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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
6.ダンス イン ザ スカイ
152/229

竜の里(5)

『私と石崎は、学校の外でもよく話をする』

 その第一声に、レインは勿論、ショウやガイも驚いた顔をした。

 驚いた顔をしつつ、三頭の間でこんなやり取りを始めるのである。

『このおじちゃん女子高生といちゃいちゃする趣味があったのか』

『部内二組目のドラゴンと人のカップルっ!』

『いやだが、石崎には今や直家という男が――』


『お前等おちつけ』

 シキは、この上なく失礼な三頭の物言いを大人然とした口調で窘める。

『あいつと俺はお前達が考えている様な関係ではない。石崎は私の事をネット上では師匠と呼んでいる』

『ししょー?』

 レインが不思議そうにシキの口にした単語を反復した。シキは頷いて続ける。

『私は以前プログラマをやっていてな。石崎が文化祭に向けて準備しているもののうちの一つについて、よく質問を受けたりしている。それで、私のハンドルネームである’(たくみ)’にも絡めてあいつはそう呼ぶんだ。……まぁそれで、ほぼ毎日、とあるサイトのチャットルームを利用してやりとりをしていたのだが……』


 ここで、シキは言葉を紡ぎ続けながらもそのイントネーションに疑問めいた雰囲気を滲ませ始めた。

『ある日、その殆ど人など入ってこない寂れたチャットルームに、宮崎一郎と名乗る一人のユーザが入室してきた。そういうハンドルネームなのか、ハンドルネームという物を知らずに実名を打ち込んだ者なのか判断が利かずに少々戸惑ったが、それを確認する間も無くその者はすぐにログアウトしていった』

 シキは続ける。

『彼の発言は原文ママでこうだ。”お邪魔します。皆さんが悩まれている竜の件について、最寄りの竜の里へと連絡を入れる事を強くお勧めします。では失礼します”。そして、その次の発現欄にはホームページのアドレス』


『おいおいシキさん』

『それはあまりにも……』

 ガイとショウの反応に、シキは『もっともだ』と言った。

『ああ、怪しすぎる。だがそもそも彼は何故我々の事情を知っていたのか。答えは明白だと思わないか?』

『宮崎は、わたしの事をしってる人』

 レインに対してシキは頷いて続けた。

『そういう事だ。俺も石崎も、その者が直接我々に会ってコンタクトを取らなかった理由を色々考えたのだが、結論は出ず。そもそも、それはさした問題ではないと考えた』


『どうして?』

 今度はショウがシキに尋ねた。

『その発言ログに書かれていたアドレスだ。URLの尻の方には、”.lg”の文字。つまり、地方公共団体のみが利用できるドメインだったんだ』

『ど、どめ……?』

『とりあえずここでは”アドレス”と同義だと理解してもらえればいい。要は、宮崎が提示して去って行ったアドレスが示す先は、何のことは無い、行政のホームページだったんだよ』

『クリック、したの……?』

『いや、さすがに。書かれているアドレスから、それがこの【通竜島】のホームページである事を突き止めて、自力で検索して同じアドレスに辿り着いた。それで、だ。驚いた事に、サイトの下の方のバナー群の中に、こんな文字が書かれたものがあった』


 ここで、それまで黙って話を聞いていたルイが、自慢げに口を出してきた。

『”里長に直談判!”』

『そう、それはごく最近になって【通竜島】の公式ホームページが始めたサービスで、里長であるルイさんに、直に要望や質問や相談などを行える、というものだそうだ』

 企画概要を聞いてショウは真っ先に疑問を抱く。

『いやいや、そんなの受けてたらキリが無いでしょう』

 ルイは彼女の疑問に対して答える。

『そりゃぁそりゃぁ。勿論全員に対して答えられるわけではないですよ。それはバナーをクリックした先のページにも明記してあります』

『ああ、なるほど』


 シキは話を続ける。

『俺は、その投稿フォームを使って石崎と共にルイさんをチャットルームに招いた。まさか本当に来て下さるとは思っていなかったがな。事実、ルイさんは現れた』

『手の込んだ悪戯の可能性も……その、こう言っちゃあなんだけどチャットルームに現れたのは名前を変更した宮崎でかもしれないじゃない?』

 ショウは何かに対して食い下がる様にそんな事を言ったが、シキは首を振って否定する。

『ルイさんに宛てた投稿には、他に一切漏らしていない合言葉を書いておいた。メールの相手が行政である以上、チャットルームに現れたルイさんが偽物である可能性は限りなくゼロに近い』


 シキは、ここで重要な補足を一つして、ルイに対して謝罪した。

『念の為に言っておくが、レインの事は勿論、私も石崎も、今日まで個人情報を一切明かしてこなかった。ルイさん、必要最低限の情報だけで助けを求めた非礼をご容赦頂ければ幸いです』

『あーいやいや。大丈夫大丈夫』

 ルイの声音は思いの外軽く、或いは意味ありげに何かを思い出す様な口調でもあった。


 ガイは、ふうとため息一つ。最大の疑問をシキとルイに投げかけた。

『話は解った。それで、ここはどういう場なんだ。よもや人間に危害を加えられたからと言って、レインを問答無用で島へと置き去りにするつもりじゃないだろうな?』

『いやいや』

 と、ルイは微笑する。

『私に伝えられているのは、レインさんが住処を探しているという事だねぇ。この島への移住を書類に残らない形でやりたいとかなんとか。実際、この場のどの方がレインさんなのか私は未だ把握していない。まぁ、ここまでお話させていただいたカンジだと、そちらのお姉さんか、金眼の子かどちらかの様だけれどもね』

 ガイは、危なくレインの身の上をちらつかせかけていた自分に少々焦った。


 当のレインは、こう言った。

『わたしが、レインです』


 心の真相が見えないどこか澄ました顔。レインはいつもと変わらない表情をしつつも、先程からこの状況の意味を考え続けていた。

 話が、出来すぎている。

 シキと石崎が、とあるサイトのチャットルームで師弟としてやりとりしていた。そこはまあいいだろう。シキがPCに詳しい事だけはレインも知っていたし、石崎がPCで春から何かしら作り続けているのも知っている。

 だが、そこに現れた宮崎一郎という存在はあまりにも不自然すぎるとレインは思うのだ。

(おそらく、宮崎はあいつ(・・・)だ……わたしをあの雨の日の土手に閉じ込めたあの男にちがいない)

 レインの金色の眼が、きらりと部屋の照明を反射した。

(わたしを試してるの? いまさら?)


『レインさーん?』

 ルイに名を呼ばれ、レインは我に返った。

「グ……」

『ぼーっとして、大丈夫?』

 心配してくれたショウに『うん』と答え、レインは意を決した様にある質問をした。


『ルイさんは、どうして私と会ってくれたの?』


 ルイの表情が、ほんの少し困った色を含んだ。

『ほほう、そうきましたかね』

 ショウはレインの質問の意味をかみ砕いて確認する。

『数ある投書から、なぜ自分の案件を選んでくれたのか、っていう事?』

『うん』


 ルイは、なにやら言葉を選んでいる様子。

 その反応でレインは確信を持った。

『もしかして、宮崎一郎から……或いはそれ以外の名前を名乗る誰かから、私と会う様にお願い(・・・)されたんじゃないの? だからわざわざチャットルームにまで顔を出して、シキさんや石崎と会ってくれた』

 ショウとガイがレインへとその身体ごと向きを変えた。


 レインの視線の先にて立ち上がったルイは、『ほほうほほう』と言って首筋を撫でた。

 そして、彼は明かす。

『惜しい、なぁ』

『”惜しい”?』

 レインに対して、ルイはもう困った顔をやめていた。瞬間、彼が全てをさらけ出す覚悟を決めたのが誰の目からも見て取れた。

『うん、惜しい。あのコーナーを作った事自体、彼のお願い(・・・)だから』


『!?』


『ワタシ、ある弱みを握られていてねぇ。ホームページへのあのコーナーを設置させられたんだよ。ああ勿論、厳密には私が職員へと指示を出す事で設置させたんだがね』

 ガイは食いつく部分に迷った末に口を開く。

『……弱み、とは?』

『ああ、いや汚職の類じゃないよ?』

 このタイミングでそんな事を言われてもと思うガイだったが、彼のそんな思考を遮ったのはレインだった。

『ガイ、大丈夫。たぶんこの人はうそは言っていない』

『ふん?』

『この人を脅してその投書サービスを始めさせたのは、私が思うに――』


『レインさん!!』


 ルイの怒声だった。

『それ以上は、やめたまえ』

 レインは反論する

『でも、ここ(・・)なら!!』

『ああ、奴は恐らくこの場の会話を盗聴したりなどはしていない。その術が無い。だが、この場でそれ以上の詳細を口にする事が何を意味するかはレインさんも解る筈じゃないのかい? だからこそ、この場においてまだ全てを語ろうとしていないんじゃないのかい? 冷静になりなさい、冷静に。私も追い詰められた事でヒントを出し過ぎた、悪かったさね』


 ガイは、ショウは、シキは、思考を一致させていた。

 代表して口を開いたのはこの場の最年長者であるシキである。

『レインよ、そしてルイさんもだ。何にそんなに怯えている? どこまでならば話して貰える?』

 二頭は、沈黙した。

 沈黙し、レインとルイ、お互いの顔を見つめているのである。

 まるで、この場で全てを洗いざらい語ってしまうかどうか、テレパシーで相談しているかのような、そんな視線の交差。


 ガタリ。

 と、椅子が倒れる音がした。直後、部屋には風が舞いこんで、数頭のドラゴンは目を瞑る。

 レイン、ショウ、シキ、ルイ。四頭はその音の正体を直ぐには把握できず、図らずもそれが陽動として機能した。

 ほんの一瞬。抵抗する間も与えず、ルイの首筋には爪が突き立てられていた。

 ガイの、太くも鋭利で、見るだけで噛まれたような心地になる雄々しい爪は、ルイの首の鱗一センチ手前でぴたりと静止していた。


 ばんとドアを開き、物音を聞きつけた三頭のドラゴン達が部屋へとなだれ込んでくる。口々にルイの名を呼び、彼の背後へと回ったガイを射殺(いころ)さんばかりの視線で突き刺している。

 レイン、ショウ、シキのリアクションの語は以下のとおりである。実に彼等らしい。

『ガイ!』

『なにやってんの!!』

『…………』


 ルイは、入ってきた三頭に対しこう述べた。

『構わない。下がって下がって。廊下で待機! ね!』

 この期に及んで普段の口調を崩そうとしないのは、ルイが持つある種の才能と言えそうだ。などと、彼の部下達が思うわけもなく、彼等はすぐに階下へと助けを求めに行こうとした。だが。

『お前達!』

 移動を始めようとしていた三頭の動きが、ガイの視線と威嚇の唸り声によりぴたりと止まる。

『下に連絡を入れようとでもしてみろ。俺がそれに気づいた時点でこいつの喉元を噛み千切る』


 ガイは、視線をルイに戻して告げる。

『里長ルイ。今ここで血を見るか。それとも、ウチのレインが置かれている脅威について語るか、選べ』

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