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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
6.ダンス イン ザ スカイ
142/229

夜明けの高揚(5)

 近づくにつれ、次第にキャンプ場の細部が見えてきた。

 真っ先に視界に入って来たのは奥行き二百、幅百メートルはある広大な草原地帯。草原と言っても草は綺麗に刈られており、そのまま寝そべって、それこそ天体観測でも出来そうにきれいに整備されている。


 なだらかな傾斜になっているそこを登っていくと、ピラミッドの形をした屋根の建物があり、草原を見下ろす様に十メートル程突き出したバルコニーへと階段とスロープで繋がっている。建物と草原地帯の右手には舗装されたアスファルトの道路が隣接しており、周辺で建物すぐ脇の駐車場へと車両を誘導する係員が見て取れた。

 一行が向かうのはそれらよりもさらに奥。一帯を取り囲む森林を少し進んだところにあるキャンプ場エリアである。


 良明と陽は、他の皆が地上へと降りてくるのを待ってから、早速森林の中へと駆けて行った。レインとショウも羽根を畳み、あえて地上から兄妹について行く。

 事前に予約しておいた名義で事務所へと手続きをした石崎は、三角屋根の建物から出てくるまで待ってくれていたけやきとガイとシキを前に「あんがと」と言ってから、随分と疲れた様子でこう続けた。

「シキさん、ナイス演技」

『捨てたものではないだろう?』

「まぁ、私が高所恐怖症なのは本当だから、ある意味素だったんだけどさ……」

『お疲れ様だ。本人達にバレていない様だし、良かったじゃあないか』

「そだね」


 けやきは、そんな石崎を気遣う様に少しだけ表情を曇らせる。

「揺られて酔ったりはしなかったか? なにもお前までシキに乗ってくる事はなかっただろうに」

 石崎は親指を突き出して「ダイジョーブ」と言った。

「ほら、あの双子と二頭……特にショウさんには、こうやって一緒に行動してないとバレかねない(・・・・・・)から……怖かったけどがんばった。よくやった私」

 ガイは、炎天下の中でちらほらと埋まりつつある駐車場へと視線を向け提案する。

「まぁ、時間には余裕がある事だし、まずはあいつらの(・・・・・)リアクション(・・・・・・)を堪能しようじゃないか」

 石崎は「うん」と言って微笑んだ。



 先行した四名の先頭を走る良明と陽は、いよいよ脳内で”あの件”について話していた。

(ねえねえ、アキ)

(ん)

(もしかしてー……、なんだけどさ……)

(あ、陽それ訊いちゃう? 訊いてしまうのか?)

 木漏れ日がやたらと眩しく目に突き刺さるが、急に止まったりすると後ろを走って来ているレインやショウが自分達にぶつかってしまうので、兄妹は左右を完全に森で囲まれたその道を走り続ける。


(あー、やっぱそういう……)

 陽は、良明から返って来たその問いで、自分の中での疑惑を確信へと変えた。

 彼女が良明にだけ密かに確認しようとしたのは、流星群を楽しみにしていた陽へのサプライズとして、天体観測の時間が設けられているのではないか。という事であった。


(うーん、やっぱバレるよなぁ)

(ていうかさ、サプライズッてくれてなかったとしても私、超天体観測するつもりだったよ? 望遠鏡持ってきてるもん)

(だよなぁ。キャンプ場だもんなぁ。空、超見えるもんなぁ……)

(うん)

 脳内の声ながら半笑いになる陽である。(でも)と続ける。

(ありがとうね。超嬉しい)

(あーいや、たぶん全部石崎先輩の企てだから)

(”企て”って)

(俺は渡されたしおりに従ってるだけだよ)


 既に五十メートルは駆けた上り坂の、さらに二十メートル程先に道が開けているのが見て取れる。どうやらいよいよ到着らしかった。

(何か、我儘言ってすまんね。色々とさ……)

 陽の一言に、良明は一瞬だけ彼女との通信を切って(あっ)と思った。

(いや、俺だって別に陽と出かける事自体が嫌ってワケじゃないんだよ。プラネタリウムとかそういう場所じゃなきゃ、何処だって付き合ってやるんだよ。でもさすがに――)

(解ってるよ、何年双子の妹やってると思ってんの)

 再び心の中で笑い出す。否、今度は少し顔に出ている。

(連れてってって言い出した事だけじゃなくて、そうやって気を遣わせた事も含めて我儘言ったなーってこと)

(まぁ、折角だし楽しもう)

(うん)


「えーと、11番とか12番の札が立ってる敷地が予約した所だって石崎先輩言ってたよね」

 陽の確認に対して、ショウが『そうだよ』と肯定の鳴き声を上げる。

 四名は、ついに坂道を登りきり、その先にある開けた場所へと視線を向けた。

 川に面した11番と12番のテント設営用の区画には屋根の付いたレンガ造りのかまどが隣接しており、側に”飲ます”――原文ママ――と書かれた札が吸盤で張り付けてあるシンクも備えられていた。

 他に、作った料理を食べられるテーブルとイス、”散歩コースA・B・C”と書かれた周辺地図等が同じ屋根に護られている。


 見たところ見知らぬ他の利用者の姿は無く、代わりによく耳にする声で、「あ、来た来た。おつかれー」と言いながら四名に手を振る坂の姿が

「坂先輩!?」

「坂先輩!?」

 急停止した良明と陽の背中に激突するレインとショウは、辺りで他の部員達ががやがやと談笑したり、準備を進めている事にすぐに気づいた。


「みんな到着しましたよー」

 と坂に言われ一斉に林道の方へと視線を向ける集団は、実に多くの人間とドラゴンにより構成されていた。

 キャンプ場へと空路で移動してきた者以外の竜術部の部員全員。それから寺川、長谷部一家、直家とリンの姿まである。さらに、彼等に輪をかけて驚くべき人物が彼等の中に極めて自然に溶け込んでいた。


「三池さん!!」

「三池さん!!」

「おーっス、邪魔してっぜー」

 明細柄のチノパンに、黒いタンクトップ。おまけにチェックの半袖シャツという、どこからどう見ても男にしか見えない格好の三池が双子に手を振った。

 タンクトップにはこう書かれていた。


 Congraturations!

 MIKE GOT REDPOINT


 後半が全部大文字なのがじわじわくる。

 尚この服は所謂ネタシャツではなく、本来はある登山用語に由来する事柄を元ネタとしてデザインされた物なのであるが、フィーリングと価格の安さでこのタンクトップの購入に至った三池は本来の意味は愚かこの服を見て誰もが連想する方の意味にも気づいていない。決して、三池の取り巻きが彼女をからかって遊ぶためにこの服を勧めたわけではないという事を厳重に補足しておく。


 兄妹達が来るまで、三池の隣で彼女同様に薪を割っていた直家が、幾分か申し訳無さそうに言う。

「俺やリンは場違いなんじゃないかと思ったんだがな、折角の誘いだったので参加させてもらったぞ」

「気ーにすんなって! 俺等なんてお前等の学校の人間ですら無ぇんだから!!」

 けらけらと笑う三池の向こうでは、カレーの具材と思われるニンジンやら玉ねぎやらを買い物袋から取り出す彼女の友人達が居た。テントの設営を手伝うクロが、遠くから『お前は少しは遠慮しろ』とかなんとか言っている。


 英田兄妹は嬉しそうに笑顔を咲かせて「わー、わー!」と言って皆の群れの中に入って行った。

 準決勝で大虎高校チームを打ち負かせた竜王高校の一行がその場に居る事に関して、彼等は全く不快ではなかった。竜王高校チームの者達が誰も純粋に龍球を究める者達である事は試合の中で解っていたし、いつかまたどこかでゆっくりと会話のひとつも出来ればと思っていたのだ。

 特にこの三池とかいう、個性的で男か女かよく解らないやつに関して、兄妹は実の処並々ならぬ興味があった。


「あ゛ーもう、あんたら速すぎ!」

 良明達の背後から、バテバテの石崎が駆け付けてくる。バテバテになりながらも全力ダッシュしてきたのは、勿論兄妹達の驚いた顔を堪能したいからである。

 兄妹が石崎の方を振り向く。彼等の表情は、鳩が豆鉄砲を食らった様な――石崎が期待していた――リアクションでは無かったが、歓喜に心を躍らせている様子ではあった。石崎は、「よし、合格」と謎の判定を下してその場にへたり込む。。


 一通り挨拶を終えた陽がはたと気づく。

「あ、買い出し、買い出し行かないと!」

 そんな彼女に、ガイは『よく見てみろ』と言った。

『買ってくるべきものは既に買って来てあるし、レンタルのテントも下の事務所から既に持って来てある』

 確かに、調理場の片隅にそれっぽい包みが並んでいる。


 いつの間にやら追いついて来ていたけやきは、本物の(・・・)しおりから顔を上げて陽に微笑んだ。

「皆をこのキャンプ場に先回りさせたのも、買い出しを先に済ませておいて貰ったのも、全部石崎の発案だ。驚かせつつ喜ばせるのが目的なんだそうだ」

 陽はせっせと夕飯の準備を始めている石崎の背を見つめ、先程までのシキの上でびくびくと怯えていた彼女の姿と重ね合わせてみた。



 夕飯の下ごしらえ、テントの設営、流星群の観測ポイント確保。各々仕事を見つけてはこなしていくが如何せん人手が足り過ぎており、どうにも手持無沙汰になる者も早々にちらほらと現れだしていた。そんな者達はあるタイミングで食事用テーブル群の一角へと集まり、何やら企画会議を始めるのだった。

 石崎が組み立てた時間割には雑談タイムという物が設けてあり、流星群の観測開始までいくらかの余裕を作ってあった。それは何かしらの予定外が発生した場合にそれに対応する為の保険の意味もあったのだろうが、いくら大人数とはいえ、いくらか時間を多くとりすぎている様にも感じられたのだ。


 石崎の読み通りに意外にも雑談のネタが尽きなかった場合はそれでよし。もし何かしらの埋め草(・・・)が必要になった場合に、そこで行う何かを準備しようというのがその会議の議題だった。

「わざわざキャンプ場(ここ)まで来て試合も無いよな? いや、暗い中龍球っていうのはそもそも無理か」

 と言う良明の正面に腰かける陽が、四、五人程の企画会議メンバーに対して挙手して発言する。

「石崎先輩に何かしらありがとう的なことをする!」

「ふわふわしてる上にそれは石崎さんに禁止されてるので却下!」

 陽の意見をばっさりと切り捨てたのは伊藤だった。

 それまで一度として話したことが無い陽に対し、伊藤は誰よりも早くに打ち解けた。三池の時もそうだったが、伊藤と言う人間は怖がりな割に人と打ち解ける能力がずば抜けて高いらしい。


 そんな彼女の横ですっと手を挙げる大人が一人。陽は覚えたての彼の名を呼んで意見を求めた。

「えと、トオルさん!」

 トオルはおずおずと周囲の顔色を窺い、先程からとある女子に対してちらりちらりと熱視線を投げている男子の名を出した。

 その場に居合わせた大虎高竜術部の何人かは、彼の発言に対して瞬時に凍り付く。まさに、瞬間冷凍であった。

 ”それは、それだけはダメなのだ”と言わなければいけない。スーパーで売られているピラフの様になった誰もが、そんな使命感に襲われた。


「直家さんを見ていて思ったんですが……肝試し、なんてどうでしょう?」


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