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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
6.ダンス イン ザ スカイ
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夜明けの高揚(4)

 良明は、普段雑談など殆どしないガイから出て来たその言葉でおおよそ彼が今何をしたいのかがおぼろげながら見えて来た。

 ガイにとって、こういう話をする相手などそうは居ないはずである。

 ドラゴン達では距離感が近過ぎるうえ、同種族という事で客観的な意見は望めない。

 かといって人間生徒でこんな話を出来る程に近しい相手はせいぜいが部員達くらいだ。それも、この手の話を出来る程に常日頃から頻繁に接している相手ともなれば、龍球チームの誰かに限られる。何より、出来れば同性が望ましい。


 今現在、近くに誰も居ないこの状況を見て、このレクリエーションの旅のテンションあってこそ、ガイは今この話題を選んだのである。


 良明は、ガイの質問に対して「ふぅーん」と言って大真面目に考えだした。

 折角のおもしろい(・・・・・)話題に対し、安易に”何言ってるんですか、問題あるわけないじゃないですか”とは答えたくなかったのである。

 しばし、遠くでレインとじゃれ合っている陽を眺めてから、少年は年上のドラゴンにこう言った。

「そりゃ、ドラゴンと人間が付き合ってるっていう話なんて、滅多に聞かないです。何年か前に、海外でそういうカップルが結婚までいったっていうニュースをテレビで見た事はありますけど」

『ふむ』

「でも、だからこそ、ガイさんと樫屋先輩って本当にお互いが大好きなんだろうな…………とか、思います」


 良明がなんだかとっても恥ずかしそうに言うものだから、ガイまでこの話題を出したことに一抹の後悔を抱きかけるがもう遅い。

 ガイは、別にけやきと自分が付き合っている事に対して不安があるわけでは無かった。かといって、マイノリティーである事に浸るつもりもない。いち高校生から自分達がどう見えているのか、ただ単に不意の興味を抱いただけだった。

 そして、後先考えずにその”いち高校生”にぶつけてはね返って来た言葉は、随分と生真面目な色に染まっていたのである。


『ま……まぁそう、だな……』

「す、すみません。なんか気の利いた答えが出来なくて」

『いや……』

 ガイは自分の気まぐれに詰め寄って問いただす。一体、自分はどういう回答を求めていたのかと。この妙な空気をどうしてくれるのかと。


「レアキャラみーっけ」


 よりにもよって。

 よりにもよって、一番面倒そうなヤツに話を聞かれていた。


 アイマスクを額に上げて、腰に巻いていた赤いシャツを脇腹の辺りでぐるぐると振り回しながら石崎はガイの横へとのっしと腰かけた。

「恋愛トークするガイなんて初めて見たー」

『い、石崎…………今すぐ忘れろ。今のを、今、今すぐわす』

「どーしよっかなー……」

 石崎は、凄く面白そうにな顔をして明後日の方向を見つめながら言った。

『お前は鬼か。俺がこんな話をしているとけやきが知ったら――』

「案外きゅんきゅんするかもよー?」

『ば、何を言っているんだ! あいつに限ってこんなしょうも無い話で――』

 色恋沙汰をネタに女子高生に翻弄される、翼長十メートルのドラゴン。可愛い。


「え、なになに、ガイって大真面目にこれからの事考えてたりするわけ?」

 ふざけ半分にも聞こえる石崎の一言により、良明はその時ある事に気がついた。

 それは、入学当初からとうに頭のどこかでは気づいていた筈のこと。だが、彼がそれを口にするに至った事は未だかつて一度として無かったこと。


「……これ、から……」


 石崎は、心地の良い音を立てながら缶コーヒーのプルトップを引いた。まるで、何かを決意する様に。

「私もけやきも、文化祭で引退だからねー……」

 ぐいっと一口。遠い目になった石崎の表情は、大真面目だった。大真面目を気取って面白おかしくしているのではなく。


 良明は、気づくとその場に立ち上がっていた。

 ガイを挟んだ位置から、遠く(・・)を眺める石崎を見下ろして脳裏に浮かんだ言葉をそのまま垂れ流す。

「え? 引退……?」


「そりゃするよ。受験生だぜ、私達」

 至極当然な石崎の返答が、良明の脳では信じられない事の様に処理される。

「え、だって、今まで一言もそんなこと……ぶ、文化祭までだなんて、俺――」

「あれ、言ってなかったっけ。まぁ、文化祭……大虎祭のタイミングなんだよ、竜術(どラ)部の引退って」

 まるで実感が沸かない良明だったが、これ以上驚きや拒絶の色を含む反応を彼女に向ける事は、いたずらに相手を困らせるだけだという事に漸く気付いて、結果、押し黙る。


 そんな彼を見て、石崎はやはり面白そうにこう言うのだ。

「え、なになに寂しいの? やだなにこいつやっぱ可愛い」

「いや……え……」

 寂しくない、と口にする事がたとえ石崎相手でも(・・・・・・・・・)とても失礼な事の様に思われて、良明は引き続き発するべき言葉を失った。


 ガイは言う。

「毎年、寂しいもんさ……」

 その眼は、石崎と同じ遥か彼方を見ている。



「予定より二十分も早い。昼食後、早めに出発したのが効いたな」

 けやきは、遠くに見えてきた開けた空き地と腕時計を見比べた。

『お昼休憩のあとの出発の時、石崎、すっごくいやがってたけどね』

 ガイの横を並んで飛んでいるレインは、今やげっそりとした顔をアイマスクの向こうに覗かせている石崎を見て言った。


 レインの上から、良明はけやきに対して質問した。

「そういえばこの旅行って、文化祭の頑張ろう会も趣旨の一つなんですよね?」

 けやきは頷く。

「そうだ。まぁ、実は水面下で色々と準備はしていて、海藤や石崎を中心に話は進めているんだがな」

「来年度の勧誘の意味も込めて、エキシビジョンとかやってみますか?」

「どうだろうな……」


 けやきは少し難しい顔になってこう答える。

「知っての通り、近年はガルーダイーターがかなり煩い。抜き打ちで、各学校の文化祭に足を踏み入れる事までしている」

「うわぁ……」

 と、けやきに対してリアクションしたのは良明のすぐ後ろを行く陽である。

 良明は振り返って、妹に尋ねる。

「陽は何か考えた? やりたい事」

「うーん、どういうノリなのかも今一解んないからなー……」

「だよなぁ」

 レインは『楽しかったらなんでもするー』と言って、羽ばたきながら背の上の良明を振り返った。


 良明に続き陽も会話に加わってきた事で、けやきはここで一つの質問をしてみた。

「二人とも、今更な事を一つ訊いてもいいか?」

「はい?」

「はい?」

「半年前。あの博物館で、私はガルーダイーターの実態についていろいろと語ったわけだが」

「はい」

「はい」


「お前達二人は、今現在彼等をどう思っている?」


 兄妹は、その問いかけの意味を理解しかねた。

「どう……って、それはだって」

「そのガルーダイーターの所為で部が苦しんでいるわけですし」

 けやきは、あえてドラゴンと共に共有するこの時間の中であの竜属博物館に訪れた時の二人を追想した。

「あの日、二人は私の言葉を聞いただけに過ぎなかった。直ぐ後日にレインを連れてきて、レインを助ける為にこそ入部を決意したわけだが、あの時私の主張に対してどの程度まで信を置いたのかは、私にとっては未だ全くの未知数の事柄なのだ」


 双子は、そういえば、と回想した。

 確かにあの時、けやきの口から出てきたガルーダイーターへの批判の言葉はあまりにも突拍子がなく、鵜呑みにして信じる事などおよそ出来はしなかったし、それが正しい事なのかどうなのか、自分達なりに精査する事さえままならなかった。

 けやきの主張の真偽。その結論を出す前に”自分達にはこんな重い事情を背負っていく事は出来ない”と結論付けて、入部するか否かという点に対して限りなくNOに近い保留の返事をしたのだった。


 双子が質問の意味を理解した事をその表情の変化から読み取り、けやきは沈黙によって彼等の返答を促した。

 直後二人の口から発せられた言葉の数々は、”正直”という二文字が音声として具現化した様な内容だった。


「すみません!! ガルーダイーターの事、全然調べてませんでした!!」

「すみません!! ガルーダイーターの事、全然調べてませんでした!!」

 前を見るのはレインやショウに任せて、双子は恐ろしい物でも見る様にけやきの顔色を窺った。


「ん…………」

 けやきは、双子を見つめ返す。

「…………く」

(く?)

(く?)


「ははははははははは!!」


 けやきは、破顔した。あのけやきがである。

 優しく微笑む姿なら兎も角、大声を出して笑うけやきなど、英田兄妹にとっては宇宙人に等しい存在だった。


 ガイの手前、けやきもあまりはしたなく(・・・・・)笑いたくは無かったのだが、それでもその漏れ出す声を抑えられなかった様子である。

 彼女は何とか自分の感情を制御して、左右の目元を順番にこすってこう言った。

「そうか、調べてないか、正直でよろしい」

「あ、あの……」

「あ、あの……」

「いや、すまない。普通、ここまでの事を体験したならば”ガルーダイーターは敵”だと認識しそうなものだし、反対に私に対して腹の中で思うところがあるのならばと思って尋ねたが、まさかそんな予想外で正直な返答がくるとは思っていなかったものでな。いや、お前達は心の底から信を置ける相手なのだと再確認させられたよ」


『まあまあ、彼等にしてみれば半年間必死だったという事だろう』

 宥めるかのような口調でガイがそう言うが、けやきだってそんな事は解っている。

 ただ、彼女はどうにも眼前の二人が愛おしくて仕方がなかった。あとひと月足らずで会う機会が激減する事になる双子に対して、ここにきてこれまでにない程の情が芽生えそうで怖くさえあった。


『見えて来たよ』

 一通り会話が落ち着いたのを見計らい、ショウがそう教えてくれた。

 双子とけやきは正面へと向き、石崎はアイマスクを付けたままでシキの首の傍らから前方へと顔を向けた。


「あれが、りゅ……目的地のキャンプ場ですか?」

 陽が何か口走ってはいけない単語を言いかけながら石崎に問う。

「うん、そだよー。たぶん」

 と言う幹事に対してシキが今一度促す。

「アイマスク……取らないか?」

「やだ!」


 楽しそうに『わーい』と言って群れから先行するレインに対し、良明は窘めたり手綱ごしに減速を指示したりはしなかった。

 レインの飛び方、羽ばたき方があんまりにも躍動的で、良明には彼女のうきうきした気持ちが手に取る様に解った。あとから叱られるとしても、どうしてもそんなレインに同調してやりたいと思ったのだ。


 良明は、眼下に広がる森や沢を見回しながら自分から感想を述べる。

「いいところだなぁ、冷たい空気が気持ち良い」

『うん!』

 ばさっと扇いだ羽根の飛膜が風を受け、船の帆の様に膨れ上がる。

 レインは被膜の間に通る筋に心地の良い風圧を感じながら、背中の相棒に問いかけるのだ。

『私、カレー食べた事ないし、ばーべきゅーしたことない! 美味しいの?』


 良明は驚きつつも答える。

「え、マジで? カレー美味いぞー、特にこうやって外で作るカレーって、手間をかける分やたらと美味く感じるんだよ」

『えー、そんなハードル上げてだいじょうぶー?』

「いいや、断言する。凄く美味い。俺もキャンプで作るカレーは小学生の宿泊研修で一度だけしか食べた事無いけど、あれは他に無い美味さがあるね」


『じゃあ早く買い出しいかなきゃねー』

「だなぁ、まぁ少し休憩してからでいいんじゃない? レインだって疲れただろう? かれこれ五時間弱くらいは飛んだよな」

『そんな速く飛んでなかったから別につかれてないよー』

 レインは『ほら』と言って今一度加速すると、ジェットコースターの様に急降下してみせた。

 レインの急な悪戯に対し良明は怯えたりはせず、むしろ笑って彼女の風(・・・・)を感じて楽しんだ。


 兄とレインを羨ましそうに見ている陽に気づき、ショウは『私達も行こうか』と尋ねる。

「え、でも……」

 陽がけやきの顔色を窺うよりも早く、ショウは『それっ』と言って羽ばたきだした。ショウは、追い風に乗ってあっという間にレイン達へと追いつくと、戯れる様にその周りを旋回してみせる。

「ショウさんはやいはやい!」

 などと言いつつも陽の顔は笑顔に溢れ、その声音に拒絶の意図は一切感じられなかった。

『レイーン、ボール持ってきたから後で遊ぼー』

 思うがままの軌道で飛び続けるレインは、ショウに『あそぶー』と返事しながら彼女の横へとつけた。


 レインは唐突にショウへと気持ちを明かす。

『半年間、いっぱい教えてくれてありがとうね。ショウ』

 少し驚いた様子のショウは返す。

『いきなりどうしたの?』

『だってみんなが練習つけてくれなかったら、こうやってアキを乗せて遊べなかったもん』

 ショウは一瞬だけ驚いた顔をしてからこう応えた。

『頑張ったのはショウ。私は頑張るお手伝いをしただけだよ』


「あ、事務所あれじゃない?」

 陽が尖った屋根の二十メートル四方ほどの四角い建物を指差すと、レインは唐突に提案した。

『あの三角屋根の横の駐車場まで競争!』

『ふふん、望むところ』

 良明と陽は同意を求められるよりも早く、手綱を振った。


 彼等の遥か後方で、シキはもう一度だけ石崎に言う。

『ほら、見てみろよ』

 その表情は真夏の昼下がりのそよ風を受け、どこまでも優しい色に染まっていた。既にアイマスクをずらして後輩達を見守っていた石崎の眼も、彼と同じ色をしている。

 ウエーブがかった彼女の髪が、風に煽られる。

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