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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
5.護るは命運、喰らうは栄光
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対の竜は天を仰ぐ(1)

 コンクリートの灰色が主張する階段を、一段一段軽快に上っていく。

 七段昇っては踊り場で折り返し、また七段。それを繰り返し、白粉を塗りたくった様な白い壁で挟まれた非常階段に、黙々と足をかけていくのである。

 非常階段は直接外に隣接して繋がっており、要するにそこは建物の各階を繋ぐ緊急時の脱出経路だった。


 良明は、背後からついてくる妹に対して念じてみた。

(なあ、聞こえる?)

 彼の背後からは、こんな会話が続いている。

「――校長だと思う、多分。遠目だったからちょっと自信は無いけど、アキも目撃してる」

 どうやら何ら言葉は届いていないらしい。

 陽の傍らを歩いているショウが、「グゥン」と鳴いて陽の言葉に対して何か言っているが、良明にはその言葉の内容が解らない。


『じゃあ、尚更優勝しないと』

「うーん、やっぱショウさんの言葉解んないなぁ……」

 どうやら、陽も同じである様だ。

『ある日突然わかる様になるらしいんだよねぇ。けやきもそうだった』

「ううーん……」


 良明は背後へ向けていた意識を、今度は彼の前方を行くレインに向けた。

(まさか、レインにも通じたりとかしないよな。聞こえる? レイン)

 レインは黙々と階段を上るのみ。今、最後の一段を踏みしめた。


 球場建屋の非常階段最上部に到着した。案の定人の気配は無い。

 ここならば、邪魔が入る事は無いだろう。と、良明と陽は思った。

 レインが振り返って「グィ」と鳴く。

「”始めよう”」

 と、陽はレインの鳴き声の意味を言い当ててみせた。レインは肯定の意味合いを籠めて今一度鳴く。

「このくらいなら解るんだけどなぁ」

 と、陽。

『まぁ、解らない言葉を伝える為の手綱だしね』

 ショウは陽に向かって、自分の首元をぱんぱんと叩いて見せると、レインと共に階段に腰かけた。


 ぼんやりとショウが言いたい事を察する陽に、良明が問いかけてきた。

「なあなあ陽」

「ん、なに?」

「今、階段上る時、何か感じた?」

「え、何かって?」

「例のテレパシー、送ってみたんだけど……」

「全っ然気づかなかった」

 良明は階段最上部の踊り場に腰かけ、腕を組む。見ようによってはドラゴンに見えなくもない雲を仰ぎ見て、考え込む風な口調で言う。

「何か、発動条件があるのか……?」


「もう一回やってみる?」

「そうするか」

 提案した陽は、「じゃあねぇ」と言って目を閉じる。

「これは?」

「地球儀のキーホルダー」

「正解」

 嘘くさいくらいにスムーズな会話に、レインとショウはリアクションせずにはいられない。

『え、うそ』

『ホントに? 今の、ホントに成功したの?』


 なんだか実験結果に対して不服そうな二頭に気づき、良明は提案する。

「じゃあ陽さ、向こう向いてみ」

「うん」

 踊り場の壁と睨めっこを始める陽。文字通りである。この現役女子高生は、意味も無く一人で壁に向かって面白い顔をし始めた。

「ショウさん、レイン、何本か指を立てて」

 良明に言われ、二頭は良明の前で指を立てる。


 眼を見開き口を真一文字にして、自分のやっている事の愚かさにはとうに気づいている陽の脳裏に、ジャックしてきた様に良明の視界が割り込んできた。

「えーとね、二十二本!」

 ドラゴンの指は手が五本に足が四本。手の指だけでは表現しきれない数字だったが、陽には確信があった。

「レインが両手で七本、足の指四本。ショウさんが両手で九本と足の親指両方で合計二十二本、だよね?」


 二頭は驚きの表情を浮かべて顔を見合わせた。が、手足で上げている指の数まで言い当てられ、もはやレインもショウも納得するしかない様子である。

 陽が振り返ってドヤ顔になるが、特に良明はそれに対して突っ込まない。代わりに彼は、「もしかして」と言って気づいた点を指摘した。

「あのさ、アレじゃね? お互いが通信しようと思ってる時だけ出来る、とか」

「さっきは、試合中だからずっとチャンネルを開いたみたいな状態だったっていう事?」

「そう」

「じゃあ、ちょっとアキさ、今から完全に遮断してみて。私、何か送るから」

「って言われたってどうやればいいか解らないしな。”忘れる事に集中しろ”みたいなモンで、意識すればするほど――」

「恋い焦がれる?」

「はい陽さん、話の腰を折らないで下さい」

 実に手慣れた態度で良明は陽のボケを受け流した。この後、陽が謝罪するところまでで一セットである。

「ごめんなさい」


 良明は、「あとそれから」と続ける。

「陽さん、いい加減面白い顔を元に戻してください」

 続けていた見開いた状態だった両目をさっと元に戻す陽。ここまで誰も突っ込んでくれなかった。かなしい。

「――まぁ、兎に角。意識すればするほど、集中してしまうっていうかさ……」

 とこぼした良明に対してドラゴン達は納得の声をあげる。

『あー……』

『あー……』


 手詰まり感が漂い始める空気の中、良明は人間とドラゴン合わせて三名の女子達の顔を見回して言う。

「どっちにしても、今は”チャンネルを開いた”状態が発動条件だと思っておくしかないんじゃないかな、と思う。ここまでで一度も失敗して無いんだ。暫定的にせよ、俺はそれが結論でいいと思う」

「だね」

 と言って陽は頷くと、レインを見た。

「あとはレインの事だよ」

『わたし?』


 突然話を切り替えられ、その先に続く話題にまさか自分が取り上げられるとは思っていなかったレインは、首をかしげて陽を見た。陽は視線をこの場唯一の先輩に向けて問う。

「ショウさん、今更だけど、レインってやっぱり素質みたいなものがあるの?」

『あるね。はっきりいって陽や良明よりも龍球選手としての伸びしろは大きいよ』

 随分とまた、本当にはっきりと言ってしまったものだが、ショウがこの台詞を吐いた事は、良明も陽も明らかにその事実を認識していたからこそであり、これまで誰も言葉にしなかったがレインという選手は明らかに各種の運動能力に目をみはる発展を見せていた。


 ショウが頷いたのを見て、レインは『でもだとして、それがどうかしたの?』と首を捻った。陽は続ける。

「問題は、それが一重にレインの個人的な才能によるものなのか、それとも金眼の竜としての特徴なのか。あ、勘違いしないでね。別にだからレインが頑張ってないとか、だから凄くないとか、そういう事じゃなく――」

『陽、解ってる解ってる。落ち着いて』

 レインは陽の傍らにすり寄って座ると、彼女の腕に頭を擦り付けた。


 そして、ここで陽は、知的な物言いをしだすのである。

「でも実際、金眼の竜という存在に特別な素養があるんだったら、もっと具体的な話になってる気もしない?」

『というと?』

 ショウが首をかしげる。良明は、陽が言わんとするところをかみ砕いて説明し始めた。


「プロの龍球にしたって、金眼の竜ばかりが活躍してるわけじゃない。世間では、誰も本格的に金色の眼が持つ素質について認識していないわけだよな」

『つまり?』

「あくまで金眼の竜の話は伝承みたいなものなんじゃないかって、俺は思う」

 陽も頷いた。

 ショウは『うーん』と唸って釈然としない様子だったが、この議論の先に待つ結論で何かが変わるわけでもないと考え、そこまでにしておいた。


 空を見れば、真夏の午後の太陽はまだ高く輝いている。

 あと二戦。あと二戦を勝てば、優勝である。ただし、その高みは未だこの空よりも高く思えた。

「あのね」

 陽は、高い空に手をかざして目を細めた。

「なんで私がこんな事言い出したかっていうと、もしさ、レインにも私達みたいな特殊能力みたいな物があるんだったら、それを試合で使わない手はないよねって、そう思ったんだ。もし、金眼の竜の伝承にそういう特殊能力みたいな物があるんだったら……って」


 良明は勿論、レインもショウも、陽の気持ちは手に取る様に解ったし、それは彼等が共有するものだった。

 気が付けば、もう準決勝。春までは他校に勝利することも儘ならず、何度も涙を流して腕を磨き続けてきた。その戦いの終着点が今日、これからの二戦なのである。

 現状の実力が準決勝の相手である竜王高校に通じるかどうか。それはやってみなければ判らない。だが、少なくとも対抗手段は手に入れた。たったの半年で手に入れて、ここまで勝ち上がってしまったのだ。


 最初からこの未来を目指して頑張って来た筈である。だが、いざここに来て、自分達がしている事に対する不安を覚えずにはいられない良明や陽が居た。

「……俺達、大会を荒らしてる(・・・・・)のかな?」

 ふとしたきっかけで経験の少なさが表層化し、準決勝という場で会場全体から顰蹙を買うような、そんな漠然とした不安。それが、レインや双子のまだ灰色の翼に重くのしかかる。

 だからこそ、そうならない為に昼休みの時間を使ってその手に入れた対抗手段の事を調べようとしたのだ。だからこそ、今になってレインの金眼の竜としての能力に眼を向けようとした。


 例え正攻法でなくとも、不正の無いアドバンテージを使う事に罪は無い筈である。にも拘わらず、良明から出たのは大会参加者への礼を欠いているのではないかという懸念。

 兄妹が発現させた特殊能力は、所謂超能力に分類されるものである可能性が高い。だがそれは、少なくともその身二つだけで可能な連係プレーに他ならない事もまた事実だ。勿論大会規定に”超能力を使うな”等という文言も無い。

 ここまで努力を続けてきた彼等が負い目を感じる理由など無い筈だった。


 ショウは、徐に立ち上がると踊り場から辺りの景色を見回した。

「ショウさん?」

「ショウさん?」

 何も言わず羽根を広げるショウ。そのまま階段の手すりにつかまり、羽ばたき始めた。

「ガ、ガ、ガ!」

 飛び立つ直前、彼女は三度ほど短く鳴き声を上げる。それが意味するところが解らないまま、良明と陽は戸惑いがちにショウを見送った。

 レインは手すりに身を乗り出し、ショウの飛んでいく方向を見据えて鳴く。


『見てて』

 というレインの言葉を解したわけでは勿論ない。良明と陽は、わけも解らずにレインに倣ってショウによる謎の行動の成り行きを視る事にした。

 非常階段の横には、千坪ほどの砂利が敷かれた開けた空き地。その向こうには左手と正面にフェンスがあり、さらに先はもう敷地外の森林しかない。右手には汎用運動場の観客席棟が百メートルばかりに亘って続いており、そのずっとずっと先ではパラソル付の机と椅子が賑やかに並んでいる。どうやら、喫煙所を兼ねた休憩所の様だった。


 回転寿司でなかなか皿が流れてこない時のもどかしさによく似たものを感じながら、良明は妹にこんなことを呟いた。

「結論は、出てるんだけどな」

「うん。どの道、ここまで来たらやるしかない」

「じゃないと部、潰れるしな」

「うん……でもさでもさ、私思うんだけど」

「ん?」

「アキってさ、こういう時全然お兄ちゃんっぽく無いよね」

「悪かったな。……ていうか、一つも年変わらないんだしあんまり頼るなよ」

「いやいや、違う違う」

 珍しく陽の考えているところを読み間違えた良明は、思わず視線を陽に移しそうになる。すんでの所で思いとどまり、視界の中央にショウを捉えなおした。

「違うって、何が?」

「私が頼りたいとかじゃなくてさ、困った時も急に兄貴面しないで居てくれるの、いいなーって」

「……何だよいきなり、気色の悪い」

「もー、茶化す事ないじゃんか。珍しく褒めてあげてんのに」

「どうせショウさんが帰ってくるまでの時間潰しで言ってみただけだよな?」

「いやうん、そうだけどさ」

「兄貴をからかって遊ぶんじゃない」

「あ……いや、だめか」

「ん? なにが」

「今良明の心の中を覗いたら凄い面白そうかと思ったけど、そっちが送信してないから無理だなって」

「……この能力、よくよく考えてみると恐ろしいな……」

「いやだから見えないってば」

 笑いながらそう指摘する陽は、気づく。

「ん、恐ろしいってコトは内心褒められて超嬉しいとかそういう……?」


「ねーよ」


「ねーか」


 ショウが一切の迷いも無く飛んでいく先は休憩所。青と赤と黄色と緑で構成されたカラフルなパラソルと彼女の姿は、もうさほど変わらない大きさに見えていた。遥か先で、パラソルの影に覆われたテーブルへとショウは降り立ち、何かを手に取った。

『目をそらさないでね。ショウさんが帰ってくるまでこのまままってて』

 と、言われている気がした二人はそのままショウの謎の行動を見守り続けた。


 次第に大きくなってくるショウの輪郭。その胸に抱かれていたのは、どうやら空き缶の様である。ばっさばっさと速度を調整し、ショウはレイン達の元へと帰って来た。

「あ、あの、ショウさん?」

 戸惑う良明と陽の前で、ショウはこつんと缶を置く。

 こつん、こつん。合計三つの缶が、英田兄妹の前に置かれた。


 三つ。つい最近、どこかで耳にした数字である。

「まさか!?」

「まさか!?」

 ショウは頷いて、「ガ、ガ、ガ!」と短い鳴き声を三つ発した。彼女は飛び立つ前、遥かに離れた距離の場所に放置されていた缶の数を言い当てていたのだ。何ともまどろっこしいやり方だが、言葉を解さない彼等にもこの方法ならばショウが言いたい事を伝える事が出来た。


 つまり。

『良明や陽に出来ない事を、私は出来る。二人の能力はそれと同じ。他の人に出来ないからって、後ろめたさを感じる事じゃないよ。レインも、思いっきり試合で暴れていいんだからね?』

 兄妹は、レインは、その不器用で体当たりなショウの心遣いがとってもとっても嬉しかった。

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