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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
5.護るは命運、喰らうは栄光
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因縁の彼方で(4)

 衝動をそのまま身体で表現する様に、三池を乗せたクロは猛々しい唸り声をあげた。最初の三歩をあらん限りの力で踏み込む。


 号砲をかき消さんばかりにの鳴き声を上げて、人に牙を向き、同族を薙ぎ払う。

 その両翼は鍛え抜かれ、ある時代では剣の林を、ある時代では弾の雨をものともせずに突き進む。

 良明と陽はかつて戦場を駆けたドラゴンの姿をこの時のクロに垣間見た。

 クロは、現代の戦場でその羽根を全力を以て振り仰ぐ。


「やはり上からくる! お前達、目的はあくまで時間を稼ぐ事だと心得ておけ!!」

 けやきの通る声を背に受けたレインとショウは、三池の前へと躍り出ようと共に羽ばたきを開始した。


 それを黙って見ている筈が無いのはライとセイ。そして彼等の背の上の竜王高の二人だった。彼等四名が山村から念を押された事。それは、三池とクロへと向かってくるであろう相手ユニットへの対応である。

 山村が特に警戒したのは中でも英田兄妹の二ユニットだった。

 彼等のテレパシー能力こそがこの場面最大の脅威になりうると、山村も理解している。情報の伝達手段としてのテレパシーに対する脅威を彼はあらゆる切り口から検証しながら、その先に存在する恐ろしさにすら気づいていたのである。



 長谷部は、兄妹夫々へと接近してくる葛寺と宮本を見て、喉の奥で小さく呻いた。

「良く解ってるわ、相手の監督」

「え?」

 彼女は石崎に解説する意図も込め、山村の判断に対する分析を口に出して整理し始めた。

「テレパシー。言ってしまえばそんなモノ、未知の能力って事。あの双子が言葉だけじゃなく映像その他のあらゆるものまで共有できる事までを相手さんが把握してるかっていうと、甚だ怪しいところじゃあある。でも、少なくともあの監督は、彼等の能力がこの上どんな未知の能力をも持ってい得ると考えてるんだよ。テレパシーだけじゃない。近づいた相手を動けなくしたり、テレポーテーションしたり、時間を止めたり。何が出来る可能性だってあると思って警戒してる。さっき、一度は双子に対して三池が競り勝ったにもかかわらず、ね」


『一方のけやきは』

 シキは、呟く様にそう言った。

「そう。樫屋は間違いなくウチの部最強の選手よ。けど、三池ならその樫屋に十分対抗できる。だから、葛寺と宮本の二人をウチの双子に差し向けて、一定の勝算というものがある樫屋に三池を差し向けた。……いや、違うか」

 長谷部は、遠く三池の表情を見て確信した。

「あの三池って子が、それを望んだんだ……」


 三池の変わらぬ獣の様な動きとその楽しくて仕方がないという表情、それを支持して見守る様な表情のクロの、躍動と幸福に満ちた飛び方。

 長谷部は、かつての自分と今の三池の姿を重ね合わせて、ぞっとした。

(当時の私がアレを相手にしていたら、間違いなく心が折れていた……)

「やっぱり強いよ。ウチの子達は……だから、大丈夫」

 長谷部のけやきへと向けられた視線は、懇願にも似た色をしていた。



 勝負は、完全にけやきと三池の勝負だった。

 ガイとクロは空中で間合いを探り合い、同時に背の上の相棒の動きを身体全体で感じ取りながら、三池の手からボールが放たれるその瞬間を全神経で感知しようと試みる。


 故に訪れた、ドラゴン同士の膠着状態。


 ボールを腹の前で構え、右にも左にも動かずにけやきの構えを凝視する三池。

 両手を手綱から離し、三池がどう動いても瞬時にボールへと追いすがれるように、腰を浮かせて両足で身体を支えるけやき。


 直前にけやきがガイに指示した高度は二メートル五十センチ。

 それは、三池が彼女等の下を潜るには低すぎて、上からシュートを打つにはシビアな狙いが求められる、絶妙な高さだった。

 クロが少しでも上昇する素振りを見せれば、ガイは刹那のうちにそれへと対応するつもりでいる。ガイの眼光からそれを察したクロは相手にとって不足なしと心が躍った。


 原罪に気づいた人の子の様に、石像として蘇った英雄の様に、クロは佇む様にその高さから動かずに羽ばたき続けている。

 自分が相手を追従する事こそが世界の理であるかの様に、居城を守る門番の様に、ガイはただただ待ち構える様に、クロの羽根の動きの僅かなリズムのずれさえ見逃さずに自身も羽ばたき続けている。


 けやきと三池の間に会話は無い。

 前半終了まであと五秒。二人の中の体内時計は機械の様に正確に、永遠とも思える時を確実に刻み続けていた。


* * *


「なんだ、違うの?」


 入部して一週間。大虎祭で初めて会った時から思ってはいたが、この寺川という顧問の考えている事は今一読み切れないと、少女は思うのである。

 だが、少なくともかなりの偏屈者なのであろうと、一年生けやきは思わずにはいられなかった。

(大虎祭の時の私の挙動不審さを目の当たりにしていた以上、私のガイに対する気持ちは知っているはずだろうに、どうしてこの人はあんな質問(・・・・・)をわざわざしたのだろうか?)


 当時、この大虎高竜術部の部室にて耳たぶを真っ赤にしていた自分が周囲にどう見られていたのかという事を、いまや高校一年生になったけやきは理解していた。

 彼女はなんとなくそれを察した時、人知れず自室のベッドの枕に顔をうずめて足をバタバタしたのだが、その姿だけは自分の頭の中に留めて墓の中まで持って行こうと固く決意しているけやきである。


「うーん、ガイくんの事が好きだと言うならユニットを組んでもらおうと、そう考えていたんだがなぁ……部長にも私から進言して……」

「あ、あの、寺川先生」

「うん?」

 けやきは、まるで悪意の感じられない寺川にこんな事を言うのである。

「私……は、ガイさん、とユニットを組む事に……異論はありません」

 可愛らしいといったらない。


「おお、そかそか。わかったよ」

 けやきは、不思議なもの(・・)を見る目で寺川を見た。

「どうしたかい?」

 寺川はそんなけやきこそが不思議な者に思えてならない。

「あの、先生は……からかってらっしゃるんですか?」

 それは、入部したての今だからこそ出来る質問だとけやきは考えた。

「え……何をだい?」

「私を、です……」

 寺川の回答は、けやきにとって意外極まりないものだった。


「からかう? まさかまさか。俺はアレだよ、大真面目にユニットの組み合わせというか、布陣というか、龍球のアレコレを考えてるだけ。そういうおふざけは竜術部ではやってないよ。授業ではちょいちょいふざけるけど」

 けやきが表情に困っていると、寺川は窓の外で活動している竜術部の部員達を見てから、けやきにだけこう言った。


「この先、竜術部がどうなるかは解らない。それはその時その時の生徒次第であり、俺はあくまでそれを見守るだけ。学校は生徒の為にこそあるもので、俺がどんなにこの部に思い入れがあろうとも、行動するのは生徒でなければいけない……けどね、樫屋くん。俺は、覚悟は出来てるんだよ。俺は、この先この部がどうなっていこうとも、最後の最後まで生徒を見守り続けていく。たとえ、その先に綺麗事の欠片も無い、最悪の結末による涙が待っているとしてもね」


 けやきは、キンモクセイの花言葉を思い出す。

 あの日、ガイと再会を果たした大虎祭の日、部室に飾られていたキンモクセイ。

 あれは多分、寺川以外の誰かが彼の為に持ってきた物なのだろうと彼女は思った。


 謙虚。気高い人。

 けやきにとっての寺川という教師は、その日から一貫してそういう男である。


* * *


「アホかお前、帰れ」

 山村の三池に対する一言目がそれだった。

「いや、確かに俺アホだけどよ。今回ばっかは少なくとも大真面目なんだって!」

「お前なぁ、”今回ばっかは”って……お前入学してまだ三カ月だぞ」

「お、おう……」

「三カ月で何回問題起こしたよ。お前は!」

「いやいやいやいや、本当に俺が悪いのはその内二回だろ!?」

(悪びれる様子も無くよくもまぁ……)

 と山村は思わずにはいられなかった。


「駅前のゲーセンに寄り道して暴力沙汰、テスト中にばっくれてそのまま帰宅、タバコ吸って現行犯、クラスメイトともみ合ってガラス割る、生徒指導室にこうやってちょいちょい用事も無ぇクセして遊びに来る……」

「最後のは別にいいだろ!」

「良くねぇよ! 生徒指導の教師舐めんな!」

「いや別に舐めてねぇだろ! ちょいちょい来て生徒指導室(ここ)に来る奴の話聞いてやってるだけじゃんかよ!」

「おん前は……」

「あと山村アレだぞ――」

 山村は、無理やり三池の言葉に割り込んで抗議する意思を口調に込めて言う。

「山村先生(・・)!」


 三池は申し訳程度に早口で言いなおす。

「あと山村先生アレだぞ」

(”だぞ”も直せよ……)

「タバコは三年の先輩におちょくられて吸えねぇんだろとか言われたから、嫌々吸ったんであって、別にあんなクソ煙てぇもん誰が好き好んで――」

「最終的に挑発に乗って自分で吸ってんじゃねぇかアホ!!」

「いや……うんいやそうなんだけどよ」

「相手が三年生で、半ば強制されたから、みたいな話に俺がもってかなかったらお前退学免れてねぇからな? 言っとくけどよ……」


「…………おう……どうも」

「素直に感謝の気持ちを口にできるんだったら言葉遣いも直せ!」

 と言われて、三池は生徒指導室の外をちらりと見てからこう言った。

「話を戻そうぜ」

(この野郎…………あれ、野郎だっけこいつ)

 学生服では無くジャージ上下を着ている三池を身いて山村は本気で混乱している。

 三池はそんな彼の疑問に気づく風も無く、一方的に直前まで進めていた話を蒸し返す。今しがた、山村に”アホかお前、帰れ”と言われた話題である。


「部活! 部活入れてくれよ!!」

「いやだから、お前みてぇなハンパな奴がついてけるとでも思ってんのか? 龍球部の練習量なめんなよ、いやマジで」

 言われて、三池は胸を叩いて言い返す。

「根は上げねぇ! それだけは地球が宇宙を一周しても変わらねぇ!!」

「地球が宇宙を一周するってどういう状況だよ……」

「頼む!!」

 三池は深々と山村に頭を下げた。


 これまで、どんな問題を起こした時にも三池がこうして頭を下げる事は無かった。妙な話だが、だからこそ山村は話を聞いてはみようと思ったのである。

「……お前、なんでいきなりそんな事言い出した」

 三池は顔を上げると、手入れなど一度もした事が無さそうなくらいに痛んでいるオレンジの髪を振り回す様に、もう一度生徒指導室の外へと視線を移した。

「クロ介!」


 生徒指導室の入り口から、山村が見た事も無い黒いドラゴンが姿を現した。

 山村が”ダレ、ソレ”と尋ねようとする直前に、三池はクロの事をこんな風に紹介した。

「こいつ、クロだ。昨日俺とケンカして、三十分勝負が付かなかった!! 絶対ぇ運動神経いいからよ! こいつと俺を――」


「帰れ!!!!」


 山村の怒号が部屋にこだました。


* * *


 あと三秒。

 こんな時に、あんな事を思い出すのは、つまり自分がこの瞬間に眼前の相手との最終的な勝負を見出しているからなのだろう。

 けやきと三池が考える事は同じだった。

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