第3話:蒼と藍の出会い
選民、自由民、国民。
選民は、選ばれし民。宿命を負う者。ゆえに自由を欲す。
自由民は、自由の民。孤独を生きる者。ゆえに居場所を欲す。
国民は、国に仕えし民。縛られ、王に忠誠を誓う者。ゆえに自由と選ばれし生贄を欲す。
呪われた盟約。
血塗られた物語。
足りない物、欲しい物。
全て手に入れて、完全になりなさい。
完全こそ、神に出会う権利があるのだから――。
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「うーん。ちょっと迂闊だったかなぁ」
蒼は走りながら、ため息をついた。人ごみを縫うように走っているにも関わらず、その速度は常人離れしている。しかも、顔には汗一つ浮かんでいない。
「まさか、街中で襲ってくるなんて」
蒼は追われていた。昨晩のことを思い出す。
自分が直接を手を下したわけではないため、死体と指輪の数があっているか確かめる事ができなかったのだが(何せ原型を留めていない死体が多すぎた)、どうやら自由民の他に国民もいたらしい。
まさか、国民と自由民が組んでいたとは……。
「どうしよっかなあ。国民殺しても意味ないしなあ」
選民は宿命を負い、故に自由を欲す。これはゲームを始めるときにゲームマスターから教えられる、ゲームクリアのヒントだった。
この世界のゲーム参加者は、全員「選民」「自由民」「国民」にわかれらている。
それぞれ独特の能力があり、人数も違う。そして、ゲームをクリアするにはそれぞれ自分の所属する民以外の犠牲が必要なのだ。
蒼は、最少クラスの「選民」。選民は自由を欲す。つまり、「自由民」の犠牲、指輪が必要なのだ。だから、蒼は昨晩自由民を殺した。
それだけだったら、別に問題はなかったはずなのだが……。
「選民だってバレるのはヤバイよねえ」
どんな経路で伝わったのかは明確には分からない。おそらくは、自由民に殺し合いをさせるために策を仕組んでいる間、国民と接触したときだとは思うのだが。やはり、むやみやたらに『旅人』と接触するのは避けたほうがいいのかもしれない。
「はあ。ちゃんと確かめればよかったかった……」
現在、3人ぐらいの国民に追われていた。ティカッタに居る場合、ティカッタに潜伏する国民の方が、蒼より有利だ。国に仕える国民は、それなりの恩恵がある。反対に、選民は国に追われることはあっても、迎えられることはない。それは、この世界のルールだった。よって、振り切るか、ティカッタの外に出るかしないと勝ち目がない。
しかし、この人ごみの多い中央通では、振り切るほどスピードを上げる事もできないし、外に逃げるにも少し門が遠すぎる。
「どうしよっかなー」
蒼は走りながら、この危機を脱出する方法を考えた。
中央通りは、人ごみがすごかった。
(入りたくない……)
ウェルは人ごみが苦手だった。肩がぶつかるし、小柄な自分の体は、下手をすると弾き飛ばされるからだ。それに、ウェルの特殊能力は人ごみだと使いににくい。しかし、ここまで来た手前、何もしないで帰るというのはちょっと嫌だった。
(仕方ないか)
覚悟を決めて人ごみに入る。人々の熱気が非常に疎ましかった。
「どいて、どいてー!」
ふと、焦った声が聞こえた。ボーイソプラノのような高い声ではないが、変声期を終えたにしては随分と高めな声だった。
人ごみがわれ、そこから常識はずれな速さで走る、少年が飛び出してきた。切羽詰ったような顔であたりを見回している。あまり見慣れない黒目黒髪と、幼い雰囲気とは反対に油断なくあたりを見回す様子は、どこか常人じゃない雰囲気だった。
(あいつ、まさか……)
可能性を考え、そこから立ち去ろうとする。旅人なら、無差別に襲ってくる可能性がある。ここで戦うのは勘弁して欲しかった。幸い、少年は自分が旅人だということには知らない。
しかし、何故か少年は自分の姿を見つけると迷わずこちらに全力疾走してきた。思わず逃走する。
「ちょっ! ちょっと待って!」
その行動は予想外だったのか、少年は慌てた様子で追っかけてきた。旅人だと気づいたのか、単純に一般人だち思って接してきたかは分からないが、どの道接触すべきではない。
こちらとしては、無駄に戦いたくないし、何より人ごみの多い街で戦うのは苦手だ。相手の意図が分からない以上、捕まるわけにはいかなかった。
果たして、旅人達による傍迷惑な逃走劇が始まるのだった。