都知事になりたい!
「東京都知事になりたいんです。
いや、私しかいません。
どの候補者を見ても都民の生活のことなんか考えていませんッ」
今回の依頼は、人気作家の志賀谷直樹だ。
イケメンで35歳、最近では情報番組でコメンテーターとしても一目を置かれている。
政権への厳しい批判だけでなく、代替案を提案していた。
その案は世間の注目を浴びた。
でも、良い評判ではなく、罵詈雑言を浴びせられたのだ。
人でなし、と。
「税金を福祉より、産業に投資するべきだ」と言って。
当初、彼は真意を説明できず、集中砲火を浴びせられた。
大物司会者の番組でゲストとして呼ばれ、初めて弁明した。
「それは、金持ちから税金を取る口実です」、と。
「金持ちも取られた税金が経済活動に使われれば、
その分、企業の収益が良くなったり、株価が上がるから文句はない」、と付け加えた。
「福祉はカットですか」という問いには、
「雇用が増え、失業率が下がれば、その分、福祉にまわせます」と答えた。
放送後、彼の主張の賛否は五分五分になった。
「私に、探偵の私に何をして欲しいのですか?」
藤崎は下からのぞき込むように見つめた。
「太田大臣に伺いました。
さまざまなトラブルを解決してきたと」
藤崎の頬はピクリと動いた。
官僚時代同僚だった太田をこれまで助けてきた。
今回もそうだ、が。
この依頼には裏があった。
太田はこう藤崎に頼んだ。
「志賀谷の都知事選の立候補を止めて欲しい」と。
太田は与党の議員であり、与党の候補を勝たせるべく、動いたのだ。
つまりこの依頼は、太田の2重依頼だった。
「あなたの目玉の政策はなんですか」
藤崎は両手を組み、テーブルに置き、前のめりで聞いた。
「副知事に林先生を起用します」
「林先生ッ?
予備校講師の」
藤崎は目を丸くした。
「副知事になる確約は取れているんですか?」
「大丈夫です」
「どうして?」
藤崎は眉間に深いシワを作った。
「彼は陽明学派です」
藤崎は首を傾げる。
「大塩平八郎?」
「幕末、大阪で困った人のために立ち上がった大塩平八郎と同じ陽明学派です」
藤崎はさらに8°首を傾げた。
「彼はそんなことを公言してましたっけ?」
「はい、テレビで公言しました。
長岡藩家老の河井継之助を尊敬していると。
彼は口だけでなく、立ち上がるはずです。
困った人がいて、自分に助ける力があれば」
「具体的に林先生は何をさなるんですか?」
藤崎は鋭い視線を送った。
「まず都政の非常勤講師になってもらいます。
行政の問題を洗い出してもらいます。
そして彼の人脈を使って、問題の解決を図ります」
「林先生頼みですね」
藤崎は視線を逸らさずに言った。
「いいんじゃないですか。
問題が解決できるなら」
藤崎はフッと息を鼻から抜く。
笑顔で志賀谷を見つめた。
そして言った。
「名探偵藤崎誠にお任せあれ」
藤崎が注目したのは彼の名前だった。
確認すると、そうだ、と志賀谷は答えた。
藤崎は志賀谷に都知事になる方法を伝えた。
志賀谷は大きく頷いた。
「分かりました。
あなたに言われた通り、田舎で頭を冷やして来ます」
志賀谷は席を立ち、藤崎の事務所を出て行った。
「借りが一つできたな」
「一つじゃないだろう。
これまでに、いくつも、いくつも・・・」
「あ~、悪かった。
今回、志賀谷が下りてくれて本当に助かった。
オリンピックがあるし、今回は与党から出したかった。
本当に当選して良かった。
それで、志賀谷はどうした?」
「田舎に帰った。
田舎を拠点に作家やコメンテーターの活動を続けるそうだ」
「彼はどうだ?」
太田は藤崎に聞いた。
「なかなか見どころがある」
藤崎はそう答え、太田からの電話を切った。
20年が経った。
彼は都知事になった。
与党の後押しもあり、対立候補者に圧勝した。
でも、彼の念願だった東京都知事にはなれなかった。
しかし初代都知事になった。
滋賀都知事である。
東京オリンピック後、経済の起爆剤として、
首都遷都するのは政府の既定路線だった。
志賀谷はペンネームの通り、滋賀県出身で、
滋賀は遷都の候補地の一つだった。
結局、国に無償で広大な土地を提供することで、滋賀遷都が決定した。
それは、地元の意見をまとめ上げた志賀谷の功績だった。
志賀谷は当選後、こう言った。
「私には最強のブレーンがいます。
彼は私を都知事にしてくれました」