久しぶりの人間大陸です
アリエルとリップちゃんは図書館へと続くピカピカ光る豪華な廊下を歩いていた。
「アリエル、そういえば始祖精霊はどこに行ったのじゃ?」
リップちゃんが何気無く気になったことをアリエルに問うと、彼女はあれ? 言ってなかったっけ?と笑いながら言い、話し出した。
「四人は人間の国が衰退するのを見たいとか言って、どっか行っちゃったんだよ」
「そうか、まぁ結界も強化してくれたしのこれ以上行動を縛ることもあるまいよ、本来精霊は気ままに生きるものじゃしの」
「まぁ四人とも特に我が強そうだったもんね、今は特に頼み事も無いし、放っとけばいっか」
アリエルの精霊を雑に扱う態度を見てリップちゃんは思う、アリエルの存在はどうかしていると、普通の人は精霊に対してこんな態度は取らない、それは愛し子でも例外は無い筈なのだ、彼女は過去の文献でそういう態度を取った愛し子がどうなったかを知っている、なのにアリエルは過去の愛し子のように殺されたりはしなかった。
だからリップちゃんはアリエルの精霊の愛し子という特性はただの一部分でしか無く、本質は違うものなのではないかと仮定していた。
「それがいいと思うのじゃ」
そして二人は図書館に到着した。
扉を開けると、目の前にはもの凄い数の本が入った壁の棚が天井まであり、大図書館といった感じであった。
「ほぇー凄い数の本だねぇ」
アリエルの気の抜けたような声に、隣にいたリップちゃんは少し笑った後、凄いじゃろう? とドヤ顔をした。
「あら二人とも、何かわかったのかしら?」
「うむ、アリエルの目は神痕という神の刻印だったみたいなのじゃ、それにアリエルの話だと、それは女神からのプレゼントじゃということみたいなのじゃ」
「神痕? プレゼント? なら害は無いという事かしら?」
カリーナはリップちゃんの言葉に少し困惑しつつ、一番の懸念である害が有るか無いかを確認した。
「ないよ、何か力は有るみたいだけど」
「力?」
「うん、でも何なのかは分かんない」
カリーナとリップちゃんはふむ、と考えるが、結局よく分からないから後回しにしようと、一旦諦めることにした。
「まぁいいわ、それより私もさっきまで調べていたのだけど、二人はエンジェライト神殿って知っているかしら? 」
「うむ、人間の大陸にある未開の超S級ダンジョンじゃな、扉を入っても外に出てしまうという、危険度と探索率、両方0と言われているんじゃったか」
エンジェライト神殿、それは旧ワール王国とアクエスの間にある名もない山の麓にある魔物を全く寄せ付けない異常なほど神聖な領域を持つ神殿型ダンジョンである。
「そうよ、そこって光の領域を展開しているらしいの、だからもしかしたら何か手がかりがあるかもと思ったのだけど、もう必要無いみたいね」
「エンジェライトって事は光の女神様の神殿だよね」
「何でそうなるのじゃ」
アリエルのにこやかな顔から飛び出したとんちんかんな発言に、リップちゃんは肩をがっくり落としながらだるそうにアリエルに言う。
「アリエル、どうしてそう思うの?」
「え? だってエンジェライトって光の女神様の名前じゃん」
「アリエル、光の女神の名前はシャインよ? アルゴス神聖皇国にあるでしょ? シャイン大神殿」
「えぇ…違うよぉ、だって本人が言ってたもん」
カリーナは難しい顔をしながら小声でどういうこと? とかぶつぶつ言っている。
そして一段落ついたのか、アリエルの方を見て問いかける。
「ならシャインと言うのは偽名と言うことかしら」
「うん、間違いないよ!」
「……ならあの国は居もしない神を信仰していたのね……ふふ、馬鹿みたい……それにしても、その神殿が光の女神の神殿なら行ってみたいわね、きっと何かあるわよ」
「なら行ってみるか? 今ならこっちの海域に夢中になってるじゃろうし、どこも手薄じゃろう」
リップちゃんがそう提案すると、アリエルは少し悲しそうな顔をして言った。
「そうなの? ならアクエスに行きたいなぁ、カティアさんも心配してるだろうし……」
「なら行けば良いじゃない」
「うむ、神殿も近いし、付近までなら妾も行ったことがあるから転移で行けるのじゃ」
「そっか! じゃあ行こう!」
「うむ、出発は明日じゃ、各自用意をしておくようにの」
こうして、話し合いは終わり、出発は明日という事で、リップちゃんは各所に外に出ることを伝えに行き、カリーナは部屋に戻り荷物を用意しに行った。
そしてアリエルは……ダンジョンコアを持って謁見の間に入り込んでいた。
「ふふふ、リップちゃんびっくりするかなぁ」
そう…このお馬鹿は出発前なのに用意もせずにいたずらをしようとしていた。
アリエルは謁見の間をダンジョンコアに登録させ、バレないように壁と玉座の間に入れ、魔力を補充してダンジョンメニューを出した。
アリエルの城
ダンジョンマスター:アリエル
階層:1
保存魔力:26500
「よし、じゃあこれを壁に」
アリエルはアイテム購入のページから自分の肖像画を買って、玉座の後ろの壁にくっ付けた。
「これならリップちゃんもびっくりするよね」
そう言ったアリエルは満足し、謁見の間を出ると工房のアトリエに向かう。
次は旅に役立つ道具でも作ろうと考えているのだ。
少ししてアリエルはアトリエに着き、釜の前に立って何を入れようか考えていた。
(うーん、何入れようかなぁ……ん?…あ! そうだ、いろんなものを入れてみればいいんだ!)
アリエルは箱に入っている物を適当にポイポイ釜に入れ、いつも通りの工程で錬金術を始めた。
「ぐーるぐーる」
しばらくすると煙が出て、完成だ! と喜ぶアリエルは釜に手を突っ込んで、中の物を出した。
「なんだこれ? 機械っぽいけど……」
アリエルが持っているのは長方形のipa●みたいな機械で、ボタンを押してもミミミミって音がするだけで何も起きない。
おかしいなとアリエルが裏を見ると、上半分がスーパーのレジの読み込み部分だけを移したような感じになっていた。
「あ、これ物を読み込むんだ」
機械の上半分を石に近づけてボタンを押すとミミミの後にピッと音がして画面が写し出された。
《石》
少し鉄を含んでいる硬い石
「これいいんじゃない? カリーナに見せてこよっと」
アリエルは機械を持ってウキウキと寝室に向かって歩き出した。
「カリーナ! これ見て!」
カリーナが荷物を整理している時、突然バンッと勢いよくアリエルが中に入ってきて、にこにこしながら機械を見せてきた事に、この子は準備もしないで何をやってるの? とイラっとしつつカリーナは機械を見て問いかける。
「これ機械よね? どんなものなの?」
「ふふふ、これは鑑定機なんだよ!」
「へぇ、そうなの、アリエルにしては実用的なものを持ってきたわね」
カリーナは褒めつつも興味無さそうに後ろを向き、荷物の整理を再開する。
するとアリエルが私もやると鑑定機を置いてあったアイテム袋に入れて自分の荷物を整理し始める、相手にしてもらえなくて寂しくなったのだ。
そして二人は準備を終わらせ、リップちゃんと合流して風呂と食事を手早く済ませた後、寝室に戻ってきた。
「そうだアリエル、お主は手配されている可能性が高いのでの、髪染めを持ってきておいた、魔力を込めながら色を決められるからの、好きな色にするといいのじゃ」
「色かぁ……リップちゃんとお揃いの紫にしちゃおうかなぁ」
アリエルがそう言うと、リップちゃんは嬉しさでニヤけるのを我慢した真顔をし始めた。
「まぁいいんじゃないかの、お揃いなら姉妹だと思われるじゃろうしの……じゃが染めるのは明日じゃから、決めるのは明日でいいのじゃ」
「わかった、じゃあ寝よっか」
そして三人は何時もより早く眠りについた。
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……アリエル、起きなさい
「んぁ、あ、女神様だ」
誰かに話しかけられたのに気づいたアリエルが目を開けると、目の前にエンジェライトが居たので、何処だここと周りを見回すが、どこも真っ白な何もない場所だった。
……アリエル、先程髪がどうとか話していたわね?
「え? あぁうん、人間の大陸に行くのに髪を染めるって話をしてたよ」
……ほぅ、アリエルは何色にするの?
「私はむらさ『えっ!』…ひっ!」
アリエルは喋ってる途中で急にドスの効いた大声で邪魔してきたエンジェライトにプルプル震える小鹿のように怯えた。
……ごめんなさいね? それで何色かしら? もう一度言って貰える?
アリエルは物凄い恐怖を感じていた、目の前で微笑んでいるエンジェライトの目が笑っていないからだ、アリエルは本能的に思う、また紫なんて言ったら殺されるかもしれない……何がベストなのかを必死で考えていた。
「えっと……えっと……」
……私から提案があるわ、アリエルに最も似合う色が良いと思うのよ…例えば……親と同じとかね?
「お、親? 親は私と同じ…『あら?』…ひっ!」
……親ね…貴女の母親は誰? ちゃんと考えなさいアリエル……母親と同じ色が貴女に最も似合う色な筈よ……
アリエルは恐怖の中で気づいた…そういえばエンジェライトは自分の事を娘と言っていた……ということは自分は銀にすると言わないと納得してくれないだろうと。
「え、えっと……銀…とかどうかな?」
……あら素敵ね! 私はとても良いと思うわ、偶然にも私と同じ色だし、銀は神聖な色だから貴女に凄く似合うと思うわよ
……ちょっと、何が偶然よ、貴女が強制したんじゃない
また知らない声が聞こえたとそちらを見ると、今度は黒い穴から腰まである紫の髪と紫の目、へそ出し赤いのチューブトップに黒いジャケットを羽織り、下着が見えそうな位短い赤黒チェックのスカートをはいたパンクな10代半ばの美少女が現れた。
……私は強制なんかしないわ、アリエルが自分の意思で私の色を選んだのよ
……ふっ…嘘ばっか、アリエルは最初紫って言ってたじゃない、つまりこの子は私を選んだのよ
「えっ…誰?」
……あら、まだ名前も教えてないの? ということは、貴女にとってアリエルは名前を教えるような存在では無いと、そういうことよね?
……違う…アリエルは私の子だもの、ただ時間がなかっただけ、だって私の大陸にアリエルがいるのよ? だから親の義務としてしっかり管理しないといけないのよ。
……ふーん、でも教えてないのは事実じゃない
……なら今教えるわよ、アリエル、私は闇の女神フィリスノアよ、覚えた?
「うん」
アリエルがへたって座りながら頷くと、フィリスノアは包み込むようにアリエルを抱きしめた。
……いい子ね、私の子アリエル、これからも見守ってるから早く私の大陸に戻ってきてね
「え? うん」
……それじゃ戻りなさい…エンジェライトの馬鹿が無理矢理呼び出してごめんね?
……あ! 勝手に…
フィリスノアに頭を撫でられ、アリエルは世界に戻っていった。
……ったく、勝手に呼び出すの止めなさいよ
……貴方はいつでも見れるからいいかもしれないけど、私は呼び出すか出向くかしないと会えないのよ
……はぁ、なら私の大陸を手伝いなさいよ、そしたらいつでも見れるでしょう?
……ふむ……まぁいいわ手伝ってあげる
……なら行くわよ
フィリスノアがそう言うと、二人の女神がその場から消え、真っ白な空間も完全に消滅した。
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次の日、アリエルはエンジェライトが怖かったので髪を銀に変え、私達はいつもの服と紫のマントに着替えた後、転移を使ってアクエスから一時間程の街道に来ていた。
「懐かしいねぇ」
「そうね、そんな昔の事じゃないけど懐かしいわ」
「さて、そろそろ行くのじゃ、出来るだけ早めに着きたいしの」
こうして三人は何度か通った事のある街道を懐かしさを覚えながら歩き始めた。
それから10分程歩くと、前方に光の幕のような結界が見えてきた。
「ねぇあれなんだろ?」
「見た感じ結界じゃな、魔物避けかなにかじゃろ」
「そうね、気にすること無いわよ」
そうして三人が結界を潜ると、後ろから声が聞こえた。
「あははぁ、やーっと見つけたぁ、髪の色を変えたみたいだけど、僕は騙せないよぉ、アリエルゥ」
あまりに気持ちの悪い猫なで声に三人は凄く嫌そうに振り向くと、オールバックの茶髪に茶色の目の貴族と思われるやたら高そうな服を着た若い男と、護衛と思われる全身鎧の男が五人居た。
「誰じゃあれは、声が凄く気持ち悪かったのじゃ」
「あれはほら、ドクーズ王国の王子…確か……キーチクとかいう奴だよ」
「へぇ……あれが奴隷王国の……」
キーチクは三人を舐めるように見ていた、メインは勿論ミニスカのアリエルだが、他の二人も上玉だから自分が楽しんだ後、護衛にも使わせてやろうと考えていた。
「探したんだよぉ、さぁこっちにおいで…僕がずーっと愛してあげるからねぇ、君も僕を愛すんだ」
「やだよ! お前みたいな気持ち悪いクズのところになんか行くもんか!」
「おやおや、ずいぶんと汚い言葉を喋るようになってしまったようだね……後で調教しないといけないかブヘッ」
キーチクは喋りながら三人の方に歩いて来ていたが、アリエル達が普通に通れた結界に弾かれてしまった。
「ぐっ……なんだこれは!?」
「結界のようです、我々も通れません」
「なに、通れないの? ばーかばーか! 奴隷しか相手に出来ない弱虫、イモムシ、カメムシ野郎! お前の愛なんかいらないんだよ! 奴隷王国の三下王子! 悔しかったらかかって来いやー!」
アリエルの突然の暴言にキーチク達は顔を真っ赤にして怒り、カリーナとリップちゃんは大爆笑、アリエルのあまりの大声にアクエスに行くために近くを移動していた行商人と護衛の冒険者も笑っていた。
「き、貴様!」
護衛達は怒りに任せて走ってくるが、結界に阻まれてこっちに来れない、そのためアリエルがさらに調子に乗る。
「ふっ…お前達は業が深いから通れないのさ……そして女神に代わって私が裁きを下してやる! 食らえ! アリエル怒りの投石!」
アリエルは拾った石を奴隷王国の奴等の方に全力で投げた、投げた石は結構な勢いで飛んでいき、キーチクの頭に命中し、結構な出血をさせた。
「あ、アリエルゥゥゥ! もう許さんぞ! 今すぐお前を奴隷にしてやる!」
キーチクが血にまみれた真っ赤な顔で必死に結界を叩いている。
そんな中、カリーナとリップちゃんは相変わらず爆笑、石で怪我するとかダサすぎとか言っている。
そしてさっきの行商人達も、見世物だと思ってるのか馬車を止めて笑いながら見ている。
私は結界ギリギリまで近付き、キーチクを睨んだ。
「まだ懲りないの? だから貴方は雑魚なのよ、顔はバッタみたいだけど…まぁあんた何かどうでもいいや、さぁ! これで終わりだよ! アリエル火の玉パーンチ!」
アリエルは左手に火属性を付与しキーチクの顔面を殴り飛ばしたが……火がキーチクの髪に燃え移ってしまった。
「ぎゃぁぁぁ! 熱い熱い! あぁぁぁぁぁ!」
キーチクはゴロゴロ転がって火を消そうとするが中々消えない、護衛達も必死で消そうとするが無駄だった。
そして気づいた、カリーナとリップちゃんが笑いながらキーチクの馬車からどこかから連れ去られて来たばかりだと思われる人達を全員結界の中に入れていた。
そして火が消えると、キーチクの頭は文字通り焼け野原となっており、結界の中にいる人全員が笑っていた。
「はぁ…はぁ…もう飽きたからいいや、ほら馬車の中の人もこっち連れてきちゃったし、じゃあね……ハゲ」
アリエル達はそう言うと背を向けてアクエスへと歩いて行った。
「ちくしょおぉぉぉぉ! あいつら! せっかく狩った奴等まで連れていきやがった!」
そして三十分後、アリエル達と連れ去られた人達はアクエスの街門に辿り着いた。