第5話:狂宴
周りには野次馬。目の前には3人の国民。隣にはむかつく旅人(おそらく選民)。
状況は最悪――。
「さあて、派手にやりますかあ!」
「結局、俺はどうすればいいんだよ……」
「僕が後ろから援護してあげるから、肉弾戦で」
「お前……」
派手にやると言ったくせに援護に回るらしい少年に、ウェルは怒りを覚えた。何故巻き込まれただけなのに、そんな危ない仕事をしなければならない。派手にやることになるのは自分ではないか。
「僕、肉弾戦苦手なんだよね」
「……俺も苦手だが」
「さっきの蹴りはすごかったよ。その調子でGO!」
「……」
少年はニッコリ笑って、右手の拳を上に突き上げた。それを見ると、なんかどうでもよくなってくる。
どの道、戦わなければならないことに違いはないわけだし……。
こちらの話が一段落したのを悟ったのか、国民の一人が片手剣を引き抜いた。今まで見たことの無い種類の武器だった。他の2人は、武器を構えてはいるが襲ってくる気配がない。
「あ、刀だ」
「カタナ……?」
「あー、そっか。君は地球人じゃないから、刀を知らないのね」
少年は、どうやらあの国民の武器を知っているらしい。おそらく、あの国民と少年の生まれた世界が同じなのだろう。違う世界で生まれたウェルは、当然、知らないはずだ。
「その、カタナとかいう武器の特徴は?」
「さあ? あんまり知らない。とりあえず、片刃で、たくさんは切れないけれど切れ味は抜群ってことぐらいじゃない?」
「なるほど……」
ならば、一対一で最も効力を発揮するのだろう。
(出し惜しみしてる場合じゃないか……)
ウェルはコートの中からナイフを取り出した。それを右手の指の間にそれぞれ持つ。片手にしか持たないので、合計4本。もちろん、ナイフ自体に特殊効果はないので、真っ向勝負では剣には適うはずもない。
相手が来るより先に、ウェルは走り出した。その足の速さに、国民はもちろんウェル自身も驚く。体が羽のように軽いなどということはないが、すごく速く足が動いた。
しかし、速くなった理由など考えている暇はない。
一気に距離を詰め、四本のナイフを投げつける。国民が素早く剣を振った。ナイフは造作もなく弾かれるが、予想通り。何の問題も無い。
ウェルは後ろに引かず、そのまま国民の懐に入った。引くと予想していたのだろう。国民がカタナを戻すのが一瞬遅れた。
その隙にウェルは、まるでナイフでも持つかのような手つきで国民に右手を突き刺す。国民は奇妙な表情をした。殴るにしては、手の構えがおかしかったからだろう。その拳が当たらないギリギリの位置で飛びずさろうとする国民に、ウェルは内心で笑みを浮かべた。
ひっかかった……!
次の瞬間、ウェルの手にはナイフが握られていた。
国民は驚愕した。しかもすでに退避しかけていたため、突然伸びたリーチに対応しきれない。それでも、無理矢理身体を捻り致命傷を避ける。腹部をかすったナイフに、ウェルは小さく舌打ちをした。やはり、避けられたか……。
国民はナイフが掠った一瞬後に一気に距離をとり、剣を構えなおす。腹部に、血が滲んでいたが、国民は傷を気にした様子はない。ウェルを睨みつけ、攻撃に出ようとする。
「ぐあっ」
「ぐふ……」
しかし、国民は後ろから聞こえてきた二人分の国民の声に動きを止めた。スキを見せないようにしながら、振り返る。
そこには、それぞれ二本ずつ、腹部や心臓付近に刺さっていた。即死はしないだろうが、いずれも致命傷だ。ウェルとしては首や頭を狙おうかとも思ったのだが、動きやすいうえに最悪はずす場合がある。外れてもとりあえず刺さるだろうということで、心臓やら腹を狙ったのだ。
「うわぉ。カッコいい〜」
後ろから緊張感のない声が響いた。どうやら、少年は何故2人の国民にナイフが刺さったのか分かったらしい。
「何? もう1人の仕業か」
「僕ナイフなんて持ってませーん」
「しかし、こいつに二人にナイフを差す間なんて無かったはず……」
残った国民は、眉間に皺をよせてウェルを睨みつける。それに対し、ウェルは特に表情を変えず、止めを刺すために新しいナイフを取り出した。国民の顔にわずかに焦りが浮かんだ。一人は今のところ傍観しているが、いつ参戦するとも限らない。二対一はきついのだろう。ウェルはナイフを構え踏み込もうとする。
「君〜! もういいよ〜」
「は?」
だが、それは呑気な声によって止められた。従ってやる必要もないが、思わず振り返ってしまう。
少年は、呑気な声と同じぐらい呑気な顔で笑っていた。
「ここまでやれば、もういいよ」
「止めを刺さなければ、後々面倒だ」
このゲームにおいて、甘さは命取りになる。それに、国民はウェルのターゲットでもあるのだ。生かすことに意味などない。
「いや、そういうわけじゃなくて。君は、あと見てても大丈夫ってこと」
「は?」
「ここまで弱った相手なら、操りやすいしね」
少年は笑いながらそう言った。そうして、右手すっと上にあげる。
「くっ」
「いってぇ」
「ひぃ!」
ナイフの刺さったままの国民2人と、最初に襲ってきた中年男性が立ち上がった。その顔は苦悶や恐怖に染まっており、どうみても自分の意思で立ち上がった様子ではない。
「本当は3人も操るのは骨が折れるんだけどねぇ。まっ、仕方ないか」
そう少年が言うと、三人が国民に襲い掛かる。国民2人は自分に刺さったナイフを手に取り、中年男性は店にあったナイフを手に持っていた。
そして三人が国民に襲い掛かる。どうやら、少年が三人の身体を操っているらしかった。
旅人には、総じて個人個人の特殊能力を与えられる。少年の能力はそれなのかと思ったが、それにしては随分と攻撃がお粗末だ。
動きは遅く、攻撃自体も単調。三人もいるというのに、連携させる気がないのか出来ないのかはわからないが、ただ一斉に襲ってくるだけ。これなら、殺さずとも撃退する事ができる。国民も、突然操られた仲間に襲われ、驚きはしていたものの、すぐに冷静を取り戻し、峰打ちで撃退した。
しかし、その行動をむしろ少年は喜ぶように笑った。あまりに場違いな笑みに、ゾクリと悪寒が走る。
「そっかぁ。やっぱり仲間をいきなり殺すなんて、できないよねぇ」
そう言って、少年は笑顔のまま指を動かす。すると、峰打ちで気絶させられたはずの三人がむくりと起き上がった。その表情は苦痛と恐怖に歪んでいる。しかし、少年はそんなもの関係ないとばかりに、襲い掛からせた。
襲いくる仲間達に、国民は様々な手をうった。意識がなくても動かせるというのならば、肉体的に動かせなくしようと足の腱を切ったりもしていたが、意味はなかった。再び血だらけの姿で襲ってくる。
決して強くはない。むしろ弱い相手だが、終わりの見えない戦いを強いられ続けるのは、どれほどきついだろう。ただでさえ、国民はウェルに腹部を切られているのだ。
ウェルは、目だけ動かして少年を見てみて……見たことを後悔した。
少年は、酷く楽しそうに笑っていた。とてもではないが、この狂宴を作り出した本人とは思えない。
その場が、異様な空気に包まれる――。
「おい。いつまでこんな……」
この場の空気は耐えがたかった。それに、時間の無駄だ。自分がやれば、一瞬で終わらせる事ができる。相手にさほど苦痛を与えず、殺せる。
しかし、少年は言葉を途中で遮った。口に人差し指をあてる。その顔は相変わらず本当に楽しそうで、思わず言葉を失った。
少年の笑顔は、きっと本物ではない。他の人間には、きっと気の狂った子供に見えただろう。けれどウェルには分かった。彼は、別にこの情景が楽しいわけでは無い。情景を楽しんでいるわりには、その少年の笑顔はあまりに変化がなさ過ぎる。最初に自分に片目をつぶって見せたときの笑顔と全く同じなんてことは、わざとでも無い限りありえない。
偽りの笑顔が必要なときもあるだろう。
しかし、何故この場面で笑わなければならない?
偽りの笑顔に意味など無いはずなのに――。
それでも、少年は誰が見ても楽しそうだと思わせるような笑顔で笑っていた。
3人が何度目かもわからない攻撃を仕掛けた。しかし、今までとは動きが違う。国民二人がゆっくりと動き、中年男性のみがいつも通り飛び出す。
普通なら、警戒すべき動きだった。しかし、精神が疲労した国民はその微妙な動きの変化にきづかない。
1人飛び出していった中年男性が、切りかかろうとして途中で動きを止めた。そのまま、国民に枝垂れかかるかのように倒れる。国民は、突然の行動に避けることもできず、思わずカタナを深々と中年男性の腹に突き刺した。全体重でのしかかってきたせいか、カタナがそう簡単にぬけないほど深く刺さっていた。
そして、それを見計らったかのように、残りの2人が襲ってきた。さっきまでのだらだらした動きとは違い、俊敏な動きで。
国民の傍にある武器は、中年男性がもっていたナイフだけ。カタナになれた国民の様子を見る限り、ナイフの扱いに長けているとは思えなかった。そもそも、今襲ってきている二人は、すでに致命傷を負っている。
唐突にウェルは理解した。この少年は、このときを狙っていたのだ。殺すしかなくなるその時を……。
「ぐあっ」
「がはっ」
国民の振ったナイフによって、2人は血を盛大に噴出して倒れた。今まで一言も発する事のなかった声が、何故か断末魔だけは発した。
国民はナイフを取り落とし、荒く息をした。中年男性に突き刺さったカタナをすぐさま抜こうとしないあたり、そうとう精神的に疲れたのだろう。当然といえば当然だが。
ふと、苦しそうに国民の顔が、歪んだ。痛みに耐えるような、表情だった。そして、そのまま中年男性と共に倒れる。
国民の心臓には、先ほどのナイフが刺さっていた。中年男性はすでに事切れているはずだが、死体でもこの少年は操れるのだろうか?
「さてと、これで終わりかな?」
少年は、この異様な雰囲気を気にすることなく、明るい声で締めくくった。そして、おもむろにウェルの方を向く。
「で?」
「は?」
「いや、指輪とらないの?」
「あ、ああ」
言われて初めて気づく。場の雰囲気に飲まれて、肝心な事を忘れていた。国民の指輪なら、手に入れて損は無い。
「縛られし国民よ、今、自由へ還れ」
唱えると、3人分の指輪が宙に浮いた。招くように手首を動かせば、指輪は素直に手中に収まった。
「へえ。民族によって謡って違うんだ」
「……」
少年は明るい声でそう言う。ウェルを見る顔は、無邪気だった。
殺した事を省みないこのゲームの中で、しかし無邪気に笑える人間が何人いるだろう。
「さあて、新手が来ないうちに逃げよっか」
この世界で無邪気に笑えるという『異常』を持つ少年。
それをウェルは、恐ろしいと感じた。