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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
5.護るは命運、喰らうは栄光
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対の竜は天を仰ぐ(4)

 歓声と言う名の陣太鼓が否応なしに気持ちを高揚させる。だがそれでいて、数百人の人間に注目されるという未だかつて無い体験をどこか他人事の様に捉えようとしている自分に気づく。

 それは一体誰の話か、などというのは愚問極まりない。今、この準決勝の舞台に立っている、両学校の全選手及び山村と長谷部の心情である。


 夢の中で、一メートルくらいの高さを浮遊しつつもなかなか先へと進めない様な、そんな現実味の無い感覚を、英田兄妹はけやきの言葉に耳を傾ける事で振り払おうとしていた。

「優勝まであと二勝。あと二勝で、学校側は我々の努力を認めざるを得なくなる」


 観客席へと視線を向け、けやきはガイを見た。

「最早、目的についてこれ以上語る事は繰り返さない。今は目の前の相手を倒す事だけを考えよう。そうする事で、この独特の圧迫感も忘れられる」

「はい」

「はい」

 尚も緊張した面持ちの双子に対し、けやきは指標となる目標を掲げてみせる事にした。

「二点…………。二点、離されない様にしよう。一点取られたら、必ずすぐに取り返す。強敵相手に最初から勝てる気でかかるな。謙虚に、それでいて自信を持って相手の性質を見極めろ」

 ガイはけやきに対して告げる。

『けやき、そろそろ』

「ああ。……よし、並ぼう。相手は見ての通り気の良い奴達だ。誤解を恐れず言うなら、気楽にやろう」

 皆、口々に肯定の返事をし、指示される事も無く円陣を組んだ。

 そうして誰かに触れる事で少しでも安心を得られるかもしれない。そんな算段が双子やレインに在ったのか否かは解らない。


「あと二戦! 各々が手に入れた全ての武器を存分に使い、絶対勝とう!!」

『はい!!』

「大虎イズ!」

『アライブ!!』



「……なぁなぁ宮本」

「なんでしょう?」

 三池は、真面目な口調が特徴的な宮本二年生を見て尋ねる。

「アレ、なんて意味だ」

「え?」

「ほら、大虎高の奴らがなんか叫んでるヤツ。大虎イズアライブってヤツだよ」

「大虎は、存続している……て意味ですね」

「なんだよ、大虎高ってヤベぇのか?」

「さあ、俺は特にそういう話は聞きませんけど、でもあり得るんじゃないでしょうか? こんな世の中ですし」


「……ふむ」

 宮本は、てっきりここで三池がガルーダイーターへの悪態ひとつつくものだと思っていた。だが、彼女が続いて口にしたのは思いのほかポジティブな言葉だったのである。

「俺達も、あれやろーぜ!」

『なんだよいきなり』

 クロは即座に突っ込みを入れた。

「いーじゃねーか、ノリだよ、ノリ」

「は、恥ずかしいっス」

 葛寺がそう言うと、三池は自嘲気味にこんな事を言うのだ。


「俺みてぇなオレンジ髪の男女(おとこおんな)と一緒に龍球やるのだって恥ずかしいだろばーか。いいからやろーぜ」

 ”お前に付いて来ている仲間に失礼だ”だとか、”お前の我儘押し付けるな”だとか。シビアに道義論に拘る人間なら、そんな事を言って三池を責める所だろうが、こいつらはそんな事は言わない。

「もー、しょうがないっスね」

「いいでしょう。この因縁の試合、それをやるだけの価値がある」

『ったく、お前ってヤツは第一に勢いだよな……』


 葛寺、宮本、クロの後にもう二頭が続く。

『リーダーがそんなにやりたいなら協力してやろう。言っておくが、べ、別に俺がしたいわけじゃなくだな――』

『はいはい(せん)君わかったわかった。僕は円陣やりたーい』

 腕を回して肩を組む輪はなかなか完成を見ない。その一角が未だに空いた状態で、掛け声をかけられないでいるのだ。

「ほら、何してんだよ。相手センターコートで待ってんだろーが」

 と、三池がある方向を見て言った先には一人の男性が座っている。クロは即座に『お前が言うな』と棘のあるイントネーションで鳴くが、いつも通り三池がそれをさして気にする様子は無い。


 三池に言われた男は、自分を人差し指で差して「はあ?」と言った。

「お、俺もかよ」

 ベンチに座ったままの状態で戸惑う山村を、三池は急かした。

「ったりめーだろが、他に誰が居んだよ早くしろ!」

「俺はいいから早くやれ。相手チームだって監督は参加してなかっただろ」

 山村はそう返して手をひらひらと横に振った。


 三池は「はぁあ、ったくメンドくせぇな」と早口に言うと、円陣から抜け出してベンチへとずかずかと歩いていく。

「え、あ、おい!」

 山村の二の腕を強引に引っ張り上げて立たせると、そのまま引っ張ってコート上に連れ出してしまった。一部始終を見ていた会場から嫌がる山村に対して歓声と拍手と笑いが送られる。


「あああああ」

 教師らしからぬ狼狽え方をしている山村に、三池は言う。

「生徒が俺一人になった龍球部をよぉ、てめぇが先公共に頭下げて認めさせてたのなんて知ってんだよばーか」

「お前……」

「っしゃ、行くぞ!」

 三池は、山村の意外そうなリアクションを待つ事も無くそう言って輪に戻った。

 皆、何かを悟った様に声を大きく返事する。

『おう!!』

「あいつらが生き残るんなら俺らは食らうぞ! 獲物は優勝トロフィーただひとつ!! ここまで来たからには因縁なんざ蹴散らして、最後の一口まで食らいつくす!! 優勝イズ!」

『竜王!!』

「っしゃあ! 行くぞ、野郎共ォ!!」

『ゆうしょういずりゅうおうって……』

 腐れ縁により三池と最も深い繋がりを持つクロだけが、小声で呟いた。



 センターラインに並ぶ両チームは互いの顔を静かに見据えた。いわば、嵐の前の静けさ。

 前回優勝チームへの挑戦権を巡る戦いの火蓋が、ついに切られる瞬間が訪れた。

「只今より、準決勝・大虎高校対竜王高校の試合を始めます。審判は私、竹達が努めます。試合は前半後半各十五分、インターバルは五分とします。両者、向かい合って、礼」

 静かに礼をする一同。


 どちらにとっても、目の前の相手への敬意など口にするべくもなかった。完全に水を差された形で終わりを告げた戦いから一年。今日まで練習を積み重ねてきた事と、ここまで勝ち抜いてきた事こそが何よりの敬意である。

 だが、それでも。

 それでも、けやきは三池にこう言った。

「よろしく」

 その、たったの一言を三池は確りと魂で受け止め、差し出されたけやきの手を固く握りしめてこう返した。

「おう!」


 ジャンプボールに臨むべく、けやきユニットと三池ユニットが定位置につく。


 一年前の大会で実際にコートに立った二人と二頭。この一戦の始まりにふさわしい、最大戦力のぶつかり合いから試合が始まる事が確定する。

 竹達が、音も無くボールを構え、腰を落とす。

 両者の準備を窺うと、けやきも三池も今や遅しと上空へと目線を上げている。

 そしてガイとクロ。彼等二頭は、今にも動き出さんばかりに足を曲げ、羽根畳み、跳躍の構えをとっている。


 ある意味において、決勝戦よりも重要な一戦。だが、良明と陽はそれでも臆してはいなかった。それは、けやきとガイと、頼もしい先輩達がついているからであり、自分達が新たな能力(ちから)を授かったからだ。

 少なくとも、やれるだけの事が行われた結果の、やれるだけの現在(いま)を手に入れる事が出来たからである。

 今ここに、竜属博物館でけやきが断言して約束してくれた”大会で戦えるレベル”の自分達が立っている。

 だから、彼等には臆する理由は無かった。


 竹達審判が、ボールを放った。


「行くぞ!!」

「っしゃアあ!!」

 良明と陽はガイの鼻先へとつま先を乗せバランスを取るけやきを見上げながら、各々ボールが降りてきそうな位置へと手綱を引いた。

(ドルフィンキャッチ!!)

(そりゃそうだよアキ。一度や二度見られていたとしても、あんなのされたら誰だって追いつけない!)


 けやきの後方三メートル。左右のズレで言えば五メートルで、もちろん地上。

 兄妹は夫々配置につくと、けやきが奪い、渡してくれるであろうボールを待つべく、上空の攻防に目を凝らした。が。

「うそでしょ!?」

 陽は目を疑った。


「ッと、とと」

 三池は、たどたどしい足取りながら、上昇していくクロの背の上で立ち上がり、軽快に二、三歩を踏み出した。

「よっ、ほっ、ていっ」

 クロの首筋に足をかけ、次々に上っていく。

『てめぇ、やるなら一言先に言えばか!』

「いいから協力しろっつーの」

 クロの鼻先に、そのつま先を乗せる。

 クロもクロで、しっかりと首を地面に対して垂直に立て、三池のきわめて軽い体重を難なく支えてやっている。


「ドルフィン……キャッチだと!?」

 思わず口からそう零した良明以外の誰が見ても、三池がやろうとしているのは、先程けやきが繰り出したドルフィンキャッチそのものであった。


「勝負は五分。身長で遥かに勝る樫屋くんが勝つか、ドラゴンが支えて押し上げるにあたり体重で有利な三池くんが勝つか」

 観客席の寺川は、腕組して地上五メートルの攻防を凝視した。


 ガイが押し上げるけやきの高さに対して、クロが押し上げる三池のそれは、一メートル弱程低かった。

 石崎は肘から先を立てて身を乗り出す。

「よっしゃあ! ガイの飛翔能力の方が相手のドラゴンより上だ!!」

「――待って、石崎ちゃん。何かおかしい!」


 長谷部が見ていたのは、三池の方だった。

 けやきの頭の位置に対して、三池のオレンジの髪がぐんぐんとその高度を下げていく。

 クロが上昇を止めたのではない。三池も、このけやきとの勝負を諦めてはいない。

 彼女はクロの鼻先に足を乗せたまま、その膝をカエルの様に折り曲げていた。


「あの状態からさらに全力で跳躍する気か!?」

 観客席にて直家が驚きの声を上げる横で、藤は静かに呟く。

「やっぱ、あの人凄ぇや……」


 ただでさえ、上昇するドラゴンの鼻先でバランスを取るのは困難な筈である。

 そこからさらに脚を折り曲げ、ジャンプの体勢に入る。それだけでも神業に近い技術だった。

 だが、三池が目指すのはそんな称賛の言葉を得る事ではない。

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