表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
1.兄妹と龍球
14/229

決断(2)

 レインにとっての死活問題は、一先ず先送りとなった。


 彼女が辿ってきた境遇は、実の所かなりヘビーな物である。もしも竜に人の言葉を喋る事が出来る声帯があったとしても、おいそれと軽々しく話すことなどできたものではない。

 明言する。彼女を苦しめていたのは、ある人間である。

 これまでの生活の事を思うと、レインは人間と言う存在にトラウマすら持ちそうになるのだが、そのある人間から逃れる事が出来たのは、別の人間――藤、良明、陽――が居たからなのもまた事実。レインは、この先の日々においてそれを忘れる事はなかった。


 自分を救い出してくれた三人の為にも、しばし、この竜術部という場所に居場所を得、全力で戦おうと心の中で密かに決めた。そうして自分の存在を世間に示す事こそが、自分の身の安全に繋がるとも思えた。


 レインは、辺りを見回してみる。

 教室程の大きさがありそうな、木造の小屋。地面には藁が敷き詰められており、外の光が壁に意図的に開けられた隙間から差し込んでいる。

 隙間から見える空は少し怪しい雲行きだが、小屋の天井には隙間一つなく、雨漏りする気配は一切ない。どちらかと言うと、この小屋を出て龍球用のコートを横切った先にある部室の方が余程ボロボロだとレインは思うのだ。


 小屋には何頭かのドラゴンがとぐろを巻いて腕を枕にして休んでいる。

 決意を胸に抱いた今の彼女にとって、自分よりも何回りも大きなガイも、その横で完全に眠りについている百歳を超えていそうな黒いドラゴンも、さして恐れるべき存在ではなかった。

 レインが『しばらく御世話になります』と唸れば、ガイも他のドラゴン達も、みんな『頑張れ』と励ましてくれた。むしろ彼等は、レインにとっては心強い存在であると思えてならなかった。


 竜術部に居る竜は、どうやら今日暫定的に入った金眼の女子を含めて四頭の様だった。

 まず、現部長であるけやきが部室に来た時には大体いつも一緒にいるガイ。

 大きな羽根と角は、成竜の割にはまだまだ傷が無く綺麗で、顔つきがイケメンなのでレインは真っ先に彼の顔と名前を覚えた。


 次に、間違いなく最も年齢の高い黒竜・シキ

 ガイほど体躯は大きく無いが、見に纏う雰囲気が人間の大人によく似ている。少し話しただけでも、とても頭の回転が早く、物事を冷静に俯瞰する頼れるおじさんだとレインは思った。


 三頭目は、これまでの竜術部の竜の中では唯一の女子だったショウ。

 先程レインがこの小屋に案内されてくるなり、真っ先に寝床の場所や龍球の簡単な説明をしてくれた。今までのメンバーの中では年齢が最も若く、身体の大きさもまだまだレインよりも少し大きい程度。龍球での立ち回りで最も参考にするべき相手かもしれない、とレインは思った。


 人間の部員の名前と顔はまだ覚えていないが、少なくとも今日会った生徒は一人として嫌な顔一つせずにレインを迎え入れてくれた。

 自分を救い出してくれたあの三人は、こうして竜術部が自分を迎えてくれる事を解っていたから助けてくれたのだろうか、とレインは勘ぐった。が、答の出るはずも無い問いであるし、出た答が何に役立つとも思えなかったのでそれ以上考えるのをやめた。


 月曜日である今日は、一日そうやって環境に慣れるだけで終わってしまった。

 レインは干草の上で寝返りを打ってまどろみ、(そういえば、アキと陽が早速練習を始めていたなぁ)と思い返す。”自分もやるー”と近づいて行ったら、お前は次の日から合流だ、今日まではゆっくり休め、とけやきに言われたのだった。


(それで、丸一日うろうろとこの中庭と部室を歩き回って……)

 どうでもいい思考が頭をめぐり、眠気が一気にレインの身体を動けなくしていく。

(ありがとう……おやすみなさい)

 どうしても、その一言だけは心の中で言っておきたかった。



 部室のドアを開く腕が、ぷるぷると震えているのが自分でも解った。

 陽は、これから部活を始めようかという時に既にぐったりしている兄の背中を、乱暴にばんばんと叩いて吐き捨てる様に言う。

「ほら、大丈夫? 言いだしっぺさん」

「自分だって昨日疲れ切って、今朝寝坊しそうになってたくせによく言うよ」

 お互いに憎まれ口を叩いている様に見えるが、寝坊しそうになったのも、現在進行形でぐったりしているのも、陽と良明二人共に言える事である。


「いらっしゃーい」

 古株芸人の声マネをして迎え入れる楓に、内心恨めしい気持ちで「御疲れ様です」と挨拶する双子。

 そういえば、と二人はこの時漸く気が付いた。

 昨日・月曜日は双子にとって練習初日で、競技用の竜具の取り付け方から、装備の着込み方、その後基礎練習のやり方を教わり延々それを反復していたわけだが、その場に居た人間はけやきと自分達二人だけであったのだ。


 他の部員――例えば石崎楓副部長――はあの時何をやっていたのだろうか。よもやサボりではあるまいな。

 昨日繰り返した腕立て伏せの影響でバケツ一杯の水も運ぶ自信が無い腕を上げ、外を駆けているレインに挨拶する良明。

「お疲れ様ー」

 レインも「グァ」と鳴いて返事した。


 昨日まではけやきにストップを掛けられて練習に参加出来なかったレイン。

 既にダレている双子とは対照的に、非常に元気そうだ。なんなら、人間部員と一緒に身体を動かしたくてうずうずしている様にさえ見える。

 そんなレインのテンションを見て、良明は内心ぞっとした。

 けやきの前で啖呵を切った以上、やれと言われればやる。昨日よりきつい反復練習を命じられてもやってみせる。ただ、その結果身体は今以上に痛くなるんだろうなぁ、という想像が脳内を駆け巡ったのだ。


「アキー、頑張ろうぜ。私も最後まで付き合うから」

 良明の思考を読み取った陽は、苦笑しながら元気付けてやる。

 最後まで。すなわち、三年に進級後引退するまで。

 良明は、またも、ぞっとした。


「来たか。……そう言えば二人とも、中学校では運動部じゃなかったと言っていたな」

 二人に対応する為いつもの様にわざわざ中庭から戻ったけやきが、乱れたユニフォームの裾を直しながら双子の元に歩いて来る。

 長ズボンに半袖シャツ。どちらも白を基調としており、ズボンは厚手の生地でできているのが遠目にも見て取れた。シャツには主張の少ない淡い青色のラインが二本、肩口から脇腹、裾へと流れていて、胸には企業ロゴ、背中には”大虎高校”の四文字が黒くプリントしてある。

 先日はジャージ姿で練習をしていたが、どうやら今けやきが身に着けている服こそが龍球競技者としての本来の服装らしい。


「か、身体なら大丈夫です、ええと……今日は何を」

 そう言って努めて強がる良明だったが、強がりを隠す事にまでは全く意識がいっておらず、疲労が口調に出てしまっている。


 けやきは、昨日一昨日とこの双子に龍球らしい事は殆どやらせなかった。

 兄妹が習った事と言えば、主に関節を守るための人間用竜具の装着の仕方と、基礎練習の手順くらいのものだ。体験入部初日とその次の日でさえガイの背中に乗せたが、それすらやらせてもらえなかった。

 勿論それはけやきの考えあっての事で、主に良明の為の方針であった。


 良明は、一昨日決意表明を行った。

 レインの為に高校三年間の全力を捧げると。なんでもすると、言い切った。

 それはつまり、今の彼の主目的が決して”部活を楽しむ”事ではないという事である。良明は今、竜一頭の生活を、竜一頭の命を救おうとする使命感から生じた、責任を取らなければならないという義務感で部活動に加わろうとしているのだ。それはけやきも解っている。


 碌に運動もしてこなかった彼と陽にとって、今現在精神的にも肉体的にも相当なプレッシャーが掛かっている事は想像に難しくない。なにせ、元々ドラゴンとの繋がりを持たなかったにも拘らず、ここまでドラゴンに対して肩入れしようとする生真面目な性格なのだ。軽く構えている事は無いだろう。そうけやきは考えていた。


 そして実際、その考えは頭の上のりんごを射抜く様に正確だった。

 良明と、それから陽の中にあるのは、”やらなければならない”という気持ちのみ。龍球を楽しもうなどという考えは、手に入れる前からとうに捨て去っていたし、そう割り切ったからこそ、彼等の中で向こう三年間頑張る見通しが立っていた。

 間違ってもレインの前でそんな態度を取ろうと思えない辺り、彼等の根の真面目な性格が良く見て取れるというものだ。


 疲労が口調に出てしまいながらも今日やる事を訊いてきた良明に、けやきが答える。

「今日は、お前達が近々歩む道を見てもらう。レイン!」

 呼ばれたレインは、露骨に”えー、今日も練習しないの!?”という顔をした。「二人とも荷物をロッカーに入れて来い」と言われその通りにする英田兄妹を見て渋々部室の中へと入ってくる。


 けやきは窓から部屋の中に頭を突っ込むガイの首筋をぽんぽんと撫で、部屋の隅にあるテレビの電源を入れた。

 かつては授業で使われていたと思しきこの古びた教室には黒板があり、それを窓際まで辿ると上の方にテレビを配置する為の棚がある。

 そこに鎮座する、埃を被った、十七型の、ブラウン管の、テレビ。


 天井に開いた大穴といい今となっては酷い有様の部屋であるが、それでも部室として機能させて利用しているのがいかにも高校生である。誰かしら一人くらい部屋を片付けようと言い出しそうなものだが、そんなことはなかった。


 「ボォ、ン」と「プキュ、ン」という鳴き声をほぼ同時に上げたブラウン管テレビは、少ししたら緑色の”ビデオ1”の文字を画面端に浮かび上がらせた。

 これまた古びたVHSの再生機は、テレビの棚の二メートル程真下に置かれた学生机の上に置かれてあった。


 再生機の上には、誰が何時どこで手に入れたのか、スタンド付の竜のフィギュアが乗せられている。天を扇ぎ、今まさに翼を開こうとしている躍動的なポーズである。けやきが入部した当初から置かれていたそれを、実は彼女は中々気に入っている。


 双子が荷物を片付けてテレビの方に歩いてくる。けやきは彼等に対し椅子に座るよう促すと、自分は私物のカバンの中から爪が折ってあるVHSを取り出して、カバーから出してデッキに食わせた。カバーにもテープにもラベルのシールは貼られておらず、テープに収録されているのがいつのどういう時の映像なのかもぱっと見解らない。


 画面に右向きの三角マークと共にPLAYの表示が出る。が、直後に何か映像が映し出されたというわけでもなかった。

「龍球競技者の先輩方が繋いできた、開校以来連綿と続く活動を途切れさせない為に、まずはこれを見てもらう」


 テレビは、お茶を濁す様に頑なに、ノイズが走りつつの黒い画面を表示している。そこまでの動作を確認すると、けやきは今一度口を開いた。

「これは、私が入学するよりずっと前の試合映像だ。実際の高校龍球の試合の流れと雰囲気を、まだ覚えなくてもいい、感じて慣れてもらう」


 ノイズがゆっくりと画面上を移動していき、店の電動シャッターの向こうからゆっくりと店内の風景が見えて来る様に、じわりじわりと画面が映像を映していく。二人が口々に返事するのと同時に、テレビはとても未練がましく、しぶしぶと、かったるそうに仕事を開始した。

 どうも、このVHSに記録された映像は、何かに上書きされたものの様だった。


 当時の学校関係者の誰かが録画した映像が始まる。

 ガヤガヤと、遠くで人の声が犇めいている。と思えば不意に『始まる、始まるよ』と、直ぐ近くで女子生徒と思しき声がした。

 カメラが観客席をなめる。龍球用コートを囲む観客席にはざっと七十人前後の人間と、二十頭ほどの竜が見て取れた。


『只今より、金山市立金山高校と、大虎市立大虎高校の、試合を始めます』

 反響を考慮してか、随分と区切って喋る場内アナウンス。

「今と変わらない濃紺のジャージが大虎高校だ」と、けやきが補足する。

 双方の選手がコートに歩み出で、一礼。画質が悪く各選手の人相や性別は解らないが、身長に大きな違いは無い様に見えた。


 六人と六頭。全十二名の選手がコートに散り、ホイッスルが響いた。

 最初にボールを手にしたのは大虎高の選手。

 彼、或いは彼女を支えるのは細身の身体を荒々しくしならせる黒龍だった。

 良明と陽の浅い知識にあるセオリー通り、ジャンプボールを取った選手は相手のゴールリングへと文字通り飛んでいく。


 それを遮るのは金山高の選手二組。攻める大虎高の選手はそれを視認するとノールックパスで味方にボールを繋いだ。そちらにつられて金山高の選手三組ともがパスを受け取った大虎高の選手に群がるが、その時既に大虎高の残る一組はジャンプボールの時点から続けていた移動により相手コートのゴールリング付近まで移動していた。

 ふわりと角度のついた放物線を描き、さらに大虎高チームのパスが繋がれる。

 パスを受け取ったゴールリング手前の選手は当然ノーマークで、彼、或いは彼女はゴールリング正面まで飛翔した後で苦も無く先制点を決めた。


 試合の会場の雰囲気に吸い込まれる様に見入る兄と妹。

「勿論、相手によってはこちらのパスにつられずにシュートを阻止してきたりもする」

 けやきは続く映像を見ながら解説した。

「大虎高の龍球チームは、先日言った通り竜術部もろとも消滅寸前だ。去年の三年生が卒業した時点で、レギュラーは私だけになった。つまり、このままいけば基本的に試合に出るのは私と、英田兄妹。お前達と言う事になる」


(そういえば、体験入部、俺達以外に来てないなぁ)

 と、口に出そうになるのをすんでの所で止めて良明は心の中でだけ呟いた。

「その、そんな状況の中で……県大会で試合を?」

 陽は不安を隠さずにけやきに今一度確認する。

 その問いは、博物館で聞いたけやきの言葉によりはっきりと答が出ているのだが、実際の試合の映像を見ると改めて無謀に思えてならない陽がいた。

 その陽が見るに、ビデオに映っている先輩達の動きはそれくらいに洗練されている様に見えたのだ。


「龍球というのは、競技人口が少ないが故に高校生の大会ではまだ未開の戦略・戦術も多い。技術的な錬度も他のスポーツと比べて洗練されきっていないというのが私の考えだ。そして何より、今年やりきらなければ竜術部は消滅する」

 良明はけやきの言葉にはっとする。否、今まで心のどこかで解ってはいたが無意識のうちに目を背けようとしていた事実を、今この時頭の中に意識的に焼き付けた。


 竜術部が消滅すれば、レインの居場所は無くなる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ