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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
6.ダンス イン ザ スカイ
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黄昏の告白(4)

「灯台デモクラシー!!」

 到着するなり、芽衣はよくわからない単語を生成した。

「暗いのは辺り一帯全てだし、デモクラシーが起こった元号と”とうだい”は一文字も合っていないし、そもそも目の前のこの建物はただの鉄塔だ」


 霧山が彼女の魂から沸き出でた元々無意味な叫びを論理で否定しにかかるが、芽衣はこう返すのだ。

「霧山ー! ノリだよノリ! そもそも私デモクラシーの意味なんて知らないもん!」

 その芽衣の切り返しに対し、寺川、長谷部、山村は心内で声を揃える。

(おい受験生……)

(おい受験生……)

(おい受験生……)


 肝試しは粛々と行われ、皆は散策コースCの到達地点である開けた空き地へと集っていた。

 空き地の中央には霧山が言う鉄塔が立っており、送電線を次の鉄塔へとリレーしている。安全の為だろう、鉄塔の先端の方では赤いランプが灯っているが、かなり先端の方なので天体観測にさしたる支障は無さそうだった。

 ここ数週間のうちに刈られたとみられる草が空き地の端の方に盛られており、皆がこの一帯を歩き回るにはありがたい限りだった。


 テンションが可笑しく、もとい変に(おかしく)なっているのは芽衣だけではない。

 この日を待ち構えていた様に晴れ渡る空には、肉眼で見えるだけでも無数の星が時に瞬いてはじっと少年少女達を見下ろしていた。

 漆黒の背景に浮かぶ光点。どんな表現も安っぽくなりそうなその雄大なる存在感と美しさに、多くの者が今日が何月何日で今が何時何分なのかを忘れたし、自分が今こうしてキャンプ場で星空を見上げている理由がどうでもよくなった。


 人々とドラゴン達の群れの中、英田兄妹は二人並んで体育座りし、星空を見上げていた。いつもならさらにその横にレインが居るところなのだが、彼女は先程から意気投合している三池と共に相変わらず戯れている。

「やばいな……」

「やばいね……」

 何が、といえば勿論この夜の帳に浮かぶ星々のことである。

 彼等の語彙の狭さを嘆いても仕方がない。どこぞの実況アナウンサーが豊穣に実る単語を矢継ぎ早に並べ立てるアレを、この二人が突然やり始めたら気色が悪い事この上ないだろう。


 兄妹は、ある日の事を思い出していた。その”ある日”の彼等は、今とよく似た気分に満たされていたからだ。

 良明は、それを何となく口にしてみた。

「大会二日目の日の夜さ……」

「うん」

 陽は星を見ながら、聞く前から想像できる兄の言葉にあえて耳を傾ける。その理由こそが、これから良明が喋る内容そのものだった。


「あの日、疲れ切って余韻も何もなかったよな」

「だねぇ。お風呂入って、ご飯食べて、十分くらいテレビ見て、そのあと二人とも直ぐに部屋に戻ってばたんきゅーだったもんね」

「次の日はもう既になんか……余韻に浸るには遅すぎたっていうかさ」

「わかるわかる。起きて外が明るくなってると、もう別の事をする日、みたいなカンジでさ」


「陽、試合の次の日学校行こうとしたじゃんか」

「私がっていうか、アキだって行ったじゃん」

「まぁそうだけど。いやアレさ、竜の皆に会いに行ったっていうより、余韻に浸りに行く気分だった様な気がしてさ」

「あー、確かにそれもあったかも。練習する習慣が身体に染みついてて、学校に足を運ばないとすっごい違和感ありそうだったっていうのも大きいけど」

「それ思うよな、だから俺もついてった」


 そこまで言って、良明は何かに気づいて顔を上げた。

「あ!」

「お?」

 陽は兄の視界を共有しようとしたが、良明は視覚映像を送信していない様だった。

「え、なになに?」

 仕方なく声で確認しようとする彼女へと返って来た言葉は、なんらの面白みも無い返答だった。

「流星見つけたかと思ったけど多分気のせいだった」

「流星って一瞬で消えるよ?」

「いや知ってるけど、赤く見えたし多分違うと思う」


「……アキさー」

 陽は、膝に顔を埋めて兄を見上げた。

「んー?」

「この中で好きな人とか居らぬのかねキミは」

 良明は、きょとんとして妹を見下ろした。

 とうに暗がりに慣れた彼の眼は、陽のしんみりとした表情を視界の中央に捉えている。


 兄妹の間で恋愛がらみの話など今まで数える程しかした事がない。これは、随分と珍しい話題だった。

 妹や兄に恋人が出来たら、”こんのやろう抜け駆けしやがって”とからかってやろうと心のどこかで考えていた二人だが、悲しい事にお互い高校一年生になった今でも未だにそんな気配は皆無である。


 良明は、陽の問いかけをはぐらかす様にこう答えた。

「なんで校長風に言ったんだよ」

「居ないかぁ……」

 わざとらしく残念そうなため息をついた陽に、良明は「陽の方こそ」と言って続ける。

「直家先輩を初めて見た時『イケメンがいるよ!』とかなんとか言ってたじゃんか」

「え、アキなんでそんな前の事覚えてるの? シスコンなの?」

「あの後何日も何日もしつっこく直家先輩の話で絡んできたの、陽だろ……」

「そだっけ?」

「学校から帰る途中、毎日の様に『イケメンだけど石崎先輩的には竜術部の敵なんだよなぁー』って言ってさぁ」


「あー。言ってたっけねぇ、そんな事」

 その気の抜けた声音と、今この場でこの話題が出ている事で良明はぴんときた。

「え、何? 陽お前まさかさっき直家先輩達が付き合いだして失恋なうなのか?」

「いやいや、別にそんなんじゃないよ。直家先輩へのイケメン発言は一般論。え、なにアキ気になるの? シスコンなの?」

「陽、そのネタやめようか」

「えー……ていうかアキさぁ、そこはちょっと図星を突かれた風なリアクションしてみようよ」

「気色悪い。なんでだよ」

「私がおもしろいから!」


「…………」

 良明は、ため息一つ立ち上がる。

 一瞬間をおいて、こんなことを口にした。

「まぁ実際、お互い恋人とかできたら今みたいには仲良く出来ないよな」


 膝に埋めていた陽の顔が、その両目が、眼前の草を見ながらも兄から発せられた言葉の意味を考え込んだ。ニュアンスでも度合いでもなく、言葉の意味(・・)がよく呑み込めなかった。

 だがそれも一瞬。陽は、「はい?」と言って今一度良明を見上げる。

 本人が立ち上がった事により先程よりもかなり高くなった兄の顔は、どこか遠くを見ている。

「え、アキ? なにそれ」

「なにそれって?」

「仲良く出来ないってなんスか」

「ある程度は考えないと恋人さんがいい気分しないだろ、普通」

「いやいやいやいや、兄妹じゃん私達。なんでわざわざ仲悪くしないといけないの? 私が彼女さんとも仲良くすればいい事じゃん」


 饒舌になりかけている自分に気づいて口をつぐんだ陽は、それ以上何も言えなくなり、なんとなく、自分も立ち上がってみた。

 陽にとって何が怖いかといえば、普段は九割がた一致する兄の意見に対し、この時ばかりは全く以て同意できそうも無かったのである。

 もしかして、自分の方こそブラコンなのではないかと思いかけたところで、彼女は漸く事の全容を掴んだ。

 話はそんなに気色の悪い物ではなかったのだ。


「アキさぁ……」

「んー?」

 その兄の声が半笑いである事に気づき、妹は確信する。

「今さっきの仕返しで私の事からかってるでしょ?」

「うん」

「うっわ! うっっわ!! こん……うっわ!!」


 芸人の様な面白いリアクションをする陽に対し、良明はとどめを刺しにかかる。

「そうかー、彼女ができても仲良くしないとだめかー……」

「もうアキ! やりすぎ! 泣くよ?」

「泣くの?」

「泣かないけど……」


「…………」

「…………」


「悪かったよ、こんな話あんまりした事無かったから楽しかったんだって」

 そう言って突き出された良明の拳に自分のグーをトンとぶつけ、陽は純粋な疑問を口にした。

「……実際、嫌ではないにしろ、寂しくないの? わざわざ距離をおくなんて」

「寂しいに決まってるじゃん」

 良明は即答すると、そこから続く言葉を恥ずかしげもなく並べ立てた。それは、からかいすぎた事に対する彼なりの誠意であったりするのだが、陽がそれに気づいたかどうか、彼には解らない。

「十五年も一緒に色々こなしてきた双子の兄妹だろ。この半年間を竜と一緒に戦い抜いてきた戦友だろ。いざというとき、一番最後まで信用できる無二の仲間だろ。少なくとも、俺はそう思ってる。いつかお互いに家族が出来たって、一度刻まれた想い出は変わらない」


 陽は、もう一つ確信する。

 恥ずかしげも無くこんな事をのたまう兄に、恋人なんて当分できっこないだろう。抜け駆けされる心配は当分は無さそうだと、そう思った。


「あ! アキあれ!」

「ん?」

 何かに気づいた陽が、唐突に「確かに」と言った。

「私も何か見えた」

「赤かった?」

「赤かった!」


「……UFO?」

「……UFO?」

 二人が同じ様な顔で声を揃えたその時、背後から彼等に一つの気配が忍び寄ってきた。

「わこうどよー!」

 声とその内容でそれが石崎であると瞬時に悟る双子。

 それは、優越感と幸福が半々になったような、実に鬱陶しく人間味に(・・・・)溢れた(・・・)声だった。

「いちゃいちゃしてますなー」

「先輩はいちゃいちゃしないんですか?」

 からかいかえそうとする良明に、石崎は先程の陽と同じ様な事を言った。

「もー、そこは照れて顔を赤らめるトコでしょー、つまんねーのー」

「え、先輩アルコール飲んでませんよね?」

「どうだろねー?」


 兄妹は石崎の顔をよく観察してみる。

 暗くてよく解らないが、その表情は毎年正月に眼にする酒好きの叔父の雰囲気とそっくりな気がしてならなかった。

 陽は、自分はいたって真面目で平静ですよと言わんばかりの声音でこう尋ねた。

「それでそれで、直家先輩とはあのあと――」

「ちょ、陽!」

「あっ……」

 直家の石崎への告白は、一応は暗がりの中隠れてコソコソ行われた嬉し恥ずかしイベントだったのである。あの時何人かのキャンプ参加者がキッチンから一部始終を見ていた事は、石崎や直家に対しては未だ秘密の扱いだった。


 直家の名前を出さないという事に気を付けて発言した良明だったが、陽の失態により工夫が無駄になった可能性を覚悟した。

「んー? 龍彦ぉ? あいつなら、ほら」

 石崎は、ある一点を指差した。

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