帰る為なら手段は選びません
「さぁ! 始めようか! 私という災厄がこの国を絶望で満たす為の戦いを!」
アリエルは突然そう叫びながら、舞台でもやっているかのように両手を広げると彼女から禍々しい黒いオーラのような物がまるで纏うように発生し、今まで雲一つ無い青空だったのが、突然分厚い真っ黒な雲に覆われ、瞬く間に街は薄暗くなり、まるで空が怒っていると思える程の雷が鳴り始めた。
「なんだこれ……」
「あの女、何しやがった!?」
「落ち着け! 総員発砲用意だ! おかしな真似をしたら迷わず撃て!」
指揮官の指示に、突然の異常事態に戸惑っていた警察達は我にかえり、アリエルに銃を向けて緊張した空気を張り巡らせる。
だがアリエルはそれを気にする素振りも見せず、ぶつぶつと何かを呟く、するとそれに危険を感じた警察は一斉にアリエルに向けて発砲した。
彼らは連続する発砲音に、これで終わったなと確信した、普通これだけの銃弾を受けて生きている人間など居る筈が無い、しかし結果は違った…銃弾はアリエルが纏っている闇に全て落とされ、銃弾が地面に落ちた瞬間、彼女から凄まじい風の衝撃が発生し、囲んでいた者は全員吹き飛んだ、ある者は壁に叩きつけられ、またある者は空高く打ち上げられ地面に叩きつけられた。
だがこれでは終わらず、建物の上でアリエルを狙っていた狙撃部隊に雷が落ち始めたのだ。
この蹂躙に等しい一方的な攻撃に、流石の指揮官も腰を抜かし、恐怖に染まった目でアリエルを見ていた。
「お…お前は何故こんな……」
「何故? それはこの国の誰かが私を無理矢理呼び出したからだよ、帰る為には神を呼び出さないといけないの、でも神っていうのは、基本的に世界と人間には不干渉でしょ? だから干渉せざるを得ないようにするんだよ、そして私を帰して貰うの、これ以上世界を荒らされたく無いなら元の世界に帰せってね」
「お前一人の都合で何人犠牲にするつもりだ!」
「何人? 神が出て来ないならこの世界から絶滅させるけど? それがどうしたの? 」
「…………は?」
指揮官はアリエルの冷たい言葉に絶望し、戦意を完全に失ってしまった、彼女が本気で言っていると解ってしまったからだ。
そして彼女を呼び出した者に凄まじい殺意を抱いた、この化け物を呼びさえしなければこんな大惨事にはならなかった、部下達も死ぬこともなかった筈なのだ、ならまずは呼び出した者が化け物に殺されるべきではないのか? とすでに正常な思考が出来なくなった指揮官は、アリエルに問いかける。
「もし…お前を呼び出した者を連れてきたら、攻撃を止めてくれたりするか?」
その提案にアリエルは少し悩む、正直呼び出した奴は街を攻撃するのを止めてもいい位殺したい、だからって本当につれてくるかも分からない…でも目の前の男は明らかに錯乱し正気を失っているように見える、だからアリエルは決めた、時間制限をかけてその提案に乗ってやろうと。
「うーん…そうだね、いいよ、じゃあ一旦止めてあげるから探して連れてきてくれる? 貴方の必死な提案に免じて、今日一杯は待っててあげるから」
「わ…わかった! 必ず連れて来よう!」
指揮官は直ぐにその場から走りだし警視庁に向かう、街の為に、そして大勢の人の命の為に草の根を分けてでも探し出して奴の前に引き摺って行ってやると心に誓って。
そして指揮官が去り、再び静寂に包まれた交差点の真ん中では、暇をもて余したアリエルが、すぐそこの喫茶店から持ってきた椅子に座り、先程近くの電器店から持ってきた携帯ゲームで遊んでいた。
これが中々面白く、しばらく夢中になってやって居たのだが、ふと近づいてくる人の気配を感じ、もう連れてきてくれたのかな? と顔を上げたのだが、近づいて来ていたのは、指揮官では無く、チェックのワイシャツにジーパンのポケットに手を入れている眼鏡をかけ、髪を後ろで一つに結んだガリガリの一般人の男だった、アリエルはなんだ違うのかとがっかりし、ゲームを再開した。
「なぁ、さっき警察と話しているのを聞いたのだが、あんた異世界から来たんだって? 」
「…………」
「よければ俺も連れて行って貰えないか? この世界は俺には合わないのでな」
「…………」
男はアリエルに用件を話す、しかしアリエルは聞く価値も無いと言わんばかりに無視をし続け、男の顔すら全く見ずに楽しそうにゲームをピコピコやっている。
だが男は、そんなアリエルの態度に気付かないまま一方的に話をし続ける。
「まぁ、ただで連れていけとは言わん、対価に俺は全ての脅威からあんたを守ると誓おう、決して損はしないぞ、あんたの居る世界での俺は特別な存在だろうからな」
「……ふーん、じゃあ早速だけど守って貰おうかな、あれから」
守ると言う言葉に反応したアリエルは、顔も上げずに男の後ろを指差した。
男はあれとは何だとアリエルの指差した方を向き、その光景に顔を真っ青にした、それもその筈、男の視線の先には一台の戦車と軍隊が、此方に砲身を向けていたからだ。
「あ……あぁ……」
男は軍隊から向けられる強烈な殺気に恐怖し、腰を抜かして失禁していた。
「何腰を抜かしてんのさ、ほら私は攻撃するからちゃんと守ってよ」
アリエルは失禁している男を冷たい目で見下した後、戦車に魔力玉を飛ばしてあっさりと破壊した。
「なっ! くそ! …ぐふっ…ぐ…あ……」
男はアリエルが無謀な攻撃をしたと思い逃げようとする、しかし数歩進んだところで軍隊が反撃で連射してきた銃弾を足と肩に受けてその場に倒れ、軍隊もアリエルが空に広がる真っ黒な雲から落とした雷に打たれ全滅した。
「た…助け…」
「やだ、守ってくれるって言ったのに逃げたでしょ、私は裏切り者を助ける程優しくないの」
男は痛みに泣きながらアリエルに助けてくれと懇願するが、平然と椅子に座ってゲームをしている彼女は、それを当然のように拒絶した。
「このままでは死んでしまう…頼む…助けてくれよぉ…」
「うるさいなぁ、貴方恥ずかしくないの? 守るって誓ったくせに見捨てて逃げて、結果自分が怪我したら見捨てた相手に助けを求める、そんなのおかしいでしょ? 助ける訳無いよね? だから私は貴方が死ぬとしても助けない」
アリエルはそう言ってゲームを続ける、そして助けてくれないと確信した男は、のろのろと立ち上がり、肩を抑え必死に逃げていった。
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その頃の魔王城では、アリエルが居なくなった事で混乱が起こって……いなかった。
というのもアリエルが巻き込まれたのが異世界転移だと判明した為、どうにも出来ないというのと、能力を持たない異世界人などアリエルの前では無力であり、その内どうにか帰ってくるだろうと判断したからだ。
しかしアリエルの不在は、闇ギルドの対策に問題を発生させた、それは精霊の愛し子の力を無効化出来なくなった事と、対魔法の戦力が万全で無くなった事だ。
これは結構な問題だった…が、彼女達は全く問題だとは思っていなかった、何故ならアリエルが居なくても一人一人が相当な実力を持っている強者揃いの集団だからだ。
そしてその中でも特に能力の高い二人、リップちゃんとカリーナは、寝室で優雅なティータイムを過ごしていた。
「平和じゃのう、こんなに静かなのは久しぶりじゃ」
「そうね、あの子が居ないだけでこんなに静かなのね、心配だけれど穏やかな空間でのお茶は良いわね」
そう言いながら二人は、まるで闇ギルドの事を考えていないかのようにゆったりまったりとしている。
ただこんなに腑抜けているのは、この二人だけではなかった、ローズとサクラは街で遊んでいるし、水月と星歌は部屋でごろごろしていた、これをアリエルが見たらどう思うだろうか? 彼女は帰る為に必死で絶望を撒き散らしているのにこの態度、間違いなく怒るだろう、それも烈火の如く激怒する事間違いなしだ。
だがアリエルの頑張りを知らない彼女達は、この日も何もせずにだらだらした一日を過ごしている。
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あれから時間が経ち、日が沈み間もなく夜になろうという頃に、アリエルは残してきてしまった仲間達が今頃自分を必死に探しているのを想像して申し訳ないなぁとか悲しんで泣いていたりしないかなぁと考えていた。
彼女は何も知らないし思ってもいないのだ、仲間達が自分を探そうともせず遊び呆けていたりだらけているなどという事は、だがそんな事を全く知らないアリエルは改めて決意する、どんな犠牲を払ってでも彼女達の元に帰り安心させてあげるのだと。
そしてタイムリミットが近付いてきた夜中に、とうとう待ち人が来たのだった、拘束されながらもアリエルを睨み付けている召喚者を連れながら。