新生のロキ
※主人公は基本的に喋りません。と言っても、無口設定だとかではなくドラクエの主人公みたいに喋っているけど喋ってない感じです。昔のゲームの主人公な感じです。なので文章は基本的に三人称神視点で書かれてます。苦手な方はご注意ください。
「おや、数百年ぶりのお客さんだ」
舌足らず少年のような高い声に反して、落ち着いた大人のような口調。その声で、××はボンヤリとだが意識を取り戻した。
立っているとも寝ているとも取れない、何とも奇妙な感覚であった。そもそも、体の一部が地面に触れているという感覚すらない。水の中、もしくは宙に浮いているといった方が近いのかもしれない。
××は、声のした方へと向く。視線を動かすでもなく、首を動かすでもない。まるで目だけが動き、自分の後ろへと動いたように、ヌルりとした動きで振り向いた。
「うんうん。意識も取り戻したみたいだね」
そこにいたのは、声の通りの少年であった。歳の程は10歳位だろうか。白くゆったりとした服を着た、癖毛で金髪の美少年だ。簡素な椅子に腰をかけ、今まで本を読んでいたらしく、その手にはぶ厚い百科事典のような本が開かれている。
少年は本をパタンと閉じると、それを小脇に抱え立ち上がると××の方へとゆっくりと歩み寄ってくる。
「君としては色々と言いたいことも聞きたいこともあるだろうけど、まずは君に『名前』をつけなくちゃならない。
君にもかつて両親の付けた名前があったのだろう。けど、その名は君の肉体の消滅と共に世界から消え去ってしまった。
しかし、君はボンヤリながら意識を持ったまま此処に居る。それはとても珍しく、そして素晴らしい事だ」
××は少年の言葉に、自分が既に死人と呼ばれる類の存在になっているのだなと、まるで他人事のように思った。
悲しいだとか悔しいといった後悔の念は不思議と浮かんでこない。何かを悲しんだりするような記憶が残っていないのだ。生物的な情報などは全て無く、ここに居る自分という存在が辛うじて精神というものを保っている、純粋な意識だけの存在なのだ。
「ハハハ。君は中々に賢いようだ。
まあ、肉体が失せようと『君』は『君』さ。『君』という本質に些かの変化も無いさ。
しかし肉体の無い君に名前が無いのも少々拙い。『体』にしろ『名』にしろ、それは『意識』という形のないものを世界に縛り付けておくためのもの。そして僕は、意識を保ったまま『こちら』にやって来た者に名前を与えるのが仕事なのさ」
そう言いながら少年は手を××に伸ばすと、××の現在の姿、ユラユラと揺らめく青白い人魂の様なものに触れる。××は、微かに何か触られている感覚はあるもののそれ以上は特に何も感じはしなかった。
「詳しい話は後でするけども、君は数百年ぶり、正確には446年ぶりに『意識を保ったまま』こちらの世界にやってきた者なんだ。
君という存在はそれだけで今のこの世界を引っ掻き回す存在なんだよ。良くも悪くもね。
君という性質は眩しい位に真っ直ぐなのに、その有り様は嫌が応にもトリックスターのそれなのさ」
少年が××に触れている部分が、淡い光を帯び始める。
「君のいた世界で狡知の神として知られるトリックスター。反面教師という意味で、彼の名を君に贈ろう。
そう、君の名は『ロキ』。この世界を『正しく』かき回すことを、この世界の代表の一人として君に望む」
『ロキ』。××の心に、その二文字の名が刻み込まれる。
すると、少年の触れていた部分の光が一層強く輝きだし、少年と『ロキ』と名づけられた者を空間ごと包み込む。
優しく暖かな光だと『ロキ』は思った。それと同時に、先程までのボンヤリとした霧がかかったような思考がハッキリとしてくるのを感じた。
「君は『名』を得たことによって『器』も得た。器なきものは形を留めず、いずれ流れ消える。
……ま、さっきまでの君の思考も、僕にダダ漏れだったって事さ!
それはそうと『名』を得たことで『器』も得たっていったよね?今の君の姿、中々に格好いいんじゃない?」
少年の言葉にロキは、自分の体を感じた……そう体だ。先程までの曖昧な感覚とは違い、手足があり頭もちゃんと付いている。腕を少し上げ、掌をジッと見つめ指先も動かす。紛う事無く人間の手だ。
「鏡とかはないから一応教えてあげるけど、成人した男の姿だよ。目付きはちょっと鋭いけど、結構上玉なんじゃないかな?体格も良いし、下についてるモノもなかなかに……」
少年の言葉に、ロキは今の自分の格好が全裸だということに気がつく。まあ、たった今体が出来上がったばかりなのだから当たり前なのだが。
流石にロキも羞恥心を覚えたのか、少年の視線から体を逸らし、手で下の大事な部分を隠す。
「あははは、ごめんごめん。ちょっとじっくり見すぎたね。お詫びと言っちゃ何だけど、これは僕からのプレゼントだよ」
少年はそう言ってパチンと指を鳴らす。すると、ボワンという間の抜けた音と共に白い煙がロキを覆う。
煙が晴れると、先程まで全裸だったロキが、烏の羽のようにしっとりと黒く、厚手のそれでいて靭やかな革でできている丈夫そうな服を身に纏っていた。
「中々良い着心地じゃない?あ、下着もちゃんと履いてるから安心してね!」
本気なのか冗談なのか分からない少年ん言葉にロキは少々戸惑いながらも、少年の言う通り着心地の中々良いこの服を「悪くない」と思った。
「……さて、それじゃあ君も『器』を得た事という事で、色々と説明しようか。
まずはこの世界の事だ。この世界は『心世界・マナーリア』って僕たちは呼んでいる。君が生きていた世界、君達の言う『地球』という世界のコインの裏と表のような世界さ。
……まだよく分からないって顔だね。君たちの世界でこの世界がなんて呼ばれているのか知っているかい?『天国』とか『地獄』って呼ばれているんだよ。
そう、ここは肉体を失った意識が最後に行き着くところさ。
……と、言っても大まかな部分はそっちの世界とあまり変わらないよ。両親がいて子が生まれ、そして成長し大人になり結婚する。こんな具合に増えていくのは同じさ。
ただ、こっちの世界は物質的な世界である『地球』とは違って精神的……つまり『心の世界』なのさ。だから君らの世界で言う生物学や物理的にありえない様な姿をしたりしてるし、同じくありえない現象ばっかりさ。
……そんな中でだ。君は意識を保ったままこちらの世界にやって来た。得た器も見たところあちらの世界の『人間』の姿をしている。これが一体何を意味しているのか?わかるかい?」
突然の少年の振りにロキは当然首を横に振るしかない。
「だよね」と少年は面白そうに顔に笑顔を浮かべるとロキの周囲を回るようにゆっくりと歩き出す。
「そう言う人をこっちの世界では『創世者』って言うんだ。文字通り『世界』を『創りだす者』って事だね。
おっと、たしかにスケールの大きな話だけど、この世界に限っては常識の範疇さ。
このマナーリアは心世界っていう名前のとおり、この世界もまた『心』から出来てる。正確には君のような『創世者』達が世界の基盤を創り、そこで命が生まれ育ち世界となっているのさ。
それこそ数え切れない位の世界が集まって形作っている。でも、たまに命が枯れ果てて『心』を失い、消滅してしまう『世界』が出ちゃうんだ。
そういう時に君のような『創世者』の資格がある者に新たに世界を作ってもらうのさ」
ロキは少年の話を聞いて、自分がそんな事を出来る器なのだろうか?と、当然ながら疑問に思った。
自分の事も忘れたまっさらな人間に、そのような大それたことができるようにはロキには思えなかったのだ。
「ま、あんまり難しいこと考えないで。創世者の場合普通にこの世界で生きていこうとしてると、自然とそれなりの世界になっていくみたいだからさ。 まあ、どんな世界になるかは本人の資質によるけども。それに、まっさらと言っても、器を得た君はほんの少し前の世界の君を思い出しているはずさ。
ま、知識は兎も角、思いで何かは完全に消えちゃっているんだけども。
それよりも、早速君の世界を『創世』しようじゃないか。
なに、やる事は簡単だよ。何を隠そう、僕と君がいるこの場所こそが、新たに世界を生み出す場所『新世の地』なんだからね!
後はここで君が君の望む世界を『想像』すればいいだけさ。
あ、そうそう生き物とかはすぐにはいないから、とりあえず君が住みたいような場所をイメージすればいいと思うよ」
この何もない、文字通り真っ白な世界がそんな場所だとは欠片も思っていなかったロキは思わず自分の足元をジッと見つめる。そして、自分の住みたい場所と言うのを考えてみる。
目を閉じ、その光景を思い浮かべる。記憶も無いのにその光景は自然と体の奥、心の深い所から、きっと前の世界にいた時から心の中に残り続けていた場所。
それはもしかしたら自分の生まれ育った場所かも知れないし、一度見ただけで心に焼き付いた場所かも知れない。もしくは、未だ見たことのない自分の中の理想だけの場所なのかもしれない。
ロキはその『心』にあるその場所を思い浮かべ、願った。
その時、風がロキの頬を優しく撫ぜた。
念の為に書きますが、サブタイは誤字じゃないですよ?