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17話・それぞれの思惑2

 ールーラン魔法王国、王宮内ー


 二人の男が盤上の駒を交互に進めていく。


「ことは思った以上に上手く運んでいるようだな。兄上」

「ああ、オーランド。ササリナは見事に与えられた餌に踊らされているようだ」


 オーランド=ルーラ。

 ルーラン魔法王国の王にして、ユーティリー大陸最高の権力者である。

 短く切りそろえられた銀色の髪は、王家の血を色濃く受け継いだ証明。

 普人族として年相応の苦労を重ねた顔つきは、王としては些か若すぎる印象を与える。


「餌とは、兄上は口が悪い。戸籍上、兄上の子供という関係のはず。……形勢は兄上にありか」


 向かい合うは、オルグ=レストン。

 ルーラン魔法王国の三代公爵家の一つで、緑魔道家の総本山とも言える存在。

 その現当主であり、オーランドが王になって以来、丞相を務めている。


「ふっ、餌とは魔法教育省の長官のことだ。それに、お前の血を引いているということの方が重要ではないのか? この場合。奴隷は頂いておくぞ」


 お互いが勝負を急かす様に手の動きが早まり、駒の動きが複雑になっていく。


「才のない者に王家の血が混じっているなどあってはならないこと。手にした駒が使い物にならないのであれば、この様に、使える様にすれば良い」


 この二人の血の繋がりは、遠い過去を遡らなければ辿り着けないほど希薄である。

 それでもお互いを兄と弟と呼び合い、身分の差はあれど昔と変わらず盤上のゲームを楽しむ。

 それは二人がルーラン魔法大学に在学していた時から変わらない。


「奴隷は罠……その先に見据えるは赤魔道家という訳か。お前のやることはいつも情が通っていないな」

「さて、どうだか? 兄上こそ自ら罠に踏み込み、赤魔道家を生贄に捧げて何を企んでいる?」


 オーランドの顔に浮かぶのは人をからかい、反応を期待する表情。

 オルグは駒を持った手を空中で手を止めると、オーランドに視線を向ける。


「ふんっ、馬鹿馬鹿しい。お前なら言わずとも分かっているだろう?」

「それもそうだ。似た者同士、やることも同じなら考えることも同じということだな」




 盤上に残った二つの駒。




「18手先で私の勝ちの様だ。兄上」

「うむぅ……。敗因はやはりあの奴隷か?」

「勝負の分かれ目はその一手ではなく、王を大切にしすぎたことじゃないのか?」

「それをお前に言われたくないぞ」

「私はいざとなったら王であろうとも生贄に捧げるさ。そこが兄上との唯一の違いだな」


 勝負を終えた余韻が残る部屋。

 和やかな空気が少し変わった。


「王がいなくなった盤の上に何が残る? 白魔道家か? 黒魔道家か? 」

「力不足だな。だが………それは盤上の話。王が消えても次なる王が君臨する」

「ラズベルグか……」

「あいつは本物の天才だ。必ずこのユーティリー大陸に覇を唱え、アルカン大陸、そしてローシナ大陸……ルーラン魔法王国はさらなる高みを目指せる。俺はあいつの為に障害物をどかし、道を作っていくだけだ」

「それが権力の一元化。貴族制度の解体という訳か」

「ササリナ=メルデスを筆頭に、ゾッド=シーメンス、リチャード=アルトリア、挙げればきりが無いほど無能が上に居座っている。この国の膿は私の代で出し切ってやるさ」

「俺はこの先どうなろうが、お前を支え続けるだけだ」


 突如二人に吹き付ける緩やかな風。


「兄上、報告が来たようだ」


 二人の視線の先にはうごめく闇。

 全身を黒い衣装でまとい、表情は分からない。

 黒い衣装から唯一垣間見える、ギョロリと動く眼球。

 人か魔物かさえ区別がつかない。

 何かを机の上に置くと、足音一つ、物音一つ立てずに部屋を後にした。


 オルグは机に置かれた紙の束を手に取ると、一つ一つ文字を見落とさないように目を通していく。

 とある文になるとオルグの目が止まり、驚きの表情を顔に浮かべた。

 その様子を見つめるオーランド。


「駒が役割を果たした……という訳ではなさそうだな」


 オルグは答えは自分の目で確かめろ、と言わんばかりに無言で紙の束を手渡した。

 オーランドは紙の束をパラパラとめくっていくと、オルグが見つめていた一枚の紙で手が止まる。

 事実を確かめるように何度も何度も視線を左右に動かす。


「兄上、これが事実だと思うか?」

「俺には分からん。……が、もしそうだとすれば、俺たちは駒の価値を見誤ったのかもしれん」


 オーランドは考え込むように眉間を指先で摘み目を閉じた。

 口を開くオルグ。


「手は打つか?」

「当然だ」


 間髪を入れずに帰ってくる答え。

 オルグの頭を巡る様々なシナリオ。


「シーメンス家は予定通り、削っていく。この状況ならばボンクラの長兄も重い腰を上げるだろう。その流れでリネット学院は王家直属とし、管理は丞相である俺が直接行う」

「監視に誰を送るつもりだ?」

「同い年の娘を使う」

「性格を除けば適任だろうが、駒としては不確定要素が大き過ぎないか?」

「複雑な任務はこなせないだろうが、簡単な任務にすれば駒としては十分に働く。シャルにすれば同い年の男を落とすなど造作もないことだろう。惚れさせれば後でどうとでも動かせられる」

「最善手とはいえないが、転ぶシナリオ次第で次の一手を打ちやすくるような安全手という訳か」


 オーランドが見据えるシナリオ。

 そのシナリオを根底から覆すほどの存在が誕生したことを彼らはまだ知らない。

 すでに駒は盤上を飛び出し、自らの意思で道を切り開いている。






 ーバズの森ー



 飛び交う罵声と悲鳴。

 多くの生徒たちには何が起こっているのか、何が起ころうとしているのか、検討もついてなかった。

 戦闘が起こっているのは分かる。

 相手が魔物なら自分たちも参戦すればいい。

 だが、今戦っているのは魔法院の教師と生徒同士だ。


 この状況を正確に把握しているのはごく僅かの存在。

 マスタングは狙いを定めていたブツを回収すると、引き上げの合図を出した。

 この惨状を引き起こしたマスタングでさえ、この状況は想定外だった。

 当初の予定では、リシャールは既にこの世にいないはずだったのだ。


 予定では本国の指令通り、リシャールを亡き者にすること。

 シーメンス辺境伯家の弱体化と教師、生徒の勧誘と洗脳の継続だった。

 ルーラン魔法王国を内側から腐らす毒となるため、マスタングは約十年もの間リネット魔法院を中心に活動していた。

 細く長く、決して目立たぬように。


 当初は天才と謳われるクレアも洗脳の対象だった。

 だが、リシャールの興味がクレアに移るとともに標的は変わっていった。


 リシャールを暗殺するという役目は、幾度の命令を遂行してきたマスタングでも簡単なものではなかった。

 多くの監視の目がある学院内、特にリシャールは多くの保護を受けている。

 その中での遂行は、確実にことを進めるには難しい。

 そこで監視が手薄になる今回の課外活動に狙いを定めていた。


 マスタングはリシャールの才能は高く買っていたが、傲慢で無鉄砲な性格は致命的な欠点だという評価を下していた。

 今回はその欠点を利用することにした。

 課外活動で煽てて踊らせ、白魔狼の巣へ誘うことに簡単に成功した。

 当初考えていたものより、拍子抜けするほど簡単だった。

 後は責任を負ってもらう人間を、洗脳した教師の中から選べばよかった。


 その後、ことの次第がどう転ぶのか。

 自身に被害が及ぶ瀬戸際まで状況を見守り、最悪の場合は国へ帰還する予定だった。


「白魔狼の主を殺す人間が存在するなど……考えられん。どんな種が隠されているのか? 答えを知らずに魔法院を離れるのは心残りではある……が、それもまた定め」

「うごぅうううぅ」


 口に布を押し込まれ、更にその上から紐を何重にも結ばれた子供。


「魔法の弱点である、詠唱行為に対する妨害。何度も説いて教えたはずだぞ、リシャール。君の未来は暗く淀んでいるが、幸運にも私の元に返ってこれたなら……今度は間違いのないよう、徹底的に自我がなくなるまで刷り込んであげようではないか」

「うごぅごぅう」


 リシャールの股から滴り落ちる液体。

 着替えたばかりのズボンにまた染みが広がっていった。



 リシャールの目から溢れる涙。


 こんなはずではなかった。

 これから辺境伯の父であるゾッドに、自分が受けた仕打ちを少し話を盛って伝えるはずだった。

 己を溺愛する父のことだ。

 必ずあの二人に報いを受けさせてくれるはずだ。

 またいつもの世界が帰ってくるはずだった。


 リシャールにとってこの世界はイージーモード。

 生まれてきた時から、世界は己を中心に回ってきた。

 父であるゾッドは己の才能に惚れ込み、望めば欲しいものは全て与えてくれた。

 辺境伯という地位でさえ、二人の兄を差し置いて約束されたものだった。


 前世では満たされなかった独占欲。

 己こそが一番という自信。

 当初、小さかった欲望の種は成長と共に肥大化していった。


 欲望に身を任せ、集め続けた女のコレクションは数え切れない。

 そのコレクションの中でもクレアだけは特別だ。

 他の女と違い、権力に靡かず、才能に惹かれない。

 唯一、己の隣に立つことを許した異性。

 ただ物理的に手にするだけでは欲望は満たされない。

 心まで手に入れる。

 そうやって一つ一つ積み上げてきた。

 だが、リズベルグという存在はリシャールの想定を超えるほどクレアの心の掴んでいた。

 それでもいつか己の手に落ちるという自信に疑いはなかった。



 涙を流し後悔する片隅で、どこか自分だけは特別だ。

 これはちょっとしたイベントで、誰かが助けに来てくれる。

 きっと明日にはいつもの通り、世界の中心に立っているはずだと感じている。

 どこからともなく湧いてくる自信は、いつか見た物語の主人公と同一視しているのだろう。


 数時間もの間、肩の上で揺られながらその時が来ることを待っていた。

 物語は道半ば。

 己の欲を満たす存在がすぐ側に居る。


 突然揺れが止まったと思えば、始まるマスタングの魔法詠唱。




 ーーきた。



 リシャールはようやく来たであろう助けに心躍らせる。

 が、直ぐに自分を不安にさせた救助の遅さに対して不満を抱くようになる。


 マスタングの魔法は空に向けて放たれ、遥か上空で黒い玉が四散する。

 夕日に染まった赤い空に舞う黒い花火のような物体。

 流れる静寂の時間。




 突如、上空から聞こえてくる唸り声。

 人が出す声とはまた違う。



 マスタングの目に映るのは十匹の飛竜。

 数はなんとか足りているだろう。

 空飛ぶ集団はアストロ帝国から派遣された飛竜部隊。

 飛竜といっても竜の亜種であるワイバーンだが、その力は普人族の力を遥かに超える。


 マスタングはリシャール暗殺の日取りを事前にアストロ帝国に報告をしていた。

 失敗時の対応も一応決まっており、それが飛竜部隊による撤退だ。


 リシャールにも聞こえるワイバーンたちの鳴き声。

 舞い降りたワイバーンの風で尖った髪が揺れる動く。



 騒めく心。



 萎んでいく自信。



「マスタング様、お迎えに上がりました。今回は残念でしたが、御身の無事が一番でございます」


 この時初めてリシャールは気が付いた。

 来たのは己の味方ではなくーーーー敵。

 世界の中心から連れ去る死神だと。


「うごっ、うごっ」


 体を必死にくねり、この場から逃げ出そうとするリシャール。

 この時になってようやく、己が生死の境を彷徨っていることを真剣に自覚した。

 それを見つめるワイバーンに乗っていた大男。


「生きがいいですね? わざわざ連れて行くということは……マスタング様のお眼鏡にかなったということですか? 羨ましいですね」

「これは、今回の標的である辺境伯の息子である」

「なんと! しかしそれでは……失礼ですが……国の命令に逆らうことになるのではないでしょうか?」

「当初はその予定だったが事情が変わった。これは才能に溢れていて、いい人形になるだろう。それも、ラッセウ様次第だが」

「マスタング様がそう仰るなら何も言いません。ただ……人形になさる前に私に一度、味見をさせて頂けないでしょうか?」

「ふっ、私にはその趣味が一向に分からんが……心が壊れれば操りやすくなるだろう」

「!? ありがとうございます! マスタング様。……お言葉ですが、果実は熟れる前が一番で美しく、味があると私は思っているのですが……」

「その話はもういい」


 大男の言葉を遮るように口を開いたマスタング。

 その顔には嫌悪感が滲み出ていた。


「これは、申し訳ありません。準備も整ったみたいですし行きましょう。あ、この子は空中で暴れられると面倒なので眠ってもらいます」


 リシャールの首筋に手刀が入る。

 瞬間、リシャールの意識は深い闇の底に落ちていった。



 空に舞う10体の飛竜たち。

 遥か先を目指して飛んでゆく。



 リシャールに待ち受ける暗黒の世界。

 欲望を満たすことに執着していた男が欲望の対象となる。

 それは光に照らされた道を歩み続けたリシャールにとって、死という選択肢ですら生温い世界に身を委ねることを意味した。

次話は明後日になりそうです。

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