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7話・リネット魔法院

『リネット魔法院第二百五十八回』の入学試験会場内では、二つの大きなどよめきが起こっていた。

 一つは魔法適性を調べる場、もう一つは生徒がアピールをするための面接の場だった。

 魔法適性を調べる場では、その場にいる受験生、リネット魔法院の先生までもが目を見開き一点を見つめている。

 その先には魔法具の水晶が赤と緑が入り混じるように光っていた。


 会場内で彼が一体何者なのかという声が広まっていく。

 それは教師の間でも同様だった。


「彼が一体どこの地域から来ているかご存知ですか? マティウス教育長」

「ええ、知ってますとも。カージス先生も知っているはずですよ?」

「私も知っている……ですか? ………!? まさか、彼が噂のシーメンス辺境伯の三男で、わざわざ入学試験を受けに来る変わりも……いえ、物好きですか?」


 マティウス教育長は、男性を魅了するような小さな笑いをあげながら答える。


「カージス先生、それでは言い直した意味がありませんよ」

「……申し訳ありません」


 カージスは気落ちした感じで声を出した。

 マティウス教育長は先ほどの表情とは打って変わり、神妙な面持ちで話しだす。


「シーメンス辺境伯の狙いは国の監査官が集まるこの日に、大々的に息子の才能を見せること……ということでしょう」

「まさかあの子が目立ちたいからわざわざ入学試験を受けに来た、とか有りませんかね?」

「カージス先生じゃないのですから、そんな馬鹿で幼稚な理由はありえませんよ」

「……申し訳ありません」


 二人の会話が続く中、周囲の視線を一身に集めて男の子が会場から出ていく。

 その表情は逆立った赤い髪のように、立ちはだかる人、壁、全て焼き尽くしてしまいそうなほどの自信に溢れていた。


 もう一方のどよめきが起こった場所の中心では、腰まで伸びた金色の髪を揺らす少女が歩いている。


「今のが私のアピールポイントである、水魔法のウォーターです」


 試験官の一人は驚きを隠せないような表情をして、捻り出すように言葉を出した。


「いっ、一体……いつから魔法を使えるようになったのだ、ね?」

「去年の夏頃です」

「誰かに教わったのか?」


 さらに質問をしたのは興味深そうな顔をしている別の試験官だ。

 ボサボサの黒髪と目の下にくっきりと浮かぶクマが特徴的で、視線の鋭さは蛇を思わせるような人物だ。


「いえ、魔法の本を読んで独自に練習しました」


 興味深そうな顔をしていた試験官は少女の言葉を聞いた時、一瞬だけ眉を動かした。

 この試験官は今年の新入生を受け持つことになっている。

 更に、入試成績上位の者を集めたAクラスを担当することが決まっていた。

 面白い逸材がいないかこの目でみようと、入学試験の試験官を引き受けたのだ。


「君は合格だ、おめでとう」

「……なっ、マスタング教授!! まだ他の受験生の試験最中ですぞ!?」

「心配なさらずに、オスカー先生。この場で彼女を合格にした責任は私が一人でとりますので」


 マスタングはゆったりとした低い声を出しながらオスカーに視線を向ける。


 オスカーは試験の存在意義を失うような発言を聞いて憤慨していた。

 だが、マスタングと目が合った瞬間に肌で感じたのだった。


(このまま反対すれば俺は消されてしまう)


 オスカーは自身の命と試験の存在意義を天秤にかけ、迷うことなく前者をとった。


「……それならば私が口出しすることではありません」

「聞いた通りだ。入学式は五月十日、遅れないようにしたまえ」


 少女は一連の流れを驚きをもって見つめていたが、持ち前のプラス思考でこれで合格するならそれはそれでいいと考えた。


「分かりました。遅れないようにします」


 少女は顔を引き締めて、凛とした表情で深々と腰を曲げる。

 その姿を見て一部の男の子達は生唾を飲んだ。


 その場に居た受験生達の羨望の視線と、一部の男の子の熱い視線を受けながら少女は試験場を後にした。


 この少年と少女は、入学から二年の後期授業が始まる頃には二つ名がつくほどの実力を示した。


 少年の二つ名はその燃えるような髪の色と、火属性を巧みに操ることから『炎帝』と呼ばれる。

 少年は辺境伯の三男としての身分と魔法の才能により、学年のリーダ的存在となっていく。


 少女は普段から社交的で、誰にも分け隔てなく接しているのだが、時折凛とした表情をみせ、他を寄せ付けない時があることから『半月姫』と呼ばれる。

 少女はルーラン魔法大学の受験資格になっている中級魔法を習得するほど、突き抜けた才能を示していた。

 そして多くの男子学生の憧れの的でもあった。


 少年の名前はリシャール、少女の名前はクレア。

 リネット魔法院ではその名を知らないものは居ないほどの存在となっていた。


 二人は入学以来Aクラスで切磋琢磨しあい、お互いを良きライバルとして認識していた。

 いつしかリシャールはクレアに恋心を抱くようになる。

 だが、クレアの隣にはいつも同じ男が居た。

 人形のように綺麗な顔立ちをし、女のように髪を伸ばした男、リズベルグだ。

 リズベルグは顔が良いという理由で多くの女子生徒からの人気を集めていた。


 リシャールにとっては最初から気に食わない存在だったが、クレアに恋心を抱くようになってからは憎悪のような感情が芽生えてくる。

 特にリシャールの気に障ったのが、リズベルグが無能者であったことだ。

 リシャールにとって魔法の才能はこの世の全てであり、絶対的な評価だ。

 それなのに無能者であるはずのリズベルグは、自分が才能で手に入れた評価を顔が良いというだけで手にしている。

 そんな状況は認められるべきものではなく、自らの手で正すべきだと考えるようになる。

 リシャールはあらゆる手を使い、リズベルグの評判を落とすように仕向けていった。


 流れてくる噂は当初、一部の人間以外からは信じられていなかった。

 噂が信じられなかった大きな理由は、クレアがリズベルグを庇っていたからだ。

 リシャールはリズベルグを庇うクレアを見ていると更に憎悪が増していった。

 リシャールは次第に、リズベルグを潰すためにはクレアをどうにかしないと駄目だと考えるようになる。


 リシャールはリズベルグを潰すために次の一手を投じた。

 自分の指示に従う教師を使い、実技の授業中に事故を起こさせる。

 クレアの魔法で誰かが大怪我をするような事故を。


 その目論見は見事に成功する。

 クレアの中級魔法である『水槍』を受けて重体になった子供が出たのだ。


 重体になった子供の名前はランドルといい、リシャールの命令には必ず首を縦に降る男だ。

 ランドルはリシャールの命令に従い、治療費としてクレアに多額のお金を請求した。


 自由にできるお金など殆ど持っていないクレアからすれば、請求された途方もない大金などどうすることも出来ない。

 いっそのこと死のうとまで考えたが、そこにリシャールが現れて囁いた。


「治療費はこの書類にサインしたら立て替えてやる」


 クレアがその書類に目を通した所、そこにはクレアがこれから二年間、リシャールの付き人として働くという契約内容が書かれていた。

 クレアは無言でその書類を受け取ると、一人で思い悩んだ。


 クレアは一連の事件をリズベルグに話そうとはしなかった。

 クレアにとってリズベルグは守るべき存在で、決して自分が守られるような存在であるべきではないし、あってはならない、という考えがあったからだ。

 また、リズベルグや母に絶対に迷惑をかけたくないという思いも強かった。

 その判断が誤りだとは、幼いが故に気付くことはなかった。


 クレアはその二日後、自分の名前を書いた書類を提出した。


 その日からクレアの日常は大きく変わることになる。

 自由な時間がほぼ制限され、常にリシャールの隣に居なくてはならなくなったのだ。

 書類を提出してから一ヶ月の間、リズベルグと会っていない状況が続いた。

 クレアはまさかここまで時間を拘束されるとは思わなかったため、リズベルグには事情を話していないままだった。

 クレアは何とか時間を貰って、リズベルグと話したいと願っていた。


 それは突然クレアが居なくなったリズベルグも同じだった。

 リズベルグにとってこの魔法院で唯一言葉を話せる相手がクレアであり、家族という枠に入る四人目の存在だった。

 そのクレアと一週間も会っていないのだ。


 元々入っている寮も違うし、リズベルグが通うGクラスとクレアの通うAクラスとは校舎も違う。

 職員も含めると三千人近くが生活する巨大な魔法院内では、偶然出会うことは稀なことだ。

 リズベルグはクレアの住む寮や、Aクラスに出向くが、その手前で必ずリシャールの取り巻きに止められてしまう。

 時には暴力を振るわれることもあった。

 それでもリズベルグは毎日のようにクレアの元に足を運んだ。


 リシャールはリズベルグのその行動を嘲笑い、そして利用することにした。


「リズベルグはこれまでの主従関係を盾にしてクレアに無理に言い寄っている」

「リズベルグは主従関係がある間、クレアに虐待をしていた」

「クレアはリズベルグと顔を合わせることすら出来ないほど怯えている」


 など、リズベルグを中傷する噂が流れていく。

 今度の噂は瞬く間に魔法院中に広まっていった。

 何故なら何度もクレアが居る寮や、クラスに足を運ぶリズベルグの姿が目撃されていたからだ。

 前回流れていた噂も相まって、リズベルグは魔法院中から敵意の視線にさらされることになった。


 そしてクレアと最後に会ってから三週間後、リシャールにクレアが会ってくれない理由を突きつけられる。


「クレアが無能者のお前じゃなくて、二属性魔法を使える俺の従者になりたいって相談してきたんだよ。だから俺はクレアを従者にしてあげたわけだ。クレアは無能者のお前とはもう会うのも嫌だっていつも言ってるぜ?」

「…………」


 リズベルグは魔法院に来て直ぐに、鑑定の魔法具で無能力だということが判明していた。

 リネット魔法院に通う人間の中で無能者はたった七人しか居ない。

 リズベルグはまさか自分が無能者だとは思いもしていなかったため、それからしばらくの間失意の毎日を過ごすことになるが、クレアに励まされて魔法以外の力でルーラン魔法大学への道を目指すことになる。


 リズベルグはクレアがそんなことを言ったなどとは信じたくなかった。

 だが、クレアは少なくとも二日に一回は、リズベルグの元に会いに来ていたのだ。

 それが突然無くなった。

 どうしても嫌な方向に考えてしまう。


 それでもその後の一週間、クレアに会うために通い続けた。

 周囲の視線を気にしなくなったリシャールの取り巻きの暴力は苛烈になっていた。

 リシャールはそんなリズベルグに提案をする。


「明日、クレアの本音を聞かせてやるから第三修練場に来い」


 リズベルグは小さく頷くと、明日やっとクレアの顔を見れることを嬉しく思った。


 翌日リズベルグが修練場に行くと、そこにはリシャールが一人で待っていた。


「クレアはやっぱりお前と会いたくないってよ? っていうかお前、クレアに嫌がられてること分かってんのか? マジで気持ち悪いぞ?」

「…………」

「いつもの黙りかよ。まあ、それだけクレアのことが好きだっていうんだったら、もうクレアを自由にしてやれよ。クレアはお前の物じゃないんだからな。もうクレアに近付くな。分かったな?」

「…………一度だけでいい………クレアと……クレアと会いたいんだ」

「チッ、無能でクズの分際でこっちが優しく忠告してやってるのに……ぶっ殺してやる」


 リシャールはリズベルグの顔を力一杯殴りつけると、その後も倒れたリズベルグの体を何度も何度も蹴り上げた。


「 顔が良いだけの無能者が調子にのってんじゃねーよ。もうクレアには近づくなよ!? 次、付きまとってきたらその顔を焼いてやる!!」


 リシャールはそう言い残してその場を去っていった。

 リズベルグは、セシルとファーレルがくれた服をボロボロにしてしまった申し訳なさと、守りきれなかった力の無さを悔しく思いながら衣服を纏っていく。


 服も体もボロボロになった状態のリズベルグに、更に追い討ちをかけるようにリシャールの取り巻きが修練場に入ってきた。


「どこに行こうとしている? 修練はこれからだぞ」


 リズベルグの記憶はその言葉を最後に途絶えてしまう。


 気を失ったリズベルグは、その後も複数の取り巻きから暴行を受けてから寮の自室に運ばれた。

 リズベルグが次に目覚めるまで三日の間を要することになるが、その間リズベルグは無断欠席という扱いがなされ、リズベルグを心配して部屋を訪れる者は一人もいなかった。


 十年という長い時を歩んできたリズベルグという人格は、誰にも知れずに孤独を抱えたまま、一時の間、幕を閉じることになる。

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