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18話・出立

 呼び出された学長室前。

 扉に手をかけることさえ戸惑させるほどの怒鳴り声。

 聞こえてくる内容は行方不明になったリシャールについてだ。


「大荒れだな」


 思わず口から声が漏れる。

 そんな場になぜ俺が呼び出されるのか?

 理由が分からん。

 いや、百歩譲って救助要請を断ったのという事実は確かにある。


 だがだ! だが! なぜ俺が行かないといけない?

 おかしいだろ?

 攫われたのはリシャールだぞ?

 聞けば、記憶が蘇る前の俺も散々虐めたそうじゃないか。

 更に取り巻きを使って、俺に散々やりたい放題してくれた野郎だ。

 あいつからは、子供っていう感じがしなかったしな。


 自業自得のざまぁな展開じゃないか。


 それにしてもマティウスは何故、俺が助けに行くと思ったのか……。

 期待を裏切ったような目を向ける、マティウスが思い出される。


 色々と不満はあるが、取り敢えず部屋に入る。

 ドアノブを回し、部屋に入るとそこには二人居る。

 一人はマティウス教育長。

 もう一人は白髪の爺さん。

 この爺さんが学長だろう。


 二人の強烈な視線が俺に突き刺さる。


 そもそもだ。

 俺が行けば助けられたのか?

 そんなこと分からないだろ。

 捜索するために残った教師が見つけてくるかもしれないし。


「で、話はなん……何ですか?」


 更に鋭くなるマティウスの視線に口調を変える。



「リズベルグ……。お前のことは生まれから、育ち、能力、全て調べさてもらっている。まず最初に私は信じていないと前置きしておくが……その上で、お前は無能者のはずだ。だが、マティウス教育長の話では白魔狼の主を殺し、巣を滅ぼしたという報告が上がっているのだ。あの場で何があった? 今は時間がないのだ。隠し事なしに簡潔に述べよ」


 あれ?

 リシャールを助けに行かなかった話じゃないのか。

 マティウスはそのことについて話していないのか?

 そもそも学長の今の口ぶり、俺の力を全く信じていないようだ。


 それもそうか。

 学長は俺が白魔狼の首を持ってきた場に居なかった。

 マティウスはスキルに魔力感知を持っているから、状況を理解するのが早かった。


 魔力偏重の国で無能者が怪物を殺すなんてこと、簡単に信じられないのが普通の反応だろう。

 となると、学長にとっては変わらず俺は無能者の役立たず。

 俺がリシャールの救出をするなんて、話にも上がっていないということか。

 それか、マティウスが俺のために報告してない、ということもあるかもしれないが。


 となると……どう回答すべきか。


 俺が殺したと主張すればリシャールを見捨てた責任をとらされる?


 いや、そうはならないだろう。

 この世界のことはあまり分からないが、辺境伯の息子が学校の行事中に攫われたとなれば、責任は学長、教育長にもいくはずだ。

 処分はかなり重たいものになるだろう。

 となると、リシャールの救助を求めてくる確率が高い。

 これは面倒だし、パスだな。


 俺じゃないと答えればどうなるだろう?

 先生や生徒の中に目撃者は多くいるし、マティウスも信じきっている。

 けど、学長の俺を見る目。

 どう言っても、俺が白魔狼の主を殺したことを信じることはなさそうだ。

 どういう風に話が進むのか未知数だな。

 これも面倒なことになりそうだ。


 少し前のこと。

 クレアとマティウスから話を聞いて、浮かんだきた一つのプランが脳裏をよぎる。


 魔法院を出てリズベルグの家族が暮らす、マルセン領のメリーズ村に帰るというプランが。


 クレアの話では前の俺の大切な人、家族と呼べる存在は、養父であるファーレル、養母であるセシル、クレアの母であるナナリーくらいだとのこと。

 あいつとの約束は必ず守るつもりだ。

 俺があいつとの約束にこだわるのは、罪悪感があるというのは否定できない。


 俺という存在のせいで、全てを奪われた存在。


 他人を踏み台にして、自分がのし上がるってのはクズのやることだ。

 けど、それこそが人間の本質だと俺は前世でも今世でも学んだ。

 それを理解していない人間は常に踏み台となり、搾取される一生を過ごすことになる。

 それがクズと、クズ以外の弱者との差だ。


 俺もそのクズの一人だ。

 あいつを踏み台にして俺はのし上がろうとしているからな。


 俺のワガママで消滅を待つのか、表に出ない日々を永遠と過ごすのか。

 約束を守るのは俺のためというのが一番だが、犠牲となるあいつのために、できる限りのことはしてやろうと思う。


 クズの偽善者か……。


 俺の一番嫌いなタイプだな。



 まあそう考えた時、一番の方法はメリーズ村に戻ることだと自然と浮かんできた。


 魔法院という存在は惜しい。

 特にマスカル城塞都市にあるグリズリ迷宮は、レベルアップを目指すには最高の場所だ。

 ただ、聞けば俺の置かれた状態は四面楚歌。

 それはリシャールが居なくなっても変わらないだろう。

 しかも動乱を予感させる情勢だ。

 何が起こってもおかしくはない。

 メリーズ村にも飛び火するかもしれない。


 よし決めた!


 ある程度情勢が落ち着くまでメリーズ村で過ごそう。

 レベルアップが出来なくてもやるべきことはある。

 特に今回必要だと感じたのは、魔法詠唱の短縮。

 もっと欲を言えば無詠唱のスキル。

 単独で戦う俺にとっては必ず必要になるスキルだ。

 敵は詠唱が終わるまで待ってはくれないからな。


 焦る必要はない。

 レベルアップのシステムは鑑定のレベルが上がったことで、ある推測することができた。

 俺の推測が正しければ、経験値は自分よりレベルの高い生物を殺さなければ得られない。

 ここで重要なのは強さの上下ではなく、レベルの上下だということ。

 このシステムは圧倒的に俺に有利できている。

 普通の人間は上位レベルを相手にすれば大抵の場合、生死をかけた戦いになるだろう。


 だが俺には馬鹿高い資質がある。

 上位レベルが相手でもほとんどは俺より弱い。

 というか、俺より高い資質のモンスターや人間が存在するのか?

 想像できないというか、そんな存在がいたらこの世界はとっくにそいつの者になってるだろ。


 とにかくレベルアップをやりたい放題というわけだ。

 上位レベル者が存在し続ける限り。


 今の俺のレベルは16。

 まだまだ上を目指せる。

 13歳までに迷宮に潜るつもりだ。

 けどそれは今じゃない。


 考えがまとまったところで声を出す。


「私が知りうる事情を正直に、全てお話します」


 学長に眉間に寄ったシワが少し緩む。


「続けたまえ」

「僕が白魔狼の巣に着いた時、白魔狼は何者かの武装集団に襲われていました」

「なっ!」


 口を挟もうとするマティウスを手で制する学長。


「その集団は見たこともないほどの手練れたちで、私は木影に身を潜め、ことの成り行きを見守ることしか出来ませんでした。その集団が去った後、私は切り落とされた魔狼の首を持って帰ったのです」

「それで自分の手柄にしようと思ったわけか……小賢しいガキだ」


 この偏見に凝り固まった爺さんには、やっぱり何を言っても無駄だろう。

 答えはすでに決まっていたという感じだ。


「それで、お前はその集団を何だと思う?」

「私には見当もつきません」

「話は単純、子供がついた大嘘だったわけだ。全く、これだから無能者のガキは嫌いなのだ。さっさと出て行け! 今は時間がないと言っただろ!」


 うおっ、かなり切れてるな。

 俺としてもこんな場所に長居するつもりはない。


「失礼します」


 去り際に見えるマティウスの顔。

 明らかに困惑している感じだ。

 マティウスは今回、俺の協力を要請するつもりでこの場に呼んだのだろう。

 それが石頭の学長のせいで終わってしまった。

 まあ、どんな願いをされても行くつもりは微塵もなかったが。

 当てが外れたという感じだろう。


 学長室を出ると、寮に向かうために長い廊下を歩いていく。

 さて、嘘はいつまでもつだろうな。

 俺はマティウスと数人の教師以外の人物に、白魔狼の主を倒したとは言っていない。

 多くの生徒が、白魔狼の頭を持ってきたのは見ていたが。

 あの学長の感じだ。

 もしかしたら俺が嘘をついたということで落ち着くかもな。

 うーん、それ以上の混乱が学院に待っているから、あやふやなまま終わる可能性もあるか。


 マティウス教育長はこれからどうなるのか……。

 いい未来が待っていないのは確かだろう。

 って、俺が心配することでもないか。

 良いおっぱいだったのは事実だし、夢にまで見たエルフというのは希望を与えてくれた。

 ただ、それ以上のことはない。




 長い廊下の先に、俺の部屋の前でクレアが待っているのが見える。

 扉に背中を預けて、切ない顔で遠くを見つめる姿は、行く当てのない野良の子猫を思い出させる。

 本当に『にゃー』といえばクレアに対する評価は大きく上がるんだが。


 既にクレアには、俺という存在が前とは違う人格だと伝えてある。

 クレアは本当にそのことを理解しているのか分からないが、付いてくる気持ちに変わりはないようだ。

 俺に向けられる笑顔や信用は前の俺に向けたものだ。

 それも俺が奪い取ったもの。


 多少の罪悪感はあるが、どうにもならないことを深く考えてもしょうがない。

 クレアはまだ10歳の子供。

 これから成長して経験を積めば、違った道を見つけるかもしれない。

 その道筋を見つける手助けはしたいと思っている。

 子供に甘いのはどうにも直らないな。


「クレア、話がある。部屋で話そう」


 クレアは少し不安そうな顔を浮かべるが、すぐに笑顔に変わる。


「うん」


 部屋に入ってお互いに向かい合い、これからの行動、俺の考えについて話した。

 クレアは俺の話を聞くと、嬉しそうに笑った。

 母親と会えるのが嬉しいのか、学院を出ていくのが嬉しいのかは分からないが。


 帰ってきたのも束の間、早速準備に取り掛かろうとする。

 そこで、クレアは思い出したように俺の顔を見ると口を開く。


「私の借金はどうなるんだろう? このまま学院を出て行ったら、リズやセシルさんに迷惑をかけることになると思う」

「ん? リシャールが居なくなったんだから、もういいだろ。向こうの契約不履行が原因だからな。金ならどうとでも出来るだろうし、心配しなくてよし!」

「そ、そうなのかな……」

「そんなことより、一応休学願いを書いておけよ。受理されるかは知らんけど」


 俺も一応、休学願いを書いて机の上に置いておく。

 金はモンスターを狩って売ればなんとかなる。

 竜を殺して売れば、クレアの借金なんか返しても余りあるほどの大金が手に入るらしいしな。

 白魔狼の主の素材だけでもお釣りがくるんじゃないのか?

 でも、あれはもう俺のものじゃなくなってるだろう。

 ちくしょう、あの牙は武器にできると思ってわざわざ持って帰ってきたんだけどな。

 変わりを探すか。


「これでよしっ! リズ、書けたよ?」

「自分の部屋に何か持っていきたい物は置いてるのか?」


 首を傾げて少し悩むクレア。


「何も残してないよ。必要な物は全部ここにあるから」

「そっか。必要になれば道中で手に入れればいいしな。日が出る前にさっさと行こう」

「うん!」


 俺も持っていくのはショートソードくらいしかない。

 お互い手ぶらという訳だ。

 クレアをお姫様抱っこすると、窓から飛び降りる。

 面倒だからこのままクレアを抱いたまま走っていくつもりだ。


 今の俺の脚力だと、本気を出せば二日もあれば着くだろう。

 道に迷わなければだが……。

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