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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
5.護るは命運、喰らうは栄光
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因縁の彼方で(7)

(このままパスを回し続けても、いつか三池さん達に奪われる!)

(だったら道は一つ。多少危険だとしても私達で攻め切るまで!)

 双子の思考を読み取った様に、レインとショウは高度五メートルを丁寧に維持して進行していく。機械の様に正確に、とはいかずとも、極限まで神経を尖らせ少しでも良明や陽の視界が上下しない様に注意を払い続けた。

 兄妹は夫々相手コートのゴールリングとの距離を確認してみる。シュートを放てる地点まで、まだ十メートル以上距離がある。

 砂利の上で延々と続き列車を待ち続ける線路の如く、その、最後の一点への道は果てしなく長く感じた。


 リードを得つつも、途轍もない危機感が良明、陽、レイン、ショウの四名を包み込んでいく。

 或いは、だからこそ気づけたのかもしれない。

 背後からの気配を感知し、陽はその気配の正体を確認するより前に兄へとボールを譲った。

 三池は、陽がパスを出すモーションを始めた時点で既に手綱を引き、彼女を運んでいるクロは即座にそれに応じた。


 兄妹が暗に自覚する通り、三池が彼等のボールを奪う事は、もはや時間の問題だった。

 だが、この時点でクロはあくまで攻められている現状を憂慮する事を選んだのである。ボールを奪う手順の最適化を目指すべく、三池に対してこう提案した。

『三池、手綱の事はいい! 俺が自分で判断する! お前はボールだけ見てろ!!』

「おっしゃ任せた!! 信用してるぜ、相棒!」

『気色悪い呼び方してんじゃねえよ、小娘!』


 兄妹は、ぞっとした。

 ドラゴン(クロ)が三池と交わした言葉は相変わらず解らない。が、彼と話す三池が発した”おっしゃ任せた”というフレーズに、暗澹とした状況の中にある危機の気配を感じずにはいられなかった。

(樫屋先輩――)

(――はやく!)


 良明達の後方一メートルに、ついに三池ユニットが迫りくる。

「っく!」

 レインの手綱を強く引き、急激に高度を下げる事で敵との間に高低差を作る良明。なんとか三池の手からボールを護る事に成功する。が、彼等が下降したその先には、それまで一連の攻防に参加していなかった葛寺、宮本の両ユニットが待ち構えていた。

 さらに悪い事に。

『うそでしょ!』

 レインはその金色の眼を見開き、下方で構えるそれら敵選手四名を見て絶望する。

 全員、完全なる集中状態へと移行していた。


『アキ! 降りて!!』

 レインが咄嗟に提言した事で、良明は眼下のユニット達から辛うじて逃れる事に成功した。

 良明は無我夢中でボールを手に、近づいてくる地面との距離を身体の感覚だけで測ろうとした。視線は無論上空へ。見れば、レインを取り囲むべく葛寺、宮本、そして三池が完璧な包囲を作り出している。この時良明は直感する。あの場にいれば、もう今この瞬間自分の手の中にはボールは無かっただろう。

 受け身を取る様に地面に転がると、彼は頭上の妹達に向かって力いっぱいボールを振り上げた。

(陽! これで最後だ!! お前が攻めきれ!!)


「させっかよ!!」

 三池に続き、葛寺、宮本のユニットが陽とショウをターゲットに、今度は上空へと群がっていく。

「勝つのは俺等っス!」

「必ず阻止する!」


(だめだ! これじゃゴールリングに狙いを定める時間が無い!!)

 良明は、自分の元へと駆けつけてくるレインの向こうでボールを構える陽を見て、いよいよ悟った。


(ボールを……奪われる!!)


 その時だった。

 すんでの所。陽ユニットと、竜王高チームの全選手の距離があと二メートルというタイミングで、その影は現れた。


 両翼合わせて十メートル程はある巨体。

 ごつごつとした、しかし美しい二本の角。

 力強く羽ばたく度に辺りに吹き抜けていく風。

 そして、その背の向こうで凛と背を伸ばして構える長身の麗人。

 けやきとガイが、竜王高チームのユニットの前へと躍り出ていた。


 視線をゴールリングに向けている陽に対し、良明は念じた。

(俺の視界の端に見えてるだろ? 樫屋先輩達が足止めしてくれた!)

 構えたボールの向こうにゴールリングを捉え、陽は返事をせずにただただ集中し始める。

(風、無し。敵、大丈夫。手の震え、今押さえた)

 陽は瞬き程の黙想の後、いつも通りに全身の神経を手先に集中させる様に身体を動かした。


 その手から今、ボールが放たれる。



 大虎高ベンチから見守っていた長谷部は、思わず立ち上がっていた。未だに自分が身を乗り出している事にも気づかずに、陽の放ったボールを睨みつけている。

 その横の石崎は既に歓喜の表情を浮かべており、シキの首に手を回す。



 大虎高観客席。

 英田夫妻を先頭に、階段状になっている観客席とコートを隔てるネットへと誰もが群がり、背の低い海藤がなんとかBコートの様子を窺おうと無表情のままジャンプを繰り返している。



 実況と解説の二人は固唾を飲んで永遠とも思える数秒間を耐え、そして会場の大半の観戦者は――



 その眼を疑った。



 陽の放ったシュートをキャッチした三池が、高さ八メートル程の中空でその身を蹲らせて眼下を睨みつけていた。

 その形相たるや死を前にした獣の様であり、冷酷無比なる一撃を振り下ろそうとする鬼の様でもあった。


 殆ど誰もが、何が起こったのか理解できなかった。

 唯一三池が何をしたのか、否、何をさせた(・・・)のかが解っていたのは、彼女等を眼前にしていたけやきとガイのユニット、二名。


 クロは、両手を組んで真上へと掲げる様な姿勢で硬直している。

 そのポーズから、漸く誰もが理解する。直前に自分の目で確かに捉えていた三池とクロの行動を、けやきとガイは受け入れる。


 三池は、クロの手を足場にして、自らを上空へと投げさせていたのである。

 だが、その結果彼女が到達したのは高度八メートル強もの高所。

 これは、後先の事を考えて行動していては到底思い至らない様な、愚者(ぐしゃ)の戦術だった。


『っく!』

 クロは、落下を始める三池へとその身体を寄せる。が、咄嗟に奥行きの感覚が掴めずに、彼女が落下してくる軌道を読みあぐねていた。

『三池ぇえ!!』

 三池を受け止められないと悟るや、その黒い羽根を精一杯小さな身体へと伸ばした。


 ボールを抱きかかえたミケはクロの羽根に弾かれると、中空をくるりと一回転。地面へとついに到達した。受け身を取ったのか叩きつけられたのか、良く解らない様な落ち方をした三池は、片手を地面について即座に上半身を起こし、片膝をついた。そして、叫ぶ。


「てめぇらァア!! 上がれぇええエ!!」


 頭から流血し、目を見開き、主将三池は怒り狂う様な声で指示を飛ばした。


「させるなぁあア!!」

 けやきの声のおかげで我に返った大虎高チームの選手達は、すぐさま竜王高の葛寺宮本両ユニットと三池を繋ぐパスの道筋を遮断しにかかった。


 三池は、なんとか両足でその小さい身体を支えると、最も近くにいた宮本ユニットへとボールを投げ放った。


「三池先輩、大事(だいじ)()――」

「いいから上がれ!!」

「ッ、はい!!」

 良明の左腕を掠めて繋がれたパスをその手にしかと固定した宮本を乗せ、セイは『掴まれ』と一言呟くと、凄まじい勢いで羽ばたき始めた。


 三池は、右の足首に激痛を伴っていた。

 精神で我慢を言い聞かせても、首から上のいたるところから妙に冷たい汗が滴り落ちてくる。一歩、二歩と踏み出すと、ついに彼女の身体は歩行する事を拒み始めた。

「いいから動けよ、この馬鹿脚が……」

 呟きながら、三池は三歩目、四歩目と歩を進めていく。

 四肢を動かす度に、脳が三池の欲望へと”一度とまれ、一旦止まれ”と警告する。

 吐き気という明確なフィードバックのおかげで身体が酸素を欲しているのを三池は理解するが、かと言って今呼吸を速めると、胃の中の物を吐き戻すであろう事は容易に想像が出来た。

 クロが、三池の元へと降りてくる。


「葛寺!!」

 宮本から放たれたパスは、ショウの尻尾によりカットされた。が、弾かれてフリーになったボールを手にしたのは結局葛寺が乗るドラゴン・ライ。

 ライがキャッチしたボールを『はーい』と相変わらずの軽い口調で騎手へと渡すと、葛寺はすぐさま大虎高コートへの移動を再開させる。センターラインを目前に周囲を見回すと、彼の左方には良明、右方にはけやきと陽の各ユニットが距離を詰めつつあった。


(こっちへのパスは絶対に止める!)

 レインが葛寺と宮本の間に割って入り、同時に良明が陽へと脳内で告げた。

(了解!)

 一切の迷いが無い動きで手元のボールへと迫ってくる陽を見て、葛寺は確信する。

(俺の背後。宮本とのパスの道筋は完全に閉ざされてるッ!)

 陽の腕を潜り抜け、ついにセンターラインを越えた葛寺とライの前には、その場に居ない筈が無い最強のユニットが立ちはだかっていた。


 睨みつける様な形相でけやきの出方を見極めようとしている葛寺に対し、彼女は努めて冷静な表情を作って見下ろした。だが、その額からは汗が流れており、それを無視して葛寺を視界に捉えている彼女が、おおよそ必死な状態である事に疑いの余地は無かった。


 葛寺を乗せたライはけやきの傍らを通り抜けようと意を決すが、背水のけやきが彼からボールを奪う事は、至極容易な事だった。

「ッ!!」

 圧倒的なスキルの差をものの一回の攻防で見せつけられた葛寺は、声にならない声を口から吐き出し、その手中の手綱を憎しみでも籠める様に握り締めた。


「だったら、俺が獲るしか無ぇよなぁ!」


 栄光を喰らわんとする獣が、その姿を現した。

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