全くお姉様は……
THE☆寝不足
さて朝食後の掃除など、多少の家事が終わった後には、依姫お待ちかね。稽古の時間になる。依姫は待っていたが、俺は全然待ってなかったけどな。もちろん兎たちもそうであろう。基本的にサボっていた懐かしい姿を思い出す。ああ、そういえばお目付け役を任された時にも一緒にサボってたら依姫にめちゃくちゃ怒られたな……これも懐かしい。
依姫は普段稽古の指示だけだして、残っている自分の仕事をやりにいってしまう。だからサボることができるのだが、だからといって行かなければ、怒られるどころかシゴキ確定である。ウォーミングアップで四十キロ程走らされかねない。前レイセンに聞いたことだが、豊姫と依姫と地上に行った時に鈴仙と一緒にウォーミングアップでフルマラソン走らされたらしい。そしてそれを依姫はいつも走っているのだとか……あの強さも頷けるというものだ。
というわけで
「やってきました。稽古場に」
「誰に言ってるのよ」
兎たちが依姫がいるため一生懸命稽古をしている中、俺は依姫の横に立っていた。何のために立っていたのかというと、今のセリフが言いたかっただけだ。それ以外に理由はない。
というか兎たちは全部で八人……もう人でいいや。二足歩行で人語話すし。八人いるから二人一組の稽古では一人余ってしまうし、三人一組では効率が悪い。よって俺が弾かれることとなるのだ。つまりこれはやらなくていいってことじゃね?依姫はまた他の仕事をやりにいくと思うし。また皆でサボりだな。
「何言ってるのよ」
「え?だって奇数じゃん」
「私を含めれば偶数よ?」
え?まあ確かに依姫を含めれば偶数だけど、一体誰がお前と稽古すんの?ここにいるやつらじゃ誰が戦っても、というより皆でかかっても勝率一パーセントを切るぞ。
「あなたに決まってるじゃない。余ってるんだから」
「……もう一度言ってくれ。いや、言ってくださいませんかね?できれば指定した人物を変えて」
「変えないわよ。楽冶。あなたと私で一組を作って稽古をするわ」
……何で!?俺が一体何をしたっていうんだ!
「失礼ね。何で私と組むのが罰ゲームみたいにいう訳?」
「いや。罰ゲームだろ。戦力差考えろよ。」
「あのね……稽古なんだから手加減するに決まってるでしょ?」
「……本当だな?」
「疑うなら本気でやってあげるわ」
「よし。信用した。だから今からやろう」
またもや長刀に手をかける依姫の姿を見て、速攻で今からやることにする。本気って……本気でやられたら、愛宕様の火……地上にはこれ程熱い火は殆どなく、すべてを焼き尽くすとまで言われている。そんな火をこっちにぶっ放してくるってことだろ?昔やられた記憶があるし。
すべてを焼き尽くす→魂も→復活無理。うん。依姫を怒らせてはいけない。よく分かった。
「それじゃあ……地稽古ね」
「まてまて!それはおかしい!」
「あ。あなた達もたまには地稽古しなさい」
「無視!?」
俺の言葉は華麗に無視され、依姫のスパルタ稽古をする羽目になるのだった。
私の前に楽冶が立つ。といっても私の場所から三十メートル程離れているが。地稽古ということで、私の攻撃に備え距離をとったのだろうが、私自身から離れているような気がして少し寂しいような気がする。
さて、もちろん手加減はしてあげるつもりだけど……そうね。楽冶からの攻撃を待ちましょうか。
私は楽冶と出会う前、先にお姉様から話を聞いていた。
「あ。依姫。実は今日から人間がここに住む事になったから」
「その言い方……まさか地上人じゃないですよね?」
「地上人よ?」
「…………」
あっけらかんと言い放つお姉様に対して、私は少しの間だけ思考が停止する。
おかしい。地上人がここにいると穢れを持ち込んでしまうから、あまり、いや非常によろしくないことだ。それが分からないお姉様ではない。
「どうしてそんな事を?」
「面白そうだったからよ。桃くれたし」
「いや、そういうことじゃなくてですね……」
「分かってるわよ。穢れでしょ?心配しなくても、他の地上人に比べれば少ないみたいだから」
それは珍しい。いや、だからといって簡単に許可できるわけではないのだけれど。それに桃くれたからって……また桃を食べたんですね。お姉様。
「今回はもらったからよ!私の意思じゃないわ!」
そう弁解しているものの、差し出された瞬間にひったくるように桃を取って食べているお姉様が想像できる。まったく。どうやったら桃を食べなくなるのだろうか。
まあ今までに何回言っても聞いてくれなかったので、言っても無駄だと思うけれど。それに太って困るのはお姉様だし……
「……依姫?何か言った?」
「気のせいです」
「そう。ならいいけれど」
「はい。それで何でええと。名前は何て言うんですか?その地上人は」
「ああ。そういえばまだ言ってなかったわね。楽冶っていうのよ。今はレイセンを監視につけてるわ。多分次の稽古の時一緒に顔をだすと思うから。見張りでもさせておけばいいんじゃないかしら」
「確かにそれはいい案だと思いますが……それより何で、その楽冶という地上人は穢れが少ないのですか?」
と。一番気になるのはそこである。何故ただの地上人である者の穢れが、お姉様が許せるほど少ないのか。私は会ってないのもあるが、全然想像がつかなかった。
「それはね……多分。楽冶がてきとーに生きてるからじゃない?」
「……は?」
お姉様の言ったことが全く理解できず。素で変な声がでてしまった。恥ずかしかったので左手で口元を隠すが、特にお姉様は気にした様子もない。それどころか、私に穢れと楽冶について詳しく話していた。
「依姫。あなた穢れが何なのかは分かるわよね?」
「はい。確か
①穢れとは、生きることと死ぬこと
②生存競争で穢れが発生する
③穢れは、物質や生命から永遠を奪い変化をもたらす
④蓬莱の薬を使うと人間同様に穢れる
⑤穢れは、心境に早い変化をもたらす
ということです」
「そうね。それに加えて ⑥月人が蓬莱の薬を飲む と穢れが発生してしまうわ。八意様みたいにね。
もちろん私はあの方が穢れてるなんて思わないけれど」
「それは私もそう思いますが……それで楽冶のほうは?」
「ま。簡単よ。まず月人じゃないし蓬莱の薬も飲んでないから④と⑥はなくなるわ」
それはそうだ。そもそも蓬莱の薬も月にしかないのだから。それに月人だとしたら考えられるのは脱走なので、地上人よりも月に入ることは難しいだろう。
「寿命はあるから①は入るわ。③も必要最低限地上にいるからにはあるわ。だけど残りの②⑤が……彼には殆ど無いのよね」
「……嘘でしょう?」
正直言って信じられない。②が無いということは、生き残る気が無いということ。⑤が無いということは心境の変化が長い間無いということだ。穢れまみれの地上で生きてきて二つも殆ど無いというのは奇跡というレベルでは収まりきらないだろう。
「後は自分で確認してみなさい。私は部屋に戻るわ」
「はあ。そうですね。そうすることにしま……ってお姉様も少しは稽古してくださいよ!」
そう言った時にはすでにお姉様は部屋からでていってしまっていた。お姉様も結構てきとーなところがあると思うけれど……
仕方なく私は稽古場へと向かうことにした。結局会わなければ始まらないのだから。
あんど空腹




