表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/18

14話・怪物の誕生

 何かが上から落ちて来る。

 巨大な何かだ。

 上を見上げる余裕はない。

 巨大な影が呆然と頭上を見上げるクレアを覆い尽くしているのだ。


 走るしかない。

 間に合わせるしかない。

 何故必死に走っているのかという疑問は無かった。

 ただ必死だった。





 ドッッーーンッッ!!



 死を予感させるような爆音。

 土煙が舞い、地面が揺れる。

 土煙の隙間から徐々に露わになる何か。



 デカイ!

 それ以外の言葉が見つからない。

 体高3〜4メートル、体長10メートル近い白い塊が、真っ直ぐ俺を見つめている。

 憎しみを宿したように赤く光る瞳。

 象さえ一撃で咬み殺せるだろう巨大な牙。

 一蹴りで岩山を軽々登れそうな洗練された4本足。


 魔狼たちの親分が登場って訳か。

 あの馬鹿! とんでもないのを引っ張り出しやがった。

 今も必死に逃げているだろうが、この巨狼が本気になればどれだけ距離があっても追い付かれるだろう。

 俺が逃げる為のいい餌となるはず……だが残念なことにこの巨狼、俺以外に興味がないのか、俺から視線を逸らそうとしない。

 戦闘は避けられないか。



 鑑定。


 名前白魔狼の主

 年齢143

 性別オス

 種族白魔狼


 能力値

 HP216/220

 MP28/28

 SP317/320

 筋力47

 知力9

 器用5

 敏捷71


 スキル

 威圧 レベル五

 遠吠え レベル八

 飛脚 レベル四

 狼牙 レベル七

 狼爪 レベル六

 超回復 レベル一

 SP回復速度上昇 レベル三

 強酸胃 レベル七

 統率 レベル五

 野生の勘 レベル五



 これは不味いな……。

 ステータスの総合力では俺が勝っているけど、スキルのレベルは圧倒的に負けている。

 MPも使い物にならない可能性が高い。

 魔法を使うのには時間が必要だが、敏捷値に30近い差がある。

 使う暇は与えてくれないだろう。

 逃げるのももちろん厳しい。

 更に腕に抱えたお荷物が居るとなると……絶望的だな。


 巨狼は俺を見据えたまま動こうとしない。

 更に視線の奥ではリシャールの取り巻きが全力で逃げ出している。

 チッ、俺だけ貧乏くじを引かされた格好かよ。

 それもこれも全部こいつのせいじゃねーか!


「おい! この馬鹿女! 一人で立って、ここから逃げろ! 腰、抜かしたとか言うなよ!?」

「……」


 返事がない。

 それどころか強い力で俺を抱きしめてくる。

 どういう状況か分かってんのか?

 睨んでやりたいが、巨狼から目を反らすわけにはいかない。


「自分で立たないなら放り投げるぞ?」

「リズ、私は……」


 何とか絞り出したようなクレアの声。

 言葉の途中に声を被せる。


「何か言いたいことがあるなら後にしろ! 後、 時間切れだ!」

「イタッ……」


 抱きつくクレアを無理やり引き剥がすとそのまま床に落とした。


「今は生き延びることだけを考えてろ!」


 早く行け!

 俺の為にな。


「でもリズが……」

「なんとかするさ」


 一人ならやれないことはない。

 俺の最大の武器は成長すること。

 こいつがヤル気なら俺もこいつを糧にしてやる。


「でも!!」

「俺がなんとかすると言ったらするんだよ!! お前は俺の言葉を信用をしないのか? お前にとってのリズベルグは背中も任せられない程度の男なのか?」


 黙り込むクレア。

 心配する気持ちは分かないでもないが、今はとにかく邪魔なだけだ。


「リズ……分からない……どうすれば良いのか……何が正解なのか分からないよ……」


 今にも消えてしまいそうなか細い声。

 その声は微かに震えていた。


 いきなり俺を信用しろと言っても無理な話か。

 俺にとっての正解があるように、クレアにとっての正解が別にあるのかもしれない。

 本人に逃げる気がないならしょうがない。

 これ以上クレアを詰めれば心が壊れてしまいそうだ。


 巨狼から視線は外さず、ユックリとクレアを抱き起こす。

 視界の端にクレアの顔が映る。


「正解は今見つけなくていい。ゆっくり見つけたらいいさ」


 クレアの首筋に手刀を当てると、俺を強く抱きしめていた腕の力が急速に失った。

 俺らしくもないが、あんな顔で泣かれるとな……。

 目が覚めた時、前の俺についてどう説明すればいいのか。

 考えただけでも面倒だ。


「おい! お前、もう歩けるだろ? クレアを一緒に連れって行ってくれ」


 一人、腰を抜かして身動きが取れなかった男。

 プジャ。


「俺、死ぬの、怖い。だから、一人で、逃げる」


 後ずさる足音が後ろから聞こえてくる。


「ほう……。お前……今死ぬか?」


 スキルを持ってるわけじゃないが、最大限の殺気を込める。

 止まる足音。


「俺、体は、丈夫。二人、変わらない」

「ありがとうな、プジャ。この恩は必ず返す。あ、クレアをそこら辺に捨てたら唯じゃ殺さないからな」


 気絶したクレアをプジャに渡す。


「俺、お前、尊敬する。俺が、恩、返す」


 プジャは持っていたショートソードを俺に渡してきた。


「お、これは助かる」

「でも、今、怖い。俺、行く」


 走り出すプジャの足音を聞きながら、やっと戦う準備ができたことにホッとする。

 プジャって男は喋りが苦手みたいだが、思ったことをそのまま言う裏表のない奴だな。

 って、そのことはもう終わりだ。


 集中!

 集中!


 この巨狼も巨狼だよな。

 俺がお前らの巣を焼いた訳じゃないのに、なぜか俺を親の仇みたいに睨みやがって。


「ガルゥゥゥウウウウ」


 この場を、一対一という場を待っていたかのように唸りだす巨狼。

 もう少し待っててくれないかな。

 後三十分くらい。


「お前、喋れるのか?」

「ガルゥゥゥウウウウ」


 やっぱり、時間稼ぎは出来ないよな。

 無詠唱スキルがあればなんとかなるんだけど、弱音は言ってられない。


 初めて自分の命をかける戦闘。

 思ったほど緊張感はない。

 寧ろ心地良さすら感じられる。

 死を前にしてより強く感じる生きているという感触が。

 神経をより研ぎ澄ましていく。



 来る!



 赤い瞳が一瞬ブレる。

 次の瞬間、飛んでくる白い壁。

 溜め込んだ力、全てを注ぎんだような跳躍だ。

 白い壁が裂け、そこから赤黒いうねりが顔をのぞかせる。



 ガチンッッッ!!



 火花が飛び散りそうなほどの噛み付き。

 これでもかと言わんばかりに何度も何度も食らいついくる。

 耳障りな音が止むことはない。


 右、右、左、下。


 攻撃が来る方向を先読みして動き出す。

 圧倒的な敏捷の差は反応速度の差で埋めるしかない。

 反応速度に関しては恐らく、知力がもっとも関係しているだろう。

 それでも全てを完璧に躱せる訳じゃない。

 掠る程度でも体から出血する。

 今HPを見れば結構減っているだろう。


 だが俺もやられっぱなしじゃない。

 攻撃を躱しながら、少しづつだが場所を移動している。

 岩壁を背に向けるようにして。

 壁を背にするのは俺にも大きなリスクはあるが、このまま嬲り殺されるつもりはない!




 ガッッキッッッッッッッッッッィィィン!!



 火花が散るようなではなく、いま正に火花が飛び散った。

 思ったよりも硬い物質なのかもしれない。

 岩が少し欠けただけだ。

 怯む巨狼を尻目に岩山を一気に駆け上がる。


 今しかない、殺る!


 殺る!


 殺せ!!



 巨大な岩穴に一気に飛び込むと、体長二〜三メートルほどの白い狼が三匹立っている。

 鑑定する余裕はない。

 驚きの表情を浮かべる中狼の下腹に滑り込むと、ショートソードを腹に突き刺しそのまま引き裂いていく。


「ガウアアアゥアアアァァ」


 大量に飛び出す内臓と汚物。

 まずは一匹。

 次だ。


 二匹目を見ると明らかに怯えているが、関係ない。

 背を向け逃げ出そうとする中狼目掛けて短刀をブン投げる。

 脇腹に命中して少しよろめく。


 一匹目を引き裂いた勢いそのままに、三匹目に近付くとショートソードを叩きつける。

 離れ離れになる、胴体と頭。

 紫色の血飛沫が舞う。

 血飛沫を浴びた二匹目は死を覚悟したのか、こちらを見つめたまま動かない。

 その瞳にはさっきまで浮かべていた恐怖という文字はなかった。



 ー斬ー



 更に血飛沫が舞った。



「ウ………ウォォオオオオオオオオンンン!!」


 鼓膜が破れそうな遠吠え。

 更に音が反響して平衡感覚がおかしくなりそうだ。

 振り返れば、こちらを憎々しげに見つめる巨狼が立っている。

 あの中狼が最後に見ていたのは俺ではなく、この巨狼だったのかもしれない。


 唸り声をあげて飛びかかる巨狼。


「あぁ……お前はもう俺より下だ」


 さっきまでの一歩間違えれば即、死、という全身を焦がすような感触がない。

 遅い。

 緩い。


「お前の敗因が何か分かるか?」

「ガルウゥウウ」


 さっきまでの俺の動きとの違いに戸惑いを隠せない巨狼。

 何度噛み付いても、引っ掻いても、当たる気配がないのだから当然だろう。

 右前足、左前足、順に筋を切っていく。

 崩れる巨体。


「さっさと俺を攻撃しなかったこと、後ろに岩があるのに突っ込んできたこと、色々有るが……」


 巨狼の背に乗ると首筋目掛けてショートソードを振り上げる。


「答えは簡単。俺に喧嘩を売ったことだ!!」


 岩穴に轟く断末魔の声。

 この森に住む全ての生物が怯える程の叫び声。

 何度も、何度も響いていく。


「流石に一撃で殺すにはショートソードでは厳しいものがあるな」


 体に流れ込む新たな力の感触を感じつつ、さらなる獲物を探し出す。

 殺戮の宴はまだ始まったばかりだ。


 全てを俺という存在の糧にーー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ