5話・光と影
ルーラ王暦843年2月6日
その日、世界の各地で異世界の記憶を持った者達が一斉に生を受けた。
異世界での記憶を残したことによる知識と、『輪廻転生の書』の書き換えを行って手にした能力により、少なからずその影響を周りに及ぼしていった。
ある者は普通の子供が持つ以上の知能を認められ、家族や親戚から多大な愛情と期待をかけられて育つ。
ある者は通常子供には考えれないような言動を気味悪がられ、忌子として隔離された生活を送る。
ある者は手にしたスキルを成長させる為に努力する日々を送り、その努力と力で周囲から神童として持て囃される。
強い力を得るために奴隷として新しい人生を選んだ者もいたが、産まれて程なくして二度目の人生を終わらせた。
そんな中、ユーティリー大陸で最も生活水準が高く、国民の約1/5が魔法適性を持つ大陸最強の国、ルーラン魔法王国でとある双子が産まれた。
双子の名前はリズベルグとラズベルグ。
二人とも天使のような愛らしい赤子であった。
父は若くしてルーラン魔法王国の王として君臨しているオーランド。
母は世界でもその存在が疑問視されていたエルフの始祖とも言える存在、ハイエルフのカナリラだ。
世界でもただ二人しかいない普人族とハイエルフのハーフである。
魔法の才能は基本的に遺伝されるということが、ルーラン魔法王国内では共通認識となっており、四大妖精族は普人族よりも魔法の扱いに長けていて、魔法適性が遺伝する確率が高い。
そして伝説のハイエルフとの子供となればその期待は大きく、ルーラン魔法王国の国民の多くが子供の誕生を心から祝い、国の繁栄を確信したのだった。
小国だったルーラ王国からルーラン魔法王国へと発展継承した際に、魔法の才能は絶対だという価値観が生まれた。
その価値観はルーラン魔法王国の地に大きく根ざし、小さかった若木は大樹のように成長していった。
大樹はやがて大きな果実を宿すことになる。
ルーラン魔法王国の第一王子、ラズベルグは魔法の天才だった。
ほとんどの場合、魔法適性は一つしか持って生まれこない。
ダブルという二つの適性を持つ者が誕生することは稀にあるが、その数は決して多くない。
ラズベルグはルーラン魔法王国史上初の風、水、土という三つの魔法適性を持って生まれてきたのだ。
そのことは生まれて間もない頃に鑑定の魔導具によって調べられ、王国中に知れ渡ることになる。
ラズベルグは両親と教育係のトレシアの期待に応えようと必死に努力をしていく。
その努力は順調に身を結び、10歳を迎える前にはルーラン魔法王国史上最高の天才と称された。
光がある所には必ず闇があるように、ラズベルグという光の影に一人の男の子がいた。
男の子の名はリズベルグ。
生まれる際に取り上げられた順番が先だったということで、第一王子の地位と史上最高の天才の兄となる"はず"だった子供だ。
ラズベルグの兄、リズベルグには魔法適性が何一つ無かったことが、その後の二人の人生を対照的なものとしてしまう。
ルーラン魔法王国では、ルーラ王国建国時からこれまで、王族から無能者(魔法適性を持たない子)が生まれてきたことがなかった。
その歴史はルーラ家がルーラン魔法王国の頂点に君臨し、国民を支配するという正統性を得る点でもっとも重要なことだったのだ。
ルーラ家は魔法に愛された一族であり、魔法は神の加護というこの国の慣習から、神に愛された一族ということをも意味しているのだから。
国民の期待が日に日に高まる中、無能者が生まれたということが公になれば、国を揺るがす事態になるということは、国王のオーランドでなくても理解できることだった。
幸いにも双子の片割れは三属性適性という、ルーラン魔法王国の歴史に残る才能をその身に宿している。
一部の重臣との会議の中でリズベルグの方は殺してしまい、無能者が産まれたという事実はこのまま闇に葬るべき、という意見で全員が一致するのに時間はかからなかった。
リズベルグに下された処分は、表に決して出ないように水面下で行われていく。
ラズベルグが三属性持ちという結果と、リズベルグが無能者だという結果を、目の前で知ることになったカナリラは、この先に起こるであろう二人の愛しい我が子の未来を想像せずにはいられなかった。
明と暗
光と影
生と死
カナリラは宮廷内で独自の情報網を広げ、不穏な動きを調べることにした。
そしてリズベルグを処分するという情報を掴んだのだった。
情報を知ったカナリラは決死の覚悟でオーランドに詰め寄った。
「リズベルグがもし死ねば、ラズベルグを殺して私も死にます」
オーランドはカナリラが嘘を言っていないと判断し、重臣達の反対を押し切ってリズベルグの処分は隔離という条件を付して撤回された。
カナリラが伝説のハイエルフだということもオーランドの判断に影響を与えたということは言うまでもない。
リズベルグの存在はその後も、ルーラン魔法王国に残ったシコリとして後を引くことになる。
リズベルグは、周囲の愛情と期待を一身に受けたラズベルグとは対照的な幼少期を迎えることになる。
リズベルグは宮廷の離れにある楼閣で、無愛想な専任のメイド以外とは誰とも接することもなく、一日の大半を過ごす生活を送る。
リズベルグにとっての唯一の楽しみは、週に一度のカナリラとの面会だ。
カナリラは一週間分の愛情を以ってリズベルグと接し、外の世界のことをできる限り教えた。
無機質な石壁に囲まれた生活を送るリズベルグにとって、カナリラは全てであり、世界そのものだった。
だが、リズベルグが六歳の時にその世界は突然終わりを迎えてしまう。
リズベルグは代々エルフの血筋を引くマルセン家に養子に出されたのだ。
リズベルグにはその理由を知らされていなかったが、カナリラはリズベルグに外の世界に広がる未来を見せるために努力を続けていた。
カナリラ自身、愛する我が子を養子に出すことは心が張り裂けそうなほど辛かった。
そして永遠に会うことができないという条件もまた、死ぬよりも辛い決断だった。
オーランドと一部の重臣はリズベルグを養子に出す際、産まれをエルフ系の重臣であるレストン家ということにした。
これにより事情を知る者以外からすれば、リズベルグは王族とは全くの無関係ということになる。
この決定が下された背景にはカナリラの努力もあったが、双子であるはずの二人の容姿が年を取るごとに似ていかなくなったことも要因の一つだった。
事実を知らないリズベルグは、養子に出されたことをカナリラに捨てられたのだという風に幼いながらに理解した。
リズベルグは心の中に大きな穴を開けたまま、国の外れにあるマルセン家へと旅立っていった。