1話・前世
「この人生は糞だ」
それが最近の口癖だ。
年はまだ十七だっていうのに夢も希望もない高校生活を送っている。
今の言い方だと高校生活までは糞じゃなかった、ていう風に聞こえるがそうじゃない。
俺の人生は生まれてこの方、下降直線を順調に描いている。
まず初めに俺には両親がいない。
どこかで俺を産んだ女は生きているかもしれないが、そんなことを知る術もないし、今更興味もない。
一言で言えば俺は産まれてすぐに捨てられたってわけだ。
更に捨てられた場所が最悪だった。
そこは建前上、身寄りのない子供達を育てる養育施設だったが、内情は違っていた。
俺が育った施設には何故か大会社の社長、テレビで見かけたことのある政治家など、金や権力を持っている人間が頻繁に出入りしていた。
変態趣味っていうのは実際に多くいて、子供でないと興奮しない奴が子供相手に自分の欲望をぶちまけていくのだ。
基本的に女の子が変態の相手に選ばれていたが、稀に男の方が良いという変態もいた。
俺も時にはそういう変態の相手をさせられていたが、子供ながらに嫌だったというのを今でも薄っすらと覚えている。
その養育施設での生活も8歳の時に終わりを迎えた。
養護施設の実態が明るみに出たことで、俺たちは自由を手にれることが出来たのだった。
当時の俺は養護施設の中でしか生活したことがなかったことで、外の世界に馴染むことができなかった。
養護施設では勉強をした経験がなく、 文字を読む練習から始めないといけなかった。
今考えればまだ年の幼い俺でもこれだけ苦労したのだから、他のみんなはもっと苦労しただろう。
誰がどこでどんな生活を送っているのかは、この事件の後に成立した子供の性被害における何ちゃら法っていう法律の存在があるため、誰であっても教えてもらえないし、逆に俺が噂の施設育ちだということを知っている者は一部の国の人間を除いて存在しない。
どう考えてもここがどん底じゃないのか? 後は上がっていくだけだろ? 新しい人生が待ってるじゃないか! と思うだろうが、そうじゃない。
俺にとって外の世界というのは希望ももちろん与えてくれたが、それ以上に絶望を突き付けた。
施設の中で育った俺には考えること、特に自分という存在について考えることがなかった。
幼かったということもあるが、あの狭い世界が俺にとって当たり前で、施設長、施設員の奴隷という確かな存在価値があった。
今考えると馬鹿な話だけどな。
施設を出てからの俺は、この世界のことを知れば知るほど何の為に産まれてきたのか、何の為に生きているのかが分からなくなると同時に、怖いくらいの虚無感に襲われていた。
世界が広がれば広がるほどむしろ孤独は増していった。
高校に入学してからもそんな虚無感は続いていて、人と接するということを極端に避けた。
小学校、中学校に通っている時から一人も友達という存在が居なかった。
高校に入ってからもそれは当たり前のように続いたが、苦だと思ったことはなかった。
そんな俺でもクラスメイトの人間関係についてはなんとなく分かっている。
自分でも意外だが、人という物を観察するのが好きなのかもしれない。
クラスの中心でイケメンと言われる新堂。
こいつは普段誰にでも優しく接しており、顔の良さも相まって女子からの人気は凄まじいが、その優しさは明らかに計算された物だ。
気に食わない奴には、バレないよう巧妙にいじめを行っている。
新堂の親友である安藤もそのいじめに加担している男だ。
こいつはお笑いに精通していてることもあって、流行りのギャグを真似てクラスの笑いを頻繁に誘っている人気者だ。
男子のほとんどがこの二人のグループに入っている。
人気者グループに入っていないのは不良を気取っている、佐々木、江口、神崎の三人と、その陰湿な虐めを受けている藤本と、誰とも喋らない俺だけだ。
藤本は高校に入学当初、一人関西からやってきた生徒ということで、喋り方が面白い! ツッコミが鋭い! とかでクラスの中心にいるような男だった。
ただ普通の高校生と違う面もあり、良く言えば自分を持っていて個性がある。
悪く言えば変わり者っていう感じだ。
藤本は自分の将来の夢を巡って親と大ゲンカをした末、家を飛び出して祖母の家から学校に通っている。
その将来の夢というのが小説家になることらしいが、そのことが原因で新堂と一悶着があって、いつの間にかクラスメイト全員から無視される存在になってしまった。
俺からしたらそんな下らないことは中学校の時にもあったし、関係のないことだったはずだったのに……あいつはどうにも変わっている。
元々よく喋る方だったが、喋る相手が居なくなったせいなのか、俺の席の前だからなのか、返事をしなくてもよく喋りかけてきた。
最初は面倒くさかった。
日が経つにつれて鬱陶しくなってきた。
月をまたぐ頃には何故か興味が出てきた。
俺が観察してきた人の中で見たことのないタイプの人間だったからだろう。
「君、いっつも何にも興味ないって顔してるけど、本当はちゃうやろ? いっつも誰が何してるか観察してるの分かってるで?」
学校の屋上で藤本に突然そう言われた時には少し驚いた。
藤本は俺の沈黙を意に介さずに言葉を続けた。
「なんで分かるかって? 僕も人間観察はよくするからな。あ、でも趣味ってわけちゃうで! 小説の為や。人を知らんと良い小説は書かれへんからな。これは僕の持論なんや! てっ、ちゃうちゃう、それが言いたかったんちゃうねん。君の人間観察やけど、自然とやってることが多いやろ?」
藤本の言う通り、確かに人の動きとかは自然と見ていることが多かった。
思えば何時から人間観察を始めたのか記憶にない。
自然と始まった習慣なのだろうか?
「どうして?」
「おっ! 君の声、初めて聞いたわ! って、今はどうでもええか。前置きするけどこれは僕の推測で個人的な意見やで」
「分かってる」
「おっ! 二声目ゲット! あかんあかん心の声、だだ漏れやわ。えーゴホンッ、多分な君、人のことを人として見てないねん」
「?」
「いやごめん、ちょっと言い方間違ったわ。君自身が自分のことを人間やと思ってないと思うねん。君がクラスメイトを見る目は、自分と違う括りのものを見ている時の目やわ。人が犬を見たり、象さんを見たりとかな」
「……そうなのか?」
「いやいや、個人的な意見言うたやん。簡単に信じたらあかん! 君、意外と詐欺にひっかかりやすいんちゃうか。……で、なんで自然と見ているかというと、君は人の行動を見ることで自分という存在を確かめたいとか、違いを確認したいとかそんな欲求みたいなんがあるんとちゃうかな? って思うんやけどどうやろ?」
藤本との出会いというか、初めての会話がこんな感じだった。
藤本の言うことが当たっているかどうかは分からないけど、それから藤本とはよく話すようになった。
藤本と話すことで暗闇の中を小さな粒子となって漂う俺という存在が、少しづつ形を成していくように感じて居心地が良かったからだ。
二年に上がる頃には、書いている小説を俺に見せて批評を頼んでくるようになった。
面倒だから読みたくないと俺が言うと藤本は「君の人間離れした観察力を僕は今必要としてるねん。頼むわ友達やろ?」とせがんでくるので渋々小説を読んでみたけど、正直下らなかった。
批評を頼むということで思ったままを口にした。
「異世界ってまずどんなところだよ? 違う世界のことを題材にするなら一から十までちゃんと説明しないと分からないだろ? ということでまず説明不足。次に登場人物が女の子ばっかりでバランスが悪いし、主人公が不自然にモテ過ぎて気持ち悪い」
藤本は頬を引きつらせながらも笑顔を見せるという離れ業を行いつつ口を開いた。
「さすが僕が見込んだ男や! こういうズバッと胸をえぐる……抉り取るような批評を待ってたんや……。で、良かった点は?」
「あ、最後に一つ。奴隷を出すところが糞すぎる。良かったところなし。以上」
「ど、奴隷のない小説なんかタコ抜きのタコ焼きくらい味気ないやんけ。き、君はもっと小説読まなあかん。肝心な所が分かってない! 批評はそれからや」
「知るか馬鹿!」
「馬鹿はあかん! 阿呆にしとかんと関西人は傷付くで」
「知るか阿呆!」
「よっしゃ! 良い返事や! 明日から、累計ランキングからの一位から読んでいってもらうで! ノルマは一日五十万字や、優秀な君やったらいける!」
修学旅行までの一年近くを、ネット小説という深い闇の中を彷徨うことになるとは当時の俺には想像すらできていなかった。
俺の人生は急降下中である。