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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
6.ダンス イン ザ スカイ
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竜の里(6)

『やめて! ガイ、わたしはそんなの――』

 ガイは、レインに対しても炎の様に滾る赤い眼で睨めつけた。

『お前もだレイン! 良明や陽は何も聞かないでやっているがな、それがどういう事なのかお前は理解しているのか? あれだけの練習を重ね、あれだけの戦いをスキルゼロの所から潜り抜けてみせた事がどれ程の地獄だったのか、奴等の傍で戦い続けてきたお前なら解るだろう! お前は、そんな二人にただすがり続ける気か!? いい加減に、お前の抱えている事情を話せ!!』


『ガイ、落ち着きなさい!』

『ショウ、あんたは気にならないのか!? 学校で寝食を共にするこいつが、何を背負って何に怯えているのか。どこぞのよそ者が話したくないだけならいい。首を突っ込む義理は無いだろう。だがな、レイン本人が学校での生活を望んだ時点で、俺達はもう無関係じゃないんじゃあないのか!?』


 レインは、少しだけ俯いてから歩を進めた。対面にてルイの首筋に爪を突き立てるガイへの距離を、自分のペースで縮めていく。

『ガイ』

『…………』

 そして、レインはすうと息を吸い込み、


「ぐぉわぁあああああああああああああああああああああアアァ!!」


 部屋を震わせる大音量で、泣き叫ぶように吠えた。

 その声は怒りと悲哀と絶望に満ちており、まるで、溜め込んでいたものを吐き出す様に遠慮というものを知らなかった。それは、人間の子供が駄々をこねる様に、それでいて大人が如何ともし難い現実に打ちひしがれる様に複雑な感情の重さを伴っている。上下左右の部屋には確実に届いているその声は、一同の耳を劈こうとした。


『わたしだって喋りたいよ! ぜんぶぜんぶなにもかも喋って、皆に頼りたい!! でもそれをしたら大変な事になる! あいつは外道だ! あいつは悪魔だ! 今こうしている時にも、私も知らない自分の目的に向かってひた走りつづけてる!! あいつを甘く見ない方がいい。私はあいつに心を許して殺されかけたんだ!! 皆にだってあいつはきっと平気で危害を加える!! 私はあんな恐怖と苦しみを、皆が味わうなんてぜったいに耐えられない!!』


 レインの金色の眼は、怯えと恐怖と心中での慟哭を物語っていた。

 その色は間違いなく金色のままだったが、まるでどす黒いインクに浸されたかのように鈍く、暗く、沈んでいる様に見えた。最早、彼女の中にあるのは負の感情のみではないのかと思われる程に、レインは怯えている。


 だが。それでも、ガイは退かなかった。

『それがどうした!! 俺はそんな者に屈しないし、敗北もしない!! けやきは、部員や寺川達は俺が護る! 勿論お前もだ!! 耐えられないと言ったな? レイン、それは俺だって同じ事だ。お前がそんなにも苦しんでいる所を目の当たりにして、退けなどと言われて退くほど俺は聞き分けが良くは無い!』


 レインは、羽根の筋肉を緊張させて身体を強張らせた。

 そして。


「ふぅ、ふぅ……ふぅ!」


 否応なく荒げつつある呼吸を押さえつけながら、己の爪をその首筋に突き立てた。

『ならいっそ、私は……ここで――!』


 ガイは、ルイからその身を遠ざけた。

 行く先は一つ。

 正面のレインだった。


『レイン!』

『もういやだ! こんな事なら外に出てくる(・・・・・・)んじゃなかった! こんなの、もう――』

 レインが言葉を詰まらせた頃、レインよりも一回りも二回りも大きなガイの羽根が、彼女を包み込んでいた。その羽根の中でガイはレインの両腕を掴み、自身で爪を立てていた彼女の首筋から引きはがす。

『ガイ、もうこうなった以上、わたしの居場所は部にはない。今回の事が事件になったら、私はもうあいつに何をされるかわからない! だったら、だったら私は!』

『待て、落ち着けレイン!』

 ガイは、暴れるレインをなだめようと声をかけるがレインはガイの手を振りほどこうとして譲らない。


『レイン!』


 ガイは、レインを抱きしめた。

 大きな羽根で外界の視線を遮蔽し、レインが身じろぎ一つ出来ないくらいに強く、彼女を抱きしめたのである、

 明らかに速くなっていた呼吸を抑え、ガイの胸へと伝わる鼓動を徐々に徐々に落ち着かせ、レインはついに暴れるのをやめた。


『レイン、すまない。俺()が悪かった』

 ガイの羽根が、ゆっくりと畳まれていく。

 レインに向けられた、いくつもの視線。

 ガイの胸に顔を埋めていたレインが、恐る恐るその中の一つへと眼をやった。シキが、心配そうに心配そうに自分を見ている。


 その表情に何かしらの違和感を覚えたレインは、言葉も無く、よく彼の顔を観察してみた。

 心配。とは別に、何かこう、罪悪感の様な物が見て取れる。そう思った直後だった。

『もう二度としないから、ごめんなさい』

 そう言ったのは、ショウだった。


『…………え?』

 レインはガイの懐から顔を上げ、辺りの皆を見比べた。

 誰もがシキと同じ表情をしていた。ルイもである。

『全部、最初から芝居だったんだ』

 と、告白したのはガイだった。


『ええええええええええええええ!?』



 ぷんすかぷんすか。そうなりもして当たり前だとレインは思うのだ。

『宿に入った後、私からの突然の申し出だった事もある。考える時間が無かったんだ。あまりガイやショウやルイさんを悪く思わないでやってくれ。ガイやショウに至ってはルイさんが誰なのかだとか、俺や石崎がルイさんとどういう繋がりがあったのかだとか、そこからして知らなかったんだ。知らずに、お前を助けたい一心でお前に事情を告白させる為の小芝居をやっていた』

 と懇願する様になだめるシキだったが、レインのぷんすかは収まる気配も無い。


『ルイさんも知ってたんですかっ』

『いやぁ、私も君に関しての詳細な事情を知っておきたくてねーははは。まぁ部下に連絡してなかった事に気づいたときはさすがにちと焦ったよ』

『ルイさんは、あいつの危険性を解ってるものだとばかりおもってましたっ』

『……解ってるとも』

 ルイは、唐突に深刻な顔になってレインを見た。

 皆、その変化に何かしらの理由がある事はすぐに解った。

『一人息子が人質に取られている私が、知らないわけが無いだろう……』

『え……』

 ショウは、思わず声を詰まらせつつも、尋ねずにはいられなかった。

『場所は!? 誰に!?』


 沈黙するルイに対し、レインは『おしえて』と言った。

『レインさん』

『……』

『君は私からだけ、情報を引き出すつもりかい?』

 その時のルイの眼は、間違いなく真実を語っていた。が、同時に鋼の様に硬い扉でその詳細を閉ざしているのもまたはっきりと伝わってくるのである。


『皆さん、聞いてくれ』

 ルイは、彼が今日この場へと足を運んだ理由を明らかにする。

『話を戻そうじゃあないか。我々が今話し合うべきなのは、レインさんの住処をこの島へと移すかどうかという事でしょう、うん。先程のやりとりで解ったと思うが、()はあまりにも危険なのだよ。少なくとも、竜の里の里長である私をしてそう判断せざるを得ない存在である事は間違いない。下手に首を突っ込めば何をされるか解らないというレインさんの言葉も、大袈裟でもなんでもないと私は思うわけだ。だからこそ、彼が聞き耳を立てていないであろうこの場にて情報を得たかった。それが私の思惑だ』

 ガイは、羽根を羽根を器用に折りたたんで座りなおながらルイに訊いた。

『そこが引っかかる。先ほど誰かも言っていたが、その敵とやらが何故この場に盗聴器の一つも仕掛けていないと断言できる?』


 ルイはガイに対して回答する前に、意を決した様な様子でまずはレインにこう提案した。

『レインさん、現状明かされた情報から彼等自身により推察されうる事は明かそうと思うが、どうか』

『とめはしません。けれど、賛成もできません』

 ルイはそのレインの言葉を了承の意として受け取り、ガイはじめレインの仲間達へと話を続けた。


『敵……便宜上、宮崎一郎としましょうか。チャットルームに現れた宮崎は、人間です。私とレインさんの言葉の選び方からも解る様に、彼の顔を私もレインさんも知っている』

 シキは思慮深くその言葉の隙間を探していく。

『竜の里は事実上の人間禁制の聖域……この内陸の宿へと足を踏み入れる余地は無い、か。竜の協力者が居る可能性は? いや、それは愚問か。人に頼まれて竜の里に盗聴器を仕掛ける竜など居るはずが無い』

『まあ、そういう事ですわ』

 事実、ルイの言う通り、宮崎に協力して盗聴器を仕掛けた存在はなかった。もっと明確な表現をしよう。この宿、この島のどこにも盗聴器の類は仕掛けられてはいない。


『それで、レインさんどうします? 宮崎から身を隠すには、ここは最良の場所でしょう』

 レインは、このルイの言葉に対して即答でこう言った。

『ごめんなさい。それは、やめておきます』

『どうしてだい? ここなら人間の手は伸びてこないだろうに』

『確かにそうだけど、あいつにとって私がここに居る事は明らかです。直ぐにでも私やあなたの取り巻きへの報復がある可能性だって無いとは言い切れない』

『いや。レインさん、それは無いと思う』

『……え?』

『そもそも、この場を設ける様に仕向けたのは宮崎本人だ。我々の身の上を知っていた事から、宮崎が貴方や私の子に危害を加えたあの人間である事はほぼ確定。この状況でレインさんがここに住まう事になったとしても、わたしゃあ文句なんて言わせませんよ。なんなら、レインさんがここに住まう事こそが宮崎の狙いなのかもしれない』


『それでも、私は……』

『レインは、こう言いたいのだろう』

 ガイは、さんざ護られ続けている彼女が言葉にし辛いであろう事を代弁した。

『レインにとっては、英田兄妹をはじめ彼女の取り巻きこそが宮崎の人質である。今ここで下手にアクションを起こせば、人間界に残してきたレインの取り巻きに危害が加えられかねない、と』

『……』

 レインは、無言で以て肯定した。


『まぁ、何にしてもレインさん自身がそう言うのならば、無理強いはしちゃあ駄目だ』

『ごめんなさい』

 と、レインは謝罪する。有難迷惑であったと言いたげなニュアンスは一切ない。

 ルイは、結論が出た事で話をまとめにかかった。

『この場での話もお互いに他言無用という事にしましょう。私は私で犯人への対応は考えるが、あなた方の件を周囲に仄めかす事はしない様に気を付けます』


 竜術部のドラゴン達は、結局のところなんらの進展を見せていない状況に気持ちを沈ませようとしていた。が、それをルイの口から続く言葉が阻止する。

『ただ、ひとつだけ解っていてほしいんですわ』

 ルイへと注目するドラゴン達。

『……?』

『この問題は、単純な誘拐事件では無いんでさぁ。人間が竜を脅して何かを企んでいる。んなもんは前代未聞で、竜と人間が共存できている世間一般への影響が計り知れない案件ってコトだけは、どうかどうか重々承知の上で行動しなすって。お願いします』

 そして、続く一言を炎が如く吐いた彼の形相を、彼等は向こう数年忘れる事が出来そうもなかった。


『相手がドラゴンなら、私ゃあ今すぐにでも彼をこの爪で引き裂き、この牙で噛み砕きに行きます。里長の椅子なんてくそくらえってねぇ』


 ルイは、帰り支度を始めようとしてふとその手を止めた

『或いはー……』

 皆が、彼の背中に注目した。

『彼の狙いは、この状況だったのかもしれない』

『……え?』

『我々が集い、ある程度の所まで……或いは洗いざらいの情報交換をする。その結果、私らが導き出す結論と感情は、現状維持と宮崎への畏怖。竜の里という、彼からすれば最も手の届かない場所にて我々の抵抗を牽制する事こそが、彼の狙いだったんじゃあなかろうか……とも思えるんですなぁ、これが』

『だとしたら!』

 情報を寄越せと言いたげなショウに対し、ルイは微笑んで首を横に振った。

『あくまで推測ですよ、お姉さん』




 竜王市には大きな漁港があり、その海へと至る川は登竜門の故事にあやかって綺麗に整備された観光名所である。柳が並ぶその川に並行して上りと下りの国道があり、歩道はさらにその外側に位置している。

 白と小豆色のタイルが市松模様を成しているその歩道を歩きながら、陽は電話の相手へと相槌を打つ。


「ああ、うんだから予定通り今日帰るー。うん、うん、夕方……かな?」

 顔色を窺ってくる妹に対し、良明はこくりと頷いてみせた。

「夕方帰るー」


 フェスへと向かった一行は、その後周辺で一泊した後、竜王市へと向かった。

 本来は朝一で大虎組と竜王組に分かれて解散する筈だったのだが、なまじ意気投合した彼等は急遽三池達の住処である竜王市へと向かう事となったのである。

 二泊三日の旅もいよいよ三日目。さすがに疲労を訴える者が居そうなものだが、そこは若さ故のやせ我慢で誰もそんな事は言わないのである。

 宿を出て、電車を乗り継ぎ竜王市市街地へ。その後ボーリングで三池が圧勝し、カラオケで英田兄妹が息ぴったりのラップを披露し、今は寄港している某国の帆船を見に行く途中である。


 夏休み全開。楽しみに楽しみ抜いている三日間。

 その大トリを務めるにも十分な迫力が、船にはあった。

 海の青を反射する船体と、日の光を浴びる帆。本来どちらも純白である夫々が、視界の中で徐々に近づいてくるにつれて、より鮮明に見えてきた。

 広大な空き地に隣接する波止場には数百名に達しようかという人々が詰めかけ、列をなして捕鯨船の見学の順番待ちをしていた。


「あー、やっぱ人の数が凄ぇなぁ」

 あと二百メートルというところで三池がそう指摘した。

「どうするー? さすがに順番待ちとかすると結構時間かかるよこれ」

 待つのはナシよと言いたげな石崎に物言いたげに、三池はある方向を指差した。

 彼女の指先。市街地から一キロばかり離れたところには山がある。否、彼女が指示しているのはそれではない。

「今回の旅のラスボスだ。展望台まで登ってみようぜ!」

 石崎はぎょっとして「うえぇ」と嫌そうな声を漏らし、周囲に同意を求める視線を投げかけた。


「よし、いいだろう」

 真っ先にそう返事をしたのは驚くべき事にけやきだった。

 だからだろう。誰もが三池の無茶な提案に対して笑いだし、一人、また一人と同意の返事を口にしていく。

「だめだこりゃ」

 苦笑しながら、石崎も標高二百五十メートルへの歩みを開始した。


 なにせ、今回の旅では直家という非常に大きな収穫があったのだ。石崎は、今の自分に出来ないことは無いと思っている。

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