そうな顔の伊藤に答える。

「だってこいつ、それならここが竜王市って呼ばれるに至る経緯だって知ってるはずだろ。でもさっきの言い方だと、その辺りの事を把握してる風なんて全くなかったよな?」


 だが、ミアルは主張するのだ。

「でも、間違いないんです! ここは僕の生まれ育ったノランだ!!」

 少年は、夫々を指さして主張する。

「あの丘も、あの山のてっぺんの大きな木も、峠にある草原(くさはら)も! 全部全部、僕が生まれ育ったノランの眺めなんだ!!」

 伊藤はトオルの横まで小走りに進み出ると、少年の肩に手を置いてこう言った。

「お、落ち着いて、落ち着いて。大丈夫だよ。別にみんなは、君が私達を騙そうとしてるわけじゃないんだよ。私を含めて、食い違いの正体が解らなくて戸惑ってるだけだから……」


 この少年に関して、断言できる事は実に数少ない。

 だが、彼という存在を説明するうえで最も荒唐無稽な要素である”幽霊である”という事実が付きつけられた今、三池達が少年の言葉の全てを否定してかかる理由は特に無かった。

 問題なのは、”だから、どうなのだ”という仮説すら立てづらいという事なのだ。

 少年が幽霊である。

 少年はここを故郷であるノランという場所だと主張している。

 少年は遥か千年以上も昔に生きていた者なのかもしれない。

 では、つまりそれは今この場で何を意味するのか。彼等は少年ミアルの存在をどう解釈してやればいいのか。少年を含め、彼等がするべき事とは何なのか。

 そもそも、そんなものが存在するのか否か。


 誰もが解らず。誰もが黙ってしまった。

 黙ってしまった者達の中、押し寄せる疑問の群れの中で最も重要かもしれない一匹の答えを見つけ出したのは、ため息一つ、少年へと歩み寄った三池であった。

「んーと……俺、アホだから良く解んねぇんだけどよぉ」

 後頭をかきながら、どこかの漫画でよく聞くフレーズを使って切り出す三池。


「お前アレだろ、寂しいんじゃねぇか? 今」


「……えっ?」

「あーんなボロッボロの家に住み着いてよー、誰かに声かけてもビビられてマトモに相手してもらえ無かったろうしよ……。ここ最近俺等の傍に潜んでたってのも、そういう不安みてぇのがあったから俺等に声かけられなかったんだよな?」

 ミアルはこの時、芽衣と伊藤の間に割って入って声をかけようとしていた時の事をフラッシュバックさせていた。三池があの廃屋を訪れて間もない日。廊下からグラウンドを見下ろして三池を見ていた芽衣と伊藤の前で、自身の勇気の無さと不安を嘆いていた日の事を。(※2)


「僕は、えっと…………寂しいかどうかって言ったら……いや、でも今大事なのはそうじゃなくて。大事なのは、僕と同じ幽霊の人が今僕の目の前に居るってことで、それで……えと……」

 自分の言いたいことをうまく言葉に出来ないでいるミアル。

「お前よぉ……」

 要領を得ない話し方ながらも状況を整理し、必死に成すべき事を考えようとしている彼に対して、三池は、その言葉を遮る様にしてとんでもない事を言い出した。


「お前、俺らと一緒にバンドやれ」


 はい、六名が黙った。聞き間違いかと思った者、その提案のわけのわからなさに困惑する者。夫々理由は様々だったが、みーんな、黙った。

「な、なに言ってんの? 三池にゃん」

「大体幽霊が物持つのってかなり難しいってトオルさん言ってたじゃん。演奏なんて繊細な事しろってぇのが無茶ぶりでしょう」

「ミアル君困ってるじゃないですか」

「学校にはどう説明する? いや、そもそもどうやって実現する?」

 伊藤、芽衣、トオル、霧山ときて、円だけはこう言った。

「……いや、いいんじゃねえか?」


 ”はいい!?”と声に出したげな四人に対して、円はこう言うのだ。

「やりたい事、やるべき事をド正直にやろうとする。三池らしい提案じゃねぇか。俺は賛成だぜ。ただミアル、お前はどうしたい? それ次第ってのはあると思う」

「僕は……」

 言葉を詰まらせた少年に対し、伊藤はある懸念を抱いた。

「ねぇ、ミアル君」

「はい」

「別に、嫌なんじゃないからね?」


「え?」

 伊藤の言いたい事を汲んで芽衣と霧山も続ける。

「提案した三池にゃんはそんな事まで考えてなさそうだけど、もし私達の仲間内のノリに遠慮して躊躇ってるんなら、気にするコトないからね?」

「なにも楽器を持たなくてもやりようはある。三池とツインボーカルするなりな」


 ミアルは、今、目の前で起こっている事がまるで解らな(・・・)かった。

 文化祭が何の事かは解っている。少年の姿を保ったまま長らくこの地で現世を眺めてきた彼である。各地の学校の文化祭に遊びに行ってみた事だって一度や二度ではない。

 だが、この人達ははたして正気なのだろうか、と思うのである。

 その日初めて出会った幽霊に向かって”文化祭で一緒にバンドやろーぜ”って、なんだそりゃ。

 だが幸いにして、ミアルはそれ以上面倒くさい奴ではなかった。


「やりたい、です。文化祭……」


 三池はいつものニカっと浮かべるあの笑顔を向けて、ミアルの肩へと腕を回した。

「よっしゃ決まりだ、面白くなってきたじゃねぇか! お前等、今日から俺とこいつも練習に混ぜろ!!」



※1・・・【3.青という色 三毛猫ロック:フェルマータ(5)】参照

※2・・・【3.青という色 三毛猫ロック:フェルマータ(8)】参照

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