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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
6.ダンス イン ザ スカイ
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竜の里(4)



 石崎は帰宅するなり階段を上がって自室へと向かい、真っ先にデスクトップPCの電源を入れた。二階にある洗面所でうがいと手洗いを済ませると、PCにパスワードを入力しに戻り、今度は思い出した様に持ち帰って来た鞄を持って一階へ。洗濯物を洗濯機に放り込んでから、リビングでくつろいでいる父と母と弟に「ただいま」を言う。

「お帰りー、楽しんできた?」

「そこそこねー」

 最低限の会話を済ませ彼女が缶ジュース片手に二階の自室へと戻ると、PCは既に起動を終えていた。

 黒い背景に白い輪郭線で卵の様なフォルムをしたキャラクターのイラストが表示されている。石崎のPCの壁紙はお手製だ。


 続いてブラウザを起動すると、ブックマークから”会議室”と書かれた項目をクリックし、ホーム画面が表示されていたウインドウに表示させる。

「やっば……」

 そう呟いた石崎は、カタカタとキーボードを叩く。

 画面には彼女が打ち込んだ文字が文章を成していく。


 ベージュの背景に白い入力フォーム。灰色の送信ボタン。

 石崎が見慣れたその画面は、所謂”チャットルーム”と呼ばれるものだった。

 メールアドレスの入力やアプリケーションのインストールを要求されず、ハンドルネームの入力だけで誰とでも会話を始められるウェブページ。

 今表示されている”デジタル工房 チャットルーム”は、その中でも石崎が日常的に使うサイトだった。

 画面上での会話が開始される。


『ごめーんなさい! 遅くなりました師匠!!』

 石崎の言葉に対して、二秒かからずに返信が来る。

『まぁ仕方ない。楽しんできたか?』

『はいぃ! お陰様で超楽しんで参りました(`・ω・´)ゞ』

 師匠と呼ばれた話し相手のハンドルネームは、石崎が文字にしたまったくその通りの”師匠”ではなく、(たくみ)と表示されていた。調子者の石崎がこのハンドルネームを文字って彼、或いは彼女を師匠という呼び名で呼んでいる事は言うまでも無い。


 ただし、彼女が好んで使うその師匠と言う呼び方には、もう一つ大きな意味があった。

『それで、どうだ進捗の方は?実際文化祭までに間に合いそうなのかどうなのか』

 師匠の問いに対し、石崎はこう答える。

『一応明日分の作業予定まではこなしてから出発したから大丈夫デス』

『よろしい、時間との勝負になっている部分もある。詰まったらすぐに俺に報告しなさい』

『はい(`・ω・´)ゞ』


 石崎は、懐かしそうに振り返る。

『でも、師匠がプログラミングについて詳くて助かったよー。大虎祭に向けてゲームを作りたい……っていう願望は去年まであったけどさ、それを人に見せられるレベルで形に出来るとは正直思ってなかったから』

 師匠は石崎にこう答えた。

『作っているのはお前だ。俺はかつての仕事で培った知識を目の前の若者に分け与えているに過ぎない』


『え、師匠って元プロなの?』

『まぁプロではあったが』

『えええー初耳だぁ』

『言ってなかったか?』

『うん』


『反対にお前は俺が何故PCやらプログラムやらに詳しいと思っていたんだ』

『だって普段リアルで見てる限り物知り顔だし、実際物知りだし、何でも知ってそうだし』

『要するになんとなくということか』

『うん』

『まあ、去年度の暮れから今年に入って今までの間、コツコツと作り続けて来たんだろう。ここまできて時間が足りなかった等という事にならない様に気を抜かない様にな』

『解った』


『ああ、それから』

『はい?』

『もう一つの方の企画もお前主導で進めているんだろう?』

『あー』

『三年生の大事な時期だ、身体を壊すなよ』

『はーい』


 龍球チームが練習に勤しんでいる時、試合の時。その他多くの時間、彼女の傍らにPCがあったのはこれが理由だった。

 文化祭に向けたゲーム制作。それこそが石崎の竜術部の活動であり、かつて龍球チームに対して自分なりにやっている事があると述べた事の正体である。この師匠と呼び親しんでいる相手からアドバイスや教えを受けつつ、今日までコツコツと作業を進めてきていたのだ。

 家のデスクトップPCにはそのバックアップが常に保存されており、簡単な仕様書の類も全て彼女自身の手で作り、自室の机の中に紙媒体として保管してある。


 後輩達にその内容を語った事は無かったが、単に機会が無かっただけで隠しているわけではない。

 なにせ、双子やレインのあの頑張りようである。

 いらぬ情報は極力差し挟まないでいてやりたいという気持ちが、石崎の中には根強くあった。


 石崎は、右下に表示されている現在時刻を見て「あれ」と呟いた。

『師匠師匠、そういえばまだ?』

『ん?なにが?』

『ほら、もういい時間なのにルイさんこのチャット部屋に来てないじゃん、今日』


『ああー、それはそうか、コハナには連絡していなかった』

『んー?』

 コハナとは石崎が設定してあるハンドルネームである。

 石崎は、缶ジュースを手に取り口へと運ぶ。


『今からリアルで会う事になった。勿論あいつも一緒にだ』


 思わずコーラを噴き出しそうになって咽かえる石崎。

「はあい!?」

 机の片隅のティッシュを二枚抜いて口元を拭うと、石崎はカタカタとキーボードを叩いた。

『いやいやいやいや、うそん。嘘っしょ?』



 シキは、ノートPCに表示される石崎の言葉にさほどのリアクションをする様子も無かった。

 レインの部屋と大体同じ作りの203号室の中で、椅子に腰かけたドラゴンが器用にキーボードを叩いて返答する。

『なにぶんweb上だ。チャット内ではログも残るので詳細は伏せるが、お前に伝えてある俺の宿泊場所まで、わざわざ足を運んで下さるそうだ』

『マジかー』

『いやだが、むしろお前がそんなリアクションをしてくる事こそが俺には意外なのだが』

『なんで?』

『この通竜島に俺やあいつが来ると言う時点で大体想像もつくだろう』


『いやいやいや』

 石崎は間髪入れずに否定の六文字を送信した。

『相手は里長さんですよ!? あの人(・・・)に促されて通竜島の公式からメールで問い合わせて、その日にこのチャットルームに本当に本人が来た事だけでもびっくらこいたのに、まさかホントに会うなんてトコまで話がすすむとは…』

『なあ、コハナ』

『ほい』


 シキはキーボードを打つ指を止め、しばし真剣な表情で考えた。

『いや、これはリアルで会ってからにしよう』

 画面の向こうで石崎が首をかしげているのが見て取れる様だったが、石崎の返答はシンプル且つシキにはとてもありがたいものだった。

『わかった』

 シキは、時計を見ると『そろそろ時間だ。退室する』と告げ、石崎の『ノシ』という返答を待って退室ボタンを押してブラウザを閉じた。


 シキは葛藤の只中にあった。

 今、こうしてレインの知らないところで話が進んでいる事自体、問題がないとは言い切れないと思う。

 そもそも、何故今この様な場が設けられるに至ったのか。

 レインに対してはまずそこからの説明が必要だと思うのだ。

 ノートPCを畳むとシキは立ち上がり、部屋の出入り口へと向かった。



『あーどうもどうもどうも。リアルでは初めましてですね』

 里長は、レインが思っているのとは大分違った。里長ルイはもっとこう、いかつくて、怖くて、閻魔大王さまみたいな竜だと思っていたのである。

 それがいざ会ってみたらなんだこの軽い喋り方のおっちゃんは。これがこの島の長を務めるリーダーだというのか。

 レインは戸惑った。


 数分前、レインがショウに言われるまま食事の時間に食堂へと行ってみれば、そのまま宿の会議室へと移動させられた。

 青いタイルカーペットが敷き詰められた部屋はそれでも壁は木造で、天井は人間界でよく見かける白くて防音加工がされた凸凹なタイプだった。

 分けも解らず待機する事数分。今に至る。


 ニスが塗られたテーブルを囲み、レイン、ショウ、シキ、ガイ、そしてルイが腰を下ろしている。

 宿の計らいで茶菓子などが置かれているが、レインの空腹はそんなもん(・・・・・)では満たされない。いや、それどころではないのは彼女だってわかっている。


『初めまして、(たくみ)ことシキです。本日はコハナが同席しておりません事をご容赦ください』

 シキから出て来た聞き覚えの無い名前に更に戸惑うレイン。


 シキは、『それと』と言ってルイに続けた。

『当人は、何も知らず里長様と会う事になった状態であり、出来れば今日ここに至る状況を教える許可をいただきたく思うのですが』

『ああ、そりゃそうですわ。うん。僕もその方が事のあらましを整理出来る。歓迎ですよ』

 ルイは、シキの申し出を快諾した。


 シキはまず、最初にレインの意思を確認するところから始めた。

 まるで、自覚する罪を禊にかけるように。

『レイン、まず最初にお前の気持ちを確かめたい』

 レインはただただ戸惑うだけ。だが、それを声にはしない。じっとシキの言葉に聞き入っている。

『俺は今から、お前が今この場に至るまでの事情をお前に話そうと思う。その上で、俺や里長様はお前にある問いかけをしたいと考えている。俺達はお前に関する事情をよく知りはしないし、そこを無理に聞き出そうとは思わないが、問いかけをする事には同意してもらえるか?』

 レインは、恐る恐るながらも頷いた。


 よくわからないのはガイとショウである。

 なんだこの展開は。

 レインの身の上も知らなければ、シキと石崎がルイと繋がりがある理由も良く解らない彼等こそが、最も説明が欲しい者達だった。

 ガイとショウは、たまらずといった風に口を挟む。

『シキさん。で、一体これはどういう事なんだ』

『一から十まで説明して貰わないと私達にはさっぱり解りません』

 ガイも、ショウも、レインの事が心配だ。

 龍球大会までの日々を共に戦い抜き、最早彼等にとってレインは問題を抱えた哀れな仔竜ではなく、れっきとした仲間であった。自分達だけ情報が不足している状況には甚だ不満があるというものなのである。

 選択の余地があるのならば、シキの口から是非とも事情を聞いておきたかった。


 シキは、語り出す。今こうしてこの場に話し合いの場が設けられるに至った事のあらましを。


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