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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
6.ダンス イン ザ スカイ
154/229

そこに垣間見えたもの(1)

 夏休みが開け半月足らず。見るからにボロいその部屋の午後五時は、いつもの活気を取り戻していた。

 龍球チームメンバー達が練習に励み、坂は撮影してきた写真をチェックし、海藤は裁縫に勤しんでいる。石崎もいつも通り。ノートPCに向かい何かしらの作業を続けている。

 チームの選手を引退したシキは小屋の中でとぐろを巻き、時折外の様子を窺う様に首を伸ばしているがそれに深い意味は無く、単なる寝返りの様なものである。

 部員の中で、山の手の姿だけは見当たらなかった。

 まさに、いつも通りの竜術部である。


 徐々に徐々に気が早くなっていく太陽は、まだ辛うじてオレンジ色でコートを照らしている。


 夏休みに入る前と後で変わった事と言えば、その太陽の気の早さと、兄妹に心のゆとりが生まれた事である。

 夏大会前の二人は、日々を一切のブレもなく全力で生きていた。理由は言わずもがなである。当時、彼等のやる気の源であり行動原理そのものであったレインはといえば、未だその身の上を誰に話す事も無く、あの宿の一室での出来事ですらも人間達にだけは告げる事をしていなかった。

 レインは、焦りから解放されて龍球の練習を楽しんでいる夏休み後の英田兄妹達を見て、なおさらに自分の身の上を語る気にはなれなかったのだった。


 良明も、陽も。レインの事情を無理に聞き出そうとはしないスタンスを崩してはいない。彼女が置かれた現状については時間が解決してくれる。そういう考えである。

 レインの過去に何があったにせよ、彼女を土手に閉じ込めてその生命を脅かした敵は、要するに犯罪者である。自分達から事を荒立てれば事どういう方向に動き出していくのかは明らかであったし、レインを含めた自分達からわざわざそんな危険人物に接近する理由など露程もないのである。


 今やるべきは、やっと手に入れたまっとうな高校生活を謳歌する事であり、レインと一分一秒でも共に部活を楽しむ事だ。

 その双子の考えは、確認するまでも無く一致していた。

 良明は、キャッチしたボールを陽へと投げる。速くは無いが正確な球の軌跡が、妹の手元へと直線を描いた。


「楓ちゃんの、重・大・発・表ー」


 唐突に、中庭へと石崎の叫び声が聴こえて来た。

 丁度練習が一段落したところのチームメンバー達は、校舎脇に並べられたタオルを片手に部室へと集合する。

「なんですかなんですか」

 興味津々と言った様子でとてとてと部屋の中の石崎へと駆けてくる陽。彼女の姿に満足しつつ、石崎は「ふふん」と得意げになって皆の合流を待った。


 部屋の中へと集合したメンバーの中には、いつの間に合流したのだろう、山野手の姿もあった。

「よし、全員いるね?」

 見れば、部室の中央にはわざわざ机を集めて置いてある。円卓会議とでも洒落込もうとしているのか、それらは一つの大きな輪を成していた。

 誰からともなく席に着き、石崎はその輪の一角にてなにかしらの話を切り出すタイミングを今か今かと待っている。

 海藤は席について尚いつもの手芸を続けているが、誰もそれを注意する気配すらない。


 石崎の口からどのような言葉が出てくるのか。陽は期待に胸を膨らませてわくわく顔を崩さない。

 全員が席に着いたのを確認し、石崎はついに口を開いた。

「いくよ、重大発表」

『お、おう……』

 石崎の真向かいに座っているシキが、困惑した表情で彼女を見ている。

「私石崎、ついに彼氏が出来ました!」


 素晴らしい反射神経で皆が一斉に席を立つ。

 ガタガタと床をこする椅子の音におどおどしながら石崎は「待って、冗談だって、いや本当だけど、ちゃんと発表があるんだってばぁ!」と皆を引き留める。

 仕方なく席についてやる一同。

 けやきに、「それで」と続きを促されて石崎は困惑する。

「え、あ、はい……本題は本題であるんですけれど、(わたくし)の件については皆さんノーリアクションでございましょうか……」


 海藤と坂が顔を見合わせる。

「だって……」

「ねえ……」

 そして、たまたま石崎の隣に座っていた山野手が、申し訳なさそうに彼女へと皆のリアクションが素っ気ない理由を耳打ちしてやった。

「先輩、それ、みんな知ってます」

「!?」

 石崎は化け物でも見たかの様な驚愕の表情で山野手の顔を見た。


 山野手は再び耳打ちする。

「たぶん、キャンプの次の日には半分以上の人が知ってましたっ」

「!!!?」

 石崎は、沈黙して彼女の顔を見つめてくる皆の視線に身体を小さくさせ、落ち込んだ様子で「はい」と呟いた。


「そ、……それで、よ!」

 凄まじい感情の切り替えにより、彼女は漸く、もといいよいよ本題に入る。

「盗聴器の類は無し。入り口前の廊下には関係者以外立ち入り禁止の札も下げた。部員以外、今この部屋には居ないという事を先に言っとく。そのうえで確認するんだけど、みんな、明後日の日曜日の事は解ってるよね?」

 石崎の口から唐突に出て来た盗聴器という穏やかではない言葉に、ごくり、と数名が生唾を呑み込んだ。

 決戦の日。あの龍球大会の日よりも困難になるであろう戦いの日は、ほんの二日後に迫っていたのである。



 金曜日のミーティングから一日と半が過ぎた、つまりは日曜日の朝。

 レインは、良明のベッドの上でジャンプを繰り返していた。彼女が良明の腹に着地する度、布団の中からは「ぐぇ」だとか「う゛っ」だとか聞こえてきたが、レインは容赦しないのである。

 どすん、どすん。

 良明が寝返りを打つ。

 どず。

 レインの全体重がかかった一撃が鳩尾にはいる。


「う゛ぅうレインんん゛!」

 がばりと起き上がった良明の顔を、レインは布団越しの彼の脚の上から覗き込んだ。羽根をパタパタさせて『おはよー』と爽やかに言い放つ。寝ぼけ眼の良明を、レインはしばし見つめた。


 良明が彼女の頭をぽんとひと撫ですると、レインは心地よさそうに目を閉じた。

「そっか、昨日からレインうちに泊まってたんだったな。陽は? もう起きた?」

『まだだとおもう』

「ごめん起こしてきて。あ、俺の時と同じやり方で」

 朝のまどろみが思考を安定させない中、良明はレインに対するそのオーダーだけは忘れなかった。



 準備を整え、朝食をとり、父と母に二言三言述べて家を出る。

 レインを伴った兄妹は揃って川沿いの道を行き、あっちへこっちへ通学路を進み、やがて学校横の坂を上る。そしていよいよ大虎高校の西門に到達したところで、二人は漸く実感が沸いたのであった。


 いつもよりも妙に軽く感じる空気。

 石灰の匂い。

 門の横に立てかけられた木製の看板。


 踊る、”大虎高校体育祭”の文字。

 決戦の日の朝にふさわしい、爽やかな風が吹き抜けた。



 去る金曜日。”第一回竜術部ダメ押し企画会議”と題されたその会議の場で、石崎は声高らかに主張した。

「まずは、大会でのチームメンバーの健闘。これに対して心からの感謝と称賛を送らせてもらいたいわけです。いや、改まってこうしてコメントするタイミングが無かったてのもあるんだけどね」

 チームメンバー以外の部員達から拍手が上がる。

「ごほん」

 そして、石崎は冗談と前置きを経ていよいよやっと本題へと入った。

「体育祭、午後一のプログラムはみんな把握してる? 部活動対抗障害物リレーってやつ」


 ”漸く石崎の言いたいことが見えてきた”。部員達は、そんな表情で彼女を見た。

「毎年、各部活は活動する時のユニフォームを着てこれに参加する。要は来年度の為の宣伝なわけよ、このプログラムって」

「んーでも先輩これ、勝ったとしてもそのチームの部にはいりますーってなりますかねぇ」

 山野手の率直な疑問を、石崎は「んノンノン」と言って受け止める。

「狙いはそこではないのだよ、山野手クン」


「と、言うと?」

「この競技ね、去年と一昨年もそうだったんだけど、優勝チームには会場に対してコメントする時間が与えられるんだよねぇ」

 英田兄妹は顔を上げて声を揃える。


「そこで竜術部(どラぶ)への理解を求めれば!」

「そこで竜術部(どラぶ)への理解を求めれば!」

「いえす!」

 石崎は爽快な返事で以て正解を言い当てた二人を指さす。

 が、良明も陽も思うのだ。

(なんでだろ、自信満々な石崎先輩が考える事が上手くいくイメージが浮かんでこない……)

(なんでだろ、自信満々な石崎先輩が考える事が上手くいくイメージが浮かんでこない……)


「石崎」

 けやきは呆れた様に眉間に指をあて、親友に対して指摘する。

「お前それは……勝てたらの話、じゃあないのか?」

「そりゃモチのロン」

 石崎はあっけらかんと返す。

「なーに言ってんの、そのためのけやき達じゃん」


 そして、ぎょっとしたのは良明達である。

「僕ですか!?」

「私ですか!?」

 当然だと言いたげに石崎は二人の背中を叩くような表情を浮かべてこう言い放つ。

「頼りにしてるよー」

 他力本願とはこのことか。しかし悪い気がしないなどと考えてしまう双子だった。


「ところで」

 ここで口を開いたのが坂だった。

「障害物競争はチームのメンバーの皆に任せるんですよね? だったらどうして、僕達掛け持ち組もこの円卓会議に参加してるんでしょう?」

 石崎は坂を見て説明を続ける。

「んーと……」



 校舎二階の渡り廊下に掲げられた得点版は、紅組429点と白組301点という、なんとも生々しい得点の差を叩きだしていた。

 だがまぁ、そもそも大人達によって一方的に組み分けされたチームの勝敗など、実のところ興味があるのは参加する生徒の半分にも満たないだろう。

 などと、良明の後ろで騎馬を支える男子は言うのである。


「あーもう、なんで俺が前かなぁ。若葉(わかば)って中学生の頃バリバリのサッカー部だったじゃん。確か今だってそうだろ?」

 良明に若葉と呼ばれた男子は、彼の性格が凝縮されたような言葉で以てこう答えた。

「そこはほら、県大会でベスト4まで行って部を救った英雄に、花を持たせないとダメだろ?」

 良明は、騎馬の後方を支えるポジションを志願したクラスメイトに対して不服そうに切り返す。

「え、単に自分にとって興味の無い体育祭で怪我なんてしたくないからとかじゃなく?」

 クセの無い短髪に日焼けした肌が良く似合う若葉は、にひひと笑って答えた。

「バレたか」


「あーもー……男子ばっかりこういう物騒なのやらせる風潮大嫌いだ」

 相変わらず争い事とスポーツを心から好きになれない良明だったが、事ここに至っては仕方が無い。彼は、鳴り響く競技開始のホイッスルを合図に意を決して前進を開始した。ふと聞き覚えの有る声が耳に入って良明が横を見ると、遥か遠く、トラックの外で陽が何か叫んでいた。

「がんばれーぶちかませー」

(あっいつ、他人事(ヒトゴト)だと思って……ッ!)


 良明は、テレパシーの通信を全開にして陽に視線を向けて思った。

 陽はそれを受信したのか否か良く解らない表情を作り(・・)、ぐっと親指を立ててきた。良明は閉口し、眼前に迫る敵軍の群れを見据えるしかなかった。


「で、どうする? 適当に突っ込む?」

「……」

 騎馬の前面を支える良明は騎手に確認するが、返事は無かった。見上げる良明。

 騎手は、眼前にて繰り広げられている戦場に砂煙が上がるのを見て固まっていた。


 良明にしてみれば、そうなりたいのは騎馬の前面をやらされている自分の方だった。なにせ、他の騎馬と競り合う事になった場合に真っ先に相手と接触する事になるのは騎手では無く自分なのである。はっきり言って恐い。今すぐにでも隕石でも落ちてきて、体育祭ごと中止にならないかと思うばかりだった。

 が、この時の彼はこのまま試合を静観する事を選ばなかった。


 争い事とスポーツが嫌いで、怪我だってしたくない英田良明は、騎手と後ろの二人に対してこう尋ねたのである。

「右の方に、俺達と同じで様子見してる藤の騎馬が居る。まずはあれを狙いたいんだけど、異論ある人は?」

 唐突に仕切りだした良明に対して一瞬の困惑を見せた他の三人だったが、若葉だけが「オーケー、様子見してるって事は、少なくともその場では混戦してる地帯は避けられるしいいんじゃねーの?」と同意の弁を述べた。

 他の者達の返事を待たず、良明は歩を踏み出す。

「よし、じゃあ行くよ!」


(まったくもって、キャラじゃないなぁ……)

 珍しく勇ましい様子を見せる良明の内心がこれである。

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