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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
6.ダンス イン ザ スカイ
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そこに垣間見えたもの(3)

 渡り廊下に下げられていた得点版が、午後の部が開始される頃には撤去されていたのは、どういう意図なのだろう?

 単純に例年の慣例に倣っての事なのか、あまりに得点差が開いたために参加者のモチベーションを維持する為撤去したのか。

 気にはなるが、誰かに尋ねて確認する程ではない疑問を抱きつつ、生徒達は午後の部最初のプログラムである【部活対抗障害物リレー】の準備を進めていた。


 竜術部の面々は、どの部よりも先に入場口に待機していた。

 その群れの中で一際長身が目立つけやきは、部員達を見回して戒める。

「いいか。金曜日のミーティングで石崎も言っていたが、今日と言う日は数少ない”竜術部が世間に露出するタイミング”だ。中学校までの運動会と違い家族の来訪がかなり少ないのは事実だが、優勝すれば校内新聞でも取り上げてもらえる事を山野手に確認済みだ」

「おお!」

「おお!」

 と声をあげた兄妹に頷いて、けやきは部員達に求める。


「山野手、その時は記事はよろしく頼んだぞ」

「はい!」

「坂、カメラの準備はいいな?」

「完璧です」

「海藤、石崎、応援頼んだぞ!」

「はい」

「まかせとき!」


「そして英田兄妹!」

「はい!」

「はい!」

 その時、上空から舞い降りる影が三つ、彼等の姿を包み込んだ。

 ガイ、ショウ、レイン。三頭が、相棒の傍らへと舞い降りた。

「私達龍球チームで、竜術部の真骨頂を見せに行くぞ!」


 彼等竜術部に勝算があるとすれば、それはドラゴンの存在が前提である。

 龍球チームのメンバーが毎日過酷な練習を積んできたとはいえ、それは龍球というスポーツの為のトレーニングに他ならない。走る事を専門にしている陸上部や、その他ドラゴンに乗らずに己の脚のみで移動する球技の競技者達に対しては、根本的な優劣がある事は明らかだった。


 こんかいの種目へのドラゴンの参加。それをしれっと敢行する事で覆そうとするという、何とも強硬な姿勢が果たして許されるのか否かが微妙なところだったが、どうやら去年までの竜術部がこのプログラムではひっそりと息をひそめる様に影を薄くして参加していたのが幸いした様で、特にどこからもドラゴンがフィールド上にいる事を突っ込まれる気配は無かった。

 世間体とガルーダイーターの眼を気にして配慮していた去年の三年生諸兄姉にけやきは密かに感謝した。


 今、ガイ、ショウ、レインは部員達を背に乗せて、トラックの土を踏んだ。

 入場が開始される中、各部活の紹介が順番に放送席から流れていく。

「そういえば、この時の原稿って誰が書いてるんです?」

 陽は、何の気無しに隣を歩く石崎を見下ろして確認した。

「…………あ」

「え?」

「その仕事、誰にも投げてないや」


 思わず立ち止まりそうになった彼女を横を歩くガイの羽根が押す。

 その背の上から、けやきが言った。

「坂に手配してもらった。……安心しろ、大会以降色々と仕切ってくれているからといって、大会意外の事を何もかもお前に押し付けるつもりはない」

「ああ、焦ったぁあ……」

 胸を撫で下ろす石崎の横で、けやきは付け加える。

「まあ、内容はチェックしていないのだがな」

「え」


『――設備は新調済み、先輩は優しく実力も確か。来年度のバスケット部は漫画のヒットもあり、入部希望者多数になること間違いなしです』

 なんだかとてつもなく恨めしい、もとい羨ましい文言がスピーカから学校全体に響いている。

「あのあの、坂先輩」

 陽は坂に話しかける。

「なんだい?」

「その、まぁ聴けば解る事なんですけど、紹介ってどんな内容なんです?」


 そう、聴けばわかるのだ。そしてその放送はもう一分とせずに耳に入る事になる。

 にも拘らず、陽はその質問を坂にしようとしたのである。

「ああ、えっと……ね」

 ここで坂が言葉を言い淀ませた事で、陽がそれまで薄っすらと感じていた悪い予感はより鮮明になる。

「僕、わけあって放送部の先輩に顔が利くから、お願いしたんだよね……」

「へ?」

「”いい感じにしてくださ――」


『すぅ……』


 放送席に設置された筈のマイクから、ひと時音が途切れ、続いて息継ぎをする様な音が聞こえてきた。

 坂は取り繕う様に、

「大丈夫大丈夫、言ってほしい文言は予め紙で伝えてあったし、完成した原稿を僕もチェックしたから。感情の籠った良い――」


『さぁさぁさぁお次はやってぇまいりましたァ竜術部ゥ! 数々の苦悩と逆境を乗り越えてぇ、この夏の大会ではベスト4に食い込んだエリート集団ッ! 昨今の行き過ぎたドラゴン保護の風潮もなんのその! 彼等は毎日元気に、楽しく、生き生きとぉ! 練習に励んでぇおりぃますッッ!!』

 会場から笑いが巻き起こる。

 うすら寒いせせら笑いではない。おいおい放送席どうした、何があったとでも言いたげな生徒達からの爆笑である。教員達はといえばある者は苦笑し、ある者は憤りを露わにしている。


 そして。

 けやきと、良明と、陽は、夫々が跨るドラゴンの上で硬直していた。


『ぅんなかでも! 超絶美人部長・樫屋けやきさんは学年成績でも常に上位三位に食い込むという文武両道の天才美少女! 相棒ドラゴンのガイさんとは――』

 けやきはここで耳をふさいだ。

『――――』

 会場に流れたであろう聞きたくないコメントが終わる頃を見計らって、両手を手綱に戻す。

『――ドラゴンの皆さんも一頭残らず思いやりのあるナイスな方々! 金眼の仔竜レインさんに頼れる姉御ショウさん、部で最大の実力者ガイさんに、大虎高校の(ヌシ)・シキさん! そしてそして特筆すべきは今年入った英田兄妹! その愛くるしくてそっくりな外見とは裏腹に、今日(こんにち)に至るまでに血の滲む様な努力の末に龍球のスペシャリストとして素晴らしい成長を遂げましたァ! お調子者副部長の石崎さんはPCに詳しい仕切り屋! 新聞部、手芸部、写真部との掛け持ち部員も在籍するバラエティ豊かな人材が揃う竜術部に、ぜぇひともあなたもジョイナスでぇーす!!』


「どうかな? 凄いいいでしょ?」

 どや顔――というよりも、褒めてもらうのを待っている犬の様な表情――で、陽とけやきを見比べる坂である。

 ”さてはこの人、かなりピュアだな?”

 半年に亘る付き合いの末に、兄妹が漸く彼の本質に気づいた瞬間だった。


 そんな坂に、けやきは言うのである。

「坂」

「はい!」

「その……今日、帰る前に部室に来い」

 けやきの表情はいたって穏やかだったが、目が全く笑っていなかった。



 全部活の入場が完了すると、やはりというか、その後はまるでただのお祭り騒ぎの様相だった。

 夫々の部の生徒がルーズにスタートラインに押しかけ、揉めない程度にその群れの前方を狙っている。各部に因んだ格好やユニフォームを身につけて並ぶ一団の眺めは、このプログラムが競技としての公平性よりも面白おかしさを優先している事が良く伝わってくる様だった。


 スタートラインすぐ側のトラックの内側で、実際には競技に参加しない部員達が口々に応援の声をかける。

「良明ー! トップバッターは重要だからねー、きばれよー!」

 プレッシャーをかけてくる石崎に、良明は先程の放送部による拷問を思い出しながら返事する。

「大丈夫でーす、実際に頑張るのはレインなんでー」


 良明の前方でレインの首が振り返る。

『アキ!? 舵取りはしてよ!?』

「大丈夫大丈夫ー」

『本当にダイジョブ!? 投げやりになってない!?』

「大――」


 パァン!


 競技用ピストルが火薬の匂いをまき散らした。

「レイン! 行くぞ!!」

あいさー(グァエー)!」


 右手にピンポン玉入りのお玉を持っているのは良明。レインは彼のバランス感覚を信じて全力で走り出した。

 誰もが予想した通りだった。まず先頭に躍り出たのは陸上部。おたまにピンポン玉を入れて全力疾走する陸上競技があるなどという話は、なにをかいわんや有るわけがないが、何にしても彼等は脚を前へと動かして前進する事に喜びを覚える種族である。彼等が優位に立つ事になんらの不思議もありはしなかった。陸上部は、位置取りで多少の遅れを取ったドラゴン(レイン)よりもよほどに優れた速さを獲得していた。


 良明は他の選手達の何人かがピンポン玉を落としてはお玉に乗せなおすのを尻目に、ぐいぐいとレインに陸上部を追い上げさせていく。

『アキ、スピード大丈夫?』

「うん、このまま全力疾走で!」

 トラックを四分の三周し、最後の直線に差し掛かる。

 前方にはお玉を受け取るべく、ショウの背から右手を伸ばして構えている陽。かなりシュールだ。


(陽ごめん、陸上部抜けなかった!)

(大丈夫、ショウさんの脚力を信じよう!)

 良明は、お玉の持ち手を低く握って陽へと差し出した。

「ショウさん! 走って!!」

「グァ!」


 バトン(・・・)の受け取りに先行して走り出したショウの上で、陽は確かにそれを受け取った。

 前方には陸上部、サッカー部、野球部、それにバスケット部も先行している。ものの見事に皆運動部である。この事実は、そのままこの競技にまぐれが発生する事の少なさを表していた。障害物競走とはいっても結局は運動。文化部には根本的に不利なのがよく見て取れた。


 陽は、一周目で良明がレインに速度を落とさせていた平均台に差し掛かったところでショウに指示する。

「速度、落とさないで! じゃないと追い抜けない!!」

『オーケー』

 てんと地を蹴り、ショウは平均台に飛び乗った。そのまま勢いを殺さずに駆け抜けていく。観客席の何人かが、”さっきの(・・・・)竜術部が競技でも頑張ってるぞ”と沸いた。


『陽、次は? このまま行く?』

 差し掛かったのは平均台のすぐ先にあるハードル群。

 トラックの左右では倒れたハードルを戻す係の生徒がせっせと仕事に励んでいる。

「……ごめん、すこしゆっくり」

『了解!』


 ここは陸上部の独壇場。

 故のチャンスでもあった。陽を乗せたショウは一人、また一人と他の部を抜いていく。

 気が付けば、前方には陸上部と野球部のみ。ドラゴンの脚力でもって竜術部は三位に躍り出ていた。最後の直線で、ショウは再び全力疾走を開始する。


 最終走者であるけやきのお玉に向けられる彼女の視線は、真剣そのものだった。

 勿論、ガイの背の上から身体を伸ばし、その腕は陽へと差し伸べられている。公称容姿端麗天才美少女のけやきがそれをやる様は、陽の時に輪をかけてシュールだった。

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