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港町ティティリア

「キレイ」



 もう何日経過したのか判らなくなってしまった船上での獄中生活を終え、リーリエが久々の大地に降り立ち初めに口にしたのは、本来ならば悲観すべき言葉であっただろう。

 しかし、暗く湿った船倉から出てきた少女達にとってはあまりにも眩い光景であった。

 

 恐らくここが終着の奴隷市場がある場所なのであろうが、本当にそうであったとしても暗部がある街とは思えぬ、似つかわしくない風景がリーリエの眼前に広がっていた。

 陽光を受けキラキラと眩く輝く碧の宝石を散りばめた水面に、青く、高く、曇りの無い空。

 船倉では味わう事の無かった爽やかで生物の始原を思い出させるような、心を落ち着かせる海の香り。

 白い石で造られた岸壁に打ち寄せる波の音、波で船のきしむ音、それらを運んでいる肌に優しいさらりとした風。


 森の亜人種、エルフであるリーリエがまともに初めて見る海、思い描いていた海よりもずっと、ずっと美しい。乗せられている時は暗く闇に呑まれる様だったのに、今は吸い込まれるような青空と境界の無い地平線。

 穏やかな海風、風に乗って陸に戻る海鳥たち。

 エルハの森では当然の事、エールバーン王国でも感じた事の無い、燦燦と照付ける陽射しの心地よさ。

 リーリエはここが何処かは全く解らないが、恐らくは名の有る港なのだろうと感じていた。


 まず、私達は商品として高額になる。隣の少女と自分には高い価値があると船長たちが言っていた。

 つまりここにある奴隷市場はそういった高い商品でも買い手が付く、それだけお金を持っている人々がいる場所である。


 この港町は表の面は恐らく貴族や大商人達の避寒地であり、裏では奴隷市場があるような場所なのだとリーリエは考えた。

 自分達エルフの暮らしは自然と共生している、それに誇りや喜びを感じているが、世間的には自分は田舎者であると認識しているリーリエは、ここは都会ではないが洗練されているという印象を持った。

 実際に、植樹された木々や石畳、風光明媚な景色、港から見ることの出来る海以外の風景はどこを見ても様になっており、自然の手の入り方や人工物に金銭的な余裕があると感じた。

 暫く見渡して自分達は奴隷船に乗せられ、運ばれて来た事を忘れさせてしまうようなこの光景にふと違和感を感じる。


「見張りの人、少ないですね」


 隣にいた少女がリーリエに耳打ちする。

 それを聞いていた他の少女が気づかれないように周りを見回していた。

 ここは奴隷市場専用の港なのだろう、他に停泊している船は無いし、釣り人や港で働く人の姿もない。

 明らかに人が少なかった。見張りだけではなく、作業をしている人もおらず、何かに人員を割いている様な人の少なさであった。

 

「確かに少ないです」


 少女達を引率する男も一人だけ。

 船に連れ込まれるときは十人以上いたし、船員もそれ位はいた。

 そして、見張りもかなり遠巻きで要所を張っているだけで、現に少女達が少しの空間を自由に歩くことが可能であった。

 しかもその見張りも船内にいたような怖い、怖そうな男たちではなく、はじめからこの港にいた男たちばかりである。


「逃げ……られるよね」


 誰ともなく、希望を口にする。

 実際は要所要所を張っている上に逃げた所で、この港を抜けた先が奴隷市場である以上逃げ場など無いのだが少女達にはわからない。


「逃げよう?今しかないよ、みんなで一斉に逃げれば……」


 と言いながらリーリエともう一人の少女を見て、こそこそと他の人に耳打ちをし、相談を始める少女達もいる。

 リーリエには解る。自分ともう一人が囮になれば価値のある方から捕えるであろう事から彼女達が逃げられる可能性も高いのだと。

 リーリエには精霊達の力がある。

 捕えられる時には恐怖のあまり借りることさえ出来なかった精霊達の力。今ならば精霊達はリーリエに力を貸してくれるはずである。


「私が囮になりますから、皆さんはあの前方に見える、見張りが一人だけの場所から逃げて下さい」


 リーリエが話す前に隣の少女は皆に話しかける。


「エルフさん、貴女もよ」


 優しく微笑みながら隣の少女はリーリエに囁いた。


「貴女はいいの?ええと……」


 そういえば自己紹介もしあっていない。隣の少女とは助けあった仲だというのに。


「私はエルーシャと申します」


「私はリーリエだよ、ありがとう、一緒に逃げよ?」


「そうね、でも私はあまり走った事もないの」


 そう言うとエルーシャはかわいらしい苦笑いをして見せた。

 もう一人の「価値のある」少女エルーシャの事を、リーリエは育ちの良いお嬢様だと思っていた。

 リーリエもエルーシャも手足だけでなく、腰も細く折れそうな程で、エルフという種族的に細見のリーリエと比べてもほとんど差異はなかった。

 少女から女性へと体つきが変化してゆく際のふっくらと女性的な丸みを帯び始めた部分もあるのだろうが、そのような主張のない二人は儚げで美しい人形のようだった。

 肌も白く、淡雪を思わせる、まるで冬妖精のような儚さを持つリーリエはもちろん、やわらかい赤みの入ったような小麦色の肌を持つエルーシャも触れてしまえばそこから消えてしまいそうな雰囲気があったのだ。

 だが、その儚げな少女であるエルーシャは芯のある強い女性だとリーリエはこの船での輸送の最中、常に感じていた。

 船の中でも毅然とした態度を示していた。周りの少女達が慰み者になるのを良しとせず男達に交渉すらしていた。

 それが他の少女達にとっては安全な所からの同情にしか見えなかったとしても、男達にとっては大切な商品で受け入れる事の出来ない事であったとしても、エルーシャは船倉において唯一その状況を変えようとはしていたのだ。


「よく見て、見張りが少ない理由、きっとアレだよ」


 少女の一人が顎で指し示した先に船長や男たちがいた。男達の手により何かとても大きな大きな木箱がゆっくり、ゆっくりと運ばれていた。

 外見は粗雑に形の揃わぬ木で組まれた木箱である。ただ固定できれば、中の何かさえ運搬さえ出来れば良いという感じではあったが、それを持ち上げたりせず、慎重に慎重に男達の手と台車で船倉から運び出そうとしていた。

 船長も船員も木箱に集中している、高額商品の筈の二人も放置され、丁重な扱いをされる積荷こそがこの港に帰港した目的であるかのように。


「今なら逃げられる?」


「逃げよう?」


 少女達がざわつく、すると案内役の男が睨みを効かせる。

「お前らおとなしくしろ!」


 そう言った瞬間、男はよろめいた。

 不意にエルーシャが男の胸に飛び込んだためであった。


「逃げて!みんな逃げて!!」


 見張りが一人しかいない場所に少女達は走りだす。

 案内の男はエルーシャから手を放すわけにはいかない。

 見張りの男は逃げ出した中で一人目と二人目を逃してしまう。三人目の少女を上手く捕えるが、捕まえた隙に他の少女達が次々と見張りをかわし路地を抜け港の外に出ようとする。

 船の中で悪態をエルーシャとリーリエについた少女も、恨みがめしい憎しみの視線をエルーシャとリーリエに浴びせていた少女も駆けだす。


「おい!!商品が逃げたぞ!!街に出すな!取り押さえろ!!」


 見張りは抵抗の無いエルーシャを捕えて、叫ぶだけで少女達は港の外へと駆け出してゆく。

 船長達も気付いたようだがどうする事も出来ず、遠くから叫んでいるだけであった。


「エルーシャ!エルーシャは!?」


「私は無理なの、リーリエありがとう!貴女は逃げて」


 男に捕えられながらエルーシャはリーリエを諭すが


「無理じゃない!!」

 

 と、リーリエに一喝される。

 リーリエは風の精霊達にお願いする。エルーシャを守って。エルーシャをあなたたちの風で守って。と。

 エルーシャを風の精霊が包む。急にエルーシャを中心に旋風が沸き起こり、その回転を抑える事が出来なくなった案内の男ははじけ飛んだ。


「エルーシャ!こっちに来て!」


 何が起こったかわからないが、自由の身になったエルーシャは小走り程度の足取りでリーリエに付いていく。

 見張りの男に捕えられていた少女も同じ要領で救い出し、リーリエはエルーシャに合わせ細い路地へと向かう。

 街へ出るための細く路地裏を二人は走る。

 エルーシャの足取りは遅々として進まない。体が弱いのだろうか、それとも走る事事態が苦手なのだろうか。

 リーリエはエルーシャの手を取り、彼女に合わせて出口を目指した。 

 エルーシャもリーリエも他の少女達に比べかなり遅くはなったが、少女達に続いて街へ逃れるために走る。

 港の出口へ、街の方へ。


 路地裏を抜けたその時二人はその光景に愕然とした。

 

 足元の石畳から無数の石の手が伸びていた。魔導ハンド、ゴーレムの手だけを部分的に召喚する魔術により捕えられている少女達。

 石の魔術で少女達の大半は足をからめ捕られていた。


 リーリエは石の精霊を説得した。

 石の精霊達はエルフのリーリエのいう事をよく聞いてくれ、少女達を解放してくれたが

 今捕えられている少女達は起き上がる頃には追いかけてきた見張りに捕えられてしまう事だろう。


「動かないでください。貴女達は大切な商品なのですから」


 リーリエの右の方から声がする。

 リーリエとエルーシャは同時に右側に振り向き


 リーリエはその人物の魔力に驚愕し

 エルーシャはその人物が知り合いである事、そしてその人物がこの街の暗部に関わっている事に驚愕した。


「私は貴女方に手は出しませんよ、大人しく私の屋敷への招待、受けて頂けませんでしょうか」


「嫌よ」


「折角の御高名なギリアム様のお誘いですが、お断り致します」


 現れたのは大地の精霊使いであり、勇者のパーティの一員であった男。商人ギリアム。ネゴシエーター・ギリアム。

 彼は魔族と、バナソニル中央大陸三国間交渉において魔族に要求を通し、魔族、魔王側との和平交渉を成功させた世界一の外交官とも言われていた。


「いえいえ、それは困ります。貴女達はとても大切な交渉の為のカードなのです。もちろん、貴女達ともお話をさせて頂ければと考えております。貴女達がより大切に扱われるために」


 ギリアムの目は前の私たちを人としては見ていない。そうエルーシャは判断した。


「ギリアム様って……お姉さまのパーティの!?」


ギリアムは優しい表情、笑顔を浮かべ警戒心を抱かせぬよう、とは言ってもリーリエにとっては無理な話だが話しかけた。


「そうだよ、リーリエさん、私はイーリスにエルハの森に入らせて貰った事はないから初めましてですね。貴女は素晴らしい才能をお持ちだ。私の精霊達へのお願いに干渉するだけの力、流石はイーリスの妹さんといった所ですね」 


 実際は干渉し解呪<<ディスペル>>したのではない、少女達を握りつぶさないように手加減を加えている石の精霊達にリーリエはもっと優しくしてほしいと石の精霊が望む声のまま、肯定をしただけであった。


「はじめまして、ギリアム様、お姉さまを知っておられるのなら、お姉さまはこのような事を望まない事も知っておられる筈です、どうか考え直しては頂けませんか」


「私も塾考した末の行動なのです。貴女方は交渉の末、交渉のため……魔族共との戦争での心残りを解決させるためにやっと手に入れた唯一の手がかりだったのです」


 戦争の心残りを解決するための手段と言われても、実際に戦争に参加したわけでもない二人には自分たちが手がかりだと言われても心当たりすらない。

 しかし、魔族との戦争、人身売買と聞いて恐れるのは魔族との取引に利用されるという懸念であり、特にリーリエにはオークの襲来と合わせ己のこれからが悪い方向に想像出来てしまった。

 交渉の材料になる訳にはいかない。覚悟を決めるしかない。

 エルーシャに風の精霊の力を借りギリアムに聞こえぬよう囁く。 


「エルーシャ聞いて」


 出来る限り、視線を変えず、会話の素振りを見せずにエルーシャは小声で返事をする。

「はい、なんでしょう」


「私、貴女に風の精霊を纏わせるわ、風の精霊の力で空を飛ぶように走る事も、壁を駆ける事も出来る。せーの!で、逃げよう?」


「わかりました」


 リーリエは目の前の魔術士が追いつけない程、鳥のようにこの街から逃げ出したい、駆け抜けたいと風の精霊にお願いした。

 風の精霊はリーリエに、エルーシャに誰も追いつけない風の靴を用意した。

 タイミングを見計らう。


「せーのっ……」そういうと目でリーリエはエルーシャに合図をする。


 3、2、1 はいっ!


 リーリエは壁に向かって駆け出した。

 リーリエの足が壁に掛るとそのまま足は大地をつかむように密着し、リーリエは垂直の壁をかけ登った。


「ごめんね、ありがとう」


 そう言うとエルーシャはギリアムに向かって駆け出した。

 先ほどのゆっくりとした走りからは想像も出来ぬ程のスピードでギリアムに向かっていく。


「えっ?えっ?えっ!」


 リーリエから見えたのはギリアムの胸に飛び込むエルーシャの姿だった。

 ギリアムはまさか自分の所に飛び込んでくるとは思っておらず、風の精霊を纏ったエルーシャの飛び込みにより、突風の直撃を受けバランスを崩し転倒していた。

 リーリエは壁を越えて鳥のように空を舞って、赤い屋根の上に着地していた。


 どうして。壁の上からエルーシャを見やる。

 行ってください。エルーシャはリーリエを見つめ返し首を振る。

 リーリエは走れない。足手まといになってしまう。


 呆然としている暇はない。エルーシャが作ってくれたチャンスなのだ。

 リーリエは走った。

 自分だけ、自分だけ逃げている。

 ごめんなさい。

 自分だけが成功した。

 ごめんなさい。


 そんな事を考えながら。

 罪悪感に苛まれながらリーリエは走った。

 魔力を脚に込めて跳躍しながら走った。


 風の精霊がくれた靴は彼女を赤い屋根から青い屋根へ

 太陽が沈む方向へ、街の出口へとリーリエを送り届ける。


 もはや奴隷市場は視界に無い。彼女の眼前にあるのはティティリアの街並みとその向こうに見える丘陵地のみ。

 誰も追いつけなかった。

 馬も、鳥も。

 彼女は風の精霊と共に疾走った。


 走って走って、海が見えなくなるまで走って。

 ひたすら日が落ちる方向へ、きっとあの丘を越えれば森が見えてくると信じて。

 何度も何度も丘を越えてその度に木々が迎えてくれると信じて。

 走っても走っても、川も、街も、森も、木も無い、人もいない場所をひたすら走って。

 がむしゃらに走って、歩いて、喉が渇いて



 風の精霊の声も聞こえなくなり倒れた。



 奴隷市場、ティティリアの街を知る者であれば

 徒歩で逃げだそうとする者などいない。


 ベーモス半島にティティリア以外の街はなく、オアシスも川もない。


何度も書き直しして投稿が遅れる位ならと投稿

もっと登場人物に特徴を持たせたいので人物描写を考えたいです。

今回のは敵役なのでもっと丁寧に描写出来たらと考えております。

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