魔界祭二日目、まずは闇ギルドに仕返しします。
翌日、まだ誰も起きていない時間に、アリエルとリップちゃんは辺境の村ブランにある家の前に居た。
何故か、それは先日の祭りの最中の襲撃に物凄く腹を立てたアリエルとリップちゃん、特にアリエルは闇ギルドの不意討ちや闇討ちなどの姑息なやり方が気に食わなかった。
だからアリエルはこう考えたのだ、そんなに姑息なやり方が好きならこっちもお前達のやり方でやり返してやると、その為アリエル達は先日の構成員を拷問して聞き出したこの村にやって来たのだ、闇ギルド、アジ・ダハーカのリーダーの一人であるベータの唯一の肉親である妹、これを拉致する為に。
「ここだね…明かりもついてないしまだ寝てると思うからささっと拉致しちゃおっか」
「うむ、村の者に見つかる前に済ませるとするのじゃ」
「了解、ぱぱっと鍵開けちゃうから待っててね」
アリエルは家の鍵穴に土魔法で土を詰め込み、そのまま捻って解錠すると、二人は家の中に忍び込んだ。
「ふっ、私の前じゃこんな簡単な鍵なんて無意味だし、私は証拠を残すなんて真似はしない」
「…まるで小賢しいこそ泥のようじゃの」
「え? こそ泥はひどくない?」
アリエルはバッと振り返ってリップちゃんをガン見したがリップちゃんはサッと顔を反らしてしまったので、アリエルは膨れっ面をしながら鍵穴から土を全て抜き、鍵を閉め直した後、家の中に入り込んだ。
「ふむ、普通の家じゃの…見た感じでは罠の類いも無いようじゃ」
「そっか、じゃあターゲットを探そっか」
そう言って探すこと約二分で妹だと思われる十代後半の魔族女性を発見した、アリエルは事前に書いておいた闇ギルド宛の手紙をテーブルに置くと、さっさと魔王城に連れて帰る事にした。
「よし、では転移するのじゃ」
リップちゃんがそう言って転移を発動すると、次の瞬間にはブランから完全に姿を消し、アリエルは見覚えの無い部屋に居たのだった。
どこだここ? と思ったアリエルは窓際まで行き、外を見ると、地面がかなり遠く、城の屋根が見えていることから、ここが城の塔であることが分かった。
「ここ城の東側にある塔だよね?」
「うむ、この娘はここに幽閉するのじゃよ、奴等が全員死ぬまで人質として役に立って貰うのじゃ」
「そっか、まぁ彼女一人の自由を奪うだけでこの街の人が安全に繋がるんだから、仕方ないね」
「そうじゃな……それより…前からアリエルに聞いてみたかったのじゃが、アリエルはこの世界で初めて人を殺すときどう思ったのじゃ?」
リップちゃんのいきなりの問いに、アリエルは不思議そうな顔で首を傾げた。
「? 別に何とも思わなかったよ? でもこの世界はそういうものでしょ? 殺される前に殺す、犯罪者や盗賊も殺す、これが普通に出来ないなら自分が死ぬだけだもん」
「そうか…過去に居た異世界人の事が書かれた書籍の内容が、平和な世界出身の異世界人は強い力を持つ冒険者でありながらを人を殺すことが出来なかったというものだったのでな、一度聞いてみたいと思っておったのじゃよ」
その話を聞いたアリエルはその異世界人のあまりの情けなさに苦笑いをした。
「それは随分と馬鹿な奴だね、私からすればこの命が軽くて安い世界で地球の常識を引き摺って人が殺せないって言うなら最初から来るなって話だよね。
仮にそうじゃなく、無理矢理来させられたって言うなら、安全な街の外に出ずに働けばいいだけ、なのにわざわざ荒事の多い冒険者になって人が殺せない? 違う世界で生きる覚悟が足りなすぎて笑い話にすらならないよ」
「ふむ…妾としてもアリエルと同じ考えじゃよ、あの本を読んでいる時はそれはもうイライラしたものじゃが、最後に助けて結婚した少女に刺されて殺されたというのは笑えたの、しかもその少女は助けてもらった位で強制的に結婚をさせられたのに腹が立ったから殺したという理由なのがまた笑えるのじゃよ」
リップちゃんはその物語を思い出したのか、ケラケラ笑いながら楽しそうにアリエルに話していた。
「ま、そういう夢見がちで主人公気取りの人は早死にするって事だよね」
「うむ、全くもってその通りじゃな」
それからアリエルとリップちゃんは、彼女をベッドに寝かせると、前のように外に出た後、部屋全体を封印して食事を運ぶメイドに彼女が起きたら事情を話すように告げ、祭りが始まるまで近くの客室で寝る事にした。
そしてしばらくして目を覚ました二人はもう創作物コンテストが始まる時間だから見に行こうと、会場内の展示場に向かった。
それから展示場に到着して周りを見回すと、凄い人だかりが出来ている展示品があったので二人はそれを見ようと、人を掻き分けて行くと、見覚えのある白い石が展示されていた。
「あっ、これ私の名前が書いてあるよ…これって賢者の石っていうんだぁ、私は白石って言ってたよ」
「言っておくが、妾はこれが優勝で間違いないと思っておるぞ、賢者の石はそれだけの価値があるものじゃしな」
リップちゃんがやけに自信ありげにそう言うものだから、アリエルは何処からそんな根拠のない自信が出るのだろうと不思議に思っていた。
「私はこれなんかいいと思うんだけど」
アリエルが指差しているのは、ミラクルポーションEX・ザ・ファイナルという怪しい赤い液体が入った瓶だった。
このミラクルポーションEX・ザ・ファイナルを見たリップちゃんは思った、これ…ポーションのパチもんだろ…と。
本来ポーションはどんな物でも薬効成分の影響で例外無く緑色であり、どんな物を入れたとしても赤などには絶対にならないのだ。
「アリエル今あの鑑定機を持っておるか?」
「あるよ、はい」
アリエルは鑑定機があるかと聞かれ、アイテム袋から鑑定機を出すと、リップちゃんに渡した。
「うむ……はぁ…やはり紛い物か…」
ため息をつくリップちゃんの手にある鑑定機にはこう出ていた……いちごジュースと……。
この結果にリップちゃんは、誰だこんなふざけた物展示したのは、と静かな怒りに燃えながら名前を見るとヤマトと言う奴だということが分かり、アリエルをその場に居るように言い、係員に苦情を言いに行った。
「そこの係員、ちょっといいかの?」
「ん? あ! これは魔王様、何かご用でしょうか?」
後ろから呼び止められて振り返った係員は、自分に声を掛けたのが魔王であるリップちゃんだと気付くと、慌てて敬礼をし、用向きを聞いた。
「うむ、彼処の赤い液体なんじゃがな、先程調べたらポーションでは無くいちごジュースだったのじゃ」
「え? 此方のリストには新種のポーションであるミラクルポーションEX・ザ・ファイナルと書かれておりますが……」
「いや、間違いなくいちごジュースじゃよ、とりあえずあれを作ったヤマトとかいう奴を捕まえて取り調べをするのじゃ、もしどうしても気になるならあのポーションを鑑定しても良いのじゃ」
リップちゃんのポーションが偽物だという告発に、係員は慌ててリストを捲りながら内容を報告するも、リップちゃんの強硬な態度に、了解しましたと一言残し、敬礼して周り係員を呼びながら走り去っていった。
一仕事終えてリップちゃんがアリエルの元に戻ると、予想外にも彼女は大人しく展示品を見ていた。
アリエルは歩いて来ているリップちゃんに気付くと、にこにこしながら側に寄ってきた。
「リップちゃん! そろそろコンテストの順位が貼り出されるって!」
「そうか、それなら、大型掲示板に向かうとするかの」
「うん」
それから二人は今日の為だけにすぐそこのステージに設置した大型掲示板に行き、掲示板に貼り出された紙を見た。
一位、賢者の石、作者アリエル
二位、オリハルコンブレード、作者バズー
三位、浄化の秘薬、作者アルケニー
この結果に、アリエルは両手をあげてやったーと喜び、リップちゃんは当然の結果だと頷いている。
それから、創作物コンテストは表彰等が無かったので、二人は結果を見た後に展示場をざっと一回りしてから、外に出て食事をする事に決めて、屋台で焼き魚を買ってベンチで食べていた。
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その頃、とある場所にある闇ギルド、アジ・ダハーカの本部では組織結成から何百年も無かっただろう緊急事態に陥っていた。
「くそ! ふざけやがって! 絶対にこんな馬鹿な事をした奴を殺してやる!」
「ああ…絶対に見つけ出すぞ、その手紙の感じなら間違いなくまだ生きている筈だからな」
凶人ベータは怒りを隠そうともせずに部屋で暴れまわり、凶獣ガルムスは目を閉じて腕を組みながら荒れ果てた部屋で立ち尽くしていた。
何故か? それは今日の午前8時頃、ベータが妹のソフィーの様子を見に行ったのだ。
しかしドアを叩いても誰も出ない、なので彼は中で待とうと合鍵で中に入ると、リビングのテーブルに闇ギルド宛の手紙が置いてあったのだ、これに焦ったベータは家の中をひっくり返すように探すが居らず、その場で手紙を読むと、こんな事が書いてあった。
『アジ・ダハーカの皆さんへ
突然のお手紙ごめんなさい、しかし貴方達の汚くて卑劣なやり方に、私はもう我慢が出来なかったのです。
貴方達闇ギルドは恐怖の象徴と世間から恐れられているのですよね?
ですが私にはどうしてもそうは思えないのです、例えば…貴方達は死角から忍び寄り血を吸う蚊を怖いと思えますか? 思えませんよね? 私にとって闇ギルドとはそういう認識なのです。
だから暇潰しと腹いせを兼ねてアジ・ダハーカのリーダーである凶人ベータさんの大切な妹さんを此方で預からせてもらいました。
どうでしょうか? 貴方達の真似をして誘拐をしてみたのですよ。
…まさかとは思いますが、自分達は好き勝手やっておいて、自分達はやられる覚悟が無かった……なんて事はありませんよね?
もしそうなら、そのお花畑でキャッキャウフフな蜂蜜より甘い考えを改めることを強くおすすめします。
あ、ちなみに妹さんをお返しする条件ですが、私を探し出して殺すか、貴方達が全員死んだらお返しする事をお約束します。
それと、もうこそこそとつまらない事をするのはやめてくださいね、来るなら堂々と私を探して堂々と正面からかかって来てください、私は貴方達のように臆病でも卑怯でもゴミでも無いので、見付けてくれたその時は逃げも隠れもしませんから。
それでは会える日を指折り数えて楽しみに待ってます。
愛と勇気のミラクル魔法少女Aより』
これを見たベータは怒り狂いながらすぐさま本部に帰り、凶獣ガルムスに投げるように手紙を渡し、構成員に妹の捜索をするように命令したのだ。
しかし、現場には犯人の痕跡が一切無かった、鍵も異常無し、部屋は密室、しかし妹だけが居ない。
この事に構成員も慌てふためいた、正にプロ顔負けの犯行だったからだ。
その後、結局現場からは何も掴めなかった、この事にベータとガルムスは焦り、仕事は全て中止し構成員全員を、愛と勇気のミラクル魔法少女Aの捜索に当てた。
そして現在、椅子に座りイラついた様子で手紙を読み返しているベータと、向かいに座り考え事をしているガルムスが荒れ果てた部屋にいた。
「ちくしょう、何度見てもイラつくぜ…こいつ、俺等を害虫程度にしか思ってない、これは八つ裂きにしても足らねぇな、拷問を繰り返して命乞いをさせ、手足を一本ずつ切り落としてから殺してやる」
「そうだな…だが最優先はソフィーだぞ、我らには彼女が絶対に必要なのだ、それは分かっているな?」
「勿論だ……ソフィーはこの世界で唯一精霊に愛された、今代の精霊の愛し子だからな……」
「分かっているなら良い、精霊の愛し子という最強のジョーカーは魔王国でさえ跪かせる事の出来るものだ、誰も精霊を敵に回したくは無いだろうからな」
この二人は知らない……この大陸には精霊の愛し子より遥かに強い力を持つ化け物がいる事を…そしてその化け物こそが、妹を誘拐した犯人である事を……。




