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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
6.ダンス イン ザ スカイ
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竜の里(1)


「それじゃあガイさん、気を付けて」

「それじゃあガイさん、気を付けて」


 駐車場の植え込みの近くにて。

 今回のキャンプに参加した者全員が、他の客達の邪魔にならない場所で輪を作っていた。

 石崎の外向けと内向けの挨拶、寺川と山村による夏休みの過ごし方についての忠告。それらの後、彼等はこの後のスケジュールについて確認し、解散の号令をした。

 これで後は、今日と言う日を楽しむだけである。


 二人そっくりに寝癖による角を生やした良明と陽は、人間達から離れたところで固まっているドラゴン達に少し寂し気な表情を送ったが、けやきや三池などの年長者は淡々と荷物を準備しているだけだった。

 レインは、ガイ等ドラゴン達の群れからとてとてと歩いてくると良明と陽の前で立ち止まり、こう言った。

『いってきまーす』


 良明は、少し心配そうに言う。

「本当に、気をつけてな。ガイさん達がいるから大丈夫だとは思うけど……」

 レインを気遣う声が耳に届いたのだろう。それまで寺川と何事か話していたシキは、その場の者達の最年長者然とした言葉で良明の心を落ち着かせようと気遣う鳴き声をあげた。

竜の里(・・・)を何だと思っているんだ。取って食われはしないさ』

 取って食いはしないが、何かしらされる事はありうるんだろうか。レインはそんな不安を覚えたが、言葉のあやだと断定する。双子に対して、『大丈夫!』と元気に鳴いた。


「おーい、てめぇらそろそろ行くぞー」

 彼等の会話の区切りを見計らっていた様に――実際はそんなことはない――三池が人間達に対して促した。

『アキと陽も、楽しんで』

 レインはそれだけ言うと、彼等の返答は聞かずにドラゴンの群れの中へと小走りに駆けて行った。

 彼女のそんな様子が、どうしても気丈に振舞っている様に見えて仕方が無い良明と陽だったのだが、ここから先は人間が立ち入って良い領域ではない事を彼等はシキから聞いて知っていた。


 だからだろうか?

 或いは、やはり何も考えて等いないだけか?

 三池は、努めて快活に発している様に聞こえる声で、群れの中に居るクロに対してこう言うのである。

「夏休みが終わるまでには帰って来いよー」

 憎まれ口でもからかいでも、ツッコミどころがあるわけでもない彼女の言葉である。クロは、「グゥー」と肯定の唸り声をあげるしかなかった。



 石崎が三池と協議しその結果旅程に盛り込まれたその行先へは、高速バスを利用した。幸いにして彼女等が使う便は高速道路へと乗る前にキャンプ場を経由してくれるので、バス停はキャンプ場のすぐ傍にあり、移動の手間を理由に離脱する者は一人も居なかった。

 だが、行先が行先である。肌に合わない何人かは二日目の旅から離脱する旨を事前に石崎に伝えてあった。


 そもそも、今回の旅行はあくまで石崎が発案したプライベートなものである。

 竜王高校の者達が合流する事は勿論、大虎高校の部活メンバーだって決して強制参加ではないし、なんならここまでのキャンプで一応の旅の区切りという位置づけなのである。

 ここから先はいわば解散後の二次会の様な物。好きな者や興味がある者が勝手に参加する流れというわけだ。


 旅を続ける者達、家路へと着く者達、竜の里とやらへと向かうドラゴン達。夫々、移動を開始した。

 飛び立っていくドラゴン達を見送り、夏休みの過ごし方について小言を言いながら離脱する教員達を見送り、高速バスの中で当然の様に並んで座る英田兄妹にシスコンブラコン疑惑を抱き、酔い止めを飲み忘れた石崎を気遣いながら、離れた席で延々喋り続ける見知らぬマダム達の会話を暇つぶしに聞きながら、彼等が一時間半かけて辿り着いた先は、山間の公園だった。


 キャンプ場よりもさらに人里離れた印象の森の中に突如として現れた巨大な駐車場。そこは、あの龍球の決戦の地とよく似た印象を抱かせた。

 駐車場だけでも横に二百メートル、奥行きは三百メートル程か。アスファルトを運搬する手間と時間を考えたくなる様な馬鹿げた広さの駐車場と、その奥に顔を覗かせる入場ゲート。それらの傍らにあるバス停が、高速バスの終着駅だった。

 そこに至る頃には、バスの中の乗客の殆どは英田兄妹達の様な若者で構成されており、彼等彼女等は一人の漏れもなく、今日と言う日をかねてから楽しみにしていた。


 結局、キャンプに参加した者のうちこの二次会に参加したのは以下の九名である。

 三池、霧山、良明、陽、石崎、円、伊藤、芽衣、けやき。

 尚、この名前の並びはこの二次会への興味の序列を表している。


「三池さん三池さん」

 バスを降りると、陽はチケット(・・・・)を配り終えた三池に踊る心を隠さない声で呼び止めた。

「おーうどしたー?」

「私、こういうイベント初めてなんですけど、注意する事ありますか!」

 元気よく挙手し、三池と三池の背後に聳えるイベントのタイトルが書かれた垂れ幕を視界に捉える陽に対し、三池はふふんと得意げになってこう答える。

「まず、飲み物は絶対ぇに一本持っとけ。今日なんて相当日差しがやべぇかんなぁ、下手すりゃ倒れかねねぇぞ。あと、タオルもすぐ出せるように荷物の上の方に移しとけ……あとはなー」


 ふんふんと頷く陽に、三池は続ける。

「恥ずかしがんな! 超楽しめ!! 後ろの奴の眼なんて気にすんな!! 損すっぞ!」

「はいッ!」

 びしっと敬礼のポーズをとるのが最近の女子高生の流行りなのだろうか?

 陽は、龍球の大会に出ていた某高校の生徒よろしく嘘くさくてわざとらしい敬礼をしてみせた。


「よっしゃあ、並ぶぞヤロー共ぉー!」

 三池はそう言って振り返ると、駐車場の一角に設けられたスペースを指差した。その先では、パイロンとコーンバーが五十メートルの長さで折り返して三往復に亘って並べられている。

 長い長いその道の奥では二百人弱の男女が並んで腰を下ろしており、一(ぎょう)当たり四人が横に並んで延々と続く列をなしていた。


 ぞろぞろと列の最後尾へと歩いていく一行の中、けやきは最後尾から他の者達を見守る様について行った。

「おうおう樫屋、テンション低いぞー」

 歩調を合わせて横を歩き始めながら、三池がけやきを気遣う様に話しかける。

「私はいつもこんな具合だ」

「まぁ、お前がこういうのに参加するイメージはねぇけどよ」

 けやきは、自分が三池から退屈そうに見えているのだとその言葉で初めて察した。

「ああいや、違うぞ。つまらないというわけではないんだ」

「ぬん?」

「ガイの奴さ……」


 三池は、けやきに元気が無い理由を知ると論理でその不安を否定しようとした。

「竜の里なんて、去年も一昨年も、それよりまえだってあいつ等はずっと行ってんだろ。今更何の心配をする事があんだよ」

「……いや、私の取り越し苦労ならそれでいいんだが……」

 けやきは懸念の詳細を語ろうとはしなかった。だが、彼女の考えは実に明白なものなのである。現在の話し相手が三池の様な鈍感な奴でなければ、けやきを目の前にすればすぐにでも彼女が考えている事を察しただろう。


 わらわらと話し声に満ちる一帯の中で、他のメンバー達も雑談に華を咲かせ始める。すっかり仲良くなった大虎高校と竜王高校の面々が、この待機列で退屈する事は無かった。



 同時刻。

 人間達からは”リュウノサト”と発音されて呼ばれているその場所に、大虎高校と竜王高校のドラゴン達は群れを成して向かっていた。夫々にたすき掛けにドラゴン用の鞄を下げて飛ぶ一行。

 ガイ、レイン、クロ、セイ、ライ、ショウ、シキ。

 この竜の里への(はね)取りが重い順である。


 ガイはうんざりした様子で愚痴を言う。

『…………なあシキさん。何故、ドラゴンという生き物は、年に一回里帰りしなければならない、みたいな空気があるんだろうな?』

 ばっさばっさと投げやりに羽ばたく様子が普段のガイの雰囲気からは乖離しており、それを見ているだけで面白いといった表情のシキはからかう様にピントのずれた返答をしてやった。

『なんだ、けやき嬢と離れるのがそんなに嫌か』

『解って言ってるだろ、シキさん。俺が言いたいのはそうではなく……』

 ”ああ解っているとも”というシキの表情は、僅かに先を飛ぶガイからは彼が振り返りでもしない限り見えはしない。


 ガイが言う通りだった。シキは、彼が竜の里へ行きたくない理由を良く知っている。

里長(さとおさ)に会いたくないのだろう? 去年もさんざけやき嬢との事をつつかれていたな』

『放っておいて貰いたいものだ……』

『まあ、里長としてはそれは気がかりだろうさ。人間とつがいになる竜など稀も稀だからな』

『そうは言うがシキさん、けや――』


「ぐあーぃ!」

 会話を遮ってガイの背中に体当たりしたのはレインだった。

『なんだどうした? 腹でも減ったか?』

 彼女の声からさほど深刻な理由があったのではなく、じゃれついて来ただけだというのはガイには直ぐに解った。だからしょうも無い事として受け流す様にその仔竜の対応に当たるのだ。

『ガイあそぼー!』

『お前は急に元気になったな本当に。さっきまでは竜の里に行く事に対して凄く嫌そうにしていただろう? それこそ俺より行きたがらない雰囲気だったじゃあないか』

 ガイは首をくいとひねり、彼の背の上をぱたぱたと飛び続けるレインを仰ぎ見た。


 進行方向を軸にくるっと一回転。レインは応える。

『今でも実はあんまり行きたくありませーん』

 キャンプ場で飛び立つ前、駐車場で準備を進めていたレインは確かにかなり乗り気では無かった。それこそ、このまま解散して大虎市へと帰り出しそうな勢いだったと言っていい。あまりに深刻な表情をしていたので、良明と陽が心配して声をかけた程である。

 今だって、あからさまな空元気がひしひしと伝わってくる。


 彼女にとって、竜の里という場所へ行くことはそれほどまでに気が進まない事。同行するメンバーに大虎高のドラゴン全員が含まれていなければ、断固として向かう事を拒否していただろう。

 理由は一つ。

 彼女の身の上を明かす事を求められる場面が、その竜の里と呼ばれる場所で発生しうると思ったからだ。


 豪雨の日、ケージに閉じ込められていたところを、良明と陽の手により救い出された事。

 彼女をケージに閉じ込めた犯人の目的や見た目。

 それよりも前にあった出来事。

 それら全て、今の彼女が言葉にするわけにはいかない事だった。もしそれをしたならば、レインの身には大きな危険が伴う可能性がある。まして、その危険に仲間達を巻き込みたくは無かった。


『そもそもさー』

 それでも、レインは実はかなり危険な質問を今ここでする事に決めた。このまま一切を口にしない選択は、いずれ大きな追及を招きかねないと思ったのだ。

 最低限、自分の持つ知識の程度を周囲へとさらけ出す事だけはするべきだと言うのが彼女の判断だった。とはいえ、それは彼女にとってとてつもなく勇気の要る事だったのは間違いない。

 レインの声は、僅かだか確実に震えていた。


『竜の里って、どんなトコロなの?』


 精一杯の空元気はドラゴン達夫々の風切り音に上手くなじみ、彼女の怯えを上手い具合に誤魔化した。そしてその違和感のない声音は、ペースメーカーとして先頭を行く竜王高校の二頭・セイとライを思わず振り向かせる要因となった。

 レインは、自分の羽根の付け根の筋肉がひきつるのが解った。

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