表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新世のロキ  作者: 烏丸
2/5

ロキの世界

 大地を踏みしめる確かな感触があった。


 降り注ぐ暖かな太陽の光と、優しく顔を撫でるそよ風を肌に感じる。ここは先程までの何もない、ただ白いだけの空間とは明らかに違う。


 ゆっくりと目を開いたロキの目に飛び込んできたのは、なだらかで小さな丘から見下ろす、どこか牧歌的な雰囲気を感じさせる場所であった。


 丘の下の方では小川が流れ、周囲はぐるりと林に覆われている。ロキの立っている丘は短い草で覆われ、ご丁寧な事に、人の通るであろう歩道と呼べるところは、多少整備されている風に土が露出している。


 そして、その歩道の先、この丘の一番高い場所に、木とレンガで建てられた簡単な一軒家があった。今この世界と共に創り出されたとは思えない、昔からそこにあるかのような、妙な古臭さと懐かしさを感じる、小さいが良い家だとロキは思った


「やあやあ、何とも質素だが良いところじゃないか。

 ……しっかし君は何だね。慎ましやかと云うか無欲と言うか。僕も大勢の創世者を見てきたけども、こんなに小さな世界を創ったのは君が初めてかもしれないね。

 ご覧よ、ざっと見回すだけで全部見渡せちゃうよ!まあ、世界も後々大きくなっていくものだから困る事はないんだけどね」


 少年は呆れているとも感心したとも取れるような言葉をロキにかける。


 確かに、ロキもこれが一つの世界なのだと言われても信じる気はしない。どこにでもありそうな小高い丘なのだから無理もないだろう。


「何はともあれ、ここが今から君の世界だ。基本的に何をするのも君の自由だ。

 ……って言っても、いきなり目標もなく放り出されても困っちゃうよね?それじゃあ、大きな目標と小さな目標を君にあげよう」


 少年はそう言うとロキの隣に立ち、この丘の上から見下ろせる程度の小さな世界の、さらにその先を指差す。


「この世界はね、パッと見ただけじゃどこまでも広がっているんじゃないかなって思うけど、実際はそうじゃない。

 実際は……ほら、あの小川の先の小さな林。この辺をぐるっと囲んでるあの林の辺りまでがこの世界の『境界線』さ。あの先に行こうとしても反対側に出ちゃうだけさ。

 ん?それじゃあどうやって外に出るのか、だって?ふふふ、慌てない慌てない。それをこれから説明するんだから。

 それじゃあ、まず小さな目標だ。」


 少年はそう言って人差し指をピンと立て、ロキの胸をトンと軽く突く。


「人が他者と交わるにはどうすればいいのか?

 何、簡単なことさ。『心を開けば』良いのさ。

 この世界は、もう君の一部、君の心と繋がっているって思ってもいい。勿論、なんでもかんでも好き勝手に作り変えることは無理さ。でも、君の心が変わればこの世界も少しずつ変化していく。これはその第一歩さ。心を開き、繋がりを求めるんだ。君がどんな繋がりを求めるのかによって、この世界が初めて交わる世界が決まるよ。それが巡り巡って君がこの心世界全体と繋がっていく事になるんだ。」


 心を開く。他者との交わりを思え。少年の言葉に、ロキはこの世界に暮らすであろう、まだ顔も名も知らぬ数多くの住人の事を思った。一体どのような人達が暮らしているのであろうか。きっと自分の想像のつかないような不思議な姿をしている者も数多く存在するのだろう。


 そう、自分は踏み込んだのだ。この自分を知るものも、自分が知るものの存在しない新しい世界に。


 ならば進もう、知るために。そして残そう、人々の心に自分と言う存在が確かにいたという事を。それが、きっと『生きる』という事なのだから。


 そうロキは思った。


 するとどうだろう。何か、心のどこかに立ちふさがっていた、壁のような何かが取り払われるような感覚と共に、ロキの体が一瞬だけ淡く光った。


 その光はロキの体を離れ、小川を越えると林の一角へと吸い込まれていく。


 変化はすぐだった。


 まるで何か早回しの映像を見せられるように、林の一角がその姿を変えていく。木々は地面に吸い込まれるように沈んで行き、藪は次々に掃われていき、短い下草も同様に見えない手のようなもので根こそぎ毟られ、そこには何処かへと続いていると思われる小さな道が出来上がった。


「これで、この世界は外と繋がったよ。さて、どのあたりに出たのかちょっと見に行こうじゃないか!」


 少年は実に楽しそうな笑みを浮かべながら、ロキの手を取り丘を降っていく。この行き成りの地形の変化を自分がやった事だと信じられないロキは、少々呆然としつつも少年の手に引かれるままに、新しく出来上がった小道に向かう。


 小川に掛かった小さな橋を渡り、二人は小道の前にやってくる。木漏れ日は少々差すものの、基本的に薄暗い道のようだ。


 相変わらず少年に引っ張られるままに、ロキは小道へと入る。外から見たとおりに林の中の小道と言った感じであった。しかし、生まれたばかりの場所だからなのか小鳥や虫の鳴き声の聞こえない、二人の足音のみが聞こえる静かな場所であった。


「ふむふむ……。この感じだと、繋がった先は小さいけど平和な場所みたいだね。この小道に魔物も湧きそうに無い。

 ……え?魔物なんて出るのかって?

 そうなんだよねぇ……。その世界の悪心が高まると、その悪心を糧に魔物が湧いちゃうんだよ。これがまた厄介でね。規模が小さいうちは知性が低くて弱っちいんだけど、悪心が高まってくると頭も力も強くなって、最悪その世界が乗っ取られちゃうんだよね。

 ……こっちの世界にも侵略戦争とかが無いわけじゃないけども、この魔物の軍勢って大した理由も無しに無差別に周りを侵略してくるから困るんだよねぇ」


 少年はそう言うと軽く溜息を吐く。


「ま、どうやらこの辺りはその心配も無いみたいだけど、君も遅かれ早かれ相手をしなくちゃいけないから、覚悟はしておきなよ。

 ……お? どうやらもう抜けるみたいだね。ああ、やっぱりこの先は小さなトコだよ。繋がってる世界同士が大きいと、この世界同士を繋ぐこの道も大規模になって行くからね。

 この感じだと、村が一つとその周辺数kmって所かな。まあ君のトコよりはそれっぽいって感じだね」


 ロキは少年の言葉から、外の世界を渡り歩いていくのに多少なりとも戦う力が必要なのだなと思った。どこかで武器なりを手に入れる必要があるだろう。広さ云々は気にしない事にする。まだ出来たばかりの世界なのだから仕方が無いのだ、と。


 小道は文字通りに小道であった。100mも歩かないうちに林は終わり、日の差す場所へと出る。


 気持ちの良い青空が広がり、林の外側に沿って整備された街道が延びている。林の反対側は牧場か何かだろうか。柵で仕切られその向こう側に牛のような生き物が放牧されているのが見えた。


 正直、ロキには此処が自分の居た場所とはまた別の世界などとは思えなかった。牧歌的で、どこか懐かしさすら感じる場所だとロキは感じた。


「ま、正直世界云々の話は、創世者かよっぽど力を持った存在でもない限り、然程関係は無いさ。

 さっきみたいな『世界同士を繋ぐ道』を通らなきゃ隣り合った世界に行けない、って事を除けば概ね君の居た物質世界と変わらないし、こちらの大半の住人も、世界が心世界と物質世界に別れてることすら知らない。君の居た世界の人間と同じようにね。

 最初に君に話した事柄は、『創世者』である君だからこそ知っておくべき事なのさ」


 器を得たにもかかわらず、少年は相変わらずロキの心を読んだかのように話す。相手が相手なので、ロキもあまり細かく考えずに、そういう事が出来るものなのだと納得して特に反応もしない。


 小道から離れ街道に近づくと少年は行き成り立ち止まる。何かの気配を感じ取ったように顔をキョロキョロとさせ、何かを探す素振りを見せる。そして、街道の先に視線を定めると、満面の笑みを浮かべロキに振り向く。


「君は中々運も良いみたいだね。このさきにどうやら『野良メイド』が一体いるみたいだ」


 ロキは、少年の口にした『野良メイド』という言葉に首を傾げる。ロキは器を得た事で、おぼろげだが前の世界の『知識』の方は残っていた。メイドという単語は分かる。


 だがその頭に『野良』という言葉が付くと別だ。語感から何となく意味は分かるが、それがどういうものなのかがイマイチ分からない。きっと、彼が器を得ていないままだったら何の疑問も持たずに『そういう存在なのだろう』と納得して終わりなのだろうが、器を得て前世における自己を多少なりとも取り戻した彼にとって、『野良メイド』と言う未知の存在に疑問を持つのは当然の事であった。


 ロキが少年に何だそれはと尋ねると、少年も『待ってました』と言わんばかりに説明を始める。


「野良メイドっていうのはね、まあ簡単に言えば名前の通り『野良のメイドさん』さ。

 『奉仕種族』って言ってね。他者に仕えるのを史上の喜びとしている奇特な生き物……って、この世界の住人は思ってるみたいだよ」


 もったいぶった様に含みを持って話す少年に、ロキは無言を持って返す。短い付き合いながらにロキはこの少年の扱い方について大体を理解したと言ってもいいだろう。少年もロキの性質について理解しているようで、話を続ける。


「実際は、1000年位前に作られた人工精霊の出来損ない……それの末端みたいなものさ。

 それこそ精霊みたいにこの心世界のあちこちに居て、仕える主人を探してウロウロとしてるみたいだね」


 人工精霊という言葉にロキは、この世界に精霊と言うものが存在するのだなと察する。


「色々と説明するのもいいけど、あんまり話しすぎると自分の足で世界を回る楽しみが無くなるだろう?」


 少年はそう言ってウィンクする。……本当にこの少年にとってロキの思考を読む事など朝飯前のようだ。


「まあ、それはそれとして。僕も何時までも君に付いて行く訳にもいかないから、あの野良メイドを捕まえて君の補佐をさせよう。」


 物騒な話だとも思ったが、確かに少年の言うとおり、この世界の管理に携わる存在が何時までも役目を離れている訳にもいかないだろう。それに奉仕種族という名が付いている位なのだから、その野良メイドを捕獲していう事を聞かせると言うのも、この世界では当たり前の事なのかもしれない。


 何より、この世界で一人で放り出されても、正直な話右も左も分からないどころの話ではないので、ロキは口出しせずに少年の言葉に従うしかないのだ。


「じゃあちょっと待っててね」


 少年はそう言うと、瞬く間にその姿を消す。凄い速度で移動したのか、はたまた瞬間移動のように空間を飛び越えて移動したのか。どちらだとしてもあの少年ならばと、ロキも特に驚く事も無く待つ事にした。


 念のため説明しておくが、このロキの落ち着き様は別段『創世者』共通の特徴と言うわけではなく、強いて言えば彼自身の特徴である。今までこの世界を訪れたであろう数多くの創世者の中でも、彼はずば抜けてリアクションの薄い者である事を、この世界にやってきて人並みに驚き、相応のリアクションを取った創世者達の名誉のために記しておこう。


 程なくして、少年が小脇に自身の身長を上回るであろうメイド服を着た女性を軽々と抱えて、何処からとも無く現れる。


 どう考えても誘拐の類にしか見えない。


 少年の野良メイド云々の話を聞いていても、ロキには犯罪の匂いしか感じ取れないような光景であった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ