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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
5.護るは命運、喰らうは栄光
132/229

因縁の彼方で(6)

 その直後。

 試合再開とほぼ同時のタイミングで、大虎高チームは行動に出た。

 大虎高チームの誰もがこれしかないと確信した、三池を阻止するうえで最有力の手段。それを発動する為の条件として、試合の再開を三池が務めるという状況は十分だったのだ。

 もはや、けやきの号令は不要だった。そもそも三池がボールを持って試合の再開に臨む事は予想済みであったし、三池という奴はこの最終局面開始のタイミングにおいて相手の予想を裏切って小細工を弄してくるタイプでは無い事を、去年のメンバー(けやきたち)は知っていた。


 事実、彼女は正面をきって大虎高のゴールリングに突き進むつもりだった。あわよくば自分とクロによる速攻により、開始一分以内にこの試合の勝負を決める事も考えていた。

 だが、どうにもそう事は上手く運びそうに無い事を三池は瞬時に悟る。

 三池の眼前には、合計六名の選手が一斉に彼女を包囲せんと襲い掛かろうとしていたのだ。

(レギオンフォーメーション・改!)

(三池さんを止めるには、もうこれしかない)

 三池への包囲を展開する輪の中で、良明と陽は夫々、三池の前方と後方に陣取った。

 視覚情報として見えない部分を補い合い、三池の前方、後方からその一挙手一投足を寸分漏らさず監視し始める。左右にはレインとショウ。上空からはガイの巨体が影を落とし、けやきはそれら包囲の隙間をリアルタイムでチェックし続け、三池からの他の竜王高選手達へのパスを警戒している。

 余りにも迅速に展開された包囲網に対して竜王高のユニット達は反応する事が出来ず、三池を対象とした大虎高竜術部の包囲網は今ここに完成した。


 包囲対象はその手に持ったボールに力を込め、猛々しく吠える。

「上等だこの野郎ォオ!!」

 クロは、三池が叫んだのを合図にする様にある一角へと向けて突進を開始する。

『ミケ、強引に突破するぞ!』

 包囲の一角。向かってくるクロに対して歩み出でたレインは、ほぼ同時に聞こえてきた良明からの指示でその足を止めた。

「いや、レイン違う! 包囲をそのままに!!」


 レインからはクロの身体が邪魔になって見えなかったが、良明の視界にはクロの背から離脱する三池の姿がしっかりと捉えられていた。勿論、良明もまたレイン同様に未だクロの正面に位置しており、彼が見たその映像とはつまり陽の視覚情報である。

 今現在の三池の位置は、クロが突進していったのとは正反対。陽の傍らであった。


 陽と三池は互いの姿勢を確認し、夫々の動きとそこから生じる隙を見極めようとした。

「やっぱさすがだぜてめぇ等。龍球始めて半年の奴の動きじゃねぇよ」

「褒めてくれても、道は譲りません!」

「なら、こじ開ける!!」

 三池は、陽の足元に空いているほんのわずかな隙間へとその頭を突っ込んだ。

 幅にして二十センチあるかどうかという、ほんの些細な脚と羽根の隙間。それは、包囲のどこを見てもそれくらいの隙間はある、陽達のミスと呼ぶには余りにも酷な綻び(・・)だった。


 陽は、三池の身体ではなく彼女がその手に持っている白球を視線で追った。理由は明快。相棒にとってより重要な情報がそれだったからである。

(アキ!!)

(任せろ!!)

 良明は包囲によって作られたドームの中を、一歩、二歩と踏み込んだ。脱出を試みる三池の背後からその手を伸ばす。


 三池の死角から接近した良明は、苦もなくその手のボールへと触れる事が出来た。だが、三池が手にする白球はやはり強固に固定されており、容易に奪う事は出来そうにない。

 良明は構わず、両手に力を籠め続ける。

 三池にとって致命的だったのは、その時点での彼女の体勢である。包囲からその身を脱出させようと、地面を這うのとさほど変わらない程に低くしているその体勢では、先程発揮した程の力を手に込める事ができなかったのだ。


「っくゥ!!」

 陽、レイン、ショウが三池の包囲を放棄して良明に加勢し、そのまま一、二秒が経過する。


 良明が思うに、手応えはあった。

 若干ではあるが、三池の手から滑る様にしてボールが引きはがされようとしているのが解る。ここぞとばかりに力を籠め、良明は加勢した皆にも「今!」と言ってタイミングを与えた。


 三池の手から、ついにボールが引き剥がされる。

「せんぱぁああい!!」

 良明はガイへとボールを手渡し、けやきへと速攻を求めた。

 が、そのガイに対して容易く追いつける場所にいるドラゴンがその場にただ一頭だけ存在している事に、三池との攻防を終えた直後の良明と陽は気付けていなかったのである。


 ガイの背後で両翼を広げたクロは、三池がボールを奪われるタイミングを予想して予め踏み出していたその勢いを糧に、一気に巨体を誇る敵の正面へと躍り出た。目の前に立ち塞がったクロから離脱すべく、ガイはその身にボールを携えて一気に高度を上げていく。

 当然それに追いすがるクロの後を、騎手を乗せなおしたレインとショウが追いかける。


 ボールを持つガイ、クロ、そしてその後を双子のユニットが追い、地上では三池とけやきが構える状況となった。

 すんでの所でクロの攻撃をかわし、ガイは後方の陽ユニットへとパスを出す。

 通常では考えられない行動である。

 陽や、乗せているショウはクロよりも後方。つまり、ガイが放ったボールはクロを横切らない限り陽の手に届く事は無いのだ。


 パスカット出来る物ならしてみろと言わんばかりの速球を放ったガイに対し、クロは羽根を大きく広げてそのパスの軌道を塞ぎにかかる。

 それこそが、ガイの狙いだった。

(パスカットしようとすれば、動きが一瞬だが確実に止まる。そしてそれは、今のクロ(こいつ)にとっては、三池との合流を遅らせる行動に他ならない!)


 ガイの放ったパスは、クロの角を掠める様にして陽の胸元へと延びていった。

『チィ!』

 クロは、彼女がボールを受け取るよりも早くに下降を始める。陽がその手に白球を捉えたのと同時に追いつくと、次の陽から放たれるであろうパスを阻止するべく、先手を打って陽の手のボールを奪いに行く。

 陽から良明、良明からガイ。

 あとほんの数十センチというところで、大虎高チームはクロの攻撃をかわしつつボールを繋いでいく。

 

 彼等が竜王高側へと攻めあぐねるのには理由があった。クロが常に自陣への帰還を念頭においた追従を繰り広げている事から、兄妹達はまるで攻めるタイミングが掴めなかったのである。

 幾度となくクロの手によるパスカットを阻止しているのは、そういった理由もあるらしい事を誰もが気づく。


 ガイは、後輩達の焦りの色を敏感に感じ取ると大きく鳴いた。

『お前達、竜の言葉で言っても解らないだろうが落ちつけ! 幸いにして、三池はクロの背にはいない、俺達が冷静にボールを繋いでいけば、どこかで攻めに転ずるタイミングは――――』

 と言いかけ、彼は歯噛みした。


 宮本を乗せたライが、ついにその場に追いついた。

 ただし、ガイの焦りはそれによるものではない。

「おっくじょっおでーす!」

 ライの背の上でボールの動きを目で追っているのは、宮本だけでは無かったのだ。


 大虎高チームによるパスは継続している。彼等は未だ攻めに転ずる事が出来ないでいた。

 少しでも隙を見せれば、たちまちのうちにクロによりボールを奪われる。

 かと言って下手なタイミングで攻めに転ずれば、クロは即座に三池を拾い上げてガイを追うだろう。

 あの三池の事である。どのような方法でガイの速攻を阻止するとも予想がつかないのである。

 ガイ自身情けないと思うばかりだったが、けやきの判断力無くして三池とクロのコンビに敵うとは思えなかった。


「!?」

 地上のけやきは、背後に捉えていた三池の気配がいつの間にか消えている事に気づいた。何事か、声を出そうとして上空にその姿を認める。


「待たせた――」

 リンの背の上に居る、宮本以外のもう一人・三池は、獲物の動きを見定める様に狙いをつけた。

「――なっ!!」


 パスがガイの手へと渡る瞬間、ほんの一瞬だが、羽ばたき続けるクロの動きがほぼ停止するタイミングがあった。

 少しのズレも許されないシビアなタイミング。遅くても、早くても、相手に速攻の機会を与える事になるその”一瞬”を意とも容易く見極めて、三池は相棒の背の上へとまるで猫の様な身のこなしで飛び移った。


「ガイ!」

 けやきに地上から名を叫ばれ、ガイは眼下に彼女の姿を探す。

「ガイさん、行って!」

「ここは俺達が!」

 陽と良明が、ガイからのパスを求めて手を差し出している。

 合流を果たした三池とクロは容赦なくガイへと向かってきている。


 ガイは、けやきと双子と手元のボールを見比べて、選択に迷った。


(三池相手に、こいつ達だけでは心許ない。が、確かにけやきを地上に置いたままにするのは大きな痛手……)

「はやく!!」

「はやく!!」

 レインとショウの背の上で、英田兄妹はガイに対して今一度パスを求めた。

 迫ってくる三池。二人の覚悟を決めた眼を見て、ガイは決断せざるを得なかった。

(止む無しだ!!)


 ガイのパスは、クロの脇腹をかすめて陽の元へと一直線に飛んで行った。

「そっちかオラッ!!」

 即座に振り返り、三池は手綱を引いてクロを自分の視線の先へと向かわせる。


「陽!」

「わかってる!」

 レインとショウは、各々の騎手の指示を受けて敵コートのゴールリングへとその進行方向を定めた。

 図らずも、敵陣への進攻が開始する。

 良明と陽が先行する、最後の一点を奪い取る為の進攻。追手は合流を果たした三池とクロ。二対一などという程度の事にアドバンテージは全く感じられない程の実力差を、否応なしに埋めなければならない状況を前にして、双子は、ドラゴン達は、必死だった。

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