第4話:追いかけっこ
何やってんだろう……。
流石に、そう思わずにはいられなかった。
「……!」
目の前を走るのは、藍色の髪をした少年だ。現在、逃げられている。
「待て!」
後ろを走るのは、30代ぐらいの男達だ。よくもまぁ、追いつけるな。
「本当に何やってんだろ……」
蒼はため息をつく。仮にも殺戮者と呼ばれる旅人なのに……、と思わざるを得なかった。
追いかけっこ(と、蒼は思えてならなかった)を始めてから、かれこれ30分以上が経った。前方二組は人の間を縫うように走っているからそんなに目立ってはいないが、蒼を追っている国民は、国民の権利を存分に発揮し、周りの迷惑を考えずに走っているため、非常に目立つ。
「うざいなぁ。どうにかして、あの子に追いつければいいんだけど……」
蒼は自分の少し前方を走る少年を軽く睨んだ。指輪を持っているように見えないが、あの少年は間違いなく旅人だ。選民たる蒼には、周囲にいる旅人を見つける能力があった。逃げているとき、近くに国民達とは違う旅人の気配を察知し、近づいてきたのだ。あの少年を利用すれば、逃げることができそうなのだが……。
だが、意外にもあの少年、足が速い。こういう場所を走ることに慣れているのかもしれない。
(はあ。仕方ないか……)
できればやりたくなかったなぁ、と思いながら蒼は斜め前に眼を向けた。そこにあるのは、シープなる食べ物をくれた店。いつの間にやら一周してしまったらしい。
悪いことだとは分かっていたが、申し訳ないとは全く思わなかった。
「うわあ!」
「っ!?」
ウェルの横から、突然男が飛び掛ってきた。気のよさそうな中年男性で、服には甘い果物の匂いがついていた。
ぎりぎりで何とか避け、そのまま足で腹を蹴飛ばす。すると、その男は造作もなく吹っ飛ばされた。痛がる中年男性は、ウェルを見て怯えていた。ウェルとしては、何故いきなり襲いかかられたのか分からなかった。
「つっかまーえたっ♪」
「いっ」
突然後ろから、ハイテンションな声が聞こえた。間違いなく、自分を追っている少年の声だ。中年男性に気を取られているうちに、追いつかれたらしい。逃げ出そうとするが、相手は肩をがっちりと押さえて放そうとはしなかった。
「放せっ」
「つれないなぁ。話かけようとしただけなのに」
にこにこと笑う少年は、普通に見れば人を和ませる。しかし、今はバックから不穏なオーラが放たれているような気がしてならない。
「いやぁ、逃げるのを手伝って欲しいだけだって」
「俺には関係ない!」
「いやいや。それはもう無理だと思うよ?」
そう言って、少年は笑いながら人ごみをさした。さっきの騒動のせいで、俺達と中年男性を取り囲むかのように野次馬ができている。
そして、それに割り込むように、三人の男が入ってきた。どうやら、少年はこいつらに追われていたらしい。街で仕掛けてきたということは、国民だろう。
国民が必要とするのは、選民の生贄。そして自由民の指輪だ。
「君、街中で僕から逃げるってことは選民か自由民でしょ」
「……」
「協力してくれるよね?」
そう言って、少年はウィンクして笑った。自然と他人を明るくさせるような笑顔が、酷く憎らしく感じた。