9話・魔究会
「あそこ」
ロリ2号こと、リースちゃんの指先の方向には大きな建物がある。
どうやら食堂は別の建物のようだ。
「ありがとう」
「ん、またね」
基本的に無口な子だったけど、質問にはしっかりと答えてくれる優しい女の子だった。
どうやらここは王宮とかではなく、魔法の学校らしい。
確かにそれならロリの王国というのにも納得がいく。
食堂に入るとワイワイガヤガヤと大勢の子供が食事をしている。
建物の中は食べ物の良い匂いが充満していて、今にもヨダレが出てきそうだ。
リースちゃん曰く食事は無料らしいから早速お腹いっぱい食べますか!
どこでご飯をもらえるのかな? っと、あそこっぽいな。
列ができている場所に向けて歩いていく。
「おい! あいつって噂の?」
「多分な。でもよくこんな所に来れるよな。俺だったらもう辞めて田舎に帰ってるよ」
なんか俺の方を見てコソコソ喋ってる奴が大勢いるのは気のせいか?
「知ってるか? あいつクレアさんに暴力振るってたらしいぜ?」
「マジか!? あいつが例の……絶対いつかシバク」
「いつかじゃなくて今行けよ! あいつぶっ倒したらヒーローになれるぞ」
「今日は膝の調子がイマイチだから今度にするわ」
聞こえないように言ってるつもりだろうけど、俺には聞こえてしまうんだよなー。
うーん、これは気のせいじゃないな。
前の俺、どんだけ嫌われてんだよ。
ほぼ全員に敵意の目を向けられるってよっぽどだぞ!?
まあ、良いや。
そんなことより、ご飯! ご飯っと!
バイキング形式の食堂らしく、手に取った金属製の皿の上に適当に選んだオカズを乗せていく。
空いている席があんまり無い。
出来れば一人でゆっくりと食べたかったんだけどしょうがない。
「横、失礼」
一声かけて小学校低学年くらいの男の子の横に座る。
男の子はこっちに視線を遣ると、口をポカンと開けて固まっている。
おいおい、そんなに口を開けてたら中の物出てしまうぞ?
ん? お?
男の子は見る見る内に顔が青ざめていき、目の中が妙に潤っていく。
こりゃヤバい。
さっさと逃げるが吉だ。
俺が席を立とうとした時、男の子は大きな声を上げて泣き出してしまった。
くそッ、ちょっと遅かったか。
周囲を見回すと、より一層俺を見る目が鋭くなっている。
「あいつ! 下級生に手を出しやがったのか!? あんなに泣いて、可哀想に」
俺のせいじゃ無いんだけど……。
「誰か注意しろよ! こんな横暴放っておくのかよ!」
隣に座っただけなんだけど……。
「俺の膝さえ調子が良ければあんな奴!」
もういいわ! 面倒くさい。
無視してこのまま食べよう。
おっ、中々イケるじゃないか。
見た目は唐揚げなのに、味はエビっぽいな。
マグロの刺身っぽいのも食べてみる。
こっちも上手い。
流石に地球の食事には負けてしまうけど、異世界でもそこそこの食事を食べられるっていうのは有難い。
さてと、腹八分目まで来てやっと人心地が付いたし、この騒々しい食堂からおさらばして修行に戻るか。
俺が席を立つと同時に、三人の子供がそれに合わせて席を立とうとする。
「はぁー面倒くさ」
つい口から愚痴がこぼれてしまう。
面倒だしちょっと待つか。
俺がまた席に座ると、三人の子供は何事もなかったかのように席に座った。
あそこの子供たちは俺が美味しくご飯を頂いている間、獲物を狙うような眼で俺を見ていた。
来るだろうなとは思っていたけど、その後の展開を考えると面倒くさい。
なんとかならないだろうか?
このままここに居るのも居心地が悪いし、取り敢えずもう一回立ってみるか。
三人は俺に合わせて立ち上がる。
座る。
立つ。
座る。
こいつら、何時までやるつもりだ?
いっそどこまでやるのか挑戦したい気もしたが、俺の方がしんどいので諦める。
さてと、今度は本当に行こう。
「貴様! さっきから立ったり座りと何をしている! 他の生徒に迷惑だと思わないのか!?」
お前も同じことしてたじゃねーか! と突っ込みたい気持ちを抑えて、声を上げた三人の内の一人の方を見る。
子供のくせにやけにおっさんくさい顔をしている。
「すまん」
「すまんとは何だ! 貴族の子息として、言葉遣いの勉強もしてこなかったのか?」
貴族? ああ、一応俺は貴族っていうことなのか。
「これは申し訳ない。名前を存じ上げないが、貴殿に対する無礼を詫びる」
綺麗な一礼を付け足しておく。
「む、その礼を受けよう」
少し驚いたような表情を見せながら、小さい声で答えた。
それじゃあもう用はないよな。
バイバーイ!
空になった食器を持って返却する場所に向けて歩き出す。
「待て! 待たんか!」
後ろから慌てたような声が聞こえてくるが、誰が待つかってんだ。
無視して食器を棚に返却して、食堂を後にする。
「待てと言っておるだろ! それ以上無視すれば『魔究会』の議題に貴様を挙げることになるぞ」
『魔究会』って、なんだそれ?
「それって不味いことなんですか?」
「信じられん……二回生の終わりを迎えて未だに魔究会の存在を知らん奴がいるとは」
「この子は噂以上の問題児ですね」
そんなの知るか!
こっちは昨日、目が覚めたところなんだよ!
「魔究会とは魔法院の秩序の維持と、生徒の魔力向上を目的に設立された、魔法院の生徒のみで構成される組織です。その歴史は古く、ルーラン魔法大学第15期生のソフランが『生徒による生徒の為の自治を』という主張から始まり、その二十八年後、ソフランがルーラン魔法大学の学長に就任した際に認められました。その歴史は魔究会という形で今に残っているのです」
この女の子よく喋るな。
この子の説明によると、魔究会=生徒会みたいなものか。
「更に……」
「サラ、もういいぞ」
更に言葉続けようとする女の子を小さいおっさんが制する。
サラと呼ばれた少女は残念そうだ。
三人目の男の子が二人の背後から現れると、俺の前に立った。
爽やかなイケメンっていう感じだ。
「魔究会の議題に上がれば最悪の場合永久追放となり、魔法院を去らなくてはならない。君は今、リネット魔法院の最要注意人物として名前上がっているのだよ。リズベルグ君」
恐らくこの子がリーダー的な存在なのだろう。
「俺って、どういう理由で魔究会に目を付けられているのですか?」
そこが分からないことにはこの問題は解決しなさそうだ。
「君には元従者であるクレア君に対する継続的な暴行、下級生に対する恐喝の容疑。更に無断欠席などの生活態度不良が挙げられる。特に深刻なのがこの学院中に広がり出した、クレア君に対する暴行についての噂だ」
従者っていうことは家来みたいなものだろ?
更に下級生に対する横暴。
どう考えても自分より弱い奴をいたぶる最悪な人間じゃねーか!
前の俺って一体……もしかしてそれが俺の本当の姿なのか?
いや、いや、弱いものをいたぶるのは俺が一番嫌いなことだ。
そんなはずない!
「君の魔法院生活は崖っぷちということを理解しておきたまえ。それでは失礼するよ」
爽やかイケメンはそう言い残すと二人のお供を連れて去っていった。
初めて見た時は子供だと侮っていたところがあるが、今はその後ろ姿に風格すら感じてしまう。
今学校を追い出されるのは得策じゃない。
この世界を知る上で、自分を鍛える上で、これ以上ない環境が揃っているからだ。
クレア……この名前の子は要注意だ。
出来るだけクレアという子とは接触を避けようと心に誓った。