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大虎高龍球部のカナタ  作者: 紫空一
4.真夏の暁光
105/229

背水の挑戦者(3)

 薄石の各ユニットがけやきによって高高度から投げ放たれたボールに対して魚の様にジャンプするが、とてもとてもパスカットできる高さではない。


(あーびっくりした……)

(あーびっくりした……)

 陽も良明も、けやき達にそんな隠し玉がある事など全く知らなかったが、けやきやガイとしては兄妹にこの技を見せる想定などしていなかったのだろう。相手ユニットの配置を見、けやきの実力を信じ切って敵陣への先行をかけた兄妹こそがけやきにこの技を使わせたのだ。


 とはいえ良明は彼女からのパスを受け取ることに成功した。

 一方の陽ユニットは良明達よりも先行し、薄石高コートのゴールリング正面を目指して滞空を開始している。

「アキ!」

「頼んだ!!」

 良明からのパスを受け取り、陽は狙いを定める。


「させっかよ!!」

 いち早く駆け付けてきた安本ユニットを、良明とレインが遮る。

「レイン!」

 名を呼びながら手綱を素早く二回引く。


『まかせて!』

 レインは力いっぱい羽ばたいて安本達へと逆風を浴びせかける。

 前進を妨げられ、安本と彼を乗せるドラゴン・(サイ)は陽への接近速度を一気に落とした。


 息を整えた陽が、今、ボールを放つ。

 放物線など見て取れない程の至近距離から投げ放たれた一球は、求めるようにゴールリングへと吸い込まれていく。遮る物は何もない。あとは入るか外れるか。ゴールリングのフレームだけが唯一の敵だった。


 全選手が、ベンチが、観客席が、試合開始からものの十秒の攻防に固唾を飲んだ。そして、停止したかに思われた時間が変わらず流れている事にその中の誰かが気づいた頃、その音は聞こえてきた。


 ビーーーーッ!


「お、大虎高……一点。ゲームポイント、ワンゼロ!」

 御崎審判はセンテンスの最初こそ唖然としていたが、次第に冷静さを取り戻し、何とかそのコールを完遂した。


 安本、来須、久留米沢に言葉は無い。

 どうすればよかっただとか、何がまずかっただとか、そういう事を話す以前に、まず考えるべきことがある気がした。

 樫屋けやきのジャンプボール。双子の速攻。安本への移動妨害。自分達の行動を省みるよりも先にまず、そういった大虎高校側の一手一手に目が向いて仕方が無かったのである。


 ただただ言うべきなにかしらの言葉を探し、彼らは顔を見合わせる。

 来須ユニットがボールを拾い上げて他のメンバーを見ると、漸く安本が口を開いた。

「……ここで一点を返さねえと、マジで流れを作られかねない。気ぃ引き締めてくぞ!」


 口々に薄石高メンバーが返事すると、来須はいたって冷静なままで一つの提案をした。

「俺、速攻かけて良いですか?」

「……ああ。ただし、向こうが樫屋をぶつけて来た場合は俺が指示するタイミングでアレを使う」


 安本はこの時、粛々と指示を出しながらも妙な胸騒ぎに苛まれていた。

 何かがおかしい。今の大虎高チームは、何かが以前と違う。


 安本だけが、気づけていた。


 ボールを持つ来須に手綱を引かれ、彼を背に乗せているアルは静かに最初の一歩を踏み出した。

 このアルというドラゴンは、かつての来須の闘争心に同調した数少ない存在である。彼が求めるのは、高度なレベルで繰り広げられるプロの龍球試合に出られるだけのスキルをその身に習得する事であり、その目標へのステップとして、ウイングボールスクールへの入門が今の彼の目標である。

 彼が薄石高で働いているのも、その足がかりにするためだ。安本や来須といった存在を良い刺激として受け入れ、日々を向上の為に費やしている。


 つまるところ、アルはまさにスポーツマンの在るべき姿とでも表現するべき志を持つドラゴンなのである。

 故に、来須がどういう形であれ熱い想いを抱えて龍球に取り組む姿はその相棒であるアルにとっては協調するに値するものであったのだ。

 そんな、純粋に龍球の腕を磨くという生き方に自分という存在の意味を託す彼が、この夏大会という場でどれ程の実力を引っ提げて来ているのかは論ずるまでも無い事である。



 来須とアルの速攻を見て、石崎は隣に腰を下ろしている長谷部に思わずこう尋ねた。

来須のドラゴン(あいつ)、春大会の時よりも速くなってませんか?」

 問われた長谷部は腕組み視線を来須に向けたまま、感情の感じられない冷静な声で応答した。

「今だけじゃない。学校での練習試合から春大会までの間にも、僅かだけどあのユニットの速さは増してた」


「そうなんですか!?」

「間違いない。私が石崎ちゃんに言われる前に既にスピードの差に気づいてた事が何よりの証」

「生徒と違ってドラゴンなんてのは毎年学校に居続けるわけじゃないですか。……なんでよりにもよって今年、しかも私達の目の前でそんな成長を……」


 シキが、ベンチの傍らでとぐろを巻きなおして二人に言う。

相手(・・)に影響を受けているのはウチの新入りだけではないという事だ』

 ドラゴンの言葉が理解できない石崎が戸惑った表情を浮かべていると、長谷部が訳してくれた。石崎は”なるほど”などと言うでもなく、否定に分類される語を並べたてた。

「そんな、ウソでしょ。言っちゃ悪いけど、あいつらにとってウチなんて弱小チームの筈。そりゃけやきは凄いけど、そんな急激な成長を促す程の駆け引きがあの練習試合の時にあったっていうの?」


 石崎は、自分が発したセンテンスの中に、何か引っかかる物を感じた。その違和感を簡潔に説明するならば、この一文の中には己の疑問の答に繋がるワードが既に混ざりこんでいる気がする。

「急激な成長」

 長谷部が発したその五文字が誰に関する表現であるのか。石崎は一瞬解らなかった。


「良明と陽とレイン。……来須ユニットはけやきやガイではなく、あいつらに影響を受けた……?」

 長谷部はこくりと頷く。

「恐らくは、そう。あのドラゴンの成長の振れ幅を考えれば信憑性は増す。すなわち、練習試合から春大会までよりも、春大会から夏大会までの間の方が眼に見えてスピードが増したわけだ。それはさっき話したでしょ?」

 石崎は頷く。

「ウチの双子とレインは、入部からあの(・・)練習試合までの間に基礎を叩き込まれ、その後練習試合から春大会までの間に高校の公式戦でマトモに戦えるレベルにまで成長した。まがいなりにもレギオンすら使えるようになって春大会の場に現れたあの子達の姿が、まんまと相手の餌になってしまった……そんなところだろうと思う」


 眉間に皺を寄せて指を口に当てる石崎に、長谷部は変わらぬ冷静な声で言う。

「でもね、石崎ちゃん」

「はい?」

「私、大丈夫だと思う」

「……え?」


「今のウチのチームが薄石高に負ける事は、たぶんない」


 断言した長谷部の表情は、自信に満ちてすらいない。

 冷静を絵に描いた様な、関心の感じられない顔。それは無機質な客観的な確信の元に自然発生した表情であり、長谷部の龍球競技者としての経験と勘が確信として訴えているのだろうという事が石崎にも読み取れた。


 長谷部が放った一言は石崎に頼もしい安心感をもたらし、眼前で繰り広げられる試合に対して気を楽にして眺めていられる理由となり得た。

 だが。

(…………でも、それは……あくまで春大会までの薄石を見たうえでの……)

 石崎は小さく首を振って不穏な思考を振り払った。

(大丈夫。負ける筈がない。この最後の戦いの日に、よりにもよってあいつらにウチの新入り達が勝利の二文字を掻っ攫われる筈は……絶対にない)



 試合を再開した来須ユニットへと向かっていったのは、夫々の騎手の指示を受けて動き出した、レインとショウだった。良明はフェイントをかける来須に対して引っ張られる事なく、その手を伸ばす。

 その瞬間に想いなど籠める余裕は良明には無かったが、眼前の相手の動きを視界に捉えて一つ思う事があった。それは、他校の強敵を前にしたからこそ気づく己の成長の実感。来須を相手にして気づいた事が実に皮肉であるが、今の良明にはやはりそれが皮肉であると知覚する余裕も無い。

(今ならフェイントと進路変更の違いが何となく解る。特に予め意図したフェイントなら、それまでのライン取りが”これからフェイントをする”っていう事を物語ってる事がある)


 陽は来須がボールを遠ざけた方から手を伸ばす。彼女もまた、良明と同様に己の技術の向上をその身で感じ取っていた。

(春までの私なら、そんな事を考える余裕なんて全然無かった。けど、今なら高速で飛び込んでくる風景の中から必要な情報をだけをかいつまんで判断する事ができる)

 必要な情報を脳にインプットし、必要な動作を体からアウトプットし続ける。完全なる集中状態にあるからこそ成せる業に、努力を積み重ねてきた今の彼等の身体は半ば染みついた感覚だけで対応し続ける。


 陽の指先が来須の持つボールを掠めた。

 二人の攻撃をすんでの所でかわした来須は手元に未だあるボールの感触を確かめながら、アルに対して前進を指示する。

(危なかった。けど、この二人が前回の試合での俺と同様の集中状態になれる事は試合前から把握してた。これは全てを想定した上での速攻だ。……このまま、一点目を決めさせてもらう!)


 と、その時だった。

 彼の手元に伸びる腕が、もう一本。それも、既にその先の身体は来須の懐にまで移動してきていた。

「いつのまに!?」

 レインだった。

 敵意の宿る金色の眼をギラリと覗かせ、ついに来須のボールにその爪を届かせる。

 練習試合。春大会。そして迎えた三度目の勝負。大虎高チームはここにきて、ついに薄石を相手に互角と呼べる戦いを繰り広げていた。

 無論、これは多対一だからこそ成り立つ状況であったし、薄石にとっての英田兄妹とレインへの警戒が未だ万全でないから起こり得た事である。


 だが、起こっている事は起こっている事だ。

 ここまで、大虎高チームは確実に手応えを感じていた。


「山下ァ!!」


 突如、そんな叫び声がコート上を巡った。


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