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新世のロキ  作者: 烏丸
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ロキと村

「いい世界で御座いますね、ご主人様」


 リィーンと別れてから、ロキとメイカの二人は取り敢えず道を引き返し、ロキの世界へと戻ってきた。ロキの世界に足を踏み入れ、メイカは開口一番ロキにそう言った。


「生まれたばかりの世界というのは、普通は荒れ地から始まると言われていますので、出来たばかりのこの世界が草木に溢れているというのは、ご主人様の素質が非常に優れていらっしゃる証明でもあるので御座います」


 メイカにそう言われ、ロキの胸中には照れと戸惑いが同時に生まれた。素質があると褒められるのは素直に嬉しく思える。だがしかし、ロキには実感がなかった。

 創世者として、自分に大きな力が宿っていると言うのも未だ半信半疑であるし、そもそもこの世界だってリィーンに命名を受けてから出来上がった世界なので、自分でどうこうしたと言うものでもない。


 だが、ロキという男は細かい事に拘わる性質ではなかった。自分にそのような力があるのならば、嫌が応にもそのうち機会が訪れるのだろう。そう思い、深く考えることをやめた。


 小川にかかる橋を渡り、小さな丘へと続くなだらかな坂道を進めば、そこに小さな一軒家が建っている。小さいとは言っても、木とレンガとで作られた二階建てのしっかりとした佇まいだ。家の前には小さなポストと、水を汲むための井戸がある。


 ロキは家の入口の前に立つと、出来たばかりのはずなのに、何故か年季の入ったような感がある木製の扉を開く。


 ……何度も言うようだが、出来たばかりの世界だというのに室内には家具が置かれており、さっきまで誰か居たのではないかと思えるような生活感があった。

 家の中は、入って直ぐに居間があり、奥に台所と風呂場。そして隣には物置のような空き部屋があった。二階へと続く階段は、台所と風呂場の横。三叉路のようになっており、左が台所、奥が風呂場、右が階段になっている。

 階段を上ると、ベッドと机がある寝室らしき部屋がひとつあるだけであった。しかし、大きな両開きの窓があり、そこからまだ小さなこの世界が一望できた。

 この世界は、言ってしまえばロキの一部。ロキそのものと行っても良い。

 しかし、決して自画自賛ではないが、ロキはこの世界、この場所をいい場所だと思った。心地よい、春風のように暖かい風が、開いていた窓から吹き込む。


 この家の事は一通り見たなと思ったところに、メイカがロキに話しかける。


「ご主人様。一段落したところで、取り敢えず腰を下ろして今後の方針を考えるのが良いと思うので御座います」


 今更だが、メイカが語尾に必ず『御座います』を付けるのは、癖の様なものなのだろうか?とロキは思ったが、これも個性なのだろうと思い、メイカと共に一階へと降りた。


 一階に下りると、メイカはロキに椅子に座る様に促すと、自分は台所へと入っていった。ロキは、メイカに言われるまま居間にある木製の椅子へと腰掛ける。椅子は四つあり、大きな木製のテーブルを囲むように置かれている。

 暫く待っていると、メイカが銀色のトレーにカップとティーポットを乗せやって来た。メイカは慣れた手つきでカップにお茶の様なものを注ぐ。

 この家にカップやティーポットなんて者があったのも驚きだったが、ロキはそれ以上に茶葉があった事に驚き、メイカに訪ねた。


「このお茶で御座いますか?こちらに来る途中に採取した、グリーバというこの辺りでよく採られ、またよく飲まれるお茶に御座います」


 この薄い黄緑色をお茶はグリーバ茶と言うらしく、一口飲んでみると煎った訳でもないのに香ばしい味のする、中々に美味いお茶だった。どうやら、ここに来る道中に道端に生えてたのを摘んできたものらしい。思い返してみれば、メイカはロキの一歩後ろからついて来ていた。しかし、よもや後ろでそのようなことをしていたとは、ロキは露ほども思っていなかった。主人の背後でブチブチと草を毟りながら歩くサバイバビリティに溢れる姿を褒めるべきか諌めるべきか。

 ロキは少し迷ったが、美味いお茶が飲めたのだからこれも彼女の主人思いの献身的な行動と思い、メイカへ礼を言った。


 そうして一段落したところで、今後の方針を決める話し合いが始まった。


「まず世界の広さを大きくする為には、他の世界の人々に存在を認識させるのが必要。それに伴い、他の生物も自然と発生してくるようで御座います」


 『心世界』という名前は伊達ではないようだ。何はともあれ必要なのは他者との交流という事らしい。ロキはこの世界に引き篭り、何時来るかもわからない客人を待つ程気長……まあ、気は長いのだが、アテもなく待つほど悠長でもなければ暇を愛しているわけでもない。

 二本の足がついており、かつそれを十二分に動かすことができるのならば、それを使い歩き出すべきである。

 取り敢えず、他の世界の人がいる所に行ってみようか、とロキはメイカに言い、彼女にどんな場所があるのか尋ねた。


「そうで御座いますね……。一番近い場所が、隣の『ニャバル村』で御座います。ああ、ちなみにで御座いますが、その世界の真名、つまり創世者がその世界に名付けた名前は、その創世者しか知らず、通常はその世界で一番目立つ場所の名前で呼ばれているで御座います」


 真名と言う聞きなれない単語が出てきたが、ロキも多少この世界の事に慣れてきたらしく、そう言えばこの世界にも名前はいるよなぁ、程度にしか思わなかった。

 名前は大事だ。この世界においては特に。その事を身にしみて知っているロキは、その事を口にすることなく心の中でこっそりと名を考える。……口に出してその事を言ったら、まだこの世界に名が無い事をメイカに呆れられると思ったからである。実際にはそんなことはなく、メイカもリィーンから与えられた知識で、ロキがまだ真名の存在について知らないのを知っていたので単なるロキの取り越し苦労であった。そもそもこの真名の説明も、それを踏まえての説明だったのだが、ロキがそれに気がつくことはないし、メイカも追求はしない。出来たメイドであった。

 真名は意外にも早く決まった。と言うのも、投げやりという訳でもないのだが、この世界がロキ自身の一部だという事から、あまり深く考えずに自分とメイカ、そしてリィーンの頭文字を取って『ロメリ』と決めた。

 この時この場にいる二人に、何かが噛み合う様な『カチリ』という音が聞こえたのだが、ロキはその音に心当たりがあり、目の前のメイカがなんの反応も見せない事から自分にしか聞こえていない音だと思い、口に出さなかった。メイカはと言うと(真名が決まったので御座いますね)と心中で思ったが、主人が何も言わないのにメイドの自分が口に出すのも烏滸がましいと思い、同じく口に出さなかった。

 不思議と噛み合っていないようでよく回る二人であった。


 それは兎も角として、ロキは取り敢えずメイカの言う『ニャバル村』に行ってみる事にした。場所は、メイカに命名した場所から街道沿いに二十分程歩いた場所にあるらしい。

 ロキはカップのグリーバ茶を飲み干すと、椅子から立ち上がり出発の支度をする。……と言っても、ロキに準備をする程の物は無いのだが。せいぜいカップを台所に下げに行ったメイカを待つ程度である。

 手持ち無沙汰で部屋の中を見回していると、ふと視界の中にとある物が映った。ロキは無造作に部屋の隅に立て掛けられていたそれに近づき手に取った。

 幅広は3cm程、全長は80cm程であろうか。持った手に伝わる重さから、それが玩具の類でない事が十二分に分かる。

 これは剣。鞘に収まった、鍔の無い細身の剣だ。

 ロキは恐る恐るその剣を鞘から抜いてみる。シャリンと金属の擦れる音と共に、刀身が露わになる。両刃で曇った輝きを持つ古ぼけた剣であった。

 正直、切れ味にはあまり期待は出来ないかもしれないとロキは思ったが、これからの事を考えると護身の為に武器の一つも持ってなければならないとも思い、取り敢えずこの剣を持っていくことにした。


 メイカが片付けを終え戻ってくると、ロキの手にした剣に気がつく。


「おや?そちらはご主人様の『アーティファクト』で御座いますか?」


 メイカの言葉にロキは首を傾げ、『アーティファクト』とは何だ?と尋ねる。


「『アーティファクト』とは、創世者が持つとされる所謂『マジックアイテム』で御座います。見た目や効果はその創世者により異なり、例外なく強大な力を秘めているので御座います」


 メイカの言葉にロキは、此処に立てかけられた物でそんな大したものではないだろう、と返し、メイカに手にした剣を見せる。

 ロキから剣を手渡されたメイカは、鞘から剣を抜きまじまじと刀身を見つめる。


「……確かに、なんの変哲もないただの鉄剣で御座いますね」


 少々残念そうに言うと、メイカはロキに剣を返す。


「しかし、遅かれ早かれご主人様も『アーティファクト』を手にする時が必ず来るで御座います。……何時、どのような状況でというのは創世者により異なるのでハッキリとは分からないで御座いますが」


 『アーティファクト』に関しての話はそこで終わった。ロキとしても、無理に欲しいというわけではないし、いつか手に入れば良い程度にしか考えていない。無い物強請りは時間と体力の無駄と思っているロキは、早々にこの話を切り上げ、目下の目標であるニャバル村へと向かう事にした。



 ロキとメイカは家を後にすると、林の小道を抜けニャバル村のある世界―― 一般的にはエリアと呼ぶらしい――に到着し、メイカと出会った放牧地近くの街道へと出る。


 遠目に、牛に似た動物が放牧地で草を食んでる光景が広がっている。あれは『モム』と呼ばれるミルクをとる為の家畜で、ニャバル村の主な収入源の一つとの事。当然と言えば当然だが、こちらの世界にも貨幣だとか流通といった商業的な概念はあるんだなぁとロキは思った。


 心の世界にもマネーの風は吹き付ける。ファンタジーの世界も世知辛いものである。


 通貨の概念があるのならば、このような村や街から物を手に入れるにも金が必要になってくる。物物交換を使用にも、まだロキのエリアには交換できる物は無し。本当に世知辛い話である。

 となれば、とりあえずの食料を確保するには狩りをするなり、野生の果実なりを採取しなければならないわけだ。

 ロキは、村に行くよりもそっちの方を優先したほうが良いのではないか?とメイカに訪ねてみたが、メイカはあっさりと答える。


「ご主人様。創世者は自分のエリアにいる間は飢えないので御座います。また、エリアを離れても空腹感は覚えるものの、それで餓死したりはしないので御座います。まあ、文字通り死ぬほど辛いらしいので御座いますが。それよりも、まずはこのニャバル村の『ヌシ』に挨拶に行くのが良いと思われるので御座います」


 ロキは自分の餓死の心配をしなくていいというのは、死ぬリスクが減り喜ばしい反面、自身がいよいよ人外じみてきたと言う実感もあった。まあ、どの道外に出る時は食事をした方が良いようなので、食料を確保する術は持っていた方が良いのだが。


 それよりも、ロキはメイカの『ヌシ』と言う聞き覚えのない単語に首を傾げ、何の事なのかメイカに尋ねた。


「簡単に説明すると、創世者の亡き後にこのエリアを治める者の事で御座います。創世者の力は確かに強大ですが、その寿命はおおよそ200年から300年で御座います。創世者が亡くなった時に、創世者から指名を受けていた者、もしくは創世者に次いで力を持つ者が自動的に選ばれるので御座います。そのヌシが亡くなった後も同じようにエリアを守るヌシは受け継がれていくので御座います」


 成程とロキは思った。世界というのは創世者が死ねば滅ぶというものでもなく、例え創世者が死んでもそこに命が根差していれば世界は滅んだりはしない。

 途中で放り出す気は更々無いが、もし万が一自分が途中で死んだ時もロキの世界である『ロメリ』が滅んで、住んでる者が全員それに巻き込まれるということも無いというわけだ。


「取り敢えず挨拶だけでもしておいて損は無いと思うので御座います。運がよければ、何らかの支援も受けられるかもしれないので御座います」


 確かに、引越し蕎麦を贈ると言うわけにも行かないが、隣のエリアのヌシに挨拶はしておくべきだろうとロキも同意した。


 そうして牧歌的な雰囲気を背景に歩いて行くと、木で出来た少しだけ大きな門のようなものが見え、その奥にあまり大きくない建物が並んでいるのが見えた。


 恐らく入口だと思しき木の門には『ニャバルむら』と書かれている。……何故平仮名なんだろうとロキは思ったが、深く考えずに門をくぐる。


 村の中に入って目に映ったのは、二足歩行の猫が歩く姿であった。良くファンタジーで見るような猫耳をつけた獣人というのではなく、猫を立ち上がらせ、骨格を多少人間らしくしたような姿だ。大きさはロキの腹程。およそ1mも無い位だろうか。麦わら帽子を被り、服らしきものも着ている。


「あれが、このエリアに一番多く住んでいる『低位猫人』で御座います」


 メイカの説明に、猫人というのは分かったが、その頭についていた低位と言う言葉に疑問を持ち、ロキはメイカに尋ねる。


「マナーリアに住む者の姿は、創世者の姿、つまり人に近ければ近い程高位の存在とされているので御座います。あのニャンコはギリッギリの猫人としての最低ライン。ぶっちぎりの最下層の存在で御座います」


 残念な事に、この世界には身分格差すら存在した。まっことファンタジーの世界も世知辛い。


 そんな事を村の入口で話していると、村人の一人(匹)がロキ達に気がついたようで、ロキと視線が合う。


「あー、お客さんだにゃ~」


 なんとも気の抜けた声で猫人の村人がそう言ったのが引き金であった。


「お客さんにゃ~?」


「珍しいにゃー」


「何十年ぶりだにゃー」


「うわー、ヌシ様より大きいにゃー」


「ちょっと怖そうだにゃ~」


「でも強そうだにゃー」


「観光で来たのかにゃ~?」


「こんな何もないところに観光しに来る訳ないにゃ~」


「迷子かにゃ~?」


「野良メイドを連れ歩いてるところを見ると、強いかボンボンのどっちかだにゃー」


「猫人以外の人なんて初めて見たにゃ~」


「客人が来たなら宴にゃー!」


「酒にゃー!」


「肉にゃー!」


「「「にゃー!」」」


「「「にゃ~!」」」


 一体どこから湧いて出てきたのかという位の猫人達がロキ達に群がる。その全員が例外なく二足歩行のニャンコだ。

 警戒心ゼロでにゃーにゃー言いながら群がる光景は、猫好きならば鼻時が出るほど嬉しい光景なのだろう。確かに可愛い。

 しかし、ロキはといえば突然の事に、可愛いと思う以前に若干引き気味である。有害ならば蹴散らせば済む話だが、相手は全くの無害なのでそういう訳にもいかない。

 どうしたものかとロキが考えていると、メイカがズイっと一歩前へ出る。


「宴は後にするで御座います。そこのニャンコ、このエリアのヌシの所へ案内するで御座います」


 メイカは適当に近くにいた猫人を捕まえると、目の前まで持ち上げながらその猫人にそう言った。


「にゃ~、ヌシ様だったら魔物の討伐に、東にある『シエンタ大林道』に行ったはずにゃ~」


 メイカに首根っこを掴まれた猫人は、足をバタバタとさせながら東の方を指(肉球)差す。


 その言葉に、メイカは「ふむ」と少しだけ考えると、


「ご主人様。私達も『シエンタ大林道』に行って、ご主人様の戦闘経験を積むオマケで此方のエリアのヌシに恩の一つでも売っておくのが良いと思うので御座いますが、如何で御座いましょうか?」


 と、ロキに提案した。


 恩を売るというのは置いておくとして、戦闘経験を積んでおくというメイカの案はロキとしても賛成であった。


 戦いなどしないに限るのだが、必ず避けて通れるものだとも思っていない。遅かれ早かれ、自分のエリアも魔物の脅威に晒される時が来ると思えば、どの程度自分が戦う事が出来るのかを知っておく必要がある。強ければよし、弱ければ弱かったでそれをカバーする術を考えておく必要がある。


 ロキはメイカの提案に賛成すると、メイカの捕まえている猫人に案内役を頼んだ。


「にゃ~、良いにゃ~。ヌシ様も少し帰りが遅いし心配だったのにゃ~」


 メイカのぞんざいな扱いにも気にした様子は無く、快く引き受けてくれる猫人。心が広いのだか頭の中が単純なのかイマイチわからないが、ロキはこの人畜無害な猫人達が隣人であってくれて良かったと、一人心の中で安堵するのであった。



 かくして二人と一匹は『ヌシ』を探すために、『シエンタ大林道』へと向かうのであった。




ヒャッハー!次回は戦闘回だー!

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