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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
5.護るは命運、喰らうは栄光
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在りし日の想いと共に(1)

 幾らか時を遡る。


* * *


 湿気の籠った熱風が、生徒指導の教員・山村の説教と同じくらいに鬱陶しかった。


 三池はTシャツの胸元をひらひらと動かしながら、「暑っちいなーくそがー」と毒づく。高校龍球全国大会の県予選二日目。少女はこんな日でも下は黒のジャージを穿き、そのくせひざ下まで裾をまくりあげており、足元はと言えばスニーカーに素足を突っ込んでいた。

 足を汲んだままの姿勢で首にかけたタオルを口元に近づけると、十分前にタオルが吸い込んだ汗のにおいが鼻を突いた。構わず顎、鼻、額と順に拭っていくと、待ち構えてい様に額から汗が流れてくる感触がしてくる。

 長らくの間直射日光を受けた彼女が座っている白いベンチなどはかなりの高温に達しており、不用意に座れば火傷しかねない程である。


 三池は、Cコートで彼女にとって最大の敵が繰り広げている試合をのんびりとした表情で眺めていた。

「ほら、態度悪ぃぞ三池。せめて脚組むのやめろ。大して長くも無ぇクセにカッコつけて無理すんな」

「っせーよ、ほっとけ」

「お前の所為で竜王高自体の印象が悪くなんだよ、その髪だって大概譲歩してやってんのに、あんま調子乗ってっと本格的に職員会議で問題にすっぞコラ」

「あーうっせえなー」

 と言いながらも足を組むのをやめる三池。勿論お淑やかに足を閉じたりはしない。


 ちなみに、今三池と話しているのは教員である。生徒指導の山村である。三池に対する話し方が一般的な生徒に対するタメ口と言うよりもどこか友人に対するタメ口に聞こえるのは、三池との付き合いの中でいつの間にやら確立されたスタイルだ。三池が決して敬語を使おうとしない事にもいつしか突っ込むのを止めた山村は、もうなんだかこの三池という生き物を生徒と言うよりも手のかかる遠縁の親戚の子の様な感覚で接していた。

 三池は根が悪い奴ではないと判断した彼はそこをユルくしても実害は無いと考え、実際そうだったのであるが、それがはたして三池本人の将来にとって幸なのか不幸なのか、山村は憂えない事も無かった。


「つうかお前、他校の試合にもちったあ関心持っとけ。他の部員との会話についてけなくなるぞ」

「ちゃんと見てるっつーの」

 三池は傍らのペットボトルの蓋を開け、三口ほどぐいっと喉に流し込んだ。

「はぁあ……」

「なーにおセンチにため息なんかついてんだよ」

 という山村の質問に、三池は殊の外素直に本心を語った。


「なあ山村」

「あ?」

「……今日一番面白そうな勝負って、どことどこの試合だ?」

 山村は、呆れた様な表情で三池に振り返った。

 その様子を見て、三池は即座に彼に掌を向けその言葉を遮ろうとする。

「あー、わーってるわーってるよ。どの学校もみんな練習してきてんだから、生意気(なま)抜かすならそいつらに勝ってからにしろっつんだろ?」


 山村は、”じゃあなんで言った”と言いたげに三池を見て黙っている。

 対して三池は、零れ落ちるような声で続く言葉を吐き出した。内容と裏腹にその声には悪意が無く、ただただ純粋な本心を身内(・・)である山村だからこそ吐露するというニュアンスが容易に読み取れた。

「……なんつーか、軽く追いつけそうなんだよ。どいつもこいつも…………」

 山村はそれ以上三池を叱る事もなく、彼女が放った本心に対し、彼の思う本音で応じた。

「強ぇ学校(トコ)は強ぇさ。本気でやっても届かねぇくらいにな」


 三池は、気だるそうに腰を上げる。

「飲みモン買ってくる」

「試合までには戻れよ」

「ああ」

 山村に背を向けたまま手をひらひらと振り、三池は観客席建屋の中へと姿を消していった。

 山村はコートに視線を戻して膝についた腕で頬杖をつく。その眼には試合を見つめる真剣さもなければ、無礼極まりない三池に対する不快感も無い。どこか遠くを見ているような、無力感に苛まれている眼をしていた。

(才能はあるんだがなぁ……それ故か、勝負って物に対して妙に冷めてんだよなぁ、あいつ。足りて無い物……闘争心……つうのかな?)



 階下へと続く階段を無視し、吹きさらしの廊下を進んでいったところに自販機はある。相も変わらず騒がしく人々が行きかう廊下を歩きながら、三池は山村が運転してきた車の中に財布を置きっぱなしにしている事に気づいた。


(くっそ……)


 ジュースを買えない状況が引き金になり、なんだか試合をするのも億劫になってきた。

 自身の龍球の実力に関して、三池はさして全能感を感じているわけではない。なんなら、今の自分はドのつく素人だとさえ思う。

 だが、それはそれとして。

 どうにも、他校の試合を見ていて関心が沸かないのである。

 今の自分には出来ない技術を易々と駆使して戦う強豪校達を見ても、対抗心やら憧れやらを全く抱けない。要は、熱意が持てないのだ。


 練習試合ではどの学校に対しても勝ち星の方が多い。他の部員の活躍もあるのだが、山村が言う”才能”を持つ三池も試合に貢献し、本年度の竜王高チームは安定した戦績と実力をキープしていた。

 もしかしたら、それがまずかったのかもしれない。

 負けてなにくそと立ち上がる流れが、今年の竜王高チームには今のところ全くもって気配すら無いのである。

 強豪と練習試合を組もうにも、相手にしてみれば中途半端な実力の竜王高との練習試合をやっている時間的余裕など、ありはしない。それこそ、こういった公式大会で勝ち上がらなければ、竜王高校にとっては強い学校と戦う機会自体が無いのである。


 山村に龍球部顧問としてその辺りの認識が欠如しているのは、ひとえに三池の性格によるところが大きい。”あの不良然とした生徒は、それ故に部活というものに興味が無いのだ”という想いが、山村の三池を見る眼の根底にはあった。

 興味が無いなら出させればいい。ではどうしようか?

 山村の思考は、延々とそこで足踏みしていた。


 まあ、兎に角。

 試合に対する熱意に欠けている三池は、この龍球大会の会場がとてもつまらないのである。

 今日まで積み上げてきた練習がどこまで通用するのか、という興味はあった。だが、それだって、”試した場合どうなるのか”を結果として受け止めようとしか思えない。何が何でも勝ちに拘って、なりふり構わず全力を出そうという気持ちが沸いてこないのだ。


 三池に闘志が欠けている理由はもう一つある。端的に言えば、それは彼女の取り巻きだ。

 他の部員達は、毎日毎日粛々と練習をこなし、粛々と後片付けをする。試合では”落ち着いて全力を出そう”をモットーにしており、勝ち負けよりも試合の中において練習してきた物を出し切って自分達らしい龍球をする事を信条にしていた。その結果、勝てたなら尚良し。負けたら残念、明日からまたいつも通り龍球を楽しもう。

 そういう、競争心や闘争心とは無縁なノリ(・・)だったのである。


 それならそれで良さそうにも思えるのだが、結果として現に三池が惰性で部活に取り組んでいるという事が問題だった。今の三池は、決して練習に手を抜いているわけではないものの、楽しそうでもない。部を止める理由が見当たらないし、運動は好きだからなんとなく続けているという状態だった。


 ”何の為に龍球をやっているのか”

 そう尋ねたら、恐らく三池は困った顔をしてこう答えるだろう。

 ”なんだその質問?”

 尋ねた側が、三池自身が楽しくなさそうだからその質問を投げかけた事にさえ、彼女は気づかない筈である。


 どうしたものか。


 財布が無い。時間はある。

 他の部員の所にでも足を運んでみようか。

 なんだかそれすら億劫だ。

(クロの奴、どこ行った)

 三池と同じく部に対してあまり熱意の無い相棒のドラゴンと雑談でもして時間を潰そうかと思ったが、クロは試合開始前まで他のドラゴン達と試合を観戦するのだと言っていた気がする。


「はぁ……」

 またもや気だるいため息を吐き出した三池は、観客席棟の外に妙な気配がある事に気づいた。なんとなく廊下の端へと身を乗り出し、外を眺めてみる。

 ぎょっとした。


「なんだアレ?」

 見れば、棟の向かいで横断幕を掲げて座り込みをしている者達が居る。十人弱が掲げているその白い生地には、筆でデカデカとこう書いてある。

「”竜と竜を愛する人間に真の自由を!!”……?」

 三十人前後にもなるその集団は黙して何も語らず、揃って熱射病対策の帽子と飲料を所持していた。

 もう一つ共通しているのは、彼等の誰もがその視線を正面に向けているという事だ。

 老若男女様々である彼等の視線の先には、五名の男女がテントの下のパイプ椅子に座っていた。その正面には長机。傍らには”よりより新たな価値観を。竜の権利の為に署名をお願いします”と活字で書かれた立て看板が無表情に突っ立っている。


 テント下の五名は、何れもワイシャツとスラックスといったいでたちで、年齢は三十代から五十代まで幅広く、三名が男性、二名が女性であった。

 肩にはプラスチックの腕章がはめてあり、緑の地に白い字で、

「ガルーダイーター、か……」

 三池は、気づくと長机の真正面に立っていた。

 背後からの強烈な視線を感じる三池だったが、構わずに五人の方に質問する。


「なにやってんだ? あんたら」

 パイプ椅子に腰かけているうちの一人が使命感の籠った声で三池の質問に回答する。

「我々はガルーダイーターの地方支部の者です。本日開かれております龍球というスポーツに関して、ご一考頂きたくこちらで活動をさせていただいております」

 三池は、話し始めた男性の手元にある用紙を見て少し意外そうに質問する。

「なんだ、署名を集めんのは目的じゃねーのか?」

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