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始まりの人間は三人だった

作者: 麦畑あきつ


はたして失楽園の真実とは・・・



 始まりの人間はアダムとイブとサタンだった。エデンの園で三人は木の実を取って暮らしていた。


 ある時いつものように気ままに木の実を求めて歩き回っていた三人は、如何にも旨そうな赤い実がたくさんなった木を見つけた。だがその木は今まで見たことのあるどの木よりも幹が太く、みなで手を広げても半分も抱えられないほどで、しかも実のなった枝の位置が見上げるほど高かった。そこでとんだりはねたりあれこれ試みた三人だったがどうしてもその実を手に入れることは叶わなかった。


「この木の実は取ってはいけないに違いない」


するとそう言い出したのはイブだった。


「きっと恐ろしい毒があるか、さもなければ神の他は口にしてはならない何かそういう実なんだ」


「そうかなあ」


半信半疑な様子のアダムに向かって、「絶対そうだ」とイブが怖い顔で応じたので、アダムは慌てて幾度も頷いた。


 だがサタンはそんな二人には同調しなかった。


「そんなことはないと思うけど」


「とにかく見るからに不味そうな、あんな実を取ろうとするのは時間の無駄」と、そんなこともわからないほどバカなのかと言いたげな様子でイブはサタンにそう言った。


「そうだ。お腹が空いて倒れそうだ」


いつもイブの言いなりなアダムがそういってまたイブに賛同した。


「わかった。よそへ行こう」


いつになく不機嫌で苛立つ二人に渋々サタンはそう答えた。そして三人はその場を去った。


 するとそれからちょくちょくサタンは行方をくらますようになった。手足に擦り傷を沢山こしらえて戻ってくるので、アダムとイブには察しが着いたが二人ともそれを特に咎めることはしなかった。労せずしてあの実が手に入るのならそれに越したことはない。ところがいつまでたってもサタンはあの実を持ち帰らなかった。そこで二人に疑心が生じた。もしや隠れて一人で味わっているのじゃなかろうか。サタンがまたいなくなろうすると二人はそっと跡をつけた。


 サタンは例の木のもとに辿り着くと早速よじ登り始めた。樹皮の僅かな凹凸をとらえて手足の指を駆使してトカゲのように這い登っていくのだ。三度途中から落ちたところでサタンは大の字に寝転がって暫く休んでいたが、今度は今までとは反対側へ取り付いた。すると幹の周りをぐるりと巡るようにして、とうとう実のなる枝に取り付きよじ登ることが叶った。サタンは一人歓声を上げた。


そこでアダムが思わず駆け寄って健闘を称えようとすると、その腕をイブが取って引き止めた。


「私たちに持って帰ろうとするか確かめよう」


 努力の甲斐あってか、もぎたてのその実の旨いことといったらなかった。サタンは手近な実を五つぺろりと平らげるとまだ飽き足らぬと枝の先の実を取ろうとして不覚にも足を滑らせて下に落ちた。


「痛たた」苦笑いしてサタンが立ち上がると待ち構えていたかのようにイブが繁みから飛び出してきてその勢いのままサタンに殴りかかった。サタンはかろうじて身をかわすと一体何事かとイブに尋ねた。


「とぼけるな。見ていたぞ。禁断の実を口にするのをな」


「待ってくれ。禁断だなんて、そんな馬鹿なことはない。一体誰がそう決めたんだ」


「何でも分かち合ってきた私たちなのに、独り占めしようだなんて、そんな真似をするのが何よりの証拠だ」


「違うそれは誤解だ。持って帰ろうとしていたんだ。ただ過って足を滑らせただけだ。もうこつはつかんだから、今またよじ登って実を山ほど下に投げるから見ていてくれ」


 そこへのそのそアダムが繁みから姿を現して、怒り心頭な様子のイブに遠慮がちに「旨かったのか?」とサタンに尋ねた。


「ああ。旨かった。この上ない旨さだった」


 それを聞いてアダムはその実を見上げてごくりと唾を飲み込んだ。するとイブがいきなり金切り声を上げた。サタンとアダムは呆気にとられた。


「呪われる。天罰が下る。神の怒りに触れて。私たちは皆殺しだ」


イブがサタンに掴みかかるとアダムも我を忘れて加勢した。


 二人は先ずサタンの手足をもぎ取った。それから次に首を引っこ抜こうとしたその時だった。天より神の声が二人に臨んだのだ。


「一体何事か?なぜ私のサタンを虐げるのか?」


「あなたが食べてはならないと禁じた実をサタンは口にしたからです」とイブがこれに応じた。


「私はそんなことを禁じた覚えはない」


「では今から禁じてください」


「馬鹿げてる。私は何も禁じたりはしない」


「何も禁じないのであれば、私たちはどうやって己の正しさを証せばいいのですか」


「何の為にそうする必要があるというのだ」


「正しくなければ生きている意味がありません」


「すべてを与えられてなお不足なのか」


「正義の他は何もいりません」


そう言ってイブは爛々と目を輝かせ始めた。


「私たちは今善悪を知りました。何かを禁じるのが善でそれを犯すのが悪です」


「何かって何をだ」


「何でもいいんです。とにかく罰を与えるほどの快楽はこの世にないと今知ったところです。これからどしどし禁じて、どしどし罰していきます」


「とても付き合いきれない。もう顔も見たくない」


「ほら、あなただって同じだ。私たちを罰して気持ちよくなりたいんだ」


「好きにしたらいい。もう関わりたくない」


「ええ。そうします。私たちはここを出て行って二度と戻りません。それがあなたへの罰です。ああ。気持ちいい」


 かくしてアダムとイブはエデンの園を東へ去った。


残されたサタンは地を這うものとして、今も楽園に暮らしている。


 アダムとイブの子孫たちが、いつか禁じるのにも罰するのにも飽きて、ここへ戻って来てくれはしないかとほんの少し期待しながら・・・














二十二ぐらいから書いては投げして未完だった短編です。五十を過ぎてようやく脳の配線がつながるようになった気がして、十数年ぶりに書いてみたら書けたので投稿しました。ボカロpとしてニコ動にオリジナル曲をうpしたりしてます。よろしかったらそちらもどうぞ。



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