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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
5.護るは命運、喰らうは栄光
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空を泳ぎ海を飛ぶ(4)

「はははハハ!!」

 同時に襲い掛かる兄妹の攻撃を悦楽のうちに次々とかわし続ける三池に、疲労した様子は一切見受けられなかった。パッと見、汗一つかいていない様にさえ見える。

「っこの!!」

 良明は手綱を左に二回、素早く動かした。

『アキ、わかった!』

 レインは、くるりと空中で身体を反転。そのまま尻尾を三池の手元めがけて振り抜いた。

 レインの尻尾からボールを遠ざけた三池は、遠ざけた先で待機していた陽の手にボールを触られる感覚を認めた。


「陽! いけぇ!!」

 ボールをしっかと掴み、三池の手からもぎ取りにかかる陽。

「あああああ!!」

 小さな三池の手の間から微動だにする気配すらないボールを見て、レインは咄嗟に近づいて行った。

『アキ! 陽に加勢して!! 二対一ならもぎ取れる!!』

 良明は陽と同じ方向へとボールを引っ張り、三池の手から奪い取ろうとする。


「どうした、そんなもんかァ!」

 それでもボールは動かない。

 それどころか、ボールを固定している三池の腕自体が全くその方向に動かされる気配すらなかった。

「嘘……だろ!!」

「動けぇええ!!」


 口々に気合を入れる二人の耳に、無邪気で邪悪で幸福に満ちた声が聞こえて来るのだ。

「うらうら、もっと気合入れろォ!!」

 苦も無く、三池は二人からボールを遠ざけた。

 圧倒的な力が加わったボールが突如として前方に移動したことで、良明と陽は危なく夫々のドラゴンからバランスを崩して落ちそうになる。

 悪い事に、その時点での彼等三ユニットの配置は、三池が最も大虎高ゴールリングに近い位置におり、他の二ユニットがそれを追いかける様な場所に滞空していた。


 まるで、格闘ものの少年漫画で味方が束になっても敵わない敵に蹴散らされた様だと双子は思った。

「まずい」

「先輩! お願いします!!」

 その時点で、けやきはゴールリング前を守る事に専念していた。

 対する三池ユニット以外の竜王高選手は彼等のチームのゴールリング前。

 大虎高チームが三池達を迎え撃つには、十分な状況である。むしろ、双子との攻防で多少なりとも体力を消費した筈の三池に、万全の状態のけやきとガイが競り勝つ可能性は十分にある。


 良明と陽の両ユニットは、けやきに希望を託しながらも直ぐにゴールリング前まで戻り始めた。三池はといえば、勿論既に先行している。

「樫屋ァあああ!!」

『いちいち、叫ぶなァア!!』

 猛り狂う不良とドラゴンが、長身の麗人へと向かっていく。

 なかなかどうして、下手に迂回して背を見せるよりも、真っ向からディフェンスを抜いてシュートのチャンスを強引に作るという理にかなった判断だった。


 けやきは、水の様に澄んだ意識の中で三池とクロの姿を見据えた。

「ガイ。相手の脚止めは任せたぞ」

『ああ』

 ついにけやきの眼前へと迫る三池。けやきは、その動きにほんの僅かな隙を見出した。

 厳密に、具体的に言えば、それはクロの羽ばたきの周期である。それまで、毎分九十回程度を維持していた羽ばたきが、ほんの僅かに――恐らく数字にすれば毎分一回か二回分――少なくなっていた。


 けやきはそこから三池がボールを振りかぶるタイミングを半ば直感で弾きだし、その身体の動き、軌道、ボールを振る速度に見当を付けていく。

 そして、三池からボールを奪う為に最も適切な瞬間を見計らう様に、ガイの手綱をほんの些細な動作で動かした。

 三池はそんなけやきの精密さに気づいているのかいないのか、変わらず獣の様なオーラをまき散らしながら突撃してくる。


『今だ!』

 ガイに指示されるまでも無く、けやきは三池の小脇のボールを殆ど予備動作の無い腕の動きで弾き飛ばした。

「っく!」

 抱えていたボールを中空へと弾かれた三池は、咄嗟にそちらへと手を伸ばす。

(駄目だ、届かねぇ!)


 ボールは重力のなすが儘、五メートル下の地面へと接地する。そのままバウンドしながら、センターライン方向へと遠ざかっていった。

「ち、一回戻るぞ! クロ介」

『言われんでもそうする!』

 ボールが転がって行った先。そこに差し掛かっていたのは陽とショウの二名だった。ショウは地面すれすれを飛びながら、流れる様な動きでボールを拾い上げるとそのまま二、三度羽ばたいて、竜王高コートへと身体の向きを調整した。


 三池は、毎秒一メートル程の勢いで陽ユニットを追い上げるクロの上で感心した。

(あいつらやっぱ大したもんだぜ。あの迅速さ、身のこなし、とても龍球初めて半年とは思えねぇ)

 ショウに関しては龍球歴は長いのだが、今しがた三池が考えた事は裏を返せば他の陽、良明、レインの動きがそのショウと遜色ないものとして見えているという事である。だがそもそも、ショウ自体にも非凡な物を感じずにはいられない三池だった。

 陽の背中まで三メートル、二メートル、一――――。

 陽は、真下へとボールを投げた。


「忘れてたぜ、テレパシー」

 陽の真下へと到達し、ボールを手にしたのは良明だ。

(陽! そのまま進んで他の二ユニットの陽動を!!)

(りょかりょか!)


 良明ユニットがゴールリング前へと到達するのが先か、三池ユニットが良明へと追いつきボールを奪い返すのが先か。

 良明には、追いつかれたらボールを奪われるという確信があった。つまり、追いつかれる前にシュートを試みる必要があるという確信がこの時点で彼の中にはあった。

 事実、それは間違いではなかった。

 三池は後先考えない様なスピードで降下していくクロの上で、良明の持つボールへと狙いを定める。

「クロ、もっとスピード上げろ!」

『しっかり掴まってろよ!!』

 疲労の蓄積していく羽根を意思で無理やり仰ぐクロ。降下の速度と相まって、凄まじいスピードで自分と三池の身体を良明へと運んでいった。


 それでも、良明には勝算があった。

 けやきが弾いてくれたボールが自分に到達した時点の位置関係、クロとレインの移動速度の差、風向き、周辺に居る敵の配置、陽の位置。すべてを総合して考えて、自分がシュートするタイミングの方が、三池を乗せたクロが手元のボールへと到達するよりもいくらか早い筈だという目算が立っていたのだ。


 実際、レインもここ一番の羽ばたきによりクロの追従を精一杯遅らせてくれている。これならば、なんとか三池ユニットが良明に到達するよりも早く、彼はシュートを放つ事が出来そうだった。

 良明は、相手コートのゴールリング手前まで到達する。

 右手を見れば、陽とショウは上手く葛寺と宮本の両ユニットを引き付けてくれている。あたかもパスを待っている様なそぶりまでしているのだから頼もしい限りだ。


「よし、レイン。このまま上昇して一気にシ――」

 良明の視界が、黒に覆われた。

 影やらなにやらで眼に入る風景が黒ずんだのではない。まさしく、視界の十センチ先が何かしらの物に突如として覆われたのである。

「なんっ……」

 良明が、それが三池の腕であると気づくまで、一秒弱程を要した。

 彼の目の前を横切った細腕は、一瞬にして彼が懐であらん限りの力を以て抱え込んでいたボールを奪い去った。


 ありえないと思った。

 陽の視界として送信されてくる三池ユニットの速度は、確かにとてつもないスピードだった。だがそれでも、自分に到達するには僅かながら確実に、足らなかったはずである。

 なら何故実際、三池は良明のボールへと手を伸ばす事が出来たのか。


 良明は、ぎょっとして背後を振り返る。

 丁度、背に何も乗せていないクロが良明の眼前を飛び越えていくところだった。

(あのスピードのドラゴンの背の上から、さらに飛びかかって来たって言うのか!?)

 それが結論であり、彼の眼前で起こった事だった。

 三池はごろりと一回転、地上で受け身を取ると砂だらけになった身体を起こし、自分の脚で大虎高コートへと駆け出し始めた。

 ユニフォームを土まみれにして走り抜けていく三池は、さながらドラゴンそのものを連想させた。


「けど――」

 良明が手綱に力を籠めかけた時、手元から力強い鳴き声がした。

『今なら奪い返せる!!』

 良明の指示を待たずレインは羽ばたき始める。まるで、クロの羽ばたき方を見本にした様に、羽ばたきの回数を瞬発的に高めて一気にスピードを上げていった。


 地上を走り続ける三池のすぐ背後へとさしかかると、レインは「ぐぁ」と鳴いて良明を促す。

「そこだぁ!」

 良明はレインの背から身を乗り出し、その右の掌を三池の懐へと伸ばした。


「おー、速ぇ速ぇ。やるじゃねぇかこの野郎ッ!」

 良明の指先が三池のボールをかすめる。あと五センチ深ければ、何とかボールを弾く事だけは出来たかもしれない。

「く、だめか!」

 三池の上空を通り過ぎた良明は、すぐさま背後を振り返る。

 三池の背後から、先程同様の凄まじいスピードで飛来してくるクロの姿があった。


「騎乗される前にもう一度! レイン、反転だ」

 素早く二回羽ばたき、勢いを生かして素早く三池へと向き直るレイン。

(大丈夫だ、騎乗する時にはどこかでドラゴンの速度が弱まるタイミングがあるはず! そこを狙えば……)

 次の瞬間、良明は再び目を疑う様な光景を目の当たりにした。


『しっかり掴まってろっつただろうがこのアホ!』

 クロはそう言い切ったところで三池の背後へと到達した。

 そして、その襟首を咥えられて三池はさながら親に運ばれる仔猫の様な姿勢になる。

 クロは長い首をぐいっと振り上げ、三池を背中の上へと放り投げる。三池が自分の背に着地する感触を確認してから、もう一度彼女を罵った。

『大怪我してぇのかこの大馬鹿野郎が!!』

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