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半島の入口にて



 ベーモス半島の横断はその実現の困難さとは違い、行程は単純明快であった。ただひたすら西から東へと歩く。

 峡谷の谷間を歩くために海から吹く向かい風は、目を開けていられる程、足を踏み出せぬ程強く、旅の者の体力を奪っていく。

 記録に残っている限りこの地方には大昔より川はなく、僅かばかりの飲み水は恵みの雨に頼り、人々は地下水の望める海沿いに暮らしていた。

 半島入口の峡谷、それを抜けた丘陵地帯、街道沿いの途中で水の補給は期待出来ない。しかも乾燥し温暖な気候が発汗を促し、気づけば水が足らなくなる。

 十分な水、腐敗しない食料、半島の横断は荷物の多い、旅人、商人にとっては歩きでは実りの少ない旅であるが故に街道を行き来する人も少なかった。


 唯一の港町であり、ベーモス半島及び多数の島村を統治するティティリアへと向かうネロも水が足らなくなった一人ではあったが・・・・・・


「どうしたんだ、しっかりしろ!」


 誰ともすれ違わぬまま峡谷を抜け丘陵地帯沿いを歩いていると、ネロは道すがら倒れていた子供を発見した。

 ここいらの野盗だとしてもこんな場所で罠をはる意味はないと判断し、子供に駆け寄り声をかける。生きている。辺りを見回すが子供の連れらしき人影も姿も気配も足跡ない。子供の荷物すら無かった。

 風が砂を運び足跡も消えていることから子供は暫く放置されていたか、どうやってか一人でここまでやってきたかのどちらかだろう。

 子供、齢は10から12位とネロは外見から予測した。

 性別は恐らくは女だろう、生気こそ無いが目深に被ったターバンのように被った布の下から覗く顔立ちは整っており、睫が長く、手はまだ子供ではあったがこの年頃の男の子に良く見られる傷らしきものはなかった。

 子供は息が乱れていた、弱弱しくはぁ、はぁと時折こくりこくりと喉を鳴らす。体を抱え起こしても手などは力なく垂れ下がっており、何より声をかけても目が半眼から見開くことはない。

 少女は口唇が乾燥しており色も変色していた。発熱、おそらくは頭痛もするのだろう、脱水症状をおこし意識を失いかけているようだった。


「水だ!飲めるか?」


 子供は息をはぁ、はぁと肩で息をするのも辛そうだ。閉じかけの目蓋をそっと開けてみても、目は虚ろで焦点が合っていない。


 ぺちぺちと手で触れる程度に頬を叩いてみるが反応がない。

 これならどうだと目の前にネロが出した水袋にもまったく反応を示さない。

 仕方なく水袋を口にあてがって水を飲まそうとするのだが、貴重な水がすぐに口横からこぼれてしまった。

 恐らくは望んでやまなかった水さえも認識出来ないのだ。


「仕方ない・・・・・・」


 ネロは倒れている少女を両腕を使い引き上げ、驚くほどの軽さだと思ったが、その体を肩に担ぎ岩陰へと運んだ。

 脱水症状には点滴が良いのは知識として知ってはいたが、この街道のずっと先にある港町ティティリアの医療院へと運ぶのにはまだ2日、彼女を運んで歩けば3日かかる。魔術を使い急げば何とかなるだろうが今度は少女の負担的に無理だろう。

 年端もいかぬ少女にするのは気が引けるな。と思いつつネロは水を口に含み、岩陰にもたれかけさせた少女の頭を右腕で支えた。

 ネロは少女の頭を傾け、彼女の乾いた唇に己の唇をそっと重ね、ゆっくりとゆっくりと水を流し込む。

 先程のように零れ落ちないように彼女の口をしっかりと己の口で塞ぎ、少女の閉じた唇に己の舌をストローのように丸め入れこじ明け、ゆっくりと彼女の中へと生命の水を流し込んでいく。


 水を吐かせる事がないように少しづつ何度も何度も彼女の中へ、水羊の水袋の中にある水を移していく。

 ネロは唇を離すその度に少女の様子を見るが、使いかけの水羊の水袋が空になってもまだ少女の意識が戻る事はなさそうであった。


 これはどうしたものか、少女を動かす事自体にリスクがある。少女の今の状態ではここから2日程先のティティリアまでは持つまい。

 かといってこの場から動かさないと水が足りない。少ない。魔術で補充するにも、元となる水の精霊や大気中の水の元を集めるのにも時間がかかる。

 見捨てても良いが、そうであれば最初から助けなければよかったのだ。助けると決めた以上彼女に意識を取り戻して貰わねば、ネロ自身が動けない。少女が目覚めるために何か足りない物があるのだろうか?

 そう思いを巡らすと、塩か!と汗によって失われた少女に水の吸収を促すための必要な要素をネロは思いついた。


 手持ちの塩と水を口に含む。暫くすると口の中で塩が溶けるのがわかる。少しばかりしょっぱいが多分これ位で良いだろうと勝手に予測する。

 ネロは専門家ではないのだから仕方が無いと、もう一度少女の唇に水を含んだ唇を重ねるのであった。




 ベーモス半島の夜は寒い。東からの海風が心地よい季節ではないし、昼との寒暖差は激しくマントを羽織っていても焚き火かテントが無ければ野宿等できないのだ。尤も昼に休み、夜活動する、野盗や獣人、船旅を選ばずあえて陸路を選んだ 奇特な冒険者 を狙う手合いは多いのだが。

 あれから、数時間が経った。何度も口移しで少女に塩水と砂糖水を飲ませると少女の顔色は時間と回数と共に良くなってきていた。

 ネロはこの日の移動を諦めた。水は無い。水は無いが恐らくは心配をする必要はなくなる。そう少女を見ながら思った。 

 明かりが見えぬよう、四方と天井を岩に囲まれた場所で火を焚き、煙の出ぬ薪をくべ、暖をとる。

 パチパチという音と岩間を縫う風の音に少女の寝息はかき消されていた。

 風もあり、砂漠地帯程ではないないものの、峡谷地帯の地肌は昼間の太陽の熱を全て放出してしまい底冷えする。が、ネロは一人旅故にテントを持って居なかった。

 少女を抱き寄せる。ネロの体熱と焚き火の熱でこの冷たい風、冷気を避けられればよい。

 少女を後ろから支えるように抱き、己と少女にマントを重ね、焚き火に薪をくべる。

 ネロが感じる少女の身体はとても細く、まだ成熟した女と呼べるような身体ではないがそれなりに柔らかく、己にあった過去のぬくもりを思い出させるには十分であったがそれが反対にネロの眠気を妨げる事になった。

 過去のぬくもりが狂おしい程に憎い。

 身を焦がす闇の炎で腕の中で眠る少女を起こさぬよう、ネロはただ闇の中瞳を閉じた。


 


 ―来たか



 風の音に混じり砂と金属が擦れる音が聞こえる。

 本来であれば蹄の音は聞こえぬ距離であったが、地面を揺らす振動と露骨な探知魔術の波動で気づいた。

 ネロは瞼を開く。瞳を閉じてからおそらく2、3時間。焚き火が消えかかっていた。


 1、2,3、4、5


 騎兵が5。正確には先行の馬が2、それに呼応した3が駆けてきている。

 ベーモス半島で馬車も使わず走る状況は、移動に速さが必要である以外に考えにくい。早馬で良いのなら魔術の方が早い。

 恐らくは誰か……この場合、十中八九この少女であろう。を追いかけて斥候を出している状況だとネロは考えた。

 焚き火の煙で気づかれたとも思えぬからこの場所を正確に探知は出来ていないと判断した。

 少女を体から離す。少女をマントで包む。

 ネロが身に着けていたマントは魔力での探知、ただ近くに何かがいるという魔術だが、それから見つかりにくくする事が出来る。

 騎兵たちはこの少女を追いかけて来た者の可能性がある。そして少女を魔術感知出来ない以上はネロに寄って来るだろう。


 そう考えネロは少女が倒れていた街道まで一人移動する。


 さて。

 

 ネロは右足のかかとを軸に片足でつま先をタンタンタンと三方向に砂の上に叩きつける。すると3つの魔方陣が展開される。

 魔方陣はネロの足元で広がるとそれぞれ上昇しネロの姿を幻術で変えてゆく。魔族が人を誑かす時によく使う姿似の魔術であった。

 元々ネロは魔族と判別しにくい顔立ちをしている。また魔族になる前の種族的な要因により背も大の男程高くはない、その腕、その髪そして肌の色さえ白ければ、少女と言われてもおかしくはない。

 あからさまな違和感を感じさせなければ見破りにくいのも幻術の特徴である。

 

 自身の姿をネロは確認する。華奢な体躯、髪を隠すために巻きつけたターバン。夜目には先程の少女と区別がつかないだろうと考えた。

 魔術の発動を終え街道に座り込むネロ、疲弊しきったように、近くの岩に体を預ける。


 そこに騎兵が2、すぐに3が現れ、馬から降りネロを取り囲んだ。

 いずれも装備が整っており、盗賊や街のゴロツキのようには見えない。


「ふう、探したぜ……よくもまぁここまで逃げられたものだな」


「精霊を使うと聞いているからな、気をつけろ」


 騎兵の長らしき人物が慎重に捕えるように指示する。


「意識があるようだ、魔術を使わせるなよ」


 目の前の少女が動かない事を確認しながら、詠唱を行わない事を確認しながら兵士達、はゆっくりと近づく。

 傭兵隊200人を動員した捜索部隊。傷を絶対に付けるな。絶対に見つけ出せと命令されていた。これで、一人頭金貨4枚手に入れられる。安い奴隷だって買えてしまう価値がこの少女にはあるのだ。

 兵士長の男が少女に触れようとした瞬間、少女が笑みを、邪悪な笑みを口元に浮かべ口を開いた。 


 「ありがとう。馬も水も手に入った」


 兵士達は少女から殺気を感じサッっと後ずさると各々が短剣を引き抜く。 

 その時、兵士達の前の少女は動いていなかった。いなかったが、魔術は発動した。

 少女に化けたネロ自身をエサに釣られ、兵士達はネロがあらかじめ配置していた魔方陣に踏み込んでしまっていた。


 ズブズブ……と発動した魔術により兵士達の足元の大地が柔らかくなってゆく。

 気が付けば砂に足を奪われ、皆、膝まで砂に埋まっている。

 ネロとて膝まで砂に埋まっていたが、腕を振り黒銀の鎖を近くの岩へと伸ばす。

 鎖は岩に巻きつき、ネロは鎖を引き跳躍し一気に魔方陣の外へと退避する。


「くそっ、でれねぇ!誰か手を貸してくれ!」


「ダメだ!こっちも動けない!」


「解呪しろ!解呪!解呪だぁ!」


 兵士達は砂地獄の罠となった魔方陣から抜け出そうともがいたが、ネロのようにロープや鎖を準備していた訳ではなかった。

 足を踏み出せば支えになった足に体重がかかり余計に体が沈んでしまう。手で体を支えようとすれば腕が砂に取られ沈んでゆく。

 その間も兵士達はもがき、脱出しようと叫んでいたが無駄であった。

 

「戦闘の痕跡を残す訳にはいかない」


 ネロは黒銀の鎖で出来た腕を天へと掲げ、振り下ろす。

 5人の身体はずぶずぶと砂地に沈み、消えていった。 


 兵士達の絶叫は岩場を駆ける風の音で眠っている少女には届かなかった。



やっと主人公の会話を増やせそうです。

でも戦闘をもっと上手に書けるようになりたい……

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